第35話 清掃作戦開始


 去年行われた定期清掃作戦での生存者は三割であった。確率からすれば決して高いとは言えない率だが、これをランク別に置き換えると意味合いが大きく異なってくる。


 ゴールドと呼ばれる上位ダストは全滅。シルバーである中位ダストは六割に近い確率で生き残った計算になるのである。その原因として配置される場所が考えられる。


 定期清掃作戦とは基本的にアゾロイドのダミーを作ってそれを痛め付け、アゾロイドを目的の場所まで誘き寄せるという物だった。定期的にそれを行ってアゾロイドを挑発して、最終的にはそのダミーを破壊するのである。…それを破壊する役目を担う者こそゴールドであった。ゴールドは最も危険なダミーの周辺に配置され、シルバーはゴールドを遠巻きにする形で円状に配置されるのである。そして誰だって己の命は惜しい。故にゴールドだけが毎年多大な犠牲を出し、シルバーだけが生き残るという悲惨な結果に終わるのである。


 ゴールドにとって定期清掃作戦とは死刑宣告。そしてシルバーにとっては実力試しの場であった。それほどに大きく意味合いが異なる中、彼らは今年の開催都市へと集まっていた。


 エディーナ・ジール・シティ。決して解けない凍土に閉ざされた極寒の地である。ここは大昔西欧と呼ばれていた地域だが、現在は永久凍土に閉ざされた厳しい土地となっていた。


 現在は盛夏だというのに氷は解けず、吹雪が視界を限りなくゼロへと変えて世界を純白へと変えていた。都市を囲う様に連なる山脈は見えず、この平地にも雪が降り続いて視界を完全に覆い尽くしてしまっていた。その中でも一際美しく輝く城。純白の世界に物ともせず白く輝き、まるで水晶宮の様に輝いて自らの存在を主張している。何と異様な光景か。


 その城―エディーナ・ジール・シティの周辺に集められたダスト達はそう思い、自らには無関係な事だと各々頭を振っていく。彼らはシティから北西五キロ地点にあるクレーターの中に居た。このクレーターは二世紀前に隕石が衝突して生み出されたらしい。以来ここは氷河期へと変わり、現在も尚その傷を癒せぬまま雪に閉ざされている。その中に彼らは居る。


 ある者は悲愴な眼差しを浮かべて。ある者はこの世を呪い全てを滅さんと激怒して。多くが怒り悲しみを浮かべて何も言わず、ただアゾロイドのダミーへと背を向けて佇むばかり。


 カウント・ダウンが開始される。開始五分前と自らに組み込まれたタイマーが時を告げる。彼らは微動だにしなかった。そんな彼らの左腕はゴールド。上位のダスト達であった。


 彼らは皆、最新のバトル・スーツに身を包んで電光棒を腰に下げて、その双眸には一切の感情を灯さず佇んでいる。果たして彼らは何を思うのか。怒りか、もしくは悲しみか。


 誰一人言葉を発さぬまま十秒前となり、一人のダストがダミーの前に立つ。そのダミーはまるで黒い骸骨の様な姿をしていた。何かを無理やり剥ぎ取られた様に節々が赤黒く汚れ、四肢を捥ぎ取られてガラス玉の瞳は片方が失われて不気味な姿を晒している。雪の中へと体を突き刺されて上半身だけを晒すダミーの頭上へと、緩やかに電光棒が振り上げられる。


「カウント開始。…五・四・三――」


 そうして誰かが「ゼロ」と告げた瞬間、電光棒が振り下ろされてダミーが粉々に砕かれていった。同時に全員が電光棒から青白い光を発して地を蹴り、今年の清掃作戦は幕を開けた。


 既に大量のアゾロイドを探知していた。彼らは吹雪の中に巧みに身を隠し、こちらの動向を窺っていたのだ。そしてダミーが破壊されたと同時に飛び出して来た。どれだけ吹雪いていても関係ない。自分達はダストだ。この鋼鉄の体が凍傷に掛かる事も無ければ雪に視界を奪われる事も無い。だがそれは相手も、アゾロイドも同じ事。我らは鋼鉄。機械なのだから。


 純白の世界に黒が混じって異様な光景へと変える。アゾロイドが黒い群れとなって押し寄せる。まるで死神の様だと、そう誰ともなく感じていた。…彼らは死神なのだ。


 我らの命を刈り取る死神。しかし彼らは同時にこんな事も思っていた。今年の担当都市がこのエディーナ・ジール・シティで良かったと。今回は極寒の地での作戦となる為、彼らが普段乗用しているキメラは連れて来られなかったのである。役に立たない。それが理由だ。


