PARTⅠの4(4) 悲しみの上野ステーション 

 道中の車の中で運転手は「ねえちゃん、水商売か?」と聞いてきた。


 恵美音は適当な作り話を話した。


「そうですよ。


 私、池袋のお店で働いているんだけど。こっちで、おばあちゃんが一人で暮らしてて。


 おばあちゃん、最近、心臓が悪くなっちゃってて、月に一度は病院に薬をもらいに行くんで、


 その時は私が仕事を休んで一泊でこっちに来るんですよ。


 きのうも病院の日だったから、一緒に行ってあげて。


 きょうはおばあちゃん元気だったから、早めにさよならして、それ東京に帰る途中なんですよ」


「へえ。ばあちゃん孝行なんだね。でも、なんでまた、ヒッチなんて? 


 女の子がこんなことして危なくねえ? あ、俺はそういう男じゃないから」


「わかってますよ。


 一度ヒッチしたいって前から思ってたんで、きょう、よし、とりあえず実行してみるかって」


「そうだったんだ? 悪い奴の車に当たっちゃったら大変だと思って俺が乗せてあげたんだけど。


 ほんとに気をつけた方がいいよ、若い女の子がヒッチなんて。


 これっきりにした方がいい。


 俺にも娘がいるから。まだ中学生だけどね」


「ありがとうございます。わかりました。ヒッチはこれっきりにします」


「よかった。安心したよ」


 足利の駅前で、恵美音は運転手にお礼を言ってトラックから降りた。


 電車は空いていた。時々視線を感じた。


――大丈夫。ケバい、変な女だと思われているだけで、


 ゾンビだということには気づかれてはいないはずだから。


 正体を見抜かれることはなかった。


 三時には上野に着いた。とりあえず改札を出たが、行く当てはなかった。


 駅の外に出た恵美音は立ち止まって、行きかう人々を見ながら、気分が落ち込んできた。


――この中でゾンビは私一人だけだ。


 いや、ほかにゾンビがいたとしても、


 私みたいに落ち込んだりすることなんか決してないまま、


 ホラーな存在としてただひたすら徘徊したり人を襲ったりしてるんじゃないかな。


 やっぱり私は一人ぼっちだ。


 親友に電話したかった。


 しようと思えば、数は減ったとは言え、公衆電話を見つければよかった。


 親友の電話番号も覚えていた。


 しかし、できなかった。


 今の自分を受け入れてもらえる自信がなかったのだ。


 恵美音の前を、小さい子供連れの母親が通りかかった。


子供が当然立ち止まって、


「おなかすいた。のどかわいた」と訴えた。


母親は「もうちょっと我慢してね」と優しく言い、


「がまんできない。おなかすいた。のどかわいた」と繰り返す子供の手を引いて歩き去った。


 そのやり取りを見ながら、恵美音は気づいた。


――そういえば、


 私、棺の中で目覚めてから今まで何も飲み食いしていないのに、


 お腹も空かなければ喉もちっとも乾いてない。


 これもゾンビだから? 


 多分、食べたり飲んだりしても味も何もわからないんじゃないかな? 


 湯気の出ているシャワーを浴びても何にも感じなかったし、皮膚にも変化はなかった。


 痛みとかも感じないんじゃ? 


 刺されたりしたら傷はできるのかもしれないけど。


 あ、そうだ、それから、


 トイレにも、一度も行きたいと思わないでここまで来た。


 0もうトイレに行く必要もないのかな。生きている限り、


 じゃなくて、ゾンビし続けている限り・・・・。


 気分は落ち込む一方だった。恵美音はとぼとぼ歩き始めた。

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