DARKHERO

ラケットコワスター

第1話:初任務

「うわぁぁぁぁぁ!」

「誰かぁぁぁぁ!助けてぇぇぇ!」


 響く銃声、爆音、悲鳴。耳に心地よい音などまるでない。あるのはただこの世の地獄を現したようなおぞましい音ばかり。いや、音だけではない。ビルは倒壊し、民家は情けなく潰れ、鉄塔は奇天烈な形にひしゃげてしまっている。


「はぁっ……はぁっ……」


 暴力は人間に恐怖とトラウマ、狂気と力を与える。終わることのない悪夢に出口などない。死ぬか、殺すか。暴力から逃げ出すにはどちらかを選ばなければならない。


「はぁっ……はぁっ……くそっ!!」


 地獄と化した街。かつては美しく、人の往来が耐えなかったこの街は今や赤い空、火薬臭い乾いた空気、そして何より人々の恐怖と狂気に包まれていた。

 そんな地獄を、まるで出口でも探すかのように走り続ける青年がいた。淡い栗色の髪、やや小柄だが筋肉質な体躯、微妙につり目であり、その中心には蒼い瞳がおさまっている。よくよく見るとそれなりに美青年ではある。しかしそれ以前に服装が目を引く。ゴーグルを着けたヘルメットを被り、地味な灰色のつなぎのような服の上から防弾チョッキをはおり、機関銃マシンガンを抱えている。一目で兵士、恐らく特殊部隊だとわかる見た目だ。先程から彼は走りながらしきりに胸元の通信機をいじり、司令部に応答を求めているが一向に返事がない。


「くっそ……駄目だ。作戦は完全に失敗だ……」


 人間とは気高く美しく、愚かで醜い生き物だ。地球上で知性をもつほぼ唯一の種である。だからこそ人間の本能、本性は恐ろしい。本能のまま他の動物の肉を貪り喰らう牙を持つ獣を鬼とするならば、知性を持つ人間はさしずめ銃を持った鬼だろう。

 この国は十年程前に成立した小国だ。成立当初こそ平穏な国であったものの、宗教上の問題や外交問題から国内外のトラブルが多発、果ては政治家の汚職、公務員の職権乱用などいよいよ国は腐敗した。国民の不満はつもり、ついに内乱が勃発。そしてこの街はその被害を被ったのだ。初めこそは国民の怒りの代弁者として戦っていた反政府軍だったが、やがてその活動は過激になって行き、今やテロリストと言っても変わらない程凶暴になってしまった。最早国民の味方でもなくなった反政府軍は戦局を有利にするため、この街の大勢の市民を人質にとりビルに立て籠った。要求は首相の解任。もし半日後までに首相が解任されなければ人質を殺すときた。事態を重く見た政府は軍の特殊部隊、「PANTHERパンサー」を派遣し、事態の鎮静化を図ろうとしたのだが……



 ――――数時間前。



「お前ら、覚悟はいいな。今回の任務はビルに囚われている人質の保護、そして反政府軍の武装解除、無力化だ。」


 PANTHERの仮設作戦司令室となった装甲車両の内部で、PANTHER長官ベンは隊員達に対してもう一度作戦内容を確認した。隊員達は皆緊張した面持ちで時を待つ。そのなかに青年はいた。やはり彼も緊張した面持ちで自らの愛銃を磨いている。


「……よし!時は来た。作戦は伝えた通り、各自己の仕事をきちんと果たせよ!出動!」


 ややあってベンがゴーサインを出した。PANTHER隊員達は一斉に立ち上がり、司令部を出て配置に向かう。青年もまた磨き過ぎて変な輝きを持ってしまった銃を抱え司令部を飛び出した。


 ◇◆◇


「いよいよだな。気分はどうだ?シェイマスよ。帰るなら今の内だぜ?」


 青年が配置につくと、今回行動を共にする先輩隊員の一人にいたずらっぽく声をかけられた。


「新人だからって侮らないでくださいよ先輩……俺だってちゃんと訓練を積んだいっぱしのPANTHER隊員なんです。これくらいなんともないッス」


 シェイマスと呼ばれた青年はそう言って胸を張ってみせた。するとまたその隣のもう一人の先輩隊員が小さくため息をつくとシェイマスに向かって言葉を放った。


「実際新人だろうが……仕方ない。そんなシェイマス君に先輩からありがたぁいアドバイスをやろう。銃はセーフティを解除しておかないと弾こめても引き金引いても弾は出んぜ」

