第十条「主文、被告人は」
検察官を言い負かし、意気揚々と留置場へ足を運ぶ。
「七篠――じゃなくて久慈さん。大丈夫ですか?」
「ど、どうなりました?」
「喜んでも大丈夫そうです。本日は遅いので無理ですが、明日朝一番で保釈請求をします。保釈金はいくら掛かるかわかりませんが、お父さんが出してくれるそうなので問題ありません」
「私はどうなるんですか?」
「保釈が認められれば、ここから出られます。ただし裁判に係属していますので、裁判期日には出廷しなければいけません。安田について、久慈さんへの強盗致傷容疑での告訴状を提出して、捜査するよう検察官に働きかけました。検察側の証拠を否定する証拠も揃っていますので百パーセントとは言えませんが、無罪になる可能性がかなり高そうです」
「よ、良かった……」
そう言うと、久慈玲於奈は泣き出した。
当然のことだろう。暗闇で突然強盗に襲われた上に記憶喪失。それだけでも十分不幸なのに強盗傷害の容疑者として逮捕され、さらに被告人として裁判員裁判にかけられ大勢の
その後、久慈は留置場から無事に出ることができた。
どうやら検察から勾留取消の請求があったようで保釈請求を出すまでもなく翌日には解放された。
翌日、久慈と共に検察庁に呼び出され、勾留したことと起訴したことについて正式に謝罪を受ける。検察官から第一審判決前であることから起訴取消の提案を受けたが、久慈の名誉や後々のことも考え、起訴取消ではなく無罪判決を求めることにした。
被害者安田曜子については、告訴状の提出を受け、捜査を行った結果、前科こそないものの逮捕歴が続々と出てきたらしい。そして補強捜査の結果、安田が金銭に困っていたことが判明し、逮捕して取り調べを行った結果、自白したとのことだ。
そして後日『七篠三郎こと江戸警察署留置所番号三六番』改め『久慈玲於奈』の強盗傷害被告事件の裁判が行われた。
久慈は、相変わらず被告人席に座っているものの、第一回目の公判で着ていた
裁判長を先頭に裁判員たちが入廷してくる。裁判員たちは事情をある程度聞いているのか、表情が柔らかかった。
「それでは、開廷します。本日は第二回期日ですが、前回はイレギュラーな形で終わってしまいました、本来証拠調べから入る所ですが、検察官と弁護人の両方から証拠取り下げと排除の申立がありましたので申立を認め、論告求刑に移ります」
裁判長が相変わらずの淡々とした口調で進行する。
「それでは、検察官お願いします」
裁判長に促されて検察官は立ち上がったが、前回とは打って変わって勢いがない。
「先日、検察は、久慈玲於奈さんが安田曜子に対し強盗を行ったという主張を行いましたが、撤回させて頂きます。実際には、久慈玲於奈さんは強盗の被害者であり、何らの暴行を加えた事実も財物を強取した事実もありませんでした。久慈さんが被害者となった強盗事件についてですが、被害者と思われていた安田曜子を被疑者として逮捕し、さらに慎重な取り調べを行なっております。したがいまして検察としましては、無罪を求めます。また、久慈さんにはここで改めて謝罪させて頂きます」
というとこちらを向いて頭を下げる。
『冤罪』であったということが分かり、『被告人』ではなくあえて『久慈さん』と呼んでいるようだ。
「それでは、弁護人はどうですか?」
「弁護側としましては、無実の久慈さんが被告人として起訴されたことを
「わかりました。それでは、一旦休憩とし、その後、裁判員裁判としては異例ではありますが、即日判決手続に移りたいと思います。検察官、弁護人、よろしいですか」
「問題ありません」
そう言うと裁判員たちは控え室へと下がっていく。形式的ではあるが合議を行うのだろう。
休憩中に検察官が近寄ってくる。
「この度は申し訳ありません」
再度謝罪をしてくる。前回はあれほど自信満々だったのに完全に意気消沈である。
「そちらの弁護人がご存知だとは思いますが、無罪判決がでましたら、刑事補償法に基づいて補償を受けることができますので請求手続きをしてください」
言うことを言ったのか、肩を落とし検察席へと戻っていく。
「これからどうなるんですか?」
久慈が口を開く。
「裁判長たちが戻ってくると判決手続に移ります。間違いなく無罪判決が出ますのでそしたらあなたは無罪放免です」
「そうですか」
「先ほど検察官が言っていた刑事補償ですが、あなたが無実の罪で勾留されていた日数分だけ補償としてお金をもらえます。別途の手続が必要になるので、これは後日行いましょう」
しばらくして、裁判員たちが戻ってくる。
「それでは判決手続に移ります」
裁判長はわざとらしく法廷をぐるっと見回してワンテンポおく。
「主文、被告人は無罪」
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