PARTⅢの3(17) 仲良しの猫と鼠だっているよ 

「君ってほんとにキャットガールなんだね。十分気をつけて」


 そう言う正見に「はい」と頷いたミュウは黒いバックサックを背負ってバンの外に出た。


 ミュウ=キャットガールの運動能力は卓越たくえつしたものがあった。高いへいを軽々と飛び越えて刑務所の中に入った。


 佐久間はバンの中から刑務所の監視システムをハッキングし、ミュウを医務室へと誘導した。


 夜目の効くミュウは真っ暗な医務室の中がはっきりと見えた。


――あれ?


 奥の壁に隠し扉があって、その隠し扉は半開きになっていた。歩み寄って扉の中を覗き込むと、階段があった。


 その階段を誰かが登ってきた。


 ミュウは医務室のベッドの陰に身を潜めた。


 隠し扉から出てきた人影は、ミュウにははっきりと見えた。


 鼠小僧だった。彼も黒いバックサックを背負っていた。


 ミュウはベッドの陰から姿を現して、鼠小僧の前に立ちはだかった。


「こんばんは」

「あれ、あんた、猫?」


「まあね。キャットガールって呼んで」


「キャットガールね・・・俺、猫って苦手なんだよね? 鼠だからさ」


「あら、仲良しの猫と鼠だっているよ。あなたと私のようにね」


「は? 何、わけのわからないこと言ってるんだい?」


「あなた、私の声、覚えてるんじゃないの?」


 震災の時に一緒に逃げ出したチュウは、鼠の遺伝子の影響で聴覚が鋭く、記憶力もよかったので、


一度聞いた音や声は決して忘れなかった。


「覚えてるよ。DVDを返しに行って、政府のエージェントにならないかと誘われたときに一緒にいたよね?」


「そう。でも、その前にも・・・。覚えてないの?」


 鼠小僧は腕の時計を見ながら答えた。


「ないね。悪いけど、もう行かないと。


 あんたももう行った方がいいよ。下に爆薬をしかけて、あと二十秒で爆発するから。じゃ」


 鼠小僧は素早くミュウの脇をすり抜けて医務室を出た。


 ミュウはあとを追いかけながら、小声で、


「あなた、義賊でしょ? なんでこんなことをするの?」


 とささやくような声で聞いた。その声でも、鼠小僧には十分聞こえるはずだった。


 鼠小僧はびっくりした。


――こいつ、なんで俺について来られるんだ?


 ミュウは質問を繰り返した。


「ねえ、なんでこんなことをするの?」


 背後で大きな爆発音がした。地下からき出す炎が医務室を通り抜けて通路にまで噴き出した。


――こんなこと、やりたくてやっているわけじゃない。


 鼠小僧は心の中で叫んだ。


 爆発音を聞いて駆けつけてきた職員たちを走り抜けざまに次々と片付けながら、あとを追うミュウとの距離をどんどん広げた。


 ミュウはついに鼠小僧の姿を見失った。


「やっぱり、あの逃げ足の速さはチュウ以外の誰でもないよ」


 ミュウはあらためて感嘆かんたんしながら、刑務所から脱出してバンに戻った。


 すぐにバンは暗闇の中を走り去った。


「何があったんだ?」

 正見はミュウに尋ねた。


「それが、鼠小僧が先に来ていて。


 医務室の地下にある、多分秘密のラボかなんかだと思うけど、そこに爆弾を仕掛けて逃げたのよ。


 爆破なんてこれまでの鼠小僧のパターンとは違うことをしたのは、


 きっと、家族を人質に取られて、やむなくそんなことをしたんでしょうね」


「そうだろうな。


 あそこでウィルス兵器を作っているという情報を得た連中が鼠小僧を使ってウィルスの現物や資料を盗ませ、


 ウィルスの研究・培養ばいよう施設を破壊させたんだろう」


「連中って、闇の結社ダーク・ソサエティとか?」


「その可能性は十分あると思う。


 連中は恐らく、ウィルスを作った人間も拉致するつもりかも。いや、すでに拉致しているかも」


「恵美音のことも狙っているんじゃ?


 意識や知性が残ったままゾンビになって、筋力や運動能力が増強されるわけでしょ?


