第三条「事件は現場でも起きる」

 シーン。

 擬音で表すとこうだろうか。

 キーン。

 むしろ、こちらの方が正しいかもしれない。

 耳鳴りがする程に周囲は静まり返っている。鬱蒼うっそうとした森林さながらに木々に囲まれたこの場所は、整備された歩道こそあるものの舗装ほそうはされておらず、歩を進めるたびに、ジャリッ、ズザッ、と砂利を踏む音という音が暗闇に溶けてゆく。

 たまには周りを木々に囲まれ、コンクリートに覆われていない砂利の道を歩くのも悪くない。

 しかし、今は目的を果たさねばならない。

 目的の場所を探すため手許の資料を見ながら、一歩一歩、周りに目を凝らしながらゆっくりと歩く。

 資料を見ながらと言っても辺りには電灯はまばらにしかなく、かろうじて足元を照らしてくれる程度の明るさしかない。木に覆われたこの場所には月明かりが届くこともない。僅かな電灯の明かりと携帯電話の液晶の明かりが頼りである。

「えーっと、確か……この辺のはず」

 携帯電話の液晶で必死に写真を照らしながら確かめる。

「もっと早く明るいうちに来れば良かった……」

 そう後悔しつつも暗闇に目を凝らしながら必死で探す。犯行が行われたとされる時刻に合わせて来てみたが、想像以上に暗い。

 しばらく探し続けると、どうやら見覚えの場所がある。

「ここだ!」

 写真と全く同じ場所を見つけ、ここが犯行現場だと確信する。

 探し始めてからどれくらい経っただろうか。携帯で時刻を確認してみると現在の時刻は午後十一時二十分過ぎ。近くに来て探し始めてから約十分、公園に入ってからは三十分近く経過していた。

 検察官の証拠によればここで七篠が被害者・安田曜子に襲いかかったことになっている。

――なぜ、ここが犯行現場なのだろうか――

 こんな疑問が頭をよぎる。

 現場百篇げんばひゃっぺんという言葉があるが、百回とは言わず一回でも来てくるべきだ。証拠の写真を見ただけでは分からない発見がある。

 確かにこの場所だけ見れば人通りはほとんどなく、監視カメラもないため、ひったくりをするにはうってつけかもしれない。

 しかし、こんな奥まで入ってきては、バッグを奪い取ったとしても逃げるのに元来た道を駆け戻らなければならない。

 この時間帯ならば公園入口付近も暗く人通りもほとんど無いのだから入口付近で犯行を行った方が逃走経路も確保しやすく良かったのではないだろうか。

 こればかりは、本人に聞いてみなければ分からないが……。

 そもそも、被害者は女性一人でこんな公園の奥へと来たのだろうか。

 色々と考えを巡らせるが、一向に答えが出ない。

 これも本人に聞いてみればすぐ分かるだろうが、示談交渉ならともかく、被告人の弁護士が被害者に会って質問をするなどできるわけがない。特に法廷であんなことがあった後となれば尚更である。

 結局自分で答えを見つけるしかないが、犯行が行われたとされる現場は当然の如く警察に調べつくされ何も見つかる様子はない。

 せっかくここまで来たのにこちらにとって裁判を逆転できる決定的証拠になりそうなものは何も見つからない。

 諦めて帰るか。そう考え辺りを見回すと暗くてよく見えないが、道はまだ奥へと続いているようである。

 終電まで後一時間以上ある。

 せっかくここまで来たのだからもう少し奥まで行ってみるか。

 被害者がなぜこんなところまで来たのか分かるかもしれない。

 相変わらず暗く不気味な道はまるで終わりがないかのように続く……ように感じた。

 永遠のように感じられた道の突き当りは、神社だった。

 石で作られた巨大な鳥居。その隣には二メートル以上はあろうかという巨大な岩に神社の名前が彫られている。

『牛守神社』。

 どうやらこの神社は『牛守神社』と言うらしい。

 神社の境内を見回すと境内の右隅に屋根付がついた石像がある。その像には赤い涎掛よだれかけのようなものをかけられている。像の石台に付けられた説明文を携帯のわずかな明かりで照らすと、『で牛』と書いてある。石像の台座に打ち付けられた説明文によると、自分の身体の悪い部分とこの像の同じ場所を撫でると病気が治るとされているらしい。

 さらに境内を見て回ると拝殿前には牛の像が三対鎮座ちんざしている。どうやら狛犬こまいぬならぬ狛牛こまうしのようだ。

 名前に反しない牛だらけの神社である。今までに見たことのない珍しい神社であることは確かだが、今回の事件に関連しそうなものは見当たらなかった。

 残念ではあるが、諦めて帰る前に参拝だけでもして行こう。

 拝殿はいでんの前までくると、そこにはもう一基鳥居がそびえている。こちらの鳥居は先ほどのものとは異なる形状をしている。笠木の下の島木には反りが加えられ、柱は地面に対して少し傾斜がついていて、明神みょうじん鳥居の両脇に一回り小さな鳥居が半分ずつくっついている。全国的にも珍しい三輪みわ鳥居という鳥居だ。

 はて、どれをくぐればいいものかと一瞬迷うが、ここは無難に真ん中の大きい鳥居をくぐっておこう。

 拝殿の前に立ち、お賽銭のための小銭を探す……が、小銭がない。一枚もないである。ついでにお札もない。どうやら、来る際にPASMOパスモにチャージしたお金が最後の持ち金だったようだ。

 お賽銭が無いのならば仕方がない。お賽銭なしでお参りをしよう。

 まず、手を叩いて? いや、礼をしてからだったかな?

 日本人たるもの参拝の方法くらい覚えておくべきなのかもしれないが、恥ずかしながら覚えていない。

 そんな人が多いのだろうか、どうやら賽銭箱に『ご参拝の作法』なる正しい参拝方法が絵付きで描かれたプレートが貼り付けてある。

「えーっと、まず拝礼を二回して……」

 暗くてよく見えない。次にする行為を確かめようと覗きこむ。

「両手を胸の高さで合わせ、二回拍手――」

 そこまで読んだ瞬間、背後で大声が聞こえるのと同時に後頭部に鈍痛が走る。

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