第二十三条

 翌日、学校に登校すると僕の関にはすみれが座っていた。

「全部回収したからっ! これで文句無いでしょ!」

 かなり朝からいきなり怒られた。すみれは、言いたいことを言うとツカツカと自分の席へ帰っていく。

 一体なぜ僕が怒られなければいけないのか。頭を抱えながら不条理を嘆く。

「なあ」

 再び誰かに話しかけられ、顔を上げるとそこには小宮山の姿があった。

「昨日はありがとな。おかげで電源入れっぱなしでも電話もメールも来なくなったよ」

「そっか、良かったよ」

「念のためさ、メールアドレスだけでもと思って変更したんだけどさ、お前のアドレス教えてくんね?」

「いいよ」

 携帯を出して連絡先を交換する。

 考えてみれば、学校で連絡先を交換するのは初めてのことだった。すみれの連絡先は元々知っていたので交換することなどなかったし、クラスメイトとは挨拶こそしてもそれ以上に話したり、ましてや連絡先の交換などしたことなかった。

 初めての交換を終えると何だか少しクラスに溶け込めたような気がした。

 早速電話帳を開き、小宮山の連絡先を見てみる。か行にしっかりと登録されている。顔が自然とにやけるのを必死で抑えていると小宮山が口を開く。

「あのさ……お前、雅さんと仲いいよな」

「うーん。仲は良くないけど、腐れ縁っていうか、一方的に付きまとわれてるというか。けど、なんでそんなこと聞くの?」

「――いやさ、クラスメイトとしてそういうの把握しておかなきゃいけないだろ?」

「……もしかして、お前すみれの事好きなの?」

「は? そんなことないし、ありえないし――けど、クラスでは人気あるから興味はあるっていうか……」

 そんなに頬を赤らめて否定されても困る。それにしてもすみれが人気者とは世も末だ。このクラスの男子の目は腐っているのか? どこをどう勘違いしたらあんな荒っぽい女がよく見えるのか全く理解に苦しむ。

 止めておけ、お前の手には余るぞ。

 そう言おうとしたちょうどその時、教室の扉が開いて担任の教師が入ってくる。

 小宮山は「じゃ、また後で」というと慌てて自分の席へと帰って行った。

「はい、座れー」

 いつも通り入ってくるなり着席を促す。

「はい、ホームルーム始めるぞ。おっとその前に一人紹介する人がいるんだった。ほら入れ」

 クラス中がざわつき、視線が教室の前の扉に集まる。

 扉がスーッと開き、中に一人の生徒が入ってくる。

引き締まった身体に制服のスカートからは細くはないが、筋肉質でスラリとした足が伸びている。足だけでなく体中に無駄な肉が一切付いていないようでもちろん胸も例外ではないようだ。顔はスッとしていて、鼻も高い。髪型がショートカットなせいもあるが、男子生徒の服を着ればイケメン男子高校生を名乗れるに違いない。その証拠に男子生徒は当然のこととしても、女子生徒も歓声を上げ、ヒソヒソと「カッコよくない?」などと囁き合っている。クラス中がイケメンで美人な転校生を前にして浮き足立っている中、クラスでただ一人、いや、二人だけ他の生徒とは別の意味で驚いている生徒がいた。

「何でお前が!」

「何であんたがここにいるのよ!」

 ほぼ同時に二人の生徒が声を上げる。

 僕とすみれだ。

「お前ら知り合いか? そうか、そうか、良かったな。クラスに知り合いがいれば溶け込みやすいだろう。じゃあ、簡単に自己紹介してもらおうか」

 担任の教師がうれしそうな顔をする。

 知り合いといえば知り合いだ。しかし、なぜここにあいつがいるんだ? ワケがわからない。

「みなさん初めまして。久慈玲於奈といいます。玲於奈って呼んでください。よろしくお願いします」

 玲於奈の席は、僕の席の隣が都合よく空いている訳もなく、ちょうど他の列より一席少ない真ん中の列の一番後ろになった。ちょうど僕もすみれも教師にバレないように声をかけることができない場所である。

 ホームルームが終わると玲於奈の周りには人だかりができた。

 男女関係なくクラスのほとんどの生徒が玲於奈の周りを囲い、玲於奈本人の姿が確認できないほどだった。

 なぜ、この学校にいるのか問い詰めたいところだったが、今は難しそうなので昼休みにでも問い詰めることにしよう。すみれも同じ事を考えていたようで、目が合うと無言で頷いた。

 いつも以上に授業が長く感じた。

 やっと午前中最後の授業の終了のチャイムが鳴ると他の生徒が群がる前に駆け寄る。同じく駆け寄ってきたすみれとともに玲於奈を教室から引っ張り出す。

 とりあえず廊下に出たものの、その様子を見ていたクラスの生徒達が興味津々に廊下を覗きこんできて話しどころではない。そのため、以前小宮山と話した時にも使った準備室へ移動する。

