第38話 遊園地で刑期を過ごせ!


 可愛らしい着ぐるみが明るい曲に合わせてパレードする。その度に青空にはパレードの開始を知らせる花火が打ち上げられ、子供達は我先にと親を置いて駆け出していく。


 そんな中を、犬と猫の着ぐるみが色取り取りの風船を子供達に配っていた。片方は紫色とピンク色の縞模様をした猫で、もう片方は若草色をして耳が垂れた犬だった。


 子供達は着ぐるみから風船を貰うと一気に駆け出していき、また着ぐるみ達は写真撮影を求められて子供達と並んで笑みを浮かべている。…そう、微笑んでいるのだ。


 当然ながら着ぐるみは表情を変えられない。しかし彼らにはそれが出来る。何故そんな事が可能なのか。その理由は――。


 やがてパレードが始まると、着ぐるみの傍には誰も居なくなる。その隙にと猫の方が顔を上げていき、風船を持っていない方の手で腰を叩きながら犬に言っていった。


「…なぁ、トウヤ。今日で何日目だったっけ」


「名前で呼ぶな。いま俺は「フイフイちゃん」だ。因みにまだ三日目だな」


「…げぇ、まだ三日? 俺にとっちゃもう一年は過ぎたぞ。…限界だ。これ以上は無理っ」


 それに猫は蛙が潰れた様な声を発していき、全身を脱力させて項垂れてしまった。まずは自己紹介をしておこう。先ほどの会話にあった通り、若草色の犬の名前はフイフイちゃん。そして縞模様の猫はエトナちゃんである。…説明しておこう。この二匹は着ぐるみではない。


 定期清掃作戦が終了した後、トウヤとマックスの両名は作戦行動中に高性能アゾロイドを見逃したという罪で拘束された。しかし二人は作戦成功に大きく貢献していた為、そして他のゴールドは全滅、シルバーは逃亡という有様だった為に二人への罰は減刑された。


 しかし、である。肝心の与えられた罰が問題だったのである。何故かその後二人の元へと数人の生産型が現れて「ちょっと体を失礼するよ~」と言いながら何やら始めてしまった。


 いつの間にかシステムはダウンされて意識まで落とされて、…そして気付けば現在の姿に変えられていた。トウヤは犬のフイフイちゃん、そしてマックスは猫のエトナちゃんへと。


 二人に課せられた刑期は約一ヶ月。その間はこのアミューズメント・パーク「イレブン・ワールド」で働くよう命じられている。当初こそ二人は現場より遥かに安全だしと楽観的に考えていた。ここならアゾロイドやキメラに襲われる事も無い、極楽ではないかと。


 でも、現実はそう甘くなかった。自分達は着ぐるみではないのだからと思っていたのに、何故かこれが暑いのである。暑いわ動き難いわ視界が狭いわ。良い事無しなのだ。


 だからこそ罰になるんだろうが。…そんな言葉もあるだろう。だがこれは想像以上に苦痛で大変だった。何よりも二人はテーマ・パーク等といった場所にはろくに行った事が無い。


 二人が知っている世界はオイルが飛び散る現場だけ。自らのキメラに跨って空を翔けて、電光棒から青白い光を放ちながら敵を斬り裂く。そんな世界だけなのだ。…それなのに、


 辛い。全ての感情を集約して二人は互いに同じ事を思った。煌びやかな世界が目に刺さる。余りにも自分達には敷居が高すぎて腰が引けてしまう場所が多い。子供達の笑顔が眩しい。


 どれだけ汚い大人なんだ、お前達は。…そう心中で自身に呆れた瞬間だった。


 だって辛いのだから仕方ない。早く現場に戻りたい。こんな場所に居たくない。でも元の体だったとしても居たくない。だって自分達はダストだ。こんな場所は御門違いなのだ。


 人目が無いのを良い事に二人で項垂れていると、そこへ体格が良い長身な三人組が歩み寄って来る。彼らは目に薄いサングラスを掛けており、だが決して華美では無い服装に身を包んでいる。その内の一人は女性だ。女性は涼しげな短パンを穿いてジョギング用シューズを履き、しかし短パンから伸びた足には幾つもの古傷が刻まれている。その左右に立つ男性も然りだ。片方は草色のぼさぼさ髪。もう片方は女性と同じ優しげな栗色の髪をしている。