 恵美音の体の中のウィルスを調べて、応用できれば、


 超人的なゾンビ戦闘員とかゾンビ諜報員とかを作ることもできるんじゃ?」


「ああ。


 意識や知性が残っているということは、コントロール可能だということになりそうだし。


 それに、ウィルスを消すワクチンを作って、そのワクチンでウィルスを消すことによって元の体に戻れれば、


 ゾンビ戦闘員とかゾンビ諜報員のなり手は確保できるだろうね」


 ミュウはいやな予感がした。恵美音に電話したが、通じなかった。


 そこで、今度は富士子に電話してみた。


「恵美音ちゃん、私がコンビニに買い物に行っている間にいなくなっていたのよ。


【友達に会いに行ってきます】っていう置き手紙を残して」

 

 電話を切ったミュウは、今富士子から聞いた話を正見に伝え、その上で自分の感じたことを口にした。


「私が恵美音の身柄を確保したい連中だったら、


 その親友をマークして、盗聴なんかもして、


 恵美音が電話して来てその親友と会ったところで、身柄を確保すると思う。


 恵美音は筋力や運動能力がすごくなっているけど、その親友を人質にとられたらおとなしくついて行くと思う。


 もしもそういう親友がいることを恵美音から聞いていたら、


『危険だから連絡したり会いに行ったりしないでね』


 って当然アドバイスしていたはずだったんだけど」


 正見は頷いた。


「ぼくもそれを知っていたら、同じアドバイスをしただろうね。


 その連中が闇の結社ダーク・ソサエティだったら、そのくらいの情報収集能力と知恵とノーハウは朝飯前であるだろうから。


 佐久間君、恵美音ちゃんの携帯の番号を教えてもらって、


 その携帯の中の発信・着信履歴、電話帳、メールなどの情報をすぐに消してくれ」


「了解」


 ミュウにはなんで正見がそんな指示をしたのかわかった。


 恵美音の番号を佐久間に伝えてから、正見に向かって尋ねた。


「恵美音の携帯の中の情報から私や正之助さんや富士子さんなんかの情報が連中にれることを防ぐためですね?」


「そうだよ。


 恵美音ちゃんの携帯から君や富士子さんの情報を取られる。


 そうすると、君の携帯からは君の家族の情報を取られる。


 そうなったら、富士子おばちゃんや君の家族も人質に取られたり、場合によっては命の危険にさらされることになりかねない。


 そうならないように身を隠したら、これまでの生活ができなくなる。


 この仕事に、用心しすぎるということはない。


 ずる賢い奴らに弱みをつかれる可能性は全部消しておかないと、


 あとで取り返しのつかないことになりかねないからね」


「それはわかります。でも、そんなことできるんですか?」


「ああ。


 ぼくが仕事で使っている方の携帯は盗聴もできないし、


 位置情報も特定できないし、


 情報を抜かれないようにセキュリティも万全だし、


 いざとなったら自分でも、遠隔操作でもすべての情報を完全に削除できる。


 でも、君や恵美音ちゃんのはそうじゃないから。


 君たちには言ってなかったけど、


 こういう事態を想定して、君たちの携帯に、


 佐久間君が作った情報削除アプリを入れておいたんだよね。


 電源が入っていなくても、そのアプリで電源をオンにして情報を削除できる。悪く思わないで」


「そうだったんだ。あちゃ~、やられたア」


 ミュウはお茶目な顔をして頭に手をやった。


「きょうは間に合わなかったけどあしたにでも、ミュウちゃんにも仕事用の携帯を渡すから」


 佐久間は迅速に恵美音の携帯にアクセスして全ての情報を消した。


「情報はコピーしておきましたよ。恵美音さんに何事もなかった場合は、情報は全て戻せます。


 削除ソフトは一回作業をしたあとに自滅するように作っておいたんで、同じものを作られる心配はありませんし」


 佐久間はいかにも得意げな笑いを浮かべながら言葉を続けた。


「ついでに位置情報も把握したんで。出しますよ」


 佐久間はディスプレイに地図を出した。


 地図の上を北北西に向かって赤い点が移動していた。


 だが、じきに赤い点は移動しなくなった。


「向こうの車の中で情報を抜こうとして、情報が削除されたことに気づいて、


 遠隔操作で削除したぼくの存在にも気づいて、


 これ以上位置情報を追跡されないように窓から捨てたんじゃないかと思いますよ。


 とにかく、その携帯の場所に行ってみませんかね? 誘拐されたかどうかはっきりさせるために」


 佐久間は自分の推測と今後の方針を正見とミューに得々と話したあと、チョコバーをかじった。


 赤い点をたどって発見した携帯は道路脇の暗い地面の上にあった。


恵美音が誘拐されたことは間違いないとミュウも正見も思った。

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