PARTⅡの4(11) 遺伝子操作とミュウとチュウ

「東日本大震災の前まで、遺伝子操作で超人を生み出す研究所が東北にあったって知ってた?」


 ミュウは尋ねた。


「ほんとに?」


 これにはさすがの正見正之助もびっくりした。


「ええ。その研究所は大震災の時に倒壊して、その後どうなったかは知らないけど。


 正之助さんの立場だったら裏をとれるかもしれないし、


 その後どうなったかも調べられるかもしれないけど、


 とにかくそういう研究所で私は生まれたのよね」


「ということは、君は?」


「人と別の動物の遺伝子のハイブリッド。


 ハイブリッドなだけじゃなくて、いろいろな点で強化されてもいるの。


 どう、信じる?」


「ああ、さっき襲われた時の君の対応を見てるから」


「私は、なんの遺伝子が入ってると思う?」


 正見はミュウの顔を見ながら答えた。


「そうだね、猫とか?」

「そう。その通りよ」


「猫が入っているから、気ままに生きたいと思って、


 地震で研究所が倒壊した時に逃げ出したとか?」


「それも当たっている。


 犬が入っている仲間たちは、戻ったんじゃないかと思う」


「犬のハイブリッドもいたんだね?」


「ええ。数的にはそういうハイブリッドがほとんどだった。


 で、私は逃げておじいちゃんと巡り合って、


 別の組のやくざが311のドサクサに紛れておじいちゃんの命を奪おうとしたところを、


 私が助けてあげた。


 私に感謝したおじいちゃんが口をきいてくれたおかげで、


 私は今のおかあさんとおとうさんの養子にしてもらったのよね。


 おとうさんとおかあさんも子供がいなかったから喜んでかわいがってくれた。


 それで、以下省略で、今、こうして正之助さんと会ってるってわけ」


「それは奇遇かも。


 ぼくや富士子おばさんの家系も、特別というか、相当ユニークだから」


「あなたも、あのハートキャットが見えるのね?」


「ああ。子供のころから見てる。


 それもあるから、ちょっとやそっとのことじゃ驚かないんだ。


 君もあの猫が見えるのかい?」


「ええ。


 最初に会ったのは研究所から逃げ出し、チュウと別れたあとで、


 いきなり現れて、私の顔を見ながら走り出した。


 あとを追いかけたらおじいちゃんが襲われていて、それでおじいちゃんを助けることになったんだよね。


 恵美音に会ったのも、あの猫の導きだったし。


 話を先に進めてもいい?」


「ああ。お願いします」


「で、私が逃げた時、一緒に逃げたハイブリッドが一人いて。


 その子、男の子で、チュウっていう名前で」


「チュウって、鼠のハイブリッド?」


「そう。


 私は気ままに生きたいと思って逃げ出したんだけど、


 チュウの動機は違うものだった」


「どういう?」


「研究所には猫のハイブリッドは私だけ。鼠のハイブリッドはチュウだけ。


 それに対して犬のハイブリッドは八人いた。


 チュウは潜入して特殊任務をこなせるハイブリッドとして、


 私は中国雑技団以上の身軽さを要求される特殊任務もこなせるハイブリッドとして、


 犬たちはチームワークの必要な特殊任務をこなすためのハイブリッドとして、


 それぞれ生み出され、育てられ、訓練を受けた。


 最初は別々に育てられ、訓練を受けていたんだけど、


 大震災の起きる一か月くらい前から、同じ宿舎に合宿させられ、


 合同で訓練を受けさせられた。


 研究所は私とチュウにもチームワークを叩きこもうと思ったんだと思う。


 それがチュウには不幸の始まりで」


「そうだったんだ?」


「ええ。


 まず、私もチュウもそれまでの教官から離れて、


 犬のハイブリッドたちの教官に訓練を受けるようになったんだけど、


 その教官というのが粗暴そぼうな男で、指示されたことをちゃんとこなせないと容赦ようしゃなく殴った。


 私は言われたことはなんでもちゃんとこなせたから殴られたことはなかった。


 でも、チュウも犬のハイブリッドたちもしょっちゅう殴られた。


 犬たちはすでに殴られ慣れていたけど、


 それまでそんな風に殴られたことのなかったチュウは心身ともに傷ついた。


 教官だけじゃなく、犬のハイブリッドたちも何かにつけ、チュウをいじめたり殴ったりしはじめた。


 あいつら、教官に絶対服従していた分だけストレスと怨念おんねんがたまっていたようで、


 そのストレスと怨念のハケ口としてチュウを使い始めた」


