PARTⅡの2(9) 闇の結社と都市伝説

 正見正之助は国の安全保障あんぜんほしょうを担当する独立調査官だった。


 彼は内閣府という政府の役所に所属していた。


 最近の彼の主な仕事の一つは闇の結社ダーク・ソサエティの調査・分析だった。


 きっかけは二週間ほど前のアメリカのCIAからの通報だった。


「この三年ほどの間に中東やアフリカで起こった武力紛争は、


 それによって儲かる武器商人が闇の結社ダーク・ソサエティという秘密結社に依頼して仕掛けさせたものだという情報がある。


 闇の結社ダーク・ソサエティは戦闘及び犯罪の能力の高い者たちから成り、


 様々な非合法活動を手掛け、


 そういう分野の能力者をリクルートして世界的に組織を広げつつあるようだ。


  

 CIAはエージェントの一人がリクルートされるように仕掛け、そのエージェントは闇の結社ダーク・ソサエティへの潜入に成功した。


 だが、今は音信不通になっている。


 そのエージェントから送られてきた最後の情報の中に、


闇の結社ダーク・ソサエティは最近日本にも支部を作り、その日本支部が何か仕掛けようとしているようだ。仕掛けの具体的な内容はわからない』」


 というものがあった。


 CIAはそれを通報してきたのだ。


 正見は彼のチームの分析官の佐久間信夫に基礎調査を依頼した。


 すると、あるネット上の都市伝説として、


「あのハリウッド映画の主人公のモデルになった元海兵隊特殊部隊員は、実は闇の結社ダーク・ソサエティのメンバーらしい」


 とか、


「マカオの資金洗浄マネー・ロンダリングの組織のトップも闇の結社ダーク・ソサエティのメンバーになっているようだ」


 とかいう類の噂が広がっていることがわかった。


 その噂の元はある都市伝説マニアの交流サイトだということもわかった。


 正見は佐久間に、その書き込みをした人間を特定させた。


 それらの情報を書き込んだのは大阪の男だということがわかった。


 そこで昨日は大阪に行ってその男に会い、事情を聴いた。


 男は英語のできる都市伝説マニアだった。


「自分が参加しているアメリカの都市伝説サイトで、ブライトスターというハンドルネームの人間と知り合ってチャットをした。


 自分は日本人だと自己紹介したら、


『日本人がまだ誰も知らない情報があるんだが、教えたら広めてくれるか?』


 と聞いてきた。


『いいよ』と答えたら、


 ブライトスターが教えてくれたのが闇の結社ダーク・ソサエティの情報だった。


 自分はそれらを日本語に訳してあの都市伝説サイトに書き込んで紹介した。


 新鮮な都市伝説なので、読んだ多くの人がネット上で広めてくれている」


 その男はそう説明した。


 けさ東京に戻った正見は早速佐久間に、男から聞いたアメリカの都市伝説サイトを調べさせた。


 ブライトスターのアカウントは既に削除されていて、それ以上は辿たどれなかった。


――日本でも人材をリクルートするためには、知名度を上げる必要がある。


 そのための工作なのではないか?


