第3話:正義の死んだ街

 この国もかつては美しい国だった。自然豊かで国民の笑顔が絶えず、幸せな国だった。だが内乱によって国は荒み、様々な所に暗い影を落とすようになった。

 今、シェイマスはマサムネと路地を歩いている。レンガ造りのそこそこ広い道だ。……と言えば美しい雰囲気の道を創造するかもしれない。しかし二人が歩いているのはスラム街の道だ。美しさとは無縁の場所である。道の端には帰る家の無い者がダンボールや布切れで自分のスペースを作り虚ろな目で道行く人を眺め、空にはアーケードのつもりなのか、板で天井が作られており、日光が少ししかさしてこないので薄暗い。当然衛生状態など良いはずもなく、異臭が漂っている。


「……ひどい所だ」

「初めは皆そう言うでござる」

「……だろうな」


 NSC本部はスラム街の奥にあった。元は立派な建物だったようだが、この地域がスラム街となった結果さびれ、廃墟と化した。それでもまだ建物としての機能は残っている方で、レイヴンがここを本部に選んだのはそういった理由があった。


「それで?俺達は何処へ向かってるんだ」

「武器屋、でござる」

「武器屋ぁ?」

「お主の装備を整える為でござるよ。それだけではいささか不安でござろう?」


 マサムネはシェイマスの腰を指差した。シェイマスは今特殊部隊の服ではなく、灰色の地味なシャツに黒い上着を着、ジーンズを履いている。とても戦えなさそうな服装であったが腰のポケットには一丁の拳銃が収められていた。スラム街を出歩くのに丸腰では危険だとレイヴンが彼に持たせた物だった。


「俺はPANTHERの装備で充分だ。今更新しいのなんて……」

「そうも言ってはいられないでござるよ。お主がPANTHERのシェイマス、とバレてはいけないというのはお主が一番よくわかっているでござろう?」


◇◆◇


 ――――NSC本部の会議でのこと。


「まずシェイマス、お前はしばらくここを離れさせるつもりはない。ウチで預かる」

「……は」


 レイヴンはさも当然であるかのように告げた。しかし当然シェイマスは納得できるはずもない。


「なんでだよ!?意味わかんねぇよ!大体……」

「お前はわかってないと思うが、お前が気絶してから三日経っている」


 レイヴンはシェイマスの話を遮り、自分の話を優先させた。


「その三日のうちにお前はおたずね者になっちまったんだ」


 言うなりレイヴンは一枚の指名手配書を取り出しシェイマスに見せた。そこにはシェイマスの顔写真と百万という賞金額が載っていた。


「なんだって……」

「ビッグヘッドビル事件の裏切り者はお前ってことにされたらしい。このままここを出ていっても構わないが少なくともここよりは危険だぞ」

「……」


◇◆◇


 結局シェイマスはNSCに匿ってもらう代わりにNSCの団員になるというレイヴンが提示した条件を飲むしかなかった。


「服や防弾チョッキはNSCこっちがなんとかするでござるが、武器は折角専門家がいるのだからそっちに頼った方がいいでござる。心配しなくても、品質は保証するでござるよ。拙者のこの刀も彼から買ったものでござる」


 そう言ってマサムネは腰の刀の柄を軽く二度叩いた。


「拙者の刀はワザモノでござる。本来ならこんないい刀、そこらの武器屋なんかには売ってないでござるが、裏社会ここなら闇ルートで時々こういったなかなか手に入らない商品が現れることがあるでござる。……と言ってる間についたでござるな」


 マサムネは一軒の建物の前で足を止めた。見ると他の建物よりすこし背の高いこれまたレンガ造りの建物があった。他の建物より高い分横幅は狭く、奥に長い形になっているようだ。外壁にはツタが絡まり、扉は今にも壊れそうだ。マサムネはそんな頼りない扉のドアノブを容赦なく掴み回した。バキッと嫌な音がしたが不思議とドアノブは無事だった。


「邪魔するでござる」

「おう、マサムネか。また刀の手入れか?」


 店の中はNSC本部とは違い明るく、比較的清潔感があった。だがやはりスラム街の建物なので衛生状態はよくないが。店の壁や棚には銃やら刀剣やら鈍器、爆発物など様々な物が並んでいる。これだけの武器、一体どこから流れてくるのやら。店の一番奥にはカウンターがあり、そこでは無精髭を生やした屈強な男が椅子にどかりと座り、酒をラッパ飲みしていた。


