PARTⅢの1(15) ミュウちゃん、お願いできないかな?

 翌朝の夜、ミュウは小笠原和希の家に行ってみた。


 家は中野区の住宅街の、庭付きの古い一軒家だった。


 ミュウは、


「小笠原和希=鼠小僧=研究所から一緒に逃げたチュウ」


 であることに間違いないと思っていた。


 チュウにも自分同様、首の後ろの同じ場所に、


 GPS発信機を取り去り合った時の傷跡が残っているはずだった。


 そのことを話し、自分の傷跡を見せ、


 小笠原和希にも、彼の首の同じ部分に同様の傷跡があるかどうか確認させてもらおうと思ったのだ。


 小笠原家は電気がついてなかった。


 玄関の郵便受けにはその日の新聞の朝刊と夕刊が入っていた。


 ミュウは正見に電話して報告した。


「わかった。調べてみるよ」


 正見が調べた結果、


 和希の父親の正則は出席を予定していた京都の学会の会場に姿を現さなかったことがわかった。


 小笠原家の自動車は家の駐車スペースにあった。


 小笠原一家の写真を手に入れて顔認識ソフトにかけ、駅や道路などの監視カメラをチェックしたがヒットしなかった。


 正見は彼のチームのスタッフに指示して、小笠原家の玄関に小型監視カメラを設置させた。


 帰ってくれば映るはずだった。


闇の結社ダーク・ソサエティは戦闘及び犯罪の能力の高い者たちをリクルートしている。


 自分同様、闇の結社ダーク・ソサエティも鼠小僧に目をつけて、連れていったのかもしれない。


 自分が闇の結社ダーク・ソサエティだったらまず家族を人質にして逆らえないようにしたうえで、


 家族と一緒に拉致して仕事をさせるだろう」


 彼はそう考えた。


 ミュウは、【鼠小僧参上】と書かれた紙をもう一度、富士子のクリスタル占いで見てもらった。


 恵美音もその場に立ち会った。


「雑木林・・・渓流・・・見えるのはそれだけ」


 富士子はつぶやいた。


 雑木林と渓流のある場所にいるということだとミュウは思った。


 それ以上はわからなかった。


 ミュウはその結果を正見に電話で伝えた。


 正見は、


「鼠小僧は今後犯罪の片棒かたぼうかつがされる可能性が高いだろう」


という自分の推測すいそくをミュウに伝えた。


「私も同じように考えていた。ところで、刑務所の調べは進んでいる?」


 恵美音が収監しゅうかんされていた、民営の栃木の女子刑務所のことだった。


「ああ。あの刑務所の運営会社の大株主は大手のT製薬だった」


「その製薬会社が人体実験をさせているということ?」


「おそらく」

「なんのために?」


「ウイルス兵器とそのワクチンの開発だろう。


 でも、T製薬が単独でそんな人体実験をしているとは考えにくい。


 そういう者を必要としている、国家権力がらみの連中がバックにいる可能性が高い。


 政治家とか高級官僚とか」


「この国の?」


「かもしれないね。


 あるいは別の国のそういう連中が必要としているのかもしれないけど、


 いずれにしても、


 この国の政治家や官僚が何らかの形でかかわっている可能性はある。


 そういう連中がバックにいれば、


 人体実験がそう簡単に明るみに出ることはないだろう。


 製薬会社もそう簡単には犯罪に問われることなく人体実験をすることができるだろう。


 でも、もっと根深い裏のある話かもしれない」


「どういうこと?」


「T製薬の筆頭株主はテフヌトというアメリカ系のファンドなんだよ。


 テフヌトっていうのはエジプト神話に出てくるライオンの頭を持った女神で、


 秩序や公正をつかさどる女神だそうだ。


 国家を超えた、無国籍のファンドといった方がいいかもしれない。


 そういうファンドは武器商人ともつながっているはずだ」


「ウイルス兵器って、要するに究極の武器の一つでしょ?」


「そう。そう言う武器を作って売れば大儲けできる。


 その大儲けの一部は政治家や高級官僚のふところに入る。


 そういう仕組みの中で、


 栃木の女子刑務所で恵美音ちゃんは人体実験をされたんじゃないかと思う。


 彼女は身寄りのない人間だから、たとえ不自然に亡くなったとしても、そのことを不審に思う家族はいない。


 そういう理由で狙い撃ちされて、


 知らないうちにバッグに覚せい剤を入れられて、仕組まれた冤罪えんざいに陥れられて。


 ちょっと考えてみたいことがあるから、いったん電話を切るよ。