 確かにダストが使用しているキメラは特別製だが、それでもこの吹雪の中では逆に危険を伴う可能性の方が高くなる。だから今回はキメラの使用を許可されなかったのだ。


 彼らは自らの足で地を蹴りながら願う。彼らが新しい主に巡り合える事を。


 この作戦に参加するダストは毎年千人。各都市から百名ずつ派遣されて総勢千人となるのである。しかし今回イルフォート・シティは直前でアゾロイドから襲撃を受けてしまった。その為に今回は半数である五十名だけしか派遣出来ず、不足分は残りの都市が埋める事で決着が付いた。…その五十名の中にトウヤとマックスは居た。ほか数人のゴールドと共に。


 あの襲撃で生き残ったゴールドは二人を入れて八名であった。その八名の中から五名が派遣されて、その中に二人は選ばれてしまったのである。三名は都市防衛の為に残された。


 鋭い眼差しで電光棒を振るい続ける二人が浮かべるのは決意。必ずや戦い抜いて戻るという強い決意であった。このような見知らぬ土地で果ててなるものか。必ず生きて戻る。


 そう決意して戦うダスト達が相手するのは一万ものアゾロイド。それが定期清掃作戦に課せられたノルマであった。基本的にアゾロイドは各都市で処理するのが習わしだ。しかしそれだけではアゾロイドの増殖率に勝てず、こうして十大都市合同で清掃作戦を行うのである。アゾロイドの増殖率が高い年は上半期・下半期と分けて行われ、これ以上アゾロイドを増やさない事がダスト達に課せられた最重要課題であった。しかしこれには問題がある。


 作戦への参加者を選出する際、各人の実戦記録が反映される事は無い。それは一体何故か。理由は各都市に所属する中位・上位ダストにある。それはイルフォート・シティだけの問題ではなく、各都市とも権力者が多分に関わり、身内のダストを昇級させてしまうのである。


 その所為で各都市とも戦力外のダストが無尽蔵に増え、それを処分する為にもこうして定期清掃作戦が行われるのである。現に今回の作戦参加者の中で戦力になるのは四分の一。いいや、下手をすればそれ以下だろう。参加したダストには名誉が与えられ、同時に彼らの背後に隠れている権力者も黙らせられるという寸法だ。まさに一石二鳥な作戦だった。


 つまりは、である。定期清掃作戦での生存率が他と比べて際立って低い原因はそこなのだ。何も作戦そのものが困難な訳では無い。単純に作戦参加者の顔ぶれに問題があるのである。


 しかし、今回は少し違った。イルフォート・シティからの参加者の顔ぶれである。先日に都市が襲撃された所為で無能なダストの殆どが戦死。…その為に参加者はあの襲撃の中を生き抜いた猛者ばかりだったのである。同時に不足分を穴埋めしている別の都市参加者も同様であった。不足分を埋めているダスト達の顔ぶれが有能なダストばかりだったのだ。


 よって腕一本でここまで伸し上がって来た者達は、自分達が生き残る為に無能なダスト全てを見捨てて自分達だけで円陣を組み、多方面から襲い来るアゾロイドに対応していた。


 全ては自分達が生き延びる為。その為には全てを見捨てる。何と言ってもここには自分達が守るべき人間は居ないのだから。全てを見捨てても構わない。ダストだけなのだから。


 残酷なまでに神経を研ぎ澄まして、彼らは吹雪の向こうから聞こえてくる悲鳴の全てを無視して戦い続ける。彼らは自らの鍛え上げた技術を持って電光棒を振るい、アゾロイドを一刀両断しては次の獲物を探して地を蹴って宙を舞う。我らはゴールド。それを彼らは身を以て証明していた。これこそが我らの力。生き抜く為に培った我らの力だ。


 我らこそ真のダスト。そう彼らは全身全霊を以て伝えていた。そんな中で誰かが叫ぶ。


「五千突破! 残り五千っ!」


 同時に彼らは生き残った仲間の数へと目を向けていた。…既に半数以上のダストが絶命していた。しかしと彼らは思う。この時点で死んでいるのは無能なダスト共だ。まだ戦える。何故ならば、我ら円陣を組んでいるダストの大半が無事なのだから。まだ可能性はある。


 そう自らを鼓舞しながら彼らは電光棒を振るい、同時に確実に迫り来る死を悟っていた。時間と共に蓄積されていく疲労。そして減って行く仲間の数と武器。彼らはそれらを気合で吹き飛ばしていき、獣の様な雄叫びを上げながらアゾロイドの群れへと突っ込んでいく。


 徐々に一人、また一人と倒れ始める。それでも彼らは振り返りもせず戦い続けた。全ては生き残る為。それだけを合言葉にして。疾うに時間の感覚は失せていた。作戦が開始されてどれだけの時間が経ったのか。ようやく一時間、それとも二時間。もしくは一日、数日?


 吹雪の向こうで何度太陽が昇り、そして沈んでいったのだろうか。しかし我らはダスト。この程度で限界を迎えたりはしない。…だから、だから――。


 アゾロイドを倒し終えるまで戦い続けよう。そして戻るのだ。愛おしい我らの故郷へと。

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