第2話:NSC

「……う、」


 体が痛む。腕の傷からか。出血がひどい。もう体は動かない。いよいよ自分も死ぬのか……

 ……?しかし何もない。奴等のことだ。死んだかどうか確かめに来ない筈がない。しかしそんな気配はないし、それどころか物音一つしない。まるで、病院の治療室のような、穏やかな空気が漂っている……


「!?」


 シェイマスは飛び起きた。すぐさま自分の今の状態を確認する。先程まで特殊部隊隊員の服を着ていた筈だが、今は白いパジャマのような服を着ている。当然装備も見当たらない。……いや、そもそもここは……


「……病院?」


 シェイマスはベッドに寝かされていた。自分の記憶は物陰に隠れ反政府軍の仲間割れを見た後腕に銃弾をうけ倒れた所を最後に途切れている。何がどうなってこうなっているのか、そもそも自分は助かったのか、皆目検討がつかない。


「気がついた?」

「……?」


 不意に横から声をかけられ、その方に目をやると、そこには狙撃銃スナイパーライフルを背負った美人が立っていた。ショートボブのプラチナブロンドは艶があり、すらりとした若干痩せ型な体型。割と小顔であり、瞳はシェイマス同様蒼い。動きやすくするためか、服装はかなり薄着だ。露出度が高い。どうしてもそのたわわに実った胸部の膨らみに目がいってしまう。


「……君は」

「私はアロウ」

「アロウ?変わった名前だな」

「ええ。コードネームですもの」

「コードネームぅ?」


 狙撃銃を背負い、コードネームで名乗ってくるあたりただの女性でないことは確かだ。シェイマスは無意識に身構えた。


「……俺の装備はどこだ」

「そう身構えることはないわ。私はあなたの敵じゃない。あそこよ」


 アロウと名乗った美人は親指で自分の背後を指差した。その先には木製の大きなテーブルがあり、そこに愛用の機関銃、ナイフやバックパックが置いてあった。シェイマスは素早くベッドから飛び出すと、アロウに警戒しながら後ろ手に様子をさぐりながらゆっくりとテーブルに向かった。アロウはその様子を半ば呆れたような表情で見ていた。


「全く……別にそんな警戒することないじゃない」

「信用できないな。全滅を経験したばかりの特殊部隊隊員にスナイパーライフルを背負って武装した人間を信用しろというのは無理な話だろう?」

「助けてもらった身で恩人にそれはないんじゃないかしら?」

「……なんだって?」


 一瞬シェイマスの警戒が緩んだ。アロウは背負っている狙撃銃をゆっくりと手に取り、そのまま地面に置いた。そして両手を上げ、三歩後ろに下がった。


「これで話を聞いてくれる?」

「……」


 シェイマスは沈黙した。目の前に突然現れたこの女性を信用するべきなのか。正直信用するだけの理由がない。しかし、敵意が無いことは明らかだ。見たところ狙撃銃以外の装備は無さそうだ。そもそも露出度の高いこの服装でどこかに武器を隠すのは難しい。


「……狙撃手か」


 彼が返事の代わりにしたのはその質問だった。アロウはシェイマスの質問に先に答えるべきだとと判断した。上げていた両手をおろし、簡潔に答えた。


「ええ。そうよ。」

「となるとここはやっぱりどこかの軍隊なのか?」

「違うわ。私達はNSC。ここはその本部よ」

「NSC?」


 シェイマスは顔をしかめた。如何にも胡散臭い。正規軍でもなければ民間軍事会社PMCというわけでもなさそうだ。ますますシェイマスの警戒は強くなった。


「……その“NSC”が俺に一体何の用だ」

「言ったでしょう?助けた・・・のよ」

「……どういうことだよ」

「はぁ、やっとその話を聞いてくれたわね」


 アロウは満足そうに微笑むと話を続けた。


「私達NSCはどこの軍隊にも属さない……聞こえが悪いけど非合法の組織よ」

「非合法?やっぱり悪人じゃな……」

「合法だったら無条件で正義なのかしら?」


 アロウはシェイマスの指摘を言い終わらない内に一蹴した。言ってから今度は少し悲しげに微笑み話を続けた。


「……まぁ、確かに非合法だから少なくとも社会的に悪い組織の扱いは受けるわ」

「……」

「話がそれたわね。NSCはあくまでも正義の為に活動しているわ。……合法の組織だと法という限界が出てくる」


 シェイマスはアロウが見せた意味深な表情に沈黙を守るしかなかった。アロウはまるでシェイマスの反論を待つかのように少し俯き話を止めたがやがて顔を上げ、シェイマスと目が合うとまた話を再開した。


あの日・・・は朝から大騒ぎだった。偶然うちのハットが反政府軍の通信を傍受したの」

「ハット?」

「通信兵……とでも言うべきかしら。うちで敵との情報戦を行う時に大活躍するハッカーよ。彼のコードネームが『ハット』」


 シェイマスはアロウが『ハット』という単語を発する時に口元をひきつらせながら露骨に嫌そうな表情をするのに気付き、少なくともアロウはこの『ハット』という人物を良く思ってないのだろうと察した。これ以上彼の話をするのをやめた方がよさそうた。