 …と言うか、この三人は。フイフイちゃんは何故彼らがここにと苦い顔を浮かべていき、物凄く居心地が悪そうに身を縮ませながら不満を露わに言っていた。


「何故ここにいる。ここは都市十一階層だぞ。幾らなんでもお前達には――」


 するとそれに女性が、ジュナがサングラスを取って笑いながら言葉を返してくる。


「残念でした。ここは遊園地だから誰でも入れるのよ。私達ハウンド・ドッグも良いってよ。だから来たんじゃない。あんた達が楽しそうなアルバイトしてるって聞いたから、折角だし様子見にね。だってあんた達ったら清掃作戦が終わって一度も帰って来ないんだもの」


 凄く心配したんだからね。そう言われて二人は思わず黙り込んでしまい、互いにちらりと視線を交わして困り顔を浮かべていた。だって彼らには知られたくなかったのだ。


 こんな恥ずかしい姿で働いている姿だけは見られたくなかった。彼らにはダストとして働いている姿だけを見ていて欲しかった。二人にとってこの姿がどれだけ辛い事か。


 だが三人の表情は「そんなこと知った事か」と、明らかにそう言っていた。絶対に楽しんでいる。その為に態々こんな都市の十一階層まで足を運んで来たのだ。純粋に楽しむ為に。


 …いいさ、いいさ。どうせ今の自分達は罪を償っている最中だ。どんな恥辱だって耐えてみせよう。それでこそ償い。罪を犯した者のあるべき姿ではないか。…が、しかし。


 どれだけ崇高な理念を掲げても、現在の彼らが犬猫に変えられている現実は変わらない。悲壮な決意など場違いなだけ。可愛らしい犬猫には不必要なだけなのだ。よって――。


 フイフイちゃんは垂れている耳を更に垂れさせていき、縋る様にスオウへと言っていた。


「こんな姿でとは思うが。…頼む、スオウ。必ずお前達の所へ戻るから、ここは――」


「……」


 しかし何故かスオウは短く沈黙していき、そして顔を逸らして小さく吹き出していった。それを見てフイフイちゃんは更に耳を垂れさせていき、スオウの隣に居たシスもまた顔に在り在りと笑みを浮かべながらスオウへと言っていく。


「ほらほら、フイフイちゃんが悲しんでるだろ? …スオウ、苛めちゃ駄目じゃないか」


「だってさぁ。こんな可愛い犬があのトウヤだって思うと、どうしても堪え切れなくって。似合ってるよ、トウヤ。それにマックスも。まぁマックスは元々可愛い女の子だったから、トウヤよりかは断然いいよね。…でも、トウヤはねぇ」


 そうスオウに笑いながら言われてしまい、それにマックスはパッと花が裂いた様な笑みを浮かべていき、その隣でトウヤは一人霊界を作って完全に項垂れてしまっていた。


 いいや、現在はエトナちゃんとフイフイちゃんであった。…そうこうしている間に時間が来てしまい、スオウ達は笑いながら「頑張ってね~」と手を振りながら立ち去っていった。


 残された二人はパレードが終わって再び戻って来た子供達へと愛嬌を振り撒いていき、必死に手を伸ばす子供達へと順に風船を配っていく。そして二人はしみじみ思っていた。


 これこそが平和なのだろうな、と。でも自分達ダストには無用の長物以外の何物でも無い。やはりダストは現場に居てこそ存在価値が出る。こんな都市の中では存在価値など皆無だ。


 …あぁ、早く戻りたい。そう思いながら二人は現在与えられた仕事を必死に熟す。その胸には必ずや彼らの元へ戻るのだと刻みつつ。余りにも無意味な覚悟を掲げて二人は働く。


 こんな事で挫けてなるものかっ! …そう無意味に意気込んで今日を行くのだった。

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