PARTⅠの5(5)  ミュウとの出会い、公園で 

 恵美音はいくら歩いても疲れを感じなかった。


 学生街の、学生向けと思われる赤煉瓦の古い洋食屋の前に差し掛かった時、


 肉を食べたいと思った。


 恵美音は洋食屋に入り、三百グラムで千五百円のステーキを単品で頼み、サングラスはかけたままそれを食べた。


 味はしなかった。


 今持っているお金から考えたら結構な散財さんざいだった。それでも構わなかった。


 少し休んでから、勘定を済ませ、外に出て再び歩き始めた。足は思い通りに動いてくれた。


 適当にあちこち歩き回り、暗くなってから新宿の高層ビル街にたどり着いた。


 相変わらず行く当てはないので、とりあえず夜の公園に行ってみることにした。


 公園に行ってみると、


 何組ものカップルが手をつないだり腕を組んだりして歩いたり、ベンチに肩を組みながら座っていたりするのが目に入った。


 恵美音は一人でベンチに腰掛けた。


――ああ、好きな人と触れ合っても何も感じないんだろうな、今の私は。


 それよりも何よりも、ゾンビの私を好きになってくれる男子なんているはずないし。


 また落ち込んでしまった。


 逮捕される前の恵美音には好きな男子がいた。


 その男子も恵美音に気があったようで、


 告白されて、


 あしたはいよいよ初デートという晩に逮捕されてそれっきりになってしまっていた。


――ああ、悩みだらけ。


 でも、悩みがあるってことは、私の心はまだ人間だってことなんだ。


 そうよ、そう。


「おい、おねえさん」

 声をかけられた。


 顔を上げると六人の男が目の前でニヤニヤ笑いながら立っていた。真ん中の、長身の一番マッチョな男が言葉を続けた。


「彼氏にでもフられたの? 俺たちと遊ばない? そうすりゃハッピーにしてやるよ」


「遊ぶって?」

「みんなとダンスするんだよ。なあ?」


 一番マッチョな男が尋ねると、ほかの男たちがゲラゲラと笑った。


――何、こいつら、どうせワルに決まってる。


 いいわ。あんたたちが考えているのと違うダンスをさせてやる。


 恵美音はおもむろにベンチから腰を上げた。


「おお、俺たちとダンスしてくれるのかよ?」


 一番マッチョな男が訪ねた。その時脇の暗がりから、


「ちょっとあんたたち、女の子相手にイキがるのはやめなよ。みっともないから」


 と女性の声が響いた。


 男たちは声のした方を見た。


 黒いブラウスに黒いジーンズとブーツを履いた身長百六十センチくらいのスリムな若い女の子がスタスタ歩いてきて、


 恵美音の前に立ち、


 腕を組みながら男たちをにらんだ。


 猫っぽい、美しい顔をしていた。


「おお、ダンスの相手が増えたぜ」


 一番マッチョな男が言うと、ほかの男たちはまたゲラゲラ笑った。


 猫顔の女の子はフンと鼻をならした。


「そんなにダンスしたいなら、地べたとダンスさせてあげるよ」


 猫顔の女の子は笑いながら返した。


――この子、相当な自信家だ。


 そう思った恵美音は一歩前に出て、猫顔の女の子の左脇に並んで、猫顔の女に尋ねた。


「大丈夫なの?」

「ええ。もちろん」


「じゃ、仲良く半分こってことで、私はこっち側の三人。あなたはそっち側の三人」


「自信あるの?」

「ええ」


「わかった、いいよ。こんな雑魚ざこじゃ物足りないけど」


 女たちはそれぞれのターゲットに微笑みを投げかけ、手を差し伸べて誘った。


「ざけんな、なにが雑魚だ。生意気な。もう許せねえ。おい、やっちまえ」


 一番マッチョな男が号令をかけた。


 男達は手を広げながら、女達ににじり寄った。


 十秒もしないうちに、男たちはみなうつぶせになって地面の上で呻いていた。


 恵美音と猫顔の女の子が三人ずつそうしたのだ。


 猫顔の女の子の身のこなしは猫のようにしなやかだった。


「やるね。あたし、ミュウ。よろしくね」

「私、恵美音。よろしく」


「恵美音?」

「ええ」


「面白い名前だね。じゃ、一緒に行こうか?」

「うん」


 二人は男たちを完全に無視して、並んで歩き始めた。


 三人の男をやっつけて気分の高揚していた恵美音は自分がゾンビだということを忘れていた。


 が、それも短い間だけのことだった。


 すぐに自分はゾンビだということを思い出した。


「あたし、やっぱりここで失礼するよ」


 ミュウは微笑みながら言った。


「そんなこと言わないで行こうよ。


 これから友達の家に遊びに行くんだよね。


 友達と言っても大分歳上の女の人なんだけど、すごくいい人で、私の友達なら大歓迎してくれる。


 それに、私とあんたの縁は結構特別な縁みたいだから」


「特別って?」


「だって」ミュウは少し間をおいて先を続けた。


「あの男たちにからまれているあんたのところに私を連れて行ってくれたのは、あの猫だから。ほら」


 ミュウは近くの街灯の下を指さした。


 恵美音が見るとそこに一匹の白い猫がちょこんと座ってこちらを見ていた。


「見えるでしょ?」

「ええ」


「そう。行って、そばで見てみて」


 恵美音は近づいて見た。猫の背中にはピンクのハートの模様がついていた。


――あの猫だ・・・。


 猫は尻尾をピンと立てながら、ニャ~と鳴いた。


 恵美音は思わず手を伸ばして猫の頭を撫でて、またびっくりした。


 撫でた手の平に猫のぬくもりが伝わって来たのだ。


 猫は起き上がって、恵美音の足にスリスリして、それから植込みの方に歩いて行って姿を消した。


 恵美音は猫の頭に触った手で自分の頬を触ってみた。何も感じなかった。


――この猫、確かに、なんか特別な猫に違いない。


 一体どういう猫なの?


 首を傾げている恵美音に向かって、ミュウは微笑んだ。恵美音は質問した。


「あの猫があなたを私のところへ?」


「そう。だから、結構特別な縁だと言ったのよ。どう、一緒に来る気になったでしょ?」


「うん。でも、どうやって、あなたを私のところへ?」


「いきなり出てくるのよ、あの猫は。そして、首を振って合図して歩きだすのよ。ついて来てほしい時はね」


「そうなんだ? 実はさっき私の前にも現れて。栃木でなんだけど。不思議な猫・・・」


「さあ、行きましょ。私の友達のところへ」

 ミューはそう言って歩き出した。

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