PARTⅠの3(3) ゾンビ的ヒッチハイク
老婆の娘が使っていた黒いスニーカーは少し大きめだったけれど、靴下を
外に出た時、三人の男がいきなり物陰から現れてゆく手を
みな髪の毛を短く借り上げ、いい体格をしていた。
――追手だ。
恵美音は反射的に身をひるがえして反対側に走り出した。
男たちは無言で追いかけた。三人はみなよく訓練されていた。
リーダーの、一番小柄な男は足に自信があり、すぐに追いつくと思っていた。
ところが相手の足は彼よりも早かった。これではどんどん距離が離れていってしまう。
そう判断した彼はサイレンサー付きの銃を抜き、恵美音めがけて撃った。
弾は外れ、距離はどんどん離れていってじきに姿を見失った。
バンの中から恵美音が逃げたあと、運転手はすぐに、
「あの女の遺体がゾンビになって棺のふたをこじ開けて逃げた」
と彼らの経験した恐怖の体験を刑務所長に電話で連絡したのだった。
刑務所長は最初は信じなかった。
運転手はいったん電話を切り、
バンの中に残された、蓋のこじあけられた棺の写真を携帯で撮って所長に送った。
それを見た所長は少し考え、警察ではなく、自分の会社の担当者に電話した。
その結果
小柄な男は自分の上司に電話した。上司は怒った。
「無能な奴らめ。甘くみたんだろ?」
「そう言われればその通りです。申し訳ありません。相手は人間離れしてるというか、異常に足が速くて」
「顔は見たのか?」
「はい」
「青白い顔とかしていて、タダれたり崩れたりブツブツがあったりしたか?」
「それが、そういうのではなくて。色は白くて、
水商売の女にしてもあそこまではなかなかしないだろうというくらい厚化粧していて、
でも顔の作りは決して悪くはなくて」
「お前の好みの顔だったとか?」
「いいえ。そういうのではありません。
自分の言いたいのは、
そうですね、
死んだ美人にうんと厚化粧したら生き返ったというか、そんな感じですかね?」
「そうか」
「ほんとにその女はきのう死んだんですか?」
「ああ。刑務所の医師にも所長を通じて確認させたが、医師は『確かに死んだ』と言ったそうだ」
「じゃ、色白の厚化粧でも、ゾンビはゾンビと?」
「ああ。異常に足が速かったんだろう?」
「はい」
「多分、ゾンビだからだろう。お前ら三人だけで行かせた俺も甘かったようだな」
「予測できないから、仕方ないですよ。警察に通報して捕まえてもらったらどうですか?」
「それができないから自分たちに要請が来たんだ。まあいい。俺たちに見つけ出せないものはない」
林を出た恵美音はそこでサングラスをし、更に走って県道にたどりついた。
途中で何人もの人間が走ってくる彼女を見た。
その目は好奇の目ではあっても、恐怖の目では決してなかった。
――ここからはヒッチハイクで逃げよう。女なら乗せてくれる車が見つかる確率は高いだろう。
ずいぶん走ったのに、疲れは全く感じなかった。
ゾンビになって以来腕っぷしには自信があった。
ヒッチした車の運転手が、昼間にもかかわらず、万一変なことをしてきても、
簡単にやっつけて言うことを聞かせる自信があった。
恵美音はスカーフを頭にかぶり、通りかかった車に向かって、
スタイルのいい体を多少くねらせながら手を挙げてヒッチハイクのサインを出した。
トラックはブレーキをかけて止まった。
人のよさそうな固太りした中年の運転手だった。恵美音は、
「東京に行きたいんですけど」と言った。
「足利まで行くだけど、そこから電車に乗ったら? 一時間三、四十分で上野につくよ」
「じゃ、足利までお願いします」
恵美音はトラックの助手席に乗り込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます