第七条「こう見えても弁護士」

 裁判所での打ち合わせ後、急いで病院に向かった僕だったが、病院について七篠はもう入院していないことを看護師さんから知らされた。

 慌てて検察官に連絡を取ると「あれれ~言ってませんでしたっけ? 検査が終わったので留置所に戻りましたよ」何て抜かしてきた。

 僕はタクシーで留置所のある江戸警察署へ向かった。

 話には聞いていたが、これが警察・検察の嫌がらせというやつかと思うと無性に腹が立った。

「七篠三郎の事件の担当者をお願いします」

 警察署に入るなり、受付の女性に取次を要求する。

 女性はきょとんとした顔で、

「え、ななしのさぶろう? どうしたのかな? 今日は学校は?」

 苛立ちを隠さない僕に対し、なだめるように話しかけてくる。

 弁護士に見られないのには慣れたつもりだったが、イラつくものはイラつく。

「番号、三……、三十三……、じゃなくて、あった、江戸警察署留置番号三六番。通称、七篠三郎との面会をお願いします!」

 僕は裁判資料をカバンから見つけると、到底お願いしている態度とは言えない物腰で面会を要求する。

「えっと、どちら様でしょうか」

 僕は無言で名刺を差し出す。

「えっ、弁護士!?」

 女性が驚くと隣に座ってこちらをチラチラと見ていた女性も名刺を覗き込む。

「失礼しました。少々お待ちください」

 すると、女性は戸惑いながらも誰かに電話をし始めた。電話先の声は聴こえないが、「はい、弁護士の……さんかげつ、くりすさんという方が……、えぇ、中学生くらいの……」と喋っている。色々とツッコミたいところはあったが、時間を無駄にするのも嫌だったので敢えてツッコまずに待つことにした。

 しばらくすると初老の刑事らしき男性がゆっくりと歩いてきた。

「……どういったご用件でしょうか」

 男性は面倒くさそうに僕に話しかけてきた。

「弁護士の三ヶ月みかづき――」

 僕が間違われる前に弁護士であることを示そうと名刺を差し出すと男性は手の平を僕に向けて制止する。

「あぁ、知ってますよ。あいつの弁護人の三ヶ月先生でしょ」

「ご存知でしたか」

「えぇ、傍聴席にいましたので」

「そうですか。それなら話が早い。七篠さんの記憶が戻ったと聞きまして、面会をしたいのですが」

「困るんですよ」

 男は頭をボリボリと掻きながら面倒くさそうに欠伸をする。

「困る?」

 予想外の答えに僕も戸惑う。弁護士が被疑者や被告人と面会することは接見交通権せっけんこうつうけんとして保障されていて、相手も刑事ならば当然に知っているはずだ。

「こっちもね、やっと記憶が戻ったもんだから取り調べをしないといけないんですよ」

「取り調べ?」

「当然だろ、記憶が戻ったんだから」

「今さら取り調べを? 起訴後なのに?」

「起訴後だろうが何だろうが、取り調べが必要ならやんだよ」

「本人の自白がなくても有罪の立証が可能だと判断されたからそちらの検事さんは七篠さんを起訴されたのでは?」

「証拠があろうがなかろうが、本人に聞くのが一番だろうが!」

 中学生のような風貌をして生意気な口を叩く僕にムカついたのか、それとも何か痛いところを突かれたのかは分からないが、面倒くさそうな態度は消え、刑事の口調が荒くなる。

「『起訴後においては被告人の当事者たる地位にかんがみ、捜査官が当該公訴事実について被告人を取り調べることはなるべく避けなければならない』としている最高裁の判例はご存知ですか?」

「そんな判例なんか知るか。なんだろ? じゃあ今回はんだよ」

逮捕や勾留という人の身体の自由を制限するにも関わらず、その必要性から特別に法律で権限を与えられている刑事が法律や判例をないがしろにするかのような態度。「お前みたいな刑事が自白を強要して無罪の人間を犯罪者に仕立てあげるんだろ」と怒鳴り散らしたい気分だったが、ぐっと堪える。せっかく、七篠の無罪の可能性の糸口を掴みかけている今、ここで怒りを爆発させてしまえば全てがパアになるかもしれない。たとえ中学生のように見えようとも僕は弁護士だ。ここは弁護士らしく冷静にならなければ……。

「すでに盤石ばんじゃくの証拠を揃え、起訴しているにも関わらず、追加の取り調べが必要な状況が検察・警察側にあるとするならば、自らの捜査機関も持たず、一人でその盤石な証拠を破らんと奔走する弁護人はより面会を要する場合ではないでしょうか?」

「……だから?」

「弁護人として至急、七篠さんと面会したいのですが」

「だから、こっちも取り調べをだな……」

 これはダメだ……。話にならない。自分中心理論で自分が正しいと思い混んでいる。相手が検察官ならば話が通じたかもしれないが、この刑事は、中学生みたいな僕を見下しているに違いない。司法試験に受かったとはいえ、所詮中学生ぐらいに思ってやっかんでいるのだろう。

 ならば僕が下手に出るのは相手を付け上がらせるだけでしかない。ここはガツンと相手を一発喰らわせてやらなければならない。

「刑事訴訟法は、当事者主義的訴訟構造を採用しており、公訴提起後は被告人は訴訟の一方当事者なのであって、相手方当事者に協力する理屈はないし、公判中心主義という刑事訴訟法の理念からすれば、取り調べは被告人質問でなすべきである」

「何だよいきなり……」

 突然、目の前の子どもが専門用語を早口で並べ立て、刑事は明らかに動揺し出す。

「そのことをかんがみれば、起訴後において警察が被告人の取り調べが必要であるとの一事を以って弁護人の被告人との接見を制限することは違法であり許されない」

「…………」

「したがって、今すぐに七篠さんとの接見を認めないのであれば、接見交通権の違法な侵害であるとして国家賠償請求訴訟も辞さないつもりですが?」

「…………来い」

 刑事は、苦々しい顔をし、一言、そういうと僕を連れて留置所へと向かった。

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