PARTⅠの6(6) 占い部屋の告白合戦 

「あなたは高校生?」

 恵美音はミューと並んで歩きながら尋ねた。


「ええ。高校二年。学校は適当に、行ったり行かなかったりで、好きなように生きているけどね」


「親とか、学校とかは大丈夫なの?」


「親は私を信頼しているから。


 担任は、最初は結構うるさかったけど、


 最近はあきらめの境地ってとこね。


 いくら怒られても、私は『カエルの面にナンとか』って態度を貫いているから」


「なんかカッコいい」

 

 ミュウは恵美音を、公園から歩いて五分ほどのところにあるマンション連れて行った。


 ロビーインターホンから「友達と一緒なんですけど」と連絡して中に入り、


 最上階、右手一番奥の部屋のチャイムを鳴らした。 


「ミュウちゃん? すぐ開けるから」


 ドアが開いて、整った顔をした中年の女性が顔を出した。


「富士子さん、この人、恵美音」

 ミュウが連れを紹介した。


「あら、珍しいお名前ね? ひょっとして、花の名前からとったの?」


 この中年女性はエビネというラン科の花があることを知っていた。


「はい。アマミエビネから」

  

「なるほど。あなた、奄美出身の人なのね?」

「はい」


「私は正見富士子まさみふじこよ。よろしくね。さあ、中に入って」


――この人、普通に私を見てくれてる。

 スニーカーを脱ぎながら、恵美音は思った。


 独り暮らしの富士子は3LDKに住んでいた。


 富士子は二人を広いリビングダイニングの応接セットに座らせ、


「コーヒー、紅茶、ローズヒップのハーブティ、日本茶、何がいいかしら?」と尋ねた。


「私、ハーブティがいいな。恵美音、あなたは?」

「私? そうね、じゃあ、同じでいい」


 味はわからないけど、でも、こんな風にお茶を飲むのは逮捕されて以来はじめてのことだった。


「じゃ、みんなでハーブティを飲みましょう」


 富士子の入れたハーブティを飲みながら恵美音は、ローテーブルの上のパンフレット立てを見た。


そこにあるパンフレットには微笑む富士子の顔写真があった。


「富士子さん、パンフレット、見ていいですか?」

「どうぞ」


 恵美音はパンフレットを手に取った。顔写真と一緒に、「マザー・富士子のピンク・クリスタル占い」と書いてあった。


「【ピンククリスタル占い】ですか?」


「そう。占ってもらいたい人の質問をピンククリスタルに聞けば答えがわかるの。


 答えはスバリ具体的な答えまでわかる場合もあるけど、象徴的しょうちょうてきな答えの場合の方が多いのよ。


 象徴的な答えの場合は、それを読み解くことによって具体的な答えを得ることができるのよ。


 読み解くためにはいろいろな情報が必要になる場合もあるけどね」


「すごいですね・・・」


 恵美音は少しためらったが、勇気を出して尋ねてみた。


「それじゃ、私がどういう人間かとかも、わかりますか?」


 富士子は恵美音を見て、微笑みながら答えた。


「ええ。ピンククリスタルに聞くまでもなくわかるわ。


 あなたは自分が普通ではないって悩んでいる。前にミュウちゃんがそうだったように」


「え?」

 恵美音はミュウを見た。ミュウは微笑んだ。


「そうだよ。私、普通じゃないから。


 たとえば、私、


 友達の家に行った時に猫が煮干しをガツガツ美味しそうに食べているのを見た途端、


 なんか自分も無性に煮干しが食べたくなって」


「へえ?」


「その時、友達はお茶を入れに行っててその場にいなくて。


 私はつい猫から煮干しを三匹、横ドリしてかじっちゃったんだよね」


「ほんとに?」


「うん。かじったらなんか美味おいしくて。


 でも、三匹目をかじってた時に、


 トレイにお茶を乗せて戻ってきた友達がそうしている私を見て、


 びっくりしてお茶をこぼしちゃったんだよね。


 で、『あんた、何やってんのよ?』って聞くから、


『あ~、冗談よ、冗談。あなたをびっくりさせようと思って』


 ってとっさに答えながら、しっかり三匹目も食べちゃったんだ。


 そしたら友達は、


『変なことしてからかわないでよね。あんた、猫っぽい顔してるけど、やっぱりほんとに猫だったんだ?』


 って苦笑しながら言ったから、


『そうだよ。あたしのおかあさんは猫で、おとうさんは富士山だったんだ』


 とか適当に言ってごまかした」


「友達失くさなかった?」


「まあ、なんとかね。


 でも、それ以来、無性に煮干しが食べたくなったりすることがよくあって。


 煮干しを食べると、気のせいかもしれないけど、なんかパワーがアップするんだよね。


 ワンピースのフランキーがコーラでパワーアップするように。


 古いところではポパイがホーレン草でパワーアップするみたいにね」


「ウソでしょ?」


「まじ、ほんとの話。ね、私って変わってるでしょ? 


 猫女なのよ、名前だってミュウだし。


 だから、あんたがどういう人だって驚かないから、心配しないで」


 ミュウは冗談とも本当ともつかない表情でそんな風に話した。


「ありがとう。よかった。じゃ、富士子さん、先を続けてください。お願いします」


 恵美音は富士子に向かって頭を下げた。


「ええ。じゃ・・・ああ、あなたは、一度死んで生き返った人ですね?」


「わかるんですか?」


「もちろん。一度死んで生き返ったけど、


 なんというか、そう、


 ゾンビみたいな状態で生き返ったから悩んでいる。


 普通の人にばれたら恐れられて、追いかけまわされて、モルモットにされたり、抹殺されたりするだろうって」


「そうです。その通りなんです」


「でも、少なくとも私とミュウちゃんはそんなことしないから安心してね」


 ミュウも頷いた。


「ありがとうございます。


 富士子さんの読んだ通りで、


 私は肺炎をこじらせて死んで、でも生き返って、


 そしたら、心は人間の私のまま、体がゾンビになってしまったんです」


 恵美音は二人に訴えた。


「肌は死人の肌で、死人が歩いているみたいに見えるから、それでこんな厚化粧して、サングラスしたり、マスクしたり、うううう」


 恵美音は泣き出した。でも涙は出なかった。


「大丈夫、恵美音?」

 ミュウは思わず恵美音の肩に手をかけた。


 肩は冷たかったが、そんなこと構わなかった。


ミュウは恵美音をギュっと抱きしめた。


「あ、ありがとう。


 泣いても涙が出ないなんて、悲しいよね。ううう。あんたの温もりも柔らかさも感じないし、ううう」


 恵美音はミュウの手の中でしゃくり上げた。


 ミュウは恵美音を更に強く抱きしめた。


「私、お茶を飲んでも、味も、温度も感じないの。でも、一緒に飲めるのがうれしく思えたよ。ううう」


「そう、よかったわ」

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