「いや、今日は刀ではござらん。そうさな……短機関銃サブマシンガンなどはござらんか?」

「なんだってまたそんな物を?」

「彼が使う装備が欲しいのでござるよ」


 言うなりマサムネはシェイマスを武器屋の店主の前に突き出した。店主はシェイマスを品定めするかのようにまじまじと見つめた。


「まだガキじゃねぇか」


 店主が出した答えはこれだった。


「ガッ……俺は二十代だ!」

「やっぱりガキじゃねぇか。まぁいい。客であることに変わりねぇしな。ふむ……短機関銃、か。確かこのあたりに……」


 店主はカウンターを出て入り口近くの棚まで歩いていくとそこに無造作に積まれてあった大きな木箱の内の一つを持ってきた。


「あったあったこれだ。ほれ、こいつらなんかどうだね」


 店主が箱の蓋をあけると中には短機関銃が雑に詰められていた。こんな保存方法で大丈夫なのだろうか……と思いつつ、シェイマスは中にあった手頃な銃を手にとってみた。サイズはそこまで大きくなく、二丁持てそうだ。だが……


「手に馴染まねぇ」


 そう言って次の銃を手に取った。次の銃も手にとってすぐに使いにくいと言い、そのまた次の銃はなんか気に入らんと言い、そんなこんなでいつの間にか彼のまわりには銃の山ができあがっていた。


◇◆◇


「お、これはいいな」


 初めの銃を手に取ってから一時間半後、やっとシェイマスは満足のいく一丁を見つけたようだ。店主は疲弊しシェイマスを子供扱いしたことを後悔していた。マサムネは店の隅にあった椅子に腰掛け居眠りをしている。


「マサムネ、いいのあったぞ」

「ん?あ、あぁ……そりゃよかったでござるな」


 マサムネは眠そうな声を上げカウンターの方へ戻っていった。シェイマスが選んだ銃は大量にあった木箱の最後の一個の底の方に入っていた銃だった。黒塗りの武骨な雰囲気で比較的小さく持ち運びが容易そうだ。シェイマスはこの銃がいかに優れているか熱弁してくれたが銃の知識がほとんどないマサムネには無意味だった。


「ま、まぁとりあえずそれで決まりでござるな。主人、こいつはいくらでござるか?」

「あ?あぁ……そうさな……」


 と、その時。


「邪魔するぞ」


 店主が銃の値段を言おうとしたまさにその時店の扉が開き三人の男が入ってきた。三人供銃で武装し、戦闘の準備ができていた。


「ッ!まずい!」


 三人の姿を見るなりマサムネは顔色を変え、シェイマスを棚の陰に隠した。


(何すんだマサムネ!)

(奴等はこのあたりで有名な賞金稼ぎでござる!お主が見つかるわけにはいかないでござる!)


