第二十七話「思惑」

「で、どうして欲しいって? もう一回言ってみ?」

 ハッタリは嬉しそうに尋ねる。

「だから、手を貸してくださいってお願いしてんだろ!」

「ほぉ、それがお願いする態度ですか。今の高校じゃ、お願いの仕方も教わらないのかい?」

 ったく、なんで僕の周りには、こうも意地の悪いやつらばかりいるんだろうか。

「服部先生、どうかお助け下さい。お願いします。」

 ハッタリは満足そうな顔をする。

「最初からそう言えばいいんだよ。若干棒読みっぽかったが、お前にしては上出来だろ」

「うるせー」


 僕は、再び、先日ハッタリと会った店に来ていた。

 すみれのお陰もあって、事件と向き合う覚悟はできた。自分の持てる力だけでは不足かもしれない。だから使えるものは何でも使う。その手始めとしてハッタリにお願いしに来たのだ。

「お前ならすぐに来ると思ってたよ。お前は自分の案件を投げ出すようなやつじゃないからな」

 先日も思ったが、ハッタリは考えていたよりも良い奴なのかもしれない。

「あぁ、この案件だけはどうしても負けるわけにはいかないんだ」

「それはいい。俺もお前が簡単に負けちゃ困るからな」

「ん、どういう意味だ?」

「おっと、口が滑ったかな……」

 どうやらハッタリも無償で僕を手助けしてくれるというわけでもなさそうだ。元より完全に見返りなしで協力してもらえるとは思っていなかったが……。

「こないだも言ったが、今回の件は、色んな企業や人が複雑に絡んでいる。お前が考えているよりも問題の根は深い」

 ハッタリは先ほどまでのおちゃらけた顔とは一変して真剣な顔つきになる。

「アスブライトは、この間も言ったように日本じゃ新興の投資ファンドだが、本国であるアメリカでは事業投資から企業への投資まで幅広く手がけている。日本では米国進出企業へのアドバイザーが中心だったが、今は企業投資に軸足を移しつつある」

「それが今回の案件とどう関係しているんだ?」

「まぁそう焦るな。企業投資と言ってもいきなり大企業に食い込んで行けるわけもないからな。現在は、主にベンチャーキャピタルとして有力な新興企業に成長資金を投資している」

「それで?」

「その投資先の中の一つにがある」

 レオーネという名前には聞き覚えがあった。

「レオーネってあの?」

「そうだ。お前が無罪にした子の親の会社だ」

「でも、ただの投資先だろ? それが何なんだよ」

 僕が尋ねるとハッタリは「あー」と言いながら頭を掻きむしる。

「あー、もうめんどくせぇ」

「?」

「お前、俺に協力してくれないか?」

「協力? なにを?」

 ハッタリが僕に協力してくれるという話のはずが、いつの間にか僕がハッタリに協力する話へと変わっていた。意味がわからない。

「俺はもちろんに協力するし、お前は俺に協力する。ウィン・ウィンだろ?」

「そりゃそうだけど……。お前らしくないぞ、話に筋が通ってない。最初から論理的に説明しろよ」

「わかった、わかった、わかった」

 ハッタリは自分に言い聞かせるように同じ言葉を繰り返す。

「結論から言う。アスブライトは今回のプロジェクトに先立って周辺土地の地上げをしている」

「地上げって土地を買い上げるあの地上げか?」

「あぁ」

「別に地上げするだけなら違法じゃないだろ」

「確かに地上げ自体に違法性はないが……」

 ハッタリは身を乗り出し、小声で話し出す。

「もしアスブライトが立ち退き交渉を不動産会社に高額な報酬を払ってやらせていたとすればどうだ?」

「それは、不動産会社が非弁行為として弁護士法違反にはなるかもしれないけど……」

「そうだ。しかもこの不動産会社は暴力団関係の可能性が高い」

 暴力団。またもや予想外の名称が出てきた。

「だけど暴力団が絡んでるからって検察が直接出てくるのか?」

「…………実は、暴力団だけじゃなく政治家も絡んでいるかも知れない」

「かも知れない?」

「あぁ、確証はない。だからこそお前の協力が必要なんだ」

「そんな重要なことを一介の弁護士に任せていいのかよ」

「良くはない」

「ならちゃんと令状をとってがさ入れすれば……」

「それはそうなんだが……」

 ハッタリは苦虫を噛み潰したような顔をする。

「そうなんだが、なんだよ?」

「確かに嫌疑はかなり高まっている……。しかし、検察の上層部は昨今の検察批判を受けてかなり及び腰になっている。大掛かりな国家的プロジェクト関係となれば特にだ」

 検察は検察で大変らしい。組織に属しておらず上司もクソもない僕にとっては無縁の話だ。

「それで僕になにをしろと?」

「アスブライトは、地上げをしているとはいってもアスブライト本体が地上げした土地を持てばすぐにそれがバレてしまう。そこでアスブライトは投資ファンドであるということを生かし、自分たちが土地の所有者であることを隠している。加えて暴力団や政治家への資金の流れもそのスキームを使って巧妙に隠しているようだ」

「それで?」

「お前には、土地関係をどうにかして探って欲しい」

「どうにかって、どうやって」

 そんな検察でも探りきれていないことを、どうやったら僕なんかが探り出せるというのだろうか。

「さっきも言ったろ、アスブライトはベンチャーキャピタルとしてレオーネに出資している。そして土地の所有を隠すために出資先企業を使っている」

「……レオーネを探れと?」

「あぁ、そうだ」

「そんなことをして僕にどんなメリットがあるというんだ?」

「もし、この件が立件されればアスブライトは手を引かざるをえない。となれば、建設計画は宙に浮くだろう。そうなれば、牛守神社が立ち退きを早急に迫られることもない。少し落ち着いてから、相応の処置ができるだろう」

「そう……かもしれないが……、なんで僕なんだ?」

「アスブライトも好ましくないことをしているのは承知の上だから、警察や検察の動きには神経質になっているだろう。俺たち検察が動けばすぐに手を引かれて証拠も隠滅されてしまうかもしれない。しかし、お前なら社長の子どもを救った弁護士だし、社長に接近する理由がある。それにお前に救われたという恩があるから社長としてもそう無下にはできまい」

「そう上手くいくか?」

「レオーネの業績は順調だ。レオーネとしては、このまま設備投資や企業買収を重ねて企業規模を大きなものにしたいと考えているはずだ。しかし、大株主のアスブライトとしては、早く上場をさせ投下資金を回収したいと考えていて両者の思惑には齟齬がある。そこにアスブライトと手を切れる絶好のチャンスが舞い込めばどうだ?」

「レオーネはアスブライトを裏切るかもしれない……っと」

「あくまでだ」

 かもしれない……か。しかしハッタリの言うことにも一理ある。

 もしアスブライトが、今回の牛守神社立ち退きの件に関係しているとして、アスブライトの悪事を暴くことができれば手を引かせることができるかもしれない。

 他に打つ手もないし、これに乗るしか……。

「わ、分かった。やってみよう」

「やってくれるか! 良かった」

 ハッタリはホッとしたようにコーヒーを啜る。

 ハッタリは、僕が引き受けたことで満足したのか仕事とは関係のない話をしばらくし続けた。

 最後にハッタリは、

「それと、お前は基本的にお人好しで気づいていないかもしれないから言っとくが、周りの人間には気をつけろよ。相手は、何だってしてくる。たとえスパイだって使ってくるぞ。自分の周りに急な変化があったら気をつけるんだな」

 と言うと先に店を出た。今度は伝票を持って。

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