PARTⅡの6(13) 大丈夫、縁はつながったから

和希は一人で家を出て、歩いて駅ビルのレンタル屋に行った。


 三本のビデオを返して道に出た時、後ろから「小笠原和希さん」と声がかかった。


 立ち止まって振り向くと長身の男と猫顔の少女がいた。


 正見正之助とミュウだった。


「なんで名前を知ってるんですか?」


 和希は男に向かって尋ねた。


「ちょっと調べさせてもらって。実は、突然で申し訳ないんですが、ちょっとお願いしたいことがありまして」


「お願いって?」

「仕事の話と言いますか・・・」


――闇の結社ダーク・ソサエティがまたリクルートしに来たのか?


 いや、この二人はそういう組織の人間には見えない。


 それに、女の子の方はどこかで見たことがあるような気がしないでもない。


 気のせいかもしれないけど。


 和希は、どちらかと言えばミュウの方に興味を持った。


「よかったら、私たちがご馳走しますから、


 そこのカフェにちょっと付き合ってもらえませんか?」


 ミュウに誘われて、和希はオーケーした。


 カフェで、正見は自分とミュウを紹介した。


 ミュウの名前を聞いた時、和希は特に反応をしなかった。


 彼は正見に向かって尋ねた。


「それで、仕事って何です?」


――あれ、私だって気づかなかったみたいだ。


 とミュウは思った。


 正見は和希の質問に単刀直入たんとうちょくにゅうに答えた。


「僕は政府の調査官です。ぼくの仕事を手伝ってもらいたいんです」


「ということは、政府の仕事を手伝えと?」


「そうです」

「なんでぼくに、そんなことを?」


「ぼくたちは君が鼠小僧だということを知っています」


「冗談でしょ?」


――一緒に兄のチームを組んでいる芳希と両親以外は、誰も自分が鼠小僧だということを知らないはずだ。


「冗談ではありません。


 闇の結社ダーク・ソサエティの噂を聞いたことがありますか?」


「ああ、まあ、噂ならネットで」


「世界規模の陰謀・犯罪集団で、


 戦争屋つまり武器商人の手先になって戦争を仕掛けたり、


 とんでもないことをしているキケンな組織で、


 日本でも何かことを起こそうとしています。


 その闇の結社ダーク・ソサエティを調べる仕事を一緒にして欲しいんです。


 政府のエージェントになってもらって」


 和希は首を傾げながら笑った。


「面白い話ですね。


 でも、ぼくは鼠小僧なんかじゃないし。


 それに、まあ、ぼくが鼠小僧だと仮定して、


 なんで、泥棒の鼠小僧を政府のエージェントにしようなんてことを考えたんですか?」


「江戸時代の鼠小僧は幕府の隠密だったという話があるんです。


 世のため人のために盗みを働く義賊の鼠小僧が、


 やはり世のため人のために政府のエージェントになるのは、


 そんなに不自然なことではないんじゃないですか?


 闇の結ダーク・ソサエティ社のやることなすことは常に罪のない多くの人達を巻き添えにするものです。


 義賊の鼠小僧がもう一歩踏み込んで、


 そういう組織を潰すことによって、


 多くの人が巻き添えにならないような仕事をしたっていいんじゃないかとぼくは思ってるんですが、


 君はどう思います?」


「わからないでもないけど、


 でも、政府って権力じゃないですか? 


 権力ってとんでもない悪いことをする一番の犯罪組織にもなりえますよね?」


「ですね」正見正之助はうなずいた。


 確かに、


 政府というものは戦争や大量虐殺たいりょうぎゃくさつというような人類最悪の犯罪行為を行うこともある。


 そこまで行かなくても、


 しばしば政府は腐敗したり、


 国民の利益や権利や健康を損なったり自然を破壊するようことも行ったりしている。 


 そんな風に正見も考えてはいた。


「ということは、


 政府が鼠小僧に悪いことをさせようと考える可能性だってあるわけじゃないですか?」


「ですね。


 でも、そういう場合は悪いことの片棒かたぼうを担ぐのを拒否すればいいじゃないですか?


 ぼくも役人ですが、


 政府の上司から悪いことの片棒を担げと言われたら拒否するし、


 必要なら役人を辞めますよ。


 政府に不正があるならそれを正したいし。


 ぼくみたいに考えている役人もある程度はいますから、


 そういう役人と組んで世のため人のために仕事すればいいじゃないですか?」


「なるほどね。でも、とにかくぼくは鼠小僧じゃないから・・・」


「わかりました。


 とにかく、また連絡しますから、考えておいてください。


 あ、それから、あなたが鼠小僧じゃないと言うなら、もしも鼠小僧が誰だかわかったら連絡してください」


 正見は名刺を出した。


「まあ、もらうだけはもらっておきます」


 和希は名刺を受け取って、


「じゃ、ぼくはこれで。ご馳走様です」


 と言って立ち上がろうとした。


「待って、私のこと、覚えていない? 


 私はあなたを覚えているよ」


 ミュウは慌てて声をかけた。


「さあ、覚えているもなにも、きょう初めて会ったんだから。


 他人の空似じゃないんですか? じゃ、ぼくはこれで」


「待って。私の名刺も持って行って」


 ミュウはパソコンで作った名刺を手渡した。


 カフェの出口に向かって歩いて行く小笠原和希を見ながらミュウはつぶやいた。


「確かにあの顔はチュウだと思うんだけどな。


 ずいぶん長いこと会ってないし、お互いに成長したけど・・・。


 記憶喪失にでもなったのかな?」


「そうかもしれないね。大丈夫、縁はつながったから」


「そう思う?」


「うん。ぼくの話にかなり心が揺れていたように思う。


 きっと、彼とは一緒に仕事をすることになると思う」


「ほんとに?」


「ああ。ぼくは富士子おばちゃん同様、直観にも自信があるからね」

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