「よう……マサムネじゃねぇか」

「ひ、久しぶりでござるな」


 予期せぬ三人の登場にやや動揺しながらもマサムネはなんとかクールに挨拶を返した。一方シェイマスは棚の陰でハラハラしている。


「先日のテロ事件、お前ら行ってきたんだってな」

「……まさか情報を警察に流したりなんてことは」

「しねぇよそんな無意味なこと。少しの稼ぎにもならん」

「ならよかった」

「俺達が今興味あんのはこいつだよ」


 そう言ってリーダーらしき男は一枚の手配書をとりだした。


「……何か知ってるか?」

「シェイマス……さぁ?知らんでござるな」


 出てきた手配書はシェイマスの手配書だった。マサムネはあくまでポーカーフェイスを装い知らないふりをする。


「ほう?そうか。そういえば今日、面白い話を聞いてな」

「面白い話?是非聞きたいでござるな」

「お前らんとこ、新入り入ったんだって?」


 入ったのではない。やむを得ず身を置いているだけだ。シェイマスは心の中で抗議した。


「新入り?あぁ……まぁ新入りみたいなものでござるな。彼がどうかしたのか?」

「名前は」


 突然名を聞かれ、シェイマスとマサムネは凍りついた。コードネーム。まだそれを考えていなかった。


「な、名前、でござるか……」

「おう、名前だよ。なんてんだ?」

「名前……」

「おい何口ごもってんだよ。……さてはそいつの名前、シェイマスって言ったりするんじゃ……」

「……バ」

「バ?」

「バ……バール。彼の名前はバールでござる」


 マサムネが即興でシェイマスのコードネームを考案した。バールと名をつけた彼の目線は弾薬売り場に置いてあったballe弾丸とフランス語で書かれた木箱に止まっていた。


「ほぉ……バールってのか」


 シェイマスはほっと胸を撫で下ろした。おたずね者だとバレることもなかったし、ついた名前もダサくなかった。


「そういや、お前今一人なのか?ここに来る前、二人でいるとこを見たという話を聞いてるんだが」

「……!」


 まずい。自分がここにいることがバレている。なんとか顔を隠さねば。シェイマスはそう思いあたりを必死に見回した。


「そういやさっきここに入った時お前誰か棚の陰に隠すような仕草したよなぁ?」

「さ、さぁ?見間違いではござらんか?」

「いいや確かにしてたぞ。そう……ちょうどこの棚だ!」


 そう言ってリーダーは自分から右手に立っていた棚を乱暴にどかした。粗悪な必要最低限のパーツしか使ってなかったので軽く、棚は簡単に動いた。


「……あん?」


 リーダーはその棚をどかした先に手配書と同じ淡い栗色の髪の青年がいることを想像していた。だが現実はその想像とは異なり、代わりに銀色の機械のマスクを被った青年がいた。


「よ、よう、バールだ」


 棚の陰にいた銀マスクの青年はゆっくり立ち上がりながら右手を上げ、軽妙な挨拶をした。


「誰だてめぇ」

「彼がバール殿でござるよ。彼は少々……いや、結構人見知りでな……いきなりお主らと合わせると驚いてしまうかもしれないと思って棚の陰に隠したのでござる」


 マサムネがフォローした。よくまぁこんなすぐ嘘を思いつくものだとシェイマスは舌を巻いた。


「おいそりゃ俺達がガラ悪ぃって言いてぇのか」

「お主らはキャラが濃いと言いたいのでござる。うちはおたずね者を匿える程武力を持ってないでござる。彼はおたずね者のシェイマスなんかではない。バール殿でござる。わかったらさっさと帰った帰った」


 マサムネは右手の甲を相手に向けて振り、三人組を追い払うような仕草をしたが、リーダーはまだ引き下がれず、シェイマスに食ってかかった。


「まだだ。そのマスクの下を見せろ」

「は、は?なんでだよ」

「顔が確認できねぇだろ。お前がシェイマスじゃねぇってんなら素顔見せて証明してみせろよ!!」


 リーダーはそう言ってシェイマスに迫ったが後ろからマサムネが優しく肩を掴んだ。


「やめるでござる」

「あぁ!?なんだよ」

「彼はシェイマスではない。そこまで彼をおたずね者呼ばわりしたいのならば証拠を出して欲しいでござるな。彼の名誉毀損もいいところでござる」


 またまたマサムネは嘘を吐いた。これに言い返せなかったリーダーはシェイマスを忌々しく一瞥すると、仲間二人を連れて荒々しく店を出ていった。


「……いやよくまぁあんな嘘思いついたなお前」


 三人組が来店してからずっと沈黙していた店主がここでようやく口を開いた。


「あぁ……上手く煙にまけてよかったでござる……」

「そりゃいいんだけどよ、このマスクこれから被り続けなきゃ駄目か?」


 マスクを被ったままのシェイマスはマスクの下で問うた。マスクに内蔵されていたマイクがその声を拾い、外のスピーカーがそれを再生し、その声は奇妙な響きを持っていた。


「まぁ……そうでござるな。顔も隠せるし……被り続けなければならない理由もできてしまったし……」

「マジかよ……」

「……主人、この銃とマスク……おいくらか?」


◇◆◇


「いやぁ思いのほか安く済んでよかったでござるなぁ!」

「あぁ……だがこれからこのマスク被り続けなきゃならねぇなんて……辛いぜ」


 シェイマスのマスクはフルフェイスメットのような形をしており、顔の中心に青く輝く逆三角形がはめこまれており、その両端に鋭く横に長いこちらは白く光る多角形があった。三角形についてはよくわからないが、この多角形から視界を得るのだろう。さしずめこのマスクの眼と言ったところか。

