第二十五条「巨大すぎる敵」

 ブルルルルルル。ブルルルルルル。

 携帯のバイブ音で目が覚める。いつの間にか寝てしまったようだ。

「はい……もしもし」

 若干寝ぼけながら電話にでる。

「おい、クリスか?」

 この馴れ馴れしい感じ、ハッタリだ。

「そうだけど……何か用?」

「何か用とはご挨拶だな。せっかく本間に関する情報が手に入ったていうのに。知りたくないなら別にいいんだけど?」

「教えてください。服部さんお願いします」

 手詰まりの僕にとってどんな小さな情報でも希望の光りだ。

「何だ? 今日はやけに素直じゃないか。まあいいや。一時間後に新宿の東口まで来い。遅れるなよ」

「おい、待て……」

 プー、プー、プー。

 電話は既に切れていた。

 与えられた猶予ゆうよは少ないのですぐに支度をすると家を出る。

 待ち合わせ場所まで向かうと一時間も経っていないのにもかかわらず既に服部がいた。

「おうっ! 元気してたか」

 やけに明るいハッタリ。何か良い事でもあったのだろうか。話もそこそこに、そのまま近くのコーヒーショップまで移動する。

 席につき、コーヒーを頼むと服部が話し始める。

「聞いて驚くなよ。本間の代理人はな――あの宗像だ」

「…………」

「驚いて声もでないか? 本間といい、宗像といい、お前も面倒なやつが好きだな」

「いや、知ってるから」

「え?」

「宗像が代理人に入ってるってのは知ってる」

 それに、宗像が面倒な相手だというのも嫌というほど思い知らされた。

「何だ、知ってたのか。じゃあ宗像がA&Lに移ったってのも知ってるか?」

「ああ」

「な、なかなか……情報が速いじゃないか……」

「今日呼び出したのはそれだけのためか?」

 ハッタリはニヤリと笑みを浮かべる。

「じゃあ、これはどうだ?」

「A&Lのバックボーンがクイーンテットってのは?」

 クイーンテット。

 アメリカの五大財閥の一つ。その中では一番新しく、勢いのある財閥だ。

「クイーンテット?」

「あぁ、アメリカの――」

「いや、クイーンテットは知ってるが、そのクイーンテットってのと本間がどう関係するんだよ?」

「そう焦んなって。クイーンテットは、アメリカの財閥系の企業でその配下に様々な企業を持ってる。さっきのA&Lはクイーンテットの法律部門として立ち上げられたのが始まりだ。それで、そのクイーンテットの子会社で他にも日本に進出している企業がある。アスブライトっていうファンドを知ってるか?」

「知らん」

「アスブライトは、クイーンテットの金融部門の一つだったんだが、それが最近日本にも進出してきた。クイーンテットとの子会社とはいえ、日本での知名度は低い。そこでアスブライトは、知名度を一気に上げるために、何かでかいことをやろうと企んでいるらしい」

「それで?」

「お前も鈍いやつだな。アスブライトは、何かデカイことを企んでいる。宗像は、元々人権派で新電波塔建設差止めの集団訴訟の弁護士をやっていた。そのため大企業とは対立する関係であったのにも関わらず、なぜか大企業の顧問を数多く引き受けるアスブライトと関係する法律事務所に移籍した。その宗像は、執拗しつようにお前の邪魔をしてくる。なぜだ?」

「なぜって言われても……」

「しょうがない。もう一つだけヒントをやる。宗像のやっていた集団訴訟はこの間和解が成立した。和解内容は補償金を払うことで建設を認める。建設場所は都立江戸公園」

「江戸公園!? 江戸公園って牛守神社のある場所じゃ……」

「そう。ということはどういうことだ?」

「ということは……」

 牛守神社が邪魔ってことか?

「そうだ。電波塔と言っても単に電波塔だけを建てるんじゃなく、オフィスや観光施設といった周辺施設も含めた大開発プロジェクトだからな。それ相応の土地が必要になる。それにピッタリだったのが江戸公園ってわけだ。都立公園ならば立ち退き交渉する必要もないと踏んだんだろうが、江戸公園内には牛守神社があった。しかも神社っていう立ち退かせることがその性質上困難な建物だからな、悩んだことだろう」

「なるほど、そんな時に見つけたのが土地問題だった、と」

「そうだ。さらに建設に反対しているやつらの代理人である宗像は国や地方公共団体を相手にした訴訟にも強いからな。上手く抱き込めれば厄介な敵を消し去るとともに強い味方になる。一石二鳥ってわけだ」

 そういうとハッタリは運ばれてきたコーヒーを啜る。

「しかし、そう上手くいくもんかな……」

「やつは金さえ積めばなんでもする男だから懐柔するのは簡単だっただろう」

「たしかに……」

 宗像が金に汚いというのは法曹の間では有名な話だ。しかし宗像の弁護士としての腕が確かなのも間違いない。それに加えて日本有数の弁護士法人にアメリカ有数の財閥、そしてそのファンド。

 そんな巨大すぎる相手に僕みたいな駆け出しの弁護士、しかも高校生の弁護士が太刀打ちなんかできるのだろうか……。

「なんだ、怖気づいたのか?」

 ハッタリは嬉しそうに尋ねる。

「お、怖気づいてなんて……」

 怖気づかない訳がない。今まで国選弁護しかしてこなかった僕が、いきなり大企業や弁護士会の重鎮相手に戦わなきゃいけないなんて……。

「無理だと思うなら早めに手を引けよ」

「……手を引く?」

「あぁ、散々引き伸ばしてやっぱり無理でしたってのは依頼人にも迷惑かけるだろ。早めに依頼人に自分じゃ役者不足だから下ろさせてくれって謝るんだな」

「そんな、せっかく依頼してもらったのに……」

「それが嫌ならんだな」

「頑張るって、頑張ってどうにかなる問題でもないだろ」

「まぁ、とにかく、腹決めたら連絡くれや。協力できる事があれば協力してやる」

 ハッタリは、残りのコーヒーを一気に飲み干すと立ち上がった。

「どうして――」

「ん?」

「なんで、手を貸してくれるんだ? お前だって暇なわけじゃないだろ?」

「なんでって、俺達友達だろ?」

 友達。ここ最近聞いたことのない言葉フレーズだった。

 ハッタリは、そう言い残すと自分のコーヒー代も置かずに去っていった。

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