「……通信によるとビッグヘッドビルを占拠するというものだったわ。私達は大急ぎで装備を整えてビッグヘッドビルに向かったわ。だけど、途中で警察に見つかってしまった」

「そうか……非合法の組織だから警察にも追われるんだな」

「そう。おかげで到着がとても遅くなってしまって、到着した頃にはもうテロは起こってしまっていた。人質もいるみたいだし、警察も軍隊でさえも来てたから迂闊に突入できなかったの。そうしたらあなた達PANTHERが投入された」

「……」


 シェイマスは自身の記憶のほぼ最新版である突入前の仮設司令部での出来事を思い出し、悔しい思いがふつふつとわき上がってきているのを感じた。


「私達にとってもそれはチャンスだったわ。PANTHERを気付かれないように支援すれば事件は解決すると判断したの。途中まで全く敵に出合わなかったでしょう?」

「あれは……君達のおかげだったのか」

「そうよ。……だけど思わぬ事態が起こってしまった」

「思わぬ事態?」

「PANTHERに裏切り者がいたのよ」

「……なんだと」

「彼の裏切りでPANTHERは全滅したのよ」

「嘘だ!」

「嘘じゃないわ。……本当のことよ」

「誰が……誰がそんなことを!!」


 アロウは言うのを躊躇うように少し黙ったが、決心したように口を開いた。


「……ベン」


 場の空気が凍りついた。アロウの口から出てきた人物はシェイマスにとってそれ程意外すぎる人物だった。


「そんな……嘘だ……隊長が?……そんな……」

「辛いでしょうけど、事実、あれからベンは行方不明になっているわ」

「違う!隊長が……隊長がそんなことする筈がない!」


 シェイマスは叫び、後ろのテーブルから自分の拳銃を素早く取り、アロウに突きつけた。


「!?ちょ、ちょっと!何するのよ!」

「黙れ!それ以上隊長を……PANTHERを侮辱するな!ぶっ殺すぞ!」


 シェイマスの剣幕におされ、アロウは二、三歩後退したが負けずに怒鳴り返した。


「事実よ!悔しいでしょうね、悲しいでしょうね!でもそれを私にぶつけたって何にもならないわ!落ち着いてまわりを見て!」

「黙れ!」


 シェイマスの拳銃を握る手に力が入る。人指し指がゆっくりと……少なくともアロウはそう感じた……シェイマスの方へと折り込まれ、引き金が引かれた。


 ……カチ。


 しかし拳銃から弾が飛び出ることはなく、乾いた音を立てただけだった。弾切れだ。落ち着いて考えてもみれば暴れるかもしれない人間の所持品である銃から弾を抜き取らないというのもおかしな話だ。


「……へ」


 シェイマスは気の抜けた声を発し、目の前のアロウから自分の右手におさまっている拳銃に視線を移した。


「そこまでだ」


 突然声がしたかと思うと、横から手がのびてきてシェイマスの右手首を掴んだ。手がのびてきた方を素早く見やると、そこには黒いコートを着た長身の男が立っていた。シェイマスやアロウより頭一つと半分くらい大きい。黒い髪でややまとまりのない髪形だ。眼光はするどく、白目の比率が高い三白眼。スレンダーな体型だが人並み以上に筋肉がついているようにも見える。


「ボ……ボス!戻ってらしたんですか!?」

「怪我人と喧嘩とはな。やはりお前に任せたのは間違いだったか?」


 シェイマスは突然現れた男にくってかかった。


「……あんたは」

「おれか?おれはレイヴン。NSCここのボスだ」


 レイヴン。男はそう名乗った。しかし本名ではなくコードネームなのは明白だ。


「そうじゃない。本名を聞いているんだ」

「お前に教える義理なんざねぇ。そんなことよりその物騒なもんを下ろせ」


 言われてシェイマスはしぶしぶ右手を下ろす。同時にレイヴンと名乗った男も手を放した。


「ついてこい。アロウ、お前もだ」


 そう言ってレイヴンは二人に背を向け、シェイマスの装備が置いてあるテーブルとは反対方向へと歩き出した。アロウもそれに続き、シェイマスに「黙ってついてきなさい」と目で訴えてきた。仕方なくシェイマスもそれに続いたが表情は極めて不機嫌そうだった。

 三人は五分程歩き続けた。思った以上にNSCの本部は入り組んでおり、大した広さではないものの気をつけないとすぐに迷ってしまいそうだ。廊下の壁や天井はコンクリートで出来ており、一定間隔で粗末な照明がぶら下がっていた。通路はやや薄暗く、少しじめじめしていた。やがてレイヴンは鉄製の大きな扉の前で立ち止まり、取っ手を掴み押した。扉は重たそうな音を立て、ゆっくりと開く。

 中には大きなモニターがいくつも壁に並び、あちこちにコードがあった。恐らくここは作戦司令室だろう。部屋は広く、照明もしっかりしたものを多く使っているようで明るく、清潔な感じがする。部屋の中央には大仰なテーブル……円卓が置かれ、その上に何枚もの書類が散らばっていた。


