PARTⅢの2(16) キャットガール誕生

 一時間後。黒いバンがミュウの母のレストランの前に停まった。


 バンの運転席には体格のいいスポーツ刈りの中年男性がハンドルを握っていた。


 バンのうしろから正見が姿を現し、レストランで待っていたミュウを迎えに行った。


 ミュウは黒いスリムジーンズに黒いスニーカー、黒いTシャツ、黒い革ジャンで決めていた。


 ミュウは正見と一緒にバンの後ろに乗り込んだ。


 そこにいた小柄な男を、正見はミュウに紹介した。


「彼は君の潜入のサポートをしてくれる佐久間君」


 四角くて長細い銀縁眼鏡をかけた丸顔の佐久間は、


 マカダミアナッツの入ったチョコバーをかじりながら不愛想に会釈した。


 ミュウはにこやかに会釈を返した。


「佐久間君はそのチョコバーをかじりながらじゃないと調子が出ないんだよ。な、佐久間君?」


 佐久間はこれまた不愛想にうなずき、


「のり塩のポテチでもいいんだけど、あれだとキーボードが汚れるから」


 とディスプレイを見たまま説明した。


「よろしくお願いします。私も、煮干しをかじらないと調子でないんですよね」


 ミュウはそう挨拶した。


「え、それって、まじっすか?」 

 

 佐久間は急に打ち解けたような表情になって、面白そうに質問した。


「まじ、まじ、まじですよー」ミュウも笑いながら答えた。


――佐久間さん、冗談だと思ってるようね。


 でも、とにかくこれで、いい感じで一緒に仕事ができそうね。


 ミュウはそう思った。


 正見は「彼は岩さん」と、運転手をミュウに紹介した。


 正見はミュウに、シリコンのようなソフトな素材でできた黒い円い形の財布のようなものを渡した。


「これは?」


「ほら、真ん中の黒い円がボタンになっているから、押してみて」


 言われたとおりにすると、それは目から上を覆う、


 猫耳のついたおしゃれなマスクになった。


「鼠小僧のほっかむりはイナセだけど、


 これはキュートでかっこいいかも。かぶってみて」


「はい」


「ああ、似合う、似合う。


 キャットガール誕生だね。


 ほら、この鏡で見てご覧よ」


 ミュウは渡された手鏡でマスクをかぶった自分の顔を見た。


「ありがとう。気に入りました。キャットガールという呼び名も」


「おでこにビデオカメラがついてて、ぼくや佐久間君が君の仕事をモニターできるようになっているよ」


「そうですか。それじゃ私、サボれませんね?」


「そうだね。頭のてっぺんにボタンがあるから、脱いでそれを押すと元に戻るよ」


 ミュウはマスクを外して元の円い形に戻した。


 黒いバンは高速道路を通って、恵美音が収監されていたあの刑務所に向かった。


 車の中で、ミュウは事前に佐久間が入手しておいてくれた刑務所の図面を見て医務室の位置を確認した。


 恵美音が投与されたウィルスを作ったラボがあるとすれば、それは医務室の地下などあるのではないかとミュウは推測した。


 バンは刑務所の近くの路上に停車した。


 ミュウはマスクをかぶってキャットガールになり、耳に連絡用のイヤホンをつけてスタンバイした。


 刑務所の警備システムをハッキングしようとした佐久間は、


 それが既に別の者によってハッキングされていることに気づき、


 正見とキャットガールに報告した。


「とにかく、私、行きます。あ、でもその前に」


 ミュウは自分の黒いバックパックからタッパウエアを取り出した。


 その中には煮干しが入っていた。


 煮干しを取り出し、かじった。


 佐久間は面白そうに言った。


「まじにまじだったんすね?」

「そう。まじにまじ」


 キャットガールは笑いながら答えた。正見も笑った。

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