PARTⅡの3(10) 灰皿投げて、命中させて 

 正見正之助は富士子のマンションの近くのコインパーキングに車を停めていた。


 車は左ハンドルのフランス車、サーブだった。


 車を発進させて道に出て少し行ってから、正見は助手席のミュウに質問した。


「さっき、恵美音ちゃんの話を聞いたあとで、君に聞こうと思って聞きそこねたことがあるんだけど」


「なんです?」


「恵美音ちゃんは体がゾンビになって筋力がアップして、


 それで公園で三人の男をやっつけたって言ってたけど、


 君も別の三人をやっつけちゃったんでしょ?」


「そうですよ」


「君も何か特別な人だってこと?」

「ええ、まあ、あ!」


 ミュウは窓越しに斜めうしろを向いた。


 うしろを走っていた黒塗りのワゴン車がいきなりスピードをあげて正見とミュウの車の脇に出た。


 ワゴン車の助手席の窓は開いていた。


 その窓からサイレンサー付きの銃がこちらに向いていた。


 銃を構えている神の短い男の顔がミュウにははっきり見えた。


「伏せて」


 ミュウは叫びながら両手で正見の体を前方に無理やり折り曲げ、


 自分も前方に身をかがめた。


 弾丸が窓ガラスを割り、


 二人の上をかすめて運転席側の窓も割って飛び去った。


 ミュウはその姿勢のまま、車の灰皿を手に取り、


 素早く身を起こすや、隣の車の助手席の男の頭めがけて投げた。


 灰皿は男の額に命中し、男は両手で額を押さえ、うめきながらうつむいた。


 銃は男の手を離れて車内の床の上に落ちた。


 黒塗りの車はスピードを上げて走り去った。


 正見は車を停めた。


「灰皿、ごめんなさい」

 ミュウは謝った。


「いいよ、タバコ吸わないから。でも、やっぱり君、特別な人だったんだね」


 ミュウは肩をすくめた。


「まあね。富士子さんには話したけど。


 あの、えーと、正之助さんって呼んでいい?」


「いいよ」


「じゃ、正之助さん、思い切って私のヒミツを話しちゃおうかな?」


「どんな?」


「それはね・・・


 もしかしたら、私のヒミツは、正之助さんが会いたがっている鼠小僧にも関係あるかもしれないのよね」


「ほんとに?」


「ええ。富士子さんが言ってたけど、正之助さんて、何を話しても驚かない人なんだよね?」


「そうだよ。ぼくは富士子おばちゃんの親戚だから」


「わかった。じゃ、ちゃんと話したいから、よかったら私の母のレストランにちょっと寄ってもらえません?」


「おかあさん、経営者?」


「ええ。そこだったら落ち着いて話せるし」


 ミュウの母、さくらの経営する青山のレストラン「ソリスティス」はアンティークな落ち着いた雰囲気のレストランだった。


 ミュウはさくらに正見を紹介し、窓側の一番奥のテーブルに向かい合わせに座った。


「私とおかあさん、似てないでしょ?」

 とミュウは切り出した。


「うん、まあ。二人とも美人だけどね」


「ありがとう。私がおかあさんの養子になったのは、東日本の大震災のあとなの」


「そうなんだ?」


「ええ。おかあさんのおとうさん、つまり私のおじいちゃんは昔気質むかしかたぎのヤクザの親分で、


 その人が私を助けてくれて、おかあさんとおとうさんの養子にしてくれて」


「義理人情の人なんだね、君のおじいさんって」


「そう。すごくいい人。


 養子になってからの私はまあ世間並みの普通の生活をしているけど、


 それ以前の私って、今の恵美音とある種共通するような、とんでもない人生だった」


「へえ。どんな?」


「これから話すことは絶対に他人には言わないでね。


 正之助さんを信頼して話すんだから」


「わかった。ぼくは口は固い。


 こっちも一つ秘密を話すよ。


 やっぱり絶対に誰にも、富士子おばちゃんにも、恵美音ちゃんにも話さないでほしいんだけど、


 ぼくはアメリカのCIAに派遣されてCIAのエージェントの訓練も受けているんだよ。


 拷問されても簡単には口を割らない訓練なんかも含めてね」


「ほんとに?」


「ああ」


「わかった。じゃ、信頼して話しますね」

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