 ダンッ。

「何であんたがここにいんのよ!」

 刑事ドラマの如く机を叩き、玲於奈を問い詰めるすみれ。

「何でって、転校してきたから?」

「何で転向してきたかって聞いてんの!」

「その――親の仕事の都合?」

「あんたの親は社長でしょ! それにもともと東京に住んでんだから、元の学校だって通える距離でしょ!」

「言わなきゃダメ?」

「ダメッ、絶対!」

「その……せっかく無罪にしてもらって悪いんだけど、やっぱりクラスでそういう噂が立っちゃって……学校に行っても何というか周りの変な視線を感じて通い辛いから不登校気味になっちゃって……そうしたらパパが転校させてくれるっていうから、せっかくだし、クリスっちとすみれと同じ学校にしようかなってことで……」

 そうか、無罪になったとはいえ、事件自体はニュースになっていたし――無罪判決はニュースにならなかったが――仕方がないのかもしれない。

 玲於奈の話を遮る不快な音が聞こえたため、そちらをむくと隣ですみれが鼻をすすっている。「うー」、とか「うぅ」とうめき声を漏らしながら泣いていたのが原因のようだ。

 すみれは、すっかり玲於奈に感化され、納得を超えて同情すらしているようだが、僕にはまだ納得の行かないことがある。何がと言われると根拠はないのだが、どことなく不自然な気がするのだ。

「何で僕とすみれがこの学校の生徒だって分かったんだ?」

「それは……制服。裁判所に一度制服で来ていたから、ここの学校だって分かったの」

 そういえば、あの日は学校でテストがあったのでやむを得ず、学校から直接裁判所に行ったから、制服のままだったっけ。とすれば、一応筋は通っている。今ひとつ腑に落ちない点もまだあるが、これ以上問い詰めるのも可哀想だし、昼を食べに教室へと戻る。

 教室に戻るとクラス中の生徒が駆け寄ってくる。その中で一番先頭にいた小宮山がクラス中の期待を背負って質問をぶつけてきた。

「お前らってどういう関係?」

「関係って……知り合いっていうか……」

 突拍子とっぴょうしもない質問にやましいところもないのに焦る。

「私はクリスの秘書よ! 秘書! なんか文句あんの?」

僕が答えに詰まっていると、すみれが自慢げに答えた。

「私も秘書だよ!」

 それを聞いた玲於奈も反撃とばかりに答える。

 それを聞いてクラスの生徒は、ポカーンとする者、修羅場しゅらばだと思い興奮する者、ハーレムだと勘違いして嫉妬しっとの視線を送る者、様々な反応を見せる。

 僕は人だかりを掻き分けるようにして自分の席へと着く。芸能人はいつもこんなはずかしめを受けているのだろうか。そうならば芸能人なんて絶対にゴメンだ。

 席まで戻るとわざわざ追って来る者もなく、無事に昼ごはんを食べることができそうだ。昼ごはんといっても昨日の残りの白米をサランラップで丸めて塩をかけただけのおにぎりだが、たまに食べる分には美味い。

 なぜ昼飯が塩にぎりなのかというと、姉ちゃんの愛情おんねん付き弁当は開けるだけで僕に厄災をもたらすし、昼の購買部の競争に勝てる気もしないからだ。

 腹の虫を黙らせるために塩にぎりの周りを覆っているラップを剥いていると一人の例外がやってきた。

 小宮山だ。

 小宮山は、以前すみれがしていたように前の人の席にこちらを向いて座ると再び質問を浴びせてくる。

「なあ、さっきの秘書って何だよ?」

「あー」

「すみれちゃんが秘書って本当?」

「うー」

「あの美人の転校生も秘書なのか?」

「ほー」

 小宮山の質問に対し、おにぎりを頬張りながら気のない返事を返す。いつ諦めるかと思っていたが、結局、小宮山は午後の授業の始まりのチャイムが鳴るまで諦めなかった。なかなか根性のあるやつだと見直す一方で、これが友人付き合いというやつなのかと思うと辟易へきえきとした。

 小宮山は授業が終わる度に僕の席に来ては同じ質問を繰り返していったが、結局僕が耐え切った。小宮山の糾問きゅうもんと退屈な授業に耐え切り、一日が終わると急いで家へと帰る。

 家に入るとリビングへと直行しテレビ前のソファーに力なく倒れこむ。テレビでも見ようかとリモコンに手を伸ばすとピンポーンとチャイムの鳴る音がし、それと同時にガチャっというドアが開く音がする。

