第二十条「頼れる人」

 パラパラパラ。ペラペラペラ。

「あーもう。これも違う」

 そういうと本を机の下へと落とす。机の下には同じように落とされた本や雑誌が山になっては崩れ、また山になっては崩れを繰り返して足の踏み場もないほどに散らばっている。

 京姫の神社の一件は、今のところ音沙汰おとさたはない。

 今のところと言っても昨日の今日で新たなアクションを起こされてもこちらとしてはかなり困るのでできる限りアクションは起こさないで欲しいものだ。

 そうはいっても、相手は次の一手を必ず打ってくる。その時に備えて現在、取りうる手段を探しているのだ。

 今日は、学校の登校日だが、学校に通っている余裕はないので朝から自宅で法律文献を読み漁っている。自分の部屋の法律書はもちろん、近所の大学の図書館にも行って法律書、さらには法学者や弁護士や検察官、裁判官といった実務家の書いた論文の載った法律雑誌も調べてみたが、これといって有効な手立てはいまだ見つからない。そして、最後の頼みの綱であった父親の部屋の資料を今探っていたのだが、役に立ちそうなものは見つからない。父親の持っている資料ならと思ったが、あてが外れたようだ。

 誰かに相談したくても、大学は行っていないので指導教官もいないし、弁護士の友人もいない。

 弁護士と言えば、父と母は弁護士界ではある程度名の通った有名弁護士だが、現在海外出張中だ。

 他に法律家の知り合いなどいない……いや、一人だけいる。いるにはいるのだが、できれば頼りたくない。しかし、『全力でやらせていただきます』なんて大見得を切った手前何とかしなければいけない。しばしプライドとプライドの間で苦しむが、携帯電話を手に取る。携帯の電話帳に両親以外では唯一載っている法律家の電話番号に連絡する。

 プ、プ、プ、プ、プルルルルルル。

 頼むから出てくれ。いや、やっぱり出ないでくれ。出なければ言い訳が立つ。電話を発信した後も葛藤は続く。数秒が何分にも感じられる。

 プツ。

「ただいま電話にでることができません――」

 繋がらなかったか。残念なようなホッとしたような気持ちで電話を切る。

 繋がらなかったのは、それはそれで良かった。しかし、これから一体どうしたものかと考えていると携帯が震える。

 ブブブブブブブ。

 携帯の画面を開くとそこには「服部桐太」と表示されている。

「もしもし――」

「あ、俺、服部だけど電話くれた?」

「した……けど、忙しいならいいんだ」

「何だよ。言えって今暇だから」

「いや、でも……」

「女々しいやつだな。ガキかお前は。ってお前本当にガキだったっけ」

「うるせー! 切るからな!」

「ちょ、ちょ待てよ。切ったら電話かけ続けてやるからな」

「今の発言は脅迫罪に該当しな――」

「早く要件を言え。俺も暇じゃないんだから」

「さっき暇って……。あのさ、仕事で詰まった時、考えても探しても答えが見つからない時ってどうすればいい? 」

「うーん、そういう時は寝っ転がってみ」

「は? ごめん、相談する相手間違えたわ……」

「全く法律家はこれだから困る。お前ガキのくせにどんだけ頭固いんだよ。うちの検事正けんじせい並みに固いぞ。もっと頭を柔らかくして物事を柔軟に考えてみろよ。寝っ転がってみろってのは、視点を変えてみろってことだよ。でも、お前の場合は、一回本当に外出て芝生にでも寝っ転がってみたほうがいいんじゃないか? どうせ一日中部屋に籠ってるんだろ?」

「籠ってなんかねーよ。今日は図書館行ったし……。昨日も家出たし……」

「まぁ、どうでもいいんだけど、とりあえず視点を変えてみろ。そうすれば別の何かが見えるかもしれないぞ」

「そっか。まぁ一応、そのお礼は言っておく」

「お前な、男は男のツンデレには興味ないぞ。お礼ってのは『ありがとうございます』って言うんだよ。ほら言ってみ」

「あ、ありがとう……ございます」

「ハハハハハ。それでいいんだよ。じゃあもう用事なければ切るぞ」

「あ、ちょっと待って」

「ん?」

 果たしてどこまで聞いていいものか、少し考え込む。

「本間さちおって知ってるか?」

「本間……さちお……どこかで聞いたような。あっ! あれか、あの面倒くさい元議員先生のことか」

「知ってんの?」

「知ってるも何もかなり有名だよ。お前そんな奴と関わる仕事してんのか? 面倒な仕事引き受けたもんだな」

「で、何を知ってる?」

「まぁ、うちじゃあ、あいつは、サッチーって呼ばれてるんだけどさ、口うるさそうだろ? それはそうと、あいつは何かにつけて告発状とかを出してきて面倒くさい奴なんだ。この間なんか自宅の敷地内に自転車を勝手に停められたとか言って、その自転車の防犯登録メモって住居侵入罪の容疑で告発したんだぜ。敷地内って言っても仕切りもない公道との境界線もわからない場所だぜ? まじ面倒なやつだろ? って、今の聞かなかったことにしておいてくれ」

「情報ろうえいだろ。守秘義務違反だろ」

「お前が言わなきゃバレないから大丈夫」

「検察官がそんなんでいいのか?」

「いいんだよ。犯罪だって誰も認知しなければ犯罪にはならないだろ? 表に出なきゃ問題にはなんねーんだから」

「…………」

「おっと、呼ばれたから切るぞ。じゃあな。本間について何か分かったらまた連絡するよ」

 プツン。

 服部は一方的に電話を切ると逃げてしまった。しかし、一応アドバイスもしてくれたし、悪いやつではないんだよな。

 視点を変えてみろ……か。

 法律雑誌を手に取るとベッドに横になる。その体勢のまま、いつもとは違う視点で読んでみる――ものすごく読みにくい。

 ブルルルルルル。ブルルルルルル。

 再び携帯電話が震える。

 ベッドから起き上がると机に置きっぱなしにされた携帯電話を手に取る。電話ではなくメッセージのようだ。

 もう服部から情報が来たのか?

 メッセージを開いてみると、服部ではなくすみれからだった。

「何で学校来ないのよ! 明日は絶対来なさいよ。来ないと大変なことになるんだから」

 脅迫文だった。昨日は、私のことは構うなオーラ満開の無言だったにも関わらず、翌日には学校に来いとはどれだけ自分勝手なやつだ。しかし、逆らうと本当に大変なことにされかねない。服部にも視点を変えてみろ、と言われたことだし、明日は登校してみるか。

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