「えっ」


 シェイマスはすぐさま自分の銃を確認する。見ると本当にセーフティがかかったままだった。


「頼むぜシェイマス……本当によぉ……」

「だ、大丈夫ッス、俺……頑張ります」

 

 やがて全体が合図と同時に多方向から突入する。武力による制圧が目的ではあるが、あくまで任務は『人質の保護』であるため慎重に進まなくてはならない。足音を立てぬよう、奴等に気づかれないよう、慎重に、それでいて大胆に……


「行くぞ!」


 先輩隊員がドアを足で開き、銃を構え腰を低く落とし素早く進んでいく。シェイマスもそれに続き、今度はきちんとセーフティを外し銃を構えて後に続く。作戦開始だ。


「……クリア」


 一階。取り敢えず近くに脅威はないようだ。三人は少しだけ警戒を緩め、どこかに人質に繋がる手がかりが無いか探す。今回PANTHERが投入されたビルの名前は“ビッグヘッドビル”。その名の通り頭でっかちな造りのビルだ。このビル1本にデパートやレジャー施設、果ては立派なコンサートホールまであるまさに多目的なビルだ。付近の住人は二つの意味でいつこのビルが崩れるか気が気でなかったのだが、このビルはそんな住人の危惧とは裏腹に今年で十歳の誕生日を迎える。そんな記念すべき年に反政府軍に占拠されるとは不幸なものである。


「近くに階段は」


 先輩隊員が声を上げる。シェイマスらの小隊が突入した場所は別に大きな所があるため普段誰も使わず半ば忘れられた小さな資材搬入口から突入した。思いの他広くなく、大した手がかりも無さそうだった。三人はこの階の探索をやめ、次の階へ向かうことにした。


「二階。次は商業エリアだな」


 三人が階段を上がりきるとそこには大量のダンボールがあった。おそらくこの階の店で売られる予定だった商品だろう。


「もったいねぇなぁ、これきっとこのまま捨てられるんだぜ……」


 食品が詰められたダンボールに目をやりながら先輩隊員は残念そうに言う。


「そうですねぇ……食べます?」

「アホか。任務中にできるわけねぇだろ。そもそも窃盗罪になるわ」

「無駄口をたたくのはよせ。いつ敵がくるかわからんぞ」


 二階。ここにも人質への手がかりは無い。それどころか敵の姿すらない。この階にも大して手がかりになるものは無かった。

 

 ◇◆◇


「何も……起こりませんね」


 ビルの三階まで登り、少し進んだあたりでシェイマスが沈黙を破った。もともとビルが大きく、複雑な造りになっているためか、時間の割にはあまり登れていない。


「そうだな……しかしどこに何があるかわからん。あくまでも慎重に、だ」

「……わかってます」


 先輩二人に新人一人。シェイマスの小隊は三人で行動していた。少人数だからこそ見つかりにくいという点もあったのだろう。

 やがて三人はうす暗い大きなホールに出た。オペラハウスのような、壁にも客席が設けられた天井の高い豪華な造りだ。天井に吊るされたシャンデリアや舞台近くに置かれているきらびやかなパイプオルガン、客席一つ一つに施された精巧な彫刻。見れば見るほど見事な、一流の舞台だとわかる。


「……おかしいな」


 ホールの美しさに見とれていたシェイマスの横で先輩隊員が口を開いた。


「どうしたんです?」


 シェイマスが怪訝そうに聞き返す。


「いや、流石におかしいと思わないか?ここ・・はこれだけ広いんだ。当然監視カメラが多く設置されている。仮に監視していないにせよ、罠の一つもないというのも気になる。……まさかとは思うが、なんかヤベェことが起こってんじゃないだろうな……」


 先輩隊員の言葉にシェイマスは動揺する。確かにそうだ。三階はほとんどこのホールの為にあるような物だ。そんな主要な場所に何も用意をしていないというのはやはり奇妙な話ではある。先輩隊員は念の為にと通信機の周波数を合わせ、司令部に繋いだ。