「たっだいまー」

 すみれがやけに明るい声とともにリビングへと入ってくる。

「やっほー」

 その後ろから玲於奈も顔を見せる。

「ここはお前らの家じゃないぞ。勝手に入ってくんな」

「いいの、私たちは秘書だから。それに、いいのかな? そんなこと言って」

 いつの間にか主語がに変わっている。その理由はすぐに判明した。

「じゃーん!」

 大げさな効果音を付けて目の前に差し出された物は見覚えのある箱だった。

「らいおんばぅむだよ。しかも新商品!」

「一口サイズのばぅむなんだよ。チョコレートコーティングがされてるんだよ」

 テレビショッピングの如く二人で畳み掛けてくる。

「それで、何しに来たんだよ」

「何よ。せっかく食べるのを我慢して持ってきて上げたのに。ちょっとは感謝しなさいよ。全く。この間行った神社の件がどうなったか聞きに来たの。秘書として知っておかなきゃダメでしょ。ねえ?」

 そういうと玲於奈に振る。玲於奈は、当然と言わんばかりにうんうんと頷いている。

「ったく。少しだけだぞ」

 ノーと言っても大人しく引き下がる連中ではないので仕方なく、現状と対策について簡単に説明する。玲於奈は熱心に聞き入っていたが、すみれは、明らかに集中力が新作ばぅむの方に向いていた。

「その宗像って弁護士、何か強そうだけど大丈夫なの?」

 一通りの話が終わると玲於奈が質問してくる。

 強そうって格ゲーじゃないんだが……。

「どうだろうね。直接話したことはないし、戦ったこともないから、よく分からないけどベテランだし、ヤリ手っていう噂だから用心はしなきゃいけないとは思ってるよ」

「違法状態を解消? って言ってたけど具体的にはどうするの?」

「これは悩みどころなんだけど、土地を無償で譲り受けることができれば牛守神社にとっては一番いいと思う。ただ、相手にヤリ手弁護士がついてるから難しいかもしれない。だから、最低限、土地を無償で借りることができればいいと思ってる。無償で借りるなら今と大差はないから現状維持にはなるだろ?」

 なるほどね、と玲於奈が相槌を打つ。すみれの口だけ秘書とは違い、こちらは本当に秘書ではないかと思うほど熱心で理解が早い。

「それで、これからはどうするの?」

「今のところは、都の返答待ちの状態だね。土地の時効取得したっていう裁判を起こすことはできるんだけど、それだと都との関係を悪化させかねないからいい方法とは言えない。今は、都と協力して本間に手を引かせるのが一番だと思うんだ」

「クリスっちって見た目は中学生にも見えるのに、すごいよね。私じゃ考えつかないこと考えてるんだもん」

「中学生に見えるは余計だろ」

 最初けなされた気がしなくもないが、褒められるというのは気分がいい。すみれにも見習ってほしいものだ。

 玲於奈の質問タイムが終わると三人でテレビを見ながら、玲於奈に学校のことを教えたり、玲於奈の家族の話を聞いたりした。

 やっと、三回目のチャンスにして初めてらいおんばぅむを食べることができると密かに楽しみにしていたのだが、すみれに独占され、結局食べることは叶わなかった。

くだらないおしゃべりの時間はあっという間に過ぎ、そろそろ姉が帰ってくるという時間になっているのに気付き、慌てて二人を追い返す。姉にこんな場面を見られれば、さらにややこしくなりかねないからだ。

 玲於奈は、転校に伴って駅近くの比較的最近できたマンションに引っ越したというので送ることはせず、玄関まで見送るだけにした。


         §         §        §


 翌日、今日こそは神社の土地に関して都側から連絡があるだろうと授業中も電源を切ることなく待っていたが、一切携帯が震えることはなかった。

 この日も当然のように、すみれと玲於奈はやってきた。

 玲於奈は、事件の進展はないかと聞いてきたが、特にないというと、すこしホッとしたような顔を見せたのが気がかりだった。

 すみれは、わざわざ自宅からサイコロの代わりにルーレットを回して人生になぞらえたイベントをこなしていくすごろくのようなゲームを持ってきたため、それで遊んだ。僕は、初めて遊ぶボードゲームだったが、就職や結婚、さらには破産まであり、なかなかシビアで面白いゲームだった。結果は、玲於奈の圧勝。次いで僕が二位ですみれは最下位だった。すみれは二度もスタートに戻され、さらには離婚、破産と散々な人生を送り、半べそをかいていたが、たまにはいい薬だろう。

 その後も、話をしたり、テレビを見たりと平穏な時間を過ごした。今までは、平穏な時間は退屈だと安直に考えていたが、こんな平穏な時間ならば悪くないかもしれない、そう思わされる時間だった。

 しかし、そんな平穏な時間は、長く続くはずもなかった。

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