第39話 刑期明け


 今日ほどに手が在り、そして足が在る事を感謝した日は無い。二人は無事刑期を終えて、そんな事を思いながら二人でダスト・プラントの食堂の片隅に座って寛いでいた。


 因みに本日の食堂は青空を浮遊する大陸。澄み渡った空に幾つもの大陸が浮かび、様々な原始生物が生活している。まるで自分達の刑期が明けた事を喜んでくれているかのようだ。


 …絶対に違うだろ。二人はそんな端々から突き刺さる視線の全てを無視し、テーブルには大盛りのラーメンと緑茶味のオイルを置いて、二人は今この瞬間の幸福に酔い痴れていた。


 何と言っても指が五本あって手が在る。そして普通の長さの足がある。たったそれだけの事がどれほど嬉しい事なのか。それは人間としての手足を失った者にしか分かるまい。


 フイフイちゃんの手足は短かった。エトナちゃんはすぐ四足で走りそうになる。少し気を抜けば高い屋根上に飛び上ってしまう。何せ犬と猫。…が、手足が短い為にすぐ落ちる。


 どうして犬猫の本能までシステムにインプットしたのか。単純に見た目だけで良かっただろうに。しかも、である。二人がイレブン・ワールドで働いている間、二人の家族や友人といった様々な人達が訪れたのである。そして誰もが当初こそ真剣な面持ちを浮かべてはいるが、すぐに小さく吹き出して肩で笑い始めるのだ。そうして口を揃えて言う。


 …よく頑張った、と。笑いながら言われても全く心に響かない。響く筈が無い。


 そんなこんなで二人はどうにか一ヶ月という刑期を終えて、ようやく元の姿へと戻して貰えて真っ直ぐ食堂へと赴いたのだ。しかし周辺からは「…なに、こいつら」という何かを訝るような視線が向けられてくるが、そんなものは知った事ではない。ここは下位ダストが主に使用する場所だ~っとか、上位ダストは都市の中だ~っとか。今の二人にとっては心底どうでも良い事であった。お前らには分かるまい。こうやって自分の手で食事が出来る事がどれほど嬉しいのか。そして普通に口へと手が届く喜びがっ! お前らには分かるまい!


 そう心中で力説しつつ、二人は幸せそうにラーメンを啜り続ける。…黄金の左手を嵌めた上位ダストが、そして最新式のバトル・スーツに電光棒を装備したダストがラーメンを啜り続ける。それが傍から見ればどれほど不釣り合いな光景なのか。当事者の二人は知らない。


 二人は周囲の目線など何の其の。只管と食べ続けてようやく器をテーブルに置いていく。そしてマックスは「ぷはっ!」と顔を綻ばせて漏らし、立ち上がりながらトウヤに言った。


「さて、名残惜しいが食事はこの辺にするか。今日はジュナがお祝いしてくれるって言ってたしよ。…戻ったらパーティーが待ってるぞ~。楽しみだぜ!」


「スオウ達には散々迷惑を掛けたからな。そのうえ祝ってまでくれるんだ。有り難い事だ」


「んだな。今回は特に心配させたからな~。…今後はお互い気を付けないとな」


 トウヤも立ち上がりながら言っていき、それにマックスは笑いながら頷いていく。しかし周辺に座っている者達はその会話を聞いて思っていた。…お前ら、まだ食う気なのかと。


 そして例によって二人が周囲の目線に気付く筈も無く、楽しげに喋りながら食堂を後にしていった。二人は広場でペガサスを引き取ると大空へと飛び立って行き、スオウ達が待つ第一一〇プレハブを目指して翼を羽ばたかせる。今日は見事なまでに美しい晴天だった。


 何事も日常が一番。そう二人は思いつつ、その実ちっとも懲りていない二人なのだった。所詮ダストの日常なんてこんなもの。…だからこれでいい。これでこそ日常なのだから。

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