PARTⅢの7(21) 幸い、バッテリーは半分以上

 あの晩、鼠小僧とその家族たちは携帯を没収され目隠しをされて闇の結社ダーク・ソサエティの秘密基地に連れて来られた。


 そこで、


 小笠原正則は妻の冴子と一緒に、


 鼠小僧は芳希と一緒に、


 二人ずつ別々の部屋に監禁された。


 部屋のドアはキーロックでロックされていた。


 その道の達人である鼠小僧が確認したところ、監視カメラや盗聴マイクはなかった。


 床の感じからして、元は病院か何かだった建物を改造して使っているように思われた。


 彼らが私用で部屋の外に出られるのは原則として、


 トイレに行く時と一週間に二度だけ許されている基地内の風呂に行く時だけだった。


 正則は毎日朝から晩まで基地内のラボに連れて行かれて、非合法活動や軍事目的に使える物質転送器を作らされていた。


 また、鼠小僧と芳希は任務を与えられた時は、部屋の外に連れて行かれた。

 

 鼠小僧と芳希は任務の行き帰りは目隠しをされていた。


 夜の都心との往復の時は必ずノンストップで走れる道路を通り、


 途中で二回、必ず減速した。


 これは高速道路を使い、途中で二度、ETCで料金所を通ると推測された。


 和希は鼠小僧の仕事を現場でバックアップする時だけ、バンの中のパソコンを使うことを許されていた。


 その時にはパソコンの時計を見て時間を確認することができた。そのことを、和希は鼠小僧に話した。


 正見の部屋に盗聴器を仕掛け、目隠しをされて戻り、秘密基地について目隠しを外されたあと、


 鼠小僧は斜め前を歩くジャックポットの腕時計をチラリと見た。


 人並み外れた動体視力の持ち主である彼の眼にはデジタル表示の時間が読めた。


 部屋に戻った二人は(鼠小僧が見た時間)マイナス(芳希が見た時間)を計算した。


 その結果、秘密基地が都心からおよそ一時間ちょっとのところにあることがわかった。


 鼠小僧は侵入と盗みのプロ中のプロだ。


 そして芳希は江戸時代の鼠小僧の血を引く天才ハッカーだ。


 二人が組めば、この世界に侵入できない場所も、盗めないものも、ほとんどまずなかった。


 彼らの能力は、闇の結社ダーク・ソサエティの人間たちの想像をもはるかに上を行っていた。


 この部屋に監禁されていても、鼠小僧は通風口から天井に出て、建物のあちこちを好きなように行き来することが可能だった。


 人質を取られているために逃げ出すことはしなかったが。


 鼠小僧は毎晩遅く天井に出て、建物の中をくまなく探索たんさくし、


 両親の監禁されている部屋、父正則のラボ、武器庫、機材保管庫、管制室を含めて、


 どんな部屋がどこにあり、どうやったら出入りできるかを把握した。


 管制室の天井の痛風口の真下にはパソコンのキーボードがあった。


 鼠小僧は夜中に天井から機材保管庫に忍び込んでビデオ機材一式を無断拝借して、


 管制室の換気口のスチールの網の目越しにキーボードが映るようにセットして、


 朝早く、録画スイッチを入れておき、夜になって回収した。


 ビデオには、パスワードを打つ指の動きが映っていたので、芳希と一緒に観ながら管制室のパソコンのパスワードを把握した。


 ビデオカメラは元の場所に戻しておいた。


 更に鼠小僧は深夜に管制室に忍び込んで、パソコンの脇のラックにあった「管制マニュアルを手に取り、中身を暗記した。


 鼠小僧も家族たちも、しかたなく闇の結社ダーク・ソサエティの言うことを聞いているだけだった。


 できることなら家族四人で逃げ出したいとみな思っていたのだ。


――自分と芳希に加えて正則の能力が合わされば、脱出は不可能ではない。


 鼠小僧はそう考え、天井伝いに正則とも連絡を取り合いながら、プランを練った。


 正見の部屋に盗聴器を仕掛けて帰った夜の午後十一時すぎ。


 正則のところに行って帰ってきた鼠小僧と芳希は部屋で詰めの打ち合わせをした。


「とうさんの方は予定通り準備できたって。ただ、きょう、


『あしたの夜までに要求を満たす物質転送装置を完成させないとかあさんを痛い目に合わせると言われたから、今晩中に逃げられないか?』


 って」


「キャットガールに助っ人してもらえれば、今晩、四人で逃げられると思う」


 鼠小僧は、刑務所で自分と同じ速さで走りながら「なんでこんなことをするの?」と言った彼女のことを思い浮かべていた。


「連絡、どうやってするの?」


「ミュウからもらった名刺に書いてあった電話番号は、携帯に入れてある。


 携帯の電源を入れてミュウにこっちの携帯の番号を教えれば、彼女はGPSでここの位置情報もゲットできる」


「なるほど。携帯は機材保管庫かな?」


「うん。場所はチェックしておいた。今から取ってくるよ」


 鼠小僧は天井伝いに保管庫に行き、少しして、自分たち家族四人のスマホを持って戻ってきた。


 鼠小僧は自分のスマホの電源を入れた。幸い、バッテリーは半分以上残っていた。

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