第九条「真相と相当」
「次は、
今日二度目の霞ヶ関。
今度は裁判所ではなく検察庁へと向かう。
東京地方検察庁が入る合同庁舎でも裁判所ほどではないが厳重な警備が行われている。警備を抜けると受付で担当検察官と面会の予定があることを告げる。
面会の予定と言っても先ほど担当検察官に電話をして急用があると言って無理やり詰め込んだのだが……。
しばらくすると事務官が出迎える。事務官は終始無言で検察官の執務室まで案内する。部屋の扉を開けると担当検察官が椅子に腰掛けている。
「一体何の御用ですか? こちらも山ほど事件を抱えていましてね。忙しいのですよ。あなたほどではないでしょうかが」
嫌味混じりに要件を尋ねてくる。
「七篠の事件の件です。七篠の記憶が戻ったのは御存知ですか?」
「聞いていますよ」
「直ちに釈放してください」
「なぜ?」
「七篠はやっていないと言っています」
「被告人がそう言っているだけでしょう? まさか被告人がやってないと言うのを信じろと?」
「そちらの証人ですが、犯人の顔を見ていないと言っています」
「こちらの了承なく勝手に証人と会ったのですか!? それは弁護士倫理上問題ではないですかね?」
「……故意ではなく偶然です。世間話の一環として話してくれただけですし、問題はないと思いますが……」
「ふーん」
検察官は疑わしげな視線を投げる。
「それよりも彼女は犯人の顔を見ていない。すなわち証人としての効力はありません」
「そうですかね? 彼女は警察での取り調べで犯人の顔を見たとした上で犯人として複数の写真の中から七篠の顔写真を犯人だ、と証言していますよ」
「警察の誘導尋問じゃないですか? お得意の」
「侮辱する気ですか?」
ポーカーフェイスを保っているが、言葉尻に
「いえいえ。あなたは現場を見てきましたか?」
「いいえ。
「私は、昨日現場に犯行時刻に行って来ました」
「ほお。それはご
検察官の嫌味を無視して続ける。
「現場には、電灯がほとんどないのは御存知ですか?」
「…………」
「そのため、犯行現場とされる場所では人の顔なんて近づかない限り見えないんですよ」
「いいでしょう。仮に証言が無かったとしても、バッグに付いた指紋はどうなのです? これは明らかな証拠ですよ」
「まだ取り調べをされていないんですか?」
「あなたが妨害したと聞いていますが?」
「妨害とは失礼な。憲法上の重要な権利に由来する接見交通権を正当に行使しただけですよ」
「まあいい。物証についてはどうなのです?」
「七篠は、あのバッグは自分のものだと主張しています。当然中身に入っていた財布についてもです」
「は? 証拠は?」
「ない」
「そうでしょう」
検察官はニヤリと気味の悪い笑みを浮かべる。
「――と思ったんですが、実はあるんですよ」
「は!?」
「あのバッグが海外ブランドの物だっていうのはご存知でしょう」
「ああ」
「あの種類は、日本未発売の新商品でしてね。イタリアにある本店のみの限定販売品でシリアルナンバー入りの品なんですよ」
「そんな都合のいい話が……」
「七篠の本名を御存知ですか?」
「……知らんな」
「久慈玲於奈っていうんですよ。父親の名前ならご存知のはず、久慈來音、聞いたことありませんか?」
「久慈來音って……あの!?」
「ええ。あの久慈來音です。創業五年の新興企業ながら日本だけでなく海外の老舗菓子メーカーをも次々と買収、売上を倍々ゲームのように伸ばしているお菓子メーカー、レオーネの社長ですよ」
先ほど久慈玲於奈に聞いた住所に親に会いに行って知らされたばかりの情報をあたかも前から知っていたように振る舞う。
「そんな、馬鹿な……」
「そう。その父親が出張次いでに買ってきたバッグこそが今回問題になっているバッグなんですよ。お分かりいただけましたか? そんな日本有数の金持ちの子どもが強盗なんてする必要はないでしょ」
「あ……あぁ――こ、子ども?」
「ご存知ありませんでした? 十七歳です。親に確認してきたので間違いありません」
「じゃあ、被害者、安田曜子は何なんだ!」
「その件なんですが、安田曜子を強盗傷害の容疑で告訴したいと思います。久慈玲於奈に対する強盗傷害です」
「……は?」
「確信はないんですけどね――」
「……なんだ?」
「一度、安田曜子について調べてみたらいかがですか? 面白いことがあるかもしれませんよ」
「あ、あと、裁判所に対して久慈玲於奈の保釈請求をしますので、検察官には是非、相当のご意見をお願いしますね」
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