「本部、応答願います」

『……』

「応答願います」

『……ザザッ』

「……マジかよ」


 先輩隊員の予感は当たった。通信が繋がらない。既に相手には気付かれていたのだ。


「……どうする?」

「どうするもこうするも任務を投げ出すわけにはいかん。だが念の為他の小隊と連絡できないかどうか試してみよう」

「そうだな」


 先輩二人はシェイマスそっちのけでどんどん話を進めていく。ここでシェイマスはちょっとした孤独感を感じてしまった。


「アルファチーム、応答願います」

『……』

「チッ……ブラヴォーチーム、応答願います」

『ザザッ……ザ……』

「ここも駄目か……」


 結局どの小隊とも連絡はつかなかった。こうなってくると無闇に動くのはかえって危険だ。


「くそ……どうする?」


 と、先輩隊員が言った瞬間、彼の通信機が着信を告げた。


「!無事なところがあったんだな」


 先輩隊員はすぐさま通信を繋ぐ。


「こちらデルタチー……」

『最早手遅れだ』

「……?」


 通信機からは聞き覚えのない、低い声が聞こえてきた。


「……誰だ。所属を述べてくれ」

『後ろを見てみろよ……』

「後ろ……?」


 通信機の声に言われて先輩隊員は後ろを振り替える。つられてシェイマスともう一人の先輩も何事かと振り替える。


「……?」


 見ると、舞台の幕がゆっくりと開いていた。うす暗い照明のせいでよく見えないが何かがいる……

 パッと軽い音と共に舞台に三方向からスポットライトが当てられた。するとそこには……


「!?」


 囚われた人質とPANTHERの仲間達が縛られてその場で蠢いていた。これに何の意味があるのか、シェイマスにはわからなかったが、先輩隊員はこの後何が起こるのかすぐに察し、二人に指示を出した。


「伏せろぉぉぉぉぉ!」


 次の瞬間耳をつんざく爆音がホールを包んだ。一瞬遅れて爆音と共に人間が絶叫する声が響き、先程まで静かだったホールは唐突に騒がしくなった。


「うっ……うう?」


 先輩隊員に突き飛ばされ、客席と客席の間に倒れこんでいたシェイマスは何が起こっているのか理解が追いつかず、情報を得ようと視線を上げた。


「……!」


 見ると多くの壁の客席から銃がその銃口を舞台に向けていた。公開処刑。それがたった今このホールで起こったのだ。


「…………」


 シェイマスはふと自分を突き飛し護った先輩がどうなったのか気になった。生きていて欲しいと願った。しかしそう思った次の瞬間、右手が何かヌルヌルとした触感を訴えてきた。


(そんな……まさか……やめてくれよ……)


 恐る恐る右手を見てみると、やはり紅くなっていた。血だ。血が流れてきた方を目で辿っていくとそこには席の陰に隠れて全体はみえないが真っ赤に塗れたまぎれもない人間の腕が……

 シェイマスは今更になって震えが止まらなくなった。恐ろしい。舞台の方には目を向けたくない。先輩は死んだ。きっと二人ともだ。先輩だけじゃない。助けるべき人質も、PANTHERの仲間達も皆死んだ。自分だけ生き残った。死にたくない。自分でも気づかない内にシェイマスは流れてくる先輩の血を体に塗りたくっていた。そしてそのまま死んだふりをした。必死だった。こんなもの近くにきて確かめられたらすぐにバレる。しかしそれでも彼は生き残りたい一心で行動した。


「……」

「…………」


 息を潜め、身動きせず、ただただ死体のふりに専念する。シェイマスはこれまでの人生の中でこれほど真剣に死んだふりをしたことがなかった。

 上層の客席で何やら話をしているのが聞こえる。頼む、こっちには来るな。そのままどこかへ行け……シェイマスは心の中で何度も何度も願った。すると、願いが通じたのかやがて話声は遠ざかって行った。


(た……助かっ……た……?)