「普通の人間たちにもよくあるパターンだな」


「そう。


 私はチュウをかばったけど、多勢に無勢で、


 結局、私もチュウと一緒に殴られたりするようになって。


 そういう時に大震災が起こって研究所が倒壊とうかいしたんだよね。


 私にも、気ままに生きたいという思いのほかに、


 粗暴な教官や犬のハイブリッドたちとは関わりたくないという思いもあったけど、


 チュウにとってはあとの思いの方が強かったんじゃないかと思う」


「簡単に逃げられたの?」


「まあね。


 地震のおかげで研究所の連中は警備の人間も含めてみんな大混乱していたから。


 私は自分のサバイバルキットとナイフを持ってチュウと一緒に逃げて、


 まず最初にしたことは、


 チュウの首に埋め込まれているGPS発信機をナイフを使って取り出して傷口を縫い、


 私の首のGPSも同じようにチュウに取り出してもらって、


 傷口も縫ってもらって、GPSから自由になることだった」


「そんなことも・・・」


「私たちは戦士として、工作員として、


 IT関係も含めて、必要なありとあらゆる訓練を受けてきていたから。


 GPSを投げ捨てた私たちは、


 追手がかかることを想定して二手に分かれて逃げることにした。


 お互いに偽名を決め、必要になったら災害掲示板で連絡を取り合えるようにして。


 でも、それ以来、チュウとは会っていない。


 決めたやり方で連絡を取ろうとしたけど、連絡はつかなかった。


 私は内陸に向かって逃げたから津波にはやられずに済んだけど、


 チュウはどちらかと言えば海沿いに逃げて、津波にやられたんじゃないかと思ったんだよね。


 研究所では、津波について教わったことはなかったから。


 でも、きのう富士子さんから鼠小僧の話を聞いて――」


「チュウじゃないかと思ったんだね?」


「そう」


「なるほど。鼠小僧がチュウだという可能性は大きいかも」


「でしょ。だから、私も鼠小僧に会いたい。正之助さん、会う時は一緒に連れて行って」


「もしも鼠小僧がチュウだったら、君が一緒に会った方が話が早いかもしれないね」


「そう。それに、私は戦士としてもスゴいから、頼りになるわよ。さっきみたいなことがまたあっても」


「確かに」


「ところで、あの連中は何なの? 心当たりはあるの?」


 正見は少し考えてから答えた。


「仕事のことは人に話してはいけないんだけど、でも、君には話すよ。


 闇の結社ダーク・ソサエティの噂を聞いたことがあるかい?」


「いいえ。何です、それ?」


「世界的な陰謀・犯罪集団で、日本にも最近支部ができたらしい。ぼくはその調査を担当しているので、それで襲われたんじゃないかと思う」


「なるほど。鼠小僧に会いたいのもその調査に関係しているとか?」


「まあ、広い意味ではね。オリジナルの鼠小僧のことは知ってる?」


「きのう帰ってから調べたから、多少は。


 義賊ぎぞくとして活動して、困っている人たちにお金を分けてまわって、でも最後は捕まって、処刑された」


「まあね。でも、こういう話もあるんだよ。


 義賊だった鼠小僧を処刑するに忍びなかった奉行が、


 処刑したと世間には見せて、


 実は生かしておいて、


 鼠小僧を隠密おんみつにして、本当に悪い連中を取り締まらせたという話もね」


「ほんとに?」


「ああ。ぼくも鼠小僧のことを調べてそのことを知ったんだけど、


 それで思ったんだよね。


 今の鼠小僧にぼくの隠密になってもらって、


 闇の結社ダーク・ソサエティのことを一緒に調べてもらえないかって」


闇の結社ダーク・ソサエティは並大抵の相手じゃないけど、鼠小僧が力を貸してくれれば何とかなるかもしれないってことね」


「そういうこと」


「いいかも。


 彼がチュウであっても、万一なくても、


 私も彼を仲間にして戦力を増強して闇の結社ダーク・ソサエティをやっつけることに大賛成」


 話は決まった。


 正見は分析官の佐久間に電話して、


「駅ビルのレンタルビデオ屋。ソシアルネットワーク。ドラゴンボールZ。スペースゴジラ。あさっての夜」


 というキーワードを伝えた。


「わかりました。


 その三本のビデオを駅ビルのレンタルビデオ屋でレンタルしていて、


 返却期限へんきゃくきげんがあさってということで、該当者がいとうしゃを絞り込んでみます」


 佐久間はそう答えた。

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