 正見はそう考えた。


 夜、正見正之助はマザー・富士子のマンションを訪れた。


 富士子は正見に恵美音とミュウを紹介した。


 恵美音はミュウのアドバイスであえてすっぴんの青白いまま正見の前に姿を現した。


 正見は微笑みながら、


「やあ。初めまして。大変な目にあったようですね」


 と挨拶した。


「ね、言ったとおり、あなたのことを怖がったりしない子でしょ」


 富士子も恵美音に微笑んだ。


 恵美音はほっとした。富士子は早速本題に入った。


「正ちゃん、あなたなら何を聞いても驚かないと思うけど、


 恵美音ちゃんは、身に覚えのない罪で刑務所に入れられ、


 その刑務所で人体実験をされて、心は人間のまま、体がゾンビになってしまったのよ。


 なぜそんな体になったのか、クリスタルに尋ねたら注射器が見えた」


「注射器ですか?」

「ええ」


「なるほど・・・」


 恵美音は、この人は信頼していいと思って、正見に向かって、


「私の手、触ってみます?」 と申し出た。


「いいの?」

「ええ。触って確かめてもらいたいから」


「わかった」


 正見は恵美音の手を握った。確かに、死人のように冷たかった。


「ありがとう。確かに確認させてもらったよ。


 じゃ、君に何が起こったか詳しく話してもらえないかな?」


「はい」


「イヤじゃなかったらでいいんだけど、君の話を録音させてもらえないかな?」


「いいですよ」


 恵美音は自分の口から我が身に起こったことを詳しく話し、


 公園でミュウと出会い、二人で六人の男をやっつけて、富士子のマンションに来たことまでを一気にしゃべった、


 話を聞き終えた正見は、


「なるほど。刑務所で君がされたことはとんでもない犯罪行為だとぼくも思うよ」 


 と言った。


――とんでもない犯罪なら、闇の結社ダーク・ソサエティがらみの可能性もある。


 今はまだからんでいないとしても、これからからんでくる可能性は十分ある。


 そうであってもなくても、そんな犯罪は放ってはおけない。


 彼はそう考えていた。


「ところで、君の家族は奄美にいるの?」


「いいえ。台風が来た時の土砂崩れで両親と祖母が亡くなって、それ以来、私には家族がいなくなりました」


「そうだったんだ? ごめん、こんなことを聞いて」

「いいんです」


「身寄りがない君だから、モルモットにするためにおとしいれられたんじゃないかという気がする。


 君の冤罪えんざいも晴らせたら是非晴らしてあげたい。


 もちろん、刑務所のことも調べてみるよ」


「よろしくお願いします」

 恵美音は正見に頭を下げた。


「恵美音ちゃん、あなた、元の体に戻りたいよね?」ミュウは尋ねた。


「ええ。死んで生きているような状態はいや。


 いつかは死ぬにしても、やっぱり私は生きて、死にたい」


「だよね。


 富士子さん、恵美音ちゃんの体を元に戻してあげることはできないんですか? 


 クリスタルに聞いてみてくれませんか?」


「いいよ」


 富士子はピンククリスタルに向かって座りなおし、目を閉じて気を集中し、しばらくしてつぶやくように言った。


「不可能じゃないって、クリスタルは言っている。今はそれだけ・・・」


 ミュウは恵美音に言った。


「不可能じゃないって。だから、希望を捨てないで」

「ありがとう」


 富士子は目を開き、正見に言った。


「ところで正ちゃん、鼠小僧さんに関係したものは何か持ってきたの?」


「うん」


 正見はブリーフケースから四つ折りの紙を取り出して広げ、富士子に渡した。


【鼠小僧参上】


 寄席の字のような書体の手書きで達筆に書かれたもののコピーのようだった。


「正ちゃん、これは?」


「鼠小僧が貧しい人にお金を配る時に一緒において行く紙なんです」


「へえ?」


「高校時代の友人の一人が難病の人たちをサポートするNPOをやっていて。


 その友人の縁でやっと、鼠小僧からお金をもらった人に会って話を聞くことができたんです」


「そう、それで?」


「その人、


『鼠小僧を捕まえたいんだったら、協力はできない』


 と言ったんです。


 ぼくが、


『捕まえようなんて全然思ってはいません。


鼠小僧が誰かから盗んだお金を配っていても、


盗まれたと訴え出る被害者が一人もいないんで、警察としても逮捕のしようがないんですよ。


それにぼくは警察官じゃありません。


ただ個人的に会って相談してみたいことがあるだけなんです』


 と説明したら何とかわかってくれて、それを提供してくれたんです。


 使えますか?」


「ああ、多分ね。じゃ、クリスタルに聞いてみようかね」


 富士子は紙の上に手をかざしながら、ピンククリスタルに向かって座り直し、呼吸を整えながら目を閉じた。


「駅ビルのレンタルビデオ屋。ソシアルネットワーク。ドラゴンボールZ。スペースゴジラ。あさっての夜」


 富士子の口からそんな言葉があふれ出た。


 目をあけた富士子に、正見正之助はお礼を言った。


「ありがとう。調べて、会ってみるよ。


 じゃ、ぼくはそろそろ戻って仕事の続きをしないと」


「正ちゃん、車?」

「そうだよ」


「ミュウちゃんを送ってってもらえないかな。青山墓地の近くなんだけど」


「いいよ」


 正見正之助、ミュー、恵美音の三人は携帯の番号を交換した。

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