第34話 突然の別れ
三人の中で一番早く簡易宿所に戻ったのはシスだった。そろそろ昼になるぞという時間になってようやく解放して貰い、宿所でトウヤとマックスが待ってるからと言って戻って来たのである。日中の熱い日差しが照り付ける中、シスは口笛を吹きながら宿所へと戻る。
「戻ったぞ~。今日の昼飯は何…」
あれでいてマックスの手料理は美味いのだ。そうシスは思いながら戻ったのだが、宿所の中は何故かガランとしていた。狭い室内を見回しても二人の姿は無い。それどころか――。
「…っ」
二人の寝台が綺麗に片付けられている。それを見てシスは顔色を変えていき、テーブルの上にあるメモを見つけて素早く目を通していく。それはトウヤの字だった。
「…あの野郎。下手な嘘を付きやがってっ」
シスはメモを握り潰して投げ捨てていき、テーブルを叩き割らん勢いで叩き付けていた。そこへ上手い具合にスオウとジュナが戻って来て、その音を聞き付けて呆れ顔をしていく。
「何してるの、シス。テーブル相手に一人相撲? 寂しいわね~」
「…いや、違うと思うけどな。ねぇシス?」
妹のジュナが呆れ顔で言うのを聞いて、スオウが苦笑しながら否定していく。だがシスへ視線を向けた後、何か様子が変だと気付いて怪訝な顔を浮かべていく。その直後に彼の足元に転がっている紙切れを見つけて拾い上げていき、その内容を見て目を見張っていった。
「…これ」
「ああ、そうさ。相変わらず嘘が下手なトウヤの字だ。…もっとマシな嘘を付けってんだ。こんなの信じる奴が何処に居るよ。折角だから豪邸に住んでみたい。その為契約解除を求む。あんまりにも嘘が下手すぎるだろ。何だよこれって話だ。初めは食事を摂る・体を休める所から教えなきゃいけなかった連中が言う事かっ! 何が豪邸だ! 嘘にしても酷いだろっ」
「……」
それにスオウは弱り顔をするしかなく、ジュナはスオウが見ているメモを素早く読んで溜息を付いていた。そして未だ憤っているシスの肩を叩いていき、静かに言うのだった。
「そういう子達よ。でも来てしまったのね。清掃作戦の時期が」
「…っ」
寂しげにジュナから言われて、シスは弾かれた様に顔を上げていた。そしてスオウを見る。
「清掃作戦ってまさか。年に一度行われるっていう――」
「多分そうだろうね。そして二人の元に連絡が入ったんだろう。だから居なくなったんだよ。こんな下手なメモまで残してね。戻って来ないつもりなんだよ。だからメモを残したんだ」
静かにスオウから言われて、シスは双肩を小さく震わせていた。そして怒鳴る。
「俺達に何一つ告げずに出て行ったのか。それに今回はマックスも居ないんだぞっ。あいつは止めなかったのか。せめて俺達に何か一言あってもいいだろ。勝手に消えやがって!」
「だから話さなかったんだよ。止められると思ったんだ。彼女も同じ様に考えたんだよ」
それにスオウは冷静に返していき、頭を振りながらシスへと言っていく。それに憤るしか出来ないシスと、ただ俯いてそれ以上何も言えないスオウ。だがそこへジュナは言っていた。
「帰って来るわよ。帰って来たら気が済むまで怒鳴り付けてやればいいわ。…だって彼らは一言だって言っていなかったもの。二人は一度だって絶対に帰って来れないなんて言っていないわ。つまり帰って来れる可能性はあるのよ。ただ過去に事例が無いってだけで。なら帰って来るって信じていましょう。だってあの二人なんですもの。あの二人は強いわ。私達ハウンド・ドッグも舌を巻く程にね。そんな二人が揃って居なくなったのよ? 大丈夫よ」
「「……」」
そう彼女から言われて、スオウとシスは黙り込んでいた。しかし言われてみれば確かにと思う様になり、二人は不安そうながらも顔を上げてそれぞれ頷いていった。
そしてスオウは皺が寄ったメモを丁寧に伸ばしていって、それを再び猫の文鎮の下へと置いて行く。スオウは暫くメモを見つめた後、やがて顔を上げて二人に言っていた。
「契約は解除しない。新しいダストも申請しない。…僕は二人を待つよ。それでいい?」
訊かれて二人は一も二も無く頷いていき、スオウは二人へと笑みを向けて「ありがとう」と感謝を伝えていく。そして彼らは改めてメモを見つめていき、それぞれ苦笑していった。
戻って来たら開口一番にこう訊こう。…豪邸での生活は楽しかったか、と。
きっと二人は狼狽えるだろう。それも過去に類が無いほど狼狽える事だろう。そして暫くはそのネタで楽しむのだ。二人が真実を告げるその日まで。きっと二人はすぐに口を開く。
そんな日が来ると信じて今は待とう。きっと二人は戻って来る。そう信じて――。
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