第33話 死地へ


 それは突然の事だった。まだ朝が早くて夜勤でもない早朝の事、トウヤとマックスの二人は第一一〇プレハブ内の簡易宿所で横になっていた。マックスはまだ寝入っている。トウヤは何故か目が覚めてしまい、寝台に横たわったままぼんやり天井を眺めていた。


 まだ陽が明けるには早く、薄汚れたベニヤ板の天井が暗闇に薄らと浮かぶだけだ。現在はスオウとジュナがプレハブの警備に当たっており、シスは近所のお婆ちゃんに呼び出されたと言って先だって出て行ってしまった。…おそらく戻って来るのは昼過ぎだろう。


 彼らはどうこう言ってもプレハブの住民達に慕われている。呼ばれればああやってすぐに出向いて行くのだ。プレハブの住民、特に高齢者や子供が居る家庭には有り難がれている。


 だから現在、簡易宿所の中はトウヤとマックスだけだった。そしてそれを見計らった様に一通のメールが送られてくる。未だ寝入っているマックスはそれに気付いていないようで、代わりにトウヤが視界の中へと表示して中身を確認して行く。…その直後トウヤは顔色を変えて飛び起きていた。そして「マックスッ!」と叫んで彼女を叩き起こしていく。


「…むにゃ、何だよ~。まだ寝かせろよ。眠いっての」


「寝惚けている場合かっ! すぐにメールを確認しろ。そうしたら目も覚める!」


 そう彼女を怒鳴り付けていき、また寝台へと逆戻りしそうな彼女の体を無理やり起こす。そこまでされればマックスも起きるしかなく、「何なんだよ」と文句を言いつつ確認した。すると彼女の表情も激変していき、寝台から飛び起きながらトウヤへと言ってきた。


「…って、おいおいおい! 突然すぎるだろ。少しはこっちの都合も考えろよ!」


「そろそろだろうと覚悟はしていたが。確かに突然すぎる。冗談だと思いたいな」


 トウヤもそう返すしか出来ず、しかしその表情は明らかに青ざめていた。余りにも突然の内容に驚き、二人は何度もメールを読み返していく。だが何度読み返しても結果は同じ。


 やがてマックスが覚悟を決める様に顔を上げてきて、トウヤに問うてきた。


「どうすんだよ。いまスオウ達は居ないぜ。態々言いに行くってのも――」


「…ああ」


 二人は互いに唸りながら考え込んで、その場に棒立ちとなってしまった。しかし刻一刻と過ぎていく時間が死刑宣告の様に思えてきて、トウヤは室内の中央に置かれた円テーブルへと向かっていって、傍にあった小さなメモ用紙を一枚とってそこへと何やら書き始める。


 そして徐に顔を上げていき、傍にあった猫の形をした文鎮を置いて言っていく。


「これで良いだろう。…内容が内容なだけに面と向かっては言い難いからな」


 だがマックスはそれを見て、弱り顔をしてトウヤへと言ってくる。


「でもさ、スオウ達きっと怒るぜ。こんな方法で出て行ったりしたら」


「なら今から伝えに行くか? その後はどうする。間違いなく引き留められるぞ。何せ彼らはずっと言ってくれていたからな。何か方法を探そう。まだ時間はある、と。でも――」


「……」


 その時間はシティが襲撃された所為で奪われてしまった。そうして二人は寂しげな表情を浮かべた後、それぞれ手早く支度を整えていった。同時に寝台も綺麗に片付けていく。


 全ての支度を終えるのに時間は要さなかった。ここに来て長い時間が経った様に思えるのに、実際には決して長くなかったのだと思い知らされた瞬間だった。やがて二人は宿所の扉を開けて室内を振り返り、そして想いを振り切る様に背を向けて宿所を後にした。


 まだ外は薄暗かった。その薄暗さに乗じてペガサスを飛び立たせて、現在警備をしているスオウ達に見つからないよう静かに黎明の空へと消えていった。今日は一段と肌寒い日だ。


 そう感じるのは感傷的になっている所為だろうか。今日は風も一段と冷たく感じる。二人は互いに何故とは問わなかった。覚悟はしていたからだ。遠からずこの日が来るだろうと。


 だから怖くない。いいや、怖い。でも覚悟は出来ている。だから大丈夫。それに二人一緒なのだから大丈夫だ。一人なら辛い事でも二人なら耐えられる。その為のバディだ。


 今日ほど一人ではない事を感謝した日は無い。だからと、トウヤは徐に彼女へ言っていた。


「今までありがとう、マックス。お前には感謝している。…本当にありがとう、本当に」


 だが彼女はそれを一笑していき、しかし自らも弱り顔を浮かべながら言うのだった。


「そりゃ俺の台詞だ。色々楽しかったぜ? まぁお前には迷惑を掛けられた事も多かったけどよ。それでも楽しかった。最期にスオウ達と逢えなかったのは心残りだけどさ、これで良かったんだよな? …俺達、間違えてないよな? これで良かったんだよな?」


「…、勿論だ」


 重ねて彼女から問われて、トウヤは僅かに逡巡した後に答えていた。本当は良かったのか悪かったのか判らない。でも今は良かったのだと自分に言い聞かせるしかない。もう二度と彼らとは逢えないのだから。今更に自分の左腕がゴールドである事を呪わしく感じた。


 せめてゴールドでさえなければと、余りにも無意味な事を考えてしまう。せめてシルバーであったなら生き残れる可能性も出て来るのに。でも現実は動かない。自分達はゴールドだ。


 今はそれを誇りに思おう。怨むのではなく後悔をするでもなく、自分達はダスト最上位のゴールドなのだと誇りに思おう。その力を示そう。その為に今までの人生が在ったのだから。


 そう信じよう。きっと誰かを怨むよりずっと素敵な事だと思うから。…人間も捨てたものじゃない。ようやくそう思える様になったのだ。だからその為に戦おう。その為に逝こう。


 私達ダストはその為に存在する。あなた達人間を守る為に。だから私達は最期まで――。

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