「ハット、変わりないか」


 レイヴンがモニターの方へ向かって声をかけた。見ると大量のモニターの前には小太りな男が座り心地の良さそうな椅子に腰掛け、何やら熱心にパソコンのキーボードを叩いていた。レイヴンが今呼んだように、きっとこの男が先程聞いたハットだろう。


「おっ、おっ、ボスぅ。戻ってたんですかい」


 男はレイヴンが部屋に入ってきたのに気づくと椅子を百八十度回転させ、三人に向き直った。痘痕面につぶらな目、脂ぎった髪と、その体型と合わせてなんだか不健康そうな印象を受ける。


「やや!?アロウたんもいるじゃないですか~……踏んで下さい」

「お断りよ」

「そんなぁ……」


 しかもドMときた。シェイマスはまだ言葉も交わしていないというのに早くもこの男に対して苦手意識を抱いた。


「むむ!?見たことない顔がいるぞ!?さては君が噂のシェイマス氏かな!?」

「お、おう……そうだ俺がシェイマスだ……その……よろしく……」

「うむ!よろしくよろしく!僕のことはまぁ気軽にサンダーボルトとでも呼んでくれたまえよ!あいや、カッコよ過ぎるかな!?」


 そう言って一人で爆笑するハット。シェイマスはこの瞬間、ある言葉が心に浮かんできた。


(うぜぇ……)


「おい小僧。こっちに来い」


 不意にレイヴンの声がした。声の方を見てみると、いつの間に移動していたのか、部屋の中央に置かれた大きなテーブルの前にレイヴンとアロウが立っていた。


「今からここでNSCの会議を行う。お前にも出席してもらうぞ」

「……は?」

「ハット、‘マサムネ’と‘エンジン’を呼べ」

「あい承知~」


 シェイマスは突然の急展開についていけず、レイヴンを問い詰めた。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ!なんで俺が会議に参加しなくちゃならないんだ!そもそも俺はもう回復した!ここから出してくれよ!あとなんだその‘まさむね’と‘えんじん’って奴等は!危ない奴等じゃないだろうな!?」

「いっぺんに聞くなよ耳が痛ェ……」


 シェイマスがあまりに激しくまくしたてるのでレイヴンは両耳を塞ぎながらいかにも面倒臭そうに返答した。


「まず一つ目、これからする会議の議題は少なからずお前に関係があるからだ。二つ目。それも何故なのか会議で説明してやる。三つ目。お前も充分危ねぇ奴だから大丈夫だ」

「なんだって……?」

「わかったらさっさと席につけ」


 説明がされるのなら……とシェイマスはしぶしぶ席についた。それに向かい合うようにレイヴン、その右隣にアロウが座った。ハットが更にその隣に座ろうとしたがアロウに蹴り倒された。気のせいでなければ蹴られた瞬間笑っていた。


◇◆◇


「……まだか」


 中々現れないマサムネとエンジンに対してシェイマスは少し苛立ちを感じていた。


「そう焦るなよシェイマス氏。ところで君さ、アニメは好き?」

「やめなさいハット。これ以上ここにオタクを増やさないでくれるかしら」

「オタクで何が悪いんだよー……まったくアロウたんはそこら辺わかってないよなぁ」

「わかりたくもないわよ」


 そんなたわいもない会話をしていると、


「失礼するでござるぅぅぅ!遅刻したでござるかぁぁぁぁ!?」

「うーす、おまっとさん」


 部屋に二人組の男が入ってきた。一人は濃い顔で少し長めの髪を束ねており、いやにハキハキと喋る。更に腰に刀を差し、和服を着ていてまさに侍のようだ。レイヴンの次くらいに背が高い。もう一人は頭に赤い派手な柄のバンダナを巻き、サングラスをしてこれまた赤いジャケットを着ているファンキーな男だ。こちらはやや小柄で、シェイマスやアロウと同じくらいの身長だ。


「来たか。座れ。それからマサムネ、遅刻はしてない。切腹なんざしなくていいから早く座れ!」


 レイヴンは部屋に入ってきた二人に着席を促した。後半はどうやら和服の男に対して言ったようだ。刀を抜き、今まさに腹に刃をつきたてようとしていた。


「おっす、オメーがシェイマスだな?俺はエンジン。よろしくな!」


 ファンキーな方の男が着席する前にシェイマスに歩みより、握手を求めてきた。シェイマスは躊躇したが、返さないわけにもいかないので手を握りかえし、あっという間に離した。


「せ、拙者はマサムネでござる!シェイマス殿、よろしく頼むでござる!」


 和服の男はインチキ臭い言葉で自己紹介しながら席についた。かなり走ってきたようで、席についてもまだ肩で息をしていた。


「よし、全員揃ったな。始めよう。今回の会議ではこいつ、シェイマスと今後のNSCの活動について話そうと思う。会議というより連絡、といった方が正しいか」

「……」

「まずシェイマス、お前はしばらくここを離れさせるつもりはない。ウチで預かる」


 やはりろくな話ではなかった。



 

 






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