PARTⅠの7(7) 注射は人体実験? 

 恵美音が落ち着くのを見計らって、富士子は、


「いったいあなたに何があったのか、よかったら話してみて」


 と頼んだ。


「わかりました。


 ライブを観に行ったクラブで覚せい剤の手入れがあったんです。


 みんな並んで荷物検査を受けて。その時、覚せい剤が私のバッグの中から見つかって逮捕されたんです。


 私は身に覚えがないと訴えて、一緒にクラブに行った友達も、


『そんなことありえない』と言ってくれたんですが、


 裁判で有罪になって栃木の女子刑務所に入れられました。


 刑務所ではスニーカー作りの仕事をさせられていましたが、風邪を引いて、肺炎になって、それがこじれて死んだんです。


 でも、どういうわけか棺の中で生き返って、


 棺の蓋を下から開けようと思って持ち上げたらバカ力になって開いちゃったんです。


 そこはバンの中で、火葬場に運ばれてゆく途中のようで。私はバカ力でバンの後ろのドアも開けて逃げ出しました。


 その時は死に装束を着ていたんですが、


 私は林の中に逃げて、途中の家で心臓発作で死にそうになっていた目の悪いおばあさんを助けて。


 お礼に、服やお金や何やら、今私が持っているもの、身に着けているものの全てをもらって、東京に逃げて、


 それで、ミュウと出会ってここに来たんです」


「なるほど。なんで生き返ることができたんだろう?  


 その前に、なんで死んだんだろう?」


 富士子はどちらかと言えば自分に尋ねるように呟いた。


「何で生き返ったのかはわかりません。でも、死んだのは肺炎で・・・」


「年寄りが肺炎をこじらせて亡くなることはよくあるけど。


 でも、あなたみたいな若い人は肺炎にかかったくらいじゃ、そう簡単には亡くなったりはしないはずなんだ。


 いいわ、ここから先はクリスタルに聞いてみましょう」


 富士子は棚にあったピンククリスタルの柱をテーブルの上に持ってきて、その前に座りなおして目を閉じ、少しして、


「あ」と叫んだ。


『何か見えたの、富士子さん?」

 ミュウは尋ねた。


「ああ、注射器が見えた」


「注射器? じゃ、恵美音は注射で殺されたと?」


「詳しいことはわからないけど、そうじゃないかと思う」

 富士子は深く頷いた。


「確かに私、注射されました。なんで、人を助けるための医者が?」


「人体実験だったんじゃ? そうだとしたら、とんでもない犯罪だね。これは調べてみる必要があるね」


「富士子さんは探偵とかもしているんですか?」

 恵美音が尋ねた。


「そうじゃないけど」

 富士子は首を横に振った。


「あたしが調べようか?」

 ミュウが言った。


「あなた一人じゃ難しいと思うよ。でも、頭がよくて頼りになりそうな人間がいるから、彼と組んで調べるのがいいかも」


「彼って?」


「ああ。私のいとこの息子で、なんか政府の調査官をしているエリートの子がいてね」


「エリートなんてあたし苦手」 

 ミュウは肩をすくめた。


「大丈夫。私のいとこの息子で、気さくな子だから。


 その子、正見正之助と言って。


 私は正ちゃんて呼んでて、


 大学生の時に会ったのが最後だったんだけど、この間ここにひょっこり顔を出したんだよ。


 それで、政府の調査官をしていると言って」


「ただ挨拶に来ただけなんですか?」


「それがね。ほら、鼠小僧ねずみこぞうっていう泥棒がいるじゃない?」

「ええ」


 恵美音が「鼠小僧って?」と尋ねた。富士子は答えた。


「あなたは塀の中にいたから知らなかったんだろうけど、


 ネットの噂によれば最近、鼠小僧って名乗る泥棒が悪い金持ちや企業からお金を盗んで、


 それを自分のふところに入れないで貧しい人たちに配っているんだよ。


 ほら、江戸時代にもいたでしょ、【義賊ぎぞく、鼠小僧】って?」


「聞いたことはあります」


「それを今の時代にやっている人間がいるってことなんだ。


 マスコミでも騒がれていて、貧しい人たちは当然応援している。


 勿論ネットでもすごい話題になってる。でも警察は動くことさえできない」


「どうしてですか?」


「盗られた被害者が一人も名乗り出ないからよ。表に出せないお金だけを、鼠小僧は狙い撃ちにしているからだと思う」


「なるほど。それで、正見正之助さんは、鼠小僧のことでここに来たんですか?」


「ああ。


『個人的興味があるんで、できれば会って話をしてみたいんで』


 って言ってた」


「本音かな?」


「そうだと思うよ。政府の調査官は警察とは違うしね。


 で、『会って何を話したいんだい?』って聞いたら、


『それは富士子おばさんにも言えない』って。


『わかった。何かその鼠小僧さんの持ち物でもあれば、クリスタルから何らかの答えを貰うことは可能だと思う』


 って私は言って、その日は別れたんだよ。


 恵美音さん、今、正ちゃんに電話して、ここに来てほしいって頼んでみようか?」


「ええ、でも・・・」


『心配ないよ。


 あの子、不思議なことには小さいころから慣れっこで、


 だから、あなたに会っても怖がったり気持悪がったり絶対にしないから」


 恵美音はちょっと考えたあと、


「わかりました。お願いします」


 と富士子に頭を下げた。

 

 富士子は正見正之助の携帯に電話をかけて、用件を伝えた。


「わかった。今、東京にいないんだ。あした戻るから。あしたの晩ということで」


 電話を切った富士子は恵美音とミュウに正見正之助の言ったことを伝えた。


「ところでミュウちゃん、恵美音さんとは偶然に出会ったのかい?」


「いいえ、ハートキャットが現れて、ついて行ったら恵美音がいたんです」


 ミュウはいきさつを話した。


「背中にハートの模様があるからハートキャットなのね?」恵美音は質問した。


「そう」ミュウは答えた。


「ピンクの色は誰かが染めたの?」

「さあ、調べたことないから・・・」


 富士子は恵美音に言った。


「あれは自然の色なのよ。恵美音さん。よかったらしばらくうちにいなさい」


「いいんですか?」

「もちろん。遠慮はいらないから」


「ありがとうございます。行くところがないんで、どうぞよろしくお願いします。ミュウも本当にありがとう」


「どう致しまして。じゃ、私はかあさんの店に顔を出すから。富士子さん、恵美音をよろしくね」


 外に出て歩きながら、ミュウは鼠小僧のことを考えていた。


 もしかしたらあいつかもしれない、と。


 それは最初に彼のことを聞いた時から思っていたことだった。

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