 多分、またすぐ電話すると思う」


「わかった。私も恵美音ともっと話してみる」


 正見は刑務所民営化の先進国であるアメリカの刑務所ビジネスに関しても調べていた。


 アメリカでは受刑者は日本円にしてたったの四十~五十円程度の時給で働かされ、


 刑務所内の経費も有料で新たな借金を背負わせられる。


 出所後は、ホームレスとして生きていても、


 警察から監視されてちょっとした微罪で逮捕されて、


 また超低賃金労働へ逆戻りするケースも多い。


 一部の州では「スリーストライク法」により、三回目の有罪判決が確定すると、最後の罪の重さにかかわらず終身刑となる。


 だから、受刑者が増えれば増えるほど経営者には大きなメリットがある。


 刑務所ビジネスは現代の奴隷ビジネスの極致きょくちなのだ。


 それは日本でも同じことだった。


 その現代の奴隷ビジネスの極致=ブラック企業的ビジネスのチャンピオンとして、


 恵美音は微罪どころか冤罪でウイルス兵器のモルモットとして刑務所に入れられたのだとしたら? 


 それもあらかじめ行われた秘密のリサーチの結果、


 身寄りがない=死んでも誰も気にするものがいない人間だからという理由で選ばれた狙い撃ちされたのだとしたら?


 正見の中に怒りがこみあげてきた。


 富士子のマンションでは、ミュウと恵美音が話を深めていた。


 富士子も同席していた。


「ねえ、恵美音、誰があなたのバッグに覚せい剤を入れたのかな?」


「わからない。でも、刑務所に入ってから、あれっと思ったことがあったのよ」


「どんなこと?」


「私は逮捕される前、アキバでアイドルグループに入っていたってこと、話したっけ?」


「いいえ、今、初めて聞いたよ」


「そっか。


 アイドルグループと言っても、ほかにバイトしなければ生活していけなかったけど。


 で、私のアイドルグループが所属していた事務所にはほかに四つのアイドルグループも所属していて。


 その四つの中の一つに所属していたフミカという子がいて。


 あまり話したことはなくて、お互いの存在は知っているくらいの関係だったんだけど、


 その子が私のすぐあとに同じ刑務所に送られてきた」


「へえ?」


「その子、一緒に刑務所の工場でスニーカーを作っていたんだけど、


 彼女も身に覚えのない覚せい剤の不法所持で、


 私と同じ日に同じクラブの手入れで捕まったって言ってたんだよね。


 もしもフミカも私と同じように身寄りのない子だったら・・・」


「二つのことが考えられるね。


 一つは、その子も人体実験される危険があるか、


 あるいはもうされているかもしれないってこと。


 もう一つは、同じ事務所に所属する子が二人も狙い撃ちにされたのだとしたら、


 それは偶然ではない可能性が高いってこと」


「そのこと、正見さんに話そうよ」

「ええ」


 ミュウは恵美音も参加できるようにスピーカーフォンで正見に電話した。


「正之助さん。今、これ、スピーカーフォンで、恵美音も一緒なんですけど・・・」


 彼女は恵美音と二人で話した内容を伝え、


「フミカっていう子に身寄りがいるかいないか、調べることはできますか?」


 と尋ねた。


「できるよ。調べてみる。


 もしかしたら一つの糸口になるかもしれないね。


 あとのもう一つの糸口はやっぱり恵美音ちゃんのいた刑務所だろう。


 まだ証拠が固まっていないから、正面から踏み込むことはできない。


 でも、すぐにでも調べた方がいいと思うから、


 ミュウちゃん、お願いできないかな?」


「任せて」


「悪いね。


 ぼくとしては、鼠小僧に仲間になってもらってそういうことを頼みたかったんだけど」


「いいですよ。


 身を隠したり逃げたりするのはチュウの方が一枚上手うわてだったけど、


 潜入のスキルはいい勝負だったから」


「今晩、できるかい?」


「いったん家に戻って着替えたりして支度して、一時間後なら出かけられますよ。


 母のレストランに迎えに来てくれますか?」


「いいよ。


 これで君はぼくのチームのメンバーだ。


 ぼくと分析官の佐久間君も同行する。佐久間君はハッキングの腕もなかなかのものだから」


「助かります」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る