PARTⅡの5(12) リンゴですごい実験を

 和希と芳樹の父親、小笠原正則おがさわらまさのりは科学者で大学教授だった。


 彼は大学のラボに寝泊まりすることが多かった。


 きょう、ようやく研究が一段落したので、妻の冴子さえこに、


「今晩は早く帰る」と連絡した。


 冴子は息子たちに、


「おとうさんが早く帰ってくるから、今晩は久しぶりにみんなで晩御飯を食べましょう」と言った。


 正則は大きなバッグとスーパーマーケットの袋を一つ持って帰って来て、冴子に、


「これ、洗ってテーブルに出しておいて」


 とスーパーマーケットの袋を渡した。


 中にはリンゴが四つ入っていた。冴子は洗って、食卓に並べた。


 食後、冴子は、


「じゃ、おとうさんが買ってきたリンゴを剥きましょうか?」と手を伸ばした。


「ちょっと待って。今からリンゴを使って面白いことをするから、


 いて食べるのはそのあとにしてくれ」


 芳樹は、


「おとうさん、マジックでもやるの?」


 と聞いた。


「ああ、科学者のマジックをね。ちょっと準備をするから」


 正則は笑いながら答えた。


 彼はバッグから一辺が十五センチ位の立方体の透明な箱を二つ取り出し、


 芳希と和希にノートパソコンを持ってこさせた。


 正則は二人に、


「パソコンを立ち上げて、このソフトをインストールして」


 とDVDロムを一枚ずつ渡してインストールさせた。


 デスクトップには自動的に『マジックトランスファー」というアイコンができた。


 次に、正則はそれぞれのパソコンに透明な箱をUSBケーブルで接続させた。


 箱のスタンバイランプが緑色に点灯した。


「これで準備はオーケー」


 得意そうに微笑む正則に、芳希は質問した。


「おとうさん、これって?」


「そうだよ、物質転送装置だよ。データ変換方式のね。


 じゃ、リンゴを芳希の箱の方に入れて、『マジックトランスファー』のアイコンをクリックして。


 和希も自分のパソコンの同じアイコンをクリックして」


 二人の指示に従った。


 二人のパソコンの画面の中で『マジックトランスファー』が起動した。


 芳希のパソコンの画面に次のようなメッセージが順に現れた。


【転送対象確認】→【転送先候補リスト確認中】→【転送先候補一件あり】→【転送先リストを表示します】


 そして表示されたリストに、和希のパソコンのコンピューター名が現れた。


【転送先をクリックして選択して下さい】


「今は転送先は一つだけど、たくさんある場合は送りたいところを選べばいいわけさ」


 正則は解説した。


 芳希は和希のパソコンのコンピューター名をクリックして選択した。


【転送しますか? はい いいえ】


 芳希は【はい】をクリックした。


 芳希の方の箱の中のリンゴが消え、それは和希の方の箱の中に現れた。


「おとうさん、すごい。やったじゃない」


 冴子は思わず叫んだ。


 芳希も和希もすごいすごいと叫んだ。


「これはまだ第一段階だよ。


 もう少し工夫を重ねれば、こんな箱の中に入れないでもできるようにできると思う。


 家族には是非とも見せたいと思って持ってきたけど、誰にも言ってはいけないよ」


 正則はそう言って家族に秘密を守ることを約束させた。


「これはデータ化方式だけど、ワープ方式の転送装置にもチャレンジしているんだ」


 と正則は付け加えた。


「データ方式とワープ方式ってどう違うの、あなた?」

 と冴子は質問した。


「データ方式は、送る物質をデータ化してインターネット経由で送るんだよ。


 今やったリンゴみたいに。


 それに対してワープ方式は、インターネットに頼らず、空間から空間へ物質を移動させる方式なんだ」


「わかったわ。あなた、本当にご苦労様。あとで肩でも揉んであげましょうか?」


「嬉しいね。じゃ、風呂に入って、そのあとでお願いしようかな?


 あしたは京都で学会があって、朝からでかけるから、


 きょうは早く寝るよ」


 和希は今晩がレンタルビデオの返却期限だということを思い出した。


「芳希にいさん。ビデオ返しに行くけど、一緒に来る?」


「いや、ゲームの続きをやりたいから」


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