 シェイマスは恐る恐る体を起こす。どうやら本当に助かったようだ。シェイマスは少し安堵したと同時に一刻も早くここから逃げ出したい欲求にかられた。愛銃を拾い上げ、舞台の方を振り替えることなくホールを脱兎の如く飛び出した。

 無我夢中で走った。ビルを出たい。奴等に見つかる前に、奴等がいる場所から離れたい。階段を駆けおり、扉を弾き飛ばすように乱暴に開き、廊下を全力疾走する。すると来た時はあれだけ時間がかかったのにものの十数分で出口に辿り着いた。……が、


「そんな……う、嘘だ、嘘だろう!?」


 待っていたのは正しく地獄絵図だった。人質はビルに囚われた人間だけではなかったのだ。避難していた筈の市民の中にも反政府軍は紛れ込んでいたようで、そこかしこで殺戮が起こっていた。


「ぎゃああぁぁぁぁ!」

「いやぁぁぁぁぁ!死んじゃうぅぅぅぅ!」

「やめてぇぇぇ!その子には手を出さないでぇぇぇぇ!」


 絶叫。悲鳴。最早言葉にすらなってない喚き声。地獄の協奏曲コンチェルトが響きわたる。

 更に息が荒くなる。膝をつくほどの目眩に襲われ、頭を抱えた。


「……?」


 しかしそこでシェイマスの耳は不自然な音を捉えた。これは……まさかキャタピラの音か。ゆっくりとシェイマス顔を上げたシェイマスを待っていたのは更なる衝撃の事実だった。


「馬鹿な!なんであれがここにいるんだよ!?」


 前方で戦車がその砲身から火を吹いていた。まさか。人質を殺され、報復の建前を得た政府はこの街を本当に戦場にしようというのか。大方先程舞台に上げられた隊員の内誰かが捕まった時に連絡を入れたのだろう。この街は軍の基地が近いのですぐに出動できたというわけだ。だが今はそんなことどうだっていい。戦車は容赦なく榴弾を撃ちだし街を破壊していく。このままでは自分を含め生き残りすらも灰になってしまう。深呼吸をし、少し平静を取り戻したシェイマスは通信機からとりあえずまずは司令部だと通信機をいじり、砲撃から逃げるように走り出した。



――――そして今に至る。



「司令部ッ!応答してくれ!」


 シェイマスは叫ぶ。つい数分前まで自分が走っていた場所は今しがた爆弾で跡形もなくなった。反政府軍の殺戮は終わらない。彼らの目的は一体何なのか。


「はっ……はっ……うおっ!?」


 足をもつれさせて転んでしまった。


「痛てて……!」


 転んだ先にもまた地獄が。


「ま……待ってくれ!こんなこと間違ってる!」


 シェイマスの前方で二人の男が大声で話し合っていた。見たところ二人とも反政府軍の人間だ。シェイマスは慌てて物陰に身を隠した。


「何言ってるんだ今更!人質が死んじまった以上この都市を破壊して少しでも政府にダメージを与えるんだ!」

「焦土作戦でも真似たつもりか!?こんなのただの殺戮じゃないか!!俺達は国民の味方じゃなかったのかよ!」

「あいつらが我々に協力しなかったから悪いんだ!国のことを想い、未来を夢見る本当の愛国者ならば我々と共にこの国のデキモノ政府を倒そうとするはずだ!」

「彼らは争いなんか望んでない!もうやめてやってくれ!」

「何を貴様!貴様も愛国心を示さないというのか!ならば邪魔なだけだ!貴様も死ね!」


 銃声。同時におぞましい悲鳴が響く。ここに今一人尊い命が果てた。


「マジかよ……く、狂ってる……」


 シェイマスは物陰で一部始終を見届け戦慄した。反政府軍の連中は皆こんな考え方なのか。最早国民の敵にすらなっている。腐敗した政府に暴走する反政府軍。この国の国民は板挟みになって苦しんでいるのだ。


「……やれやれ、使えんやつだ」


 銃を撃った方の男は仲間を連れその場を立ち去ろうとした。シェイマスはその様子を見て安全だと判断したのか、体の力が緩んだ。

 ……しかしそれがいけなかった。シェイマスの右手におさまっていた筈の機関銃が右手の握力から解放され、重力に従って地面に吸い込まれていく……


「ッ!ちょっ……!」


 バン。気づいた時にはもう手遅れだった。銃は地面とぶつかり、あろうことか暴発してしまった。調整をどこかで誤ったのだ。シェイマスは過去の自分を恨んだ。


「誰かいるのか!」


 当然男達に気づかれる。シェイマスが潜んでいる物陰に銃弾が浴びせられる。


「うッ!」


 その内の一発がシェイマスの右腕に当たった。傷自体は深くないが、出血が酷く、そのままシェイマスの意識は遠のいていった……







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