 それきり二人は暫く黙って歩き続けた。スラム街の治安は国内でも最悪だ。本来話しながら歩き続けるなどといった目立った行為はあまり好ましくない。と、その時突然シェイマスがはたと足を止めた。


「……?どうしたのでござる」


 マサムネは不審に思って声を上げた。シェイマスの視線は路上に向けられていた。そこには激しく殴り合う二人の子供がいた。


「てめぇ!これは俺のパンだ!」

「ふざけんな!それは妹に食べさせてやろうと……」

「やかましい!とったもん勝ちだ!とにかくこれは俺んだ!」


 見たところ十歳くらいの男の子が一つのパンをめぐって喧嘩していた。マサムネは別段驚いた様子を見せない。……が、シェイマスは違った。すぐに二人に駆け寄り、声をかけた。


「おい、何してんだ」

「あ?なんだよおっさん、あんたにはカンケーないだろ!?」

「おっさ……俺は二十代だっつの!」

「フン!いい服着やがって!どーせあんたみたいな金のある奴には俺達のことなんかわかりゃしないんだ!俺とあんたじゃ住んでる世界が違うのさ!同情か?んなもんいるか!消えろ不愉快だ!」


 子供はシェイマスの服装や被っているマスクからシェイマスを「金を持っている人間」と判断するととても十歳の子供とは思えないほど口汚なく一気にまくしたてた。この言葉にシェイマスは衝撃を受けたような顔をした。……といってもマスクを被っていたので二人の子供やマサムネは知る由もないことだが。


「……子供のくせに随分悲しいこと言ってくれるじゃないか……」

「知らねぇよそんなこと……」


 シェイマスは悲しそうに言うと、腰につけていたポーチから財布を取り出し、中から何枚かコインを取り出すと、しゃがんで目線を二人に合わせ、それぞれの手に握らせた。


「これでパンの一つや二つ買えるだろう。仲良くやれ。喧嘩したって腹が減るだけだ」


 二人の子供は突然その手に握らされたコインと目の前の銀色のマスクを不思議そうに交互に見ていたが、やがて非常に小さな声で礼を言うと走り去っていった。


「……優しいのでござるな」


 一連の出来事を見ていたマサムネが後ろからシェイマスに歩みより声をかけた。


「そんなわけあるか。俺はあの子達をぬか喜びさせただけだ。確かにあのコインであの子達はパンを食えるだろうさ。だがその後は?また食い物のない極貧の生活に逆戻りだ。俺は今一時の感情であの子らにひどいことをしてしまったんだ。ただの偽善者気取り野郎だ」

「……でもここスラム街で他人を思ってやれる人間などそういないでござる。財布を取り出すのすら危険行為でござるからな。それはすぐにしまった方がいいでござるよ。……ここでは強盗、スリ、殺人……何でも起こる」


 シェイマスは小さくため息をつき、ゆっくりと立ち上がるとマサムネに向き合い話を続けた。


「……なぁ、マサムネ、……ここに‘正義’はないのか」

「……」


 シェイマスの口から出たのは純粋な疑問だった。ここでは本来純粋で、輝いている筈の子供の瞳は荒み、大人達は犯罪に手を染める。秩序も何もあったものではない。こんな状況でどうして希望を見出だせようか。正義はどこへ行ったのか。


「……ない、でござるな。皆生きていくのに必死でござる。法に違反しようと、他人を不幸にしようと、なんとかしないと食いっぱぐれてしまう。ここにある資源はひどく限られているでござる。無論食料も。‘正義の味方’は……ここでは死ぬ」

「……内乱が原因、か」

「それもあるでござるな。内乱が無ければこの国もここまで荒れることもなかったでござろう」


 シェイマスは少し俯いた。マスクを被っているのでその表情は読み取れないが、きっと悔しそうな顔をしているに違いない。


「……帰ろう。シェイマス殿。もう日も暮れる」


 そう言ってマサムネは歩き出した。既に日は傾き、空は赤みがかっていた。

 








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