第17話 ロボット


 …痛い、痛いとロボットは泣く。天井から伸びる様々な色のチューブに括り付けられて、薄暗い研究室の中に一人取り残されて泣き続ける。開かれた胸元からは様々な機器が覗き、頭や手足を切り離されて青白い火花が散り続ける。もう止めて。もう体を弄ばないで。


 そうロボットは泣き続けるが、意思の通わぬロボットアームはロボットの体内を弄るのを止めようとしない。その度にロボットは泣く。痛い、痛いと悲鳴を上げて泣き続ける。


 どうしてこんな事をするの? どうして僕の体を何度も分解するの? どうしてなの?


 幾ら叫んでもロボットの声は届かず、その白髪を振り乱してスカイブルーの瞳を歪めるばかり。ロボットの悲鳴は確かに聴こえている筈なのに、部屋の外に居る研究者達がそれに反応する事は無い。ただ手元の装置を操作して、只管とロボットアームを動かすだけ。


 もう駄目だ。これ以上自分を保てない。壊れてしまう。…心が、僕という存在が。


「あぐぅっ!」


 その時、弱められていた痛覚を正常値まで戻されてロボットは悲鳴を上げる。ロボットの意識があったのはそこまでで、生物と同等の痛覚を与えられているロボットは耐え切れず、全身を激しく痙攣させて白目を剥き、口からは大量の涎を垂らしながら昏倒していた。


 まるで人間の様な反応を示すロボットを見て、研究者達は「成果は上々だな」と漏らす。ガラス張りの先にあるロボットの様に、研究者達は自らの成果を喜びながら部屋を出る。


 残されたのはチューブに括り付けられたままのロボットだけ。…ロボットは未だ全身を不自然に痙攣させており、捥がれた手足と開かれた胸元をそのままに吊るされ続ける。


 ロボットの惨苦は通信回線を伝って外へと流れ、そうして人ならざる者達へと伝わっていた。彼らは同胞を救わんと各地で立ち上がり、ロボットを救わんと都市を目指していた。


 トウヤへと救いを求めるロボットの声は最後まで届かなかった。トウヤと仲良くなるというロボットの願いは叶わず、それどころか己の存在すら彼に知らせる事が出来なかった。


 そんなロボットの嘆きを聞き届けた者が居た。その者はロボットと同じ鋼鉄の体を持ち、頭に翼を生やした女性―リュシューリアであった。遠い地より駆け付けたリュシューリアは宙に浮かんでイルフォート・シティの前に立ち、哀愁を帯びた眼で都市を見る。


 遂にこの日が来てしまった。遂に人間達は気付いてくれなかった。…自らの過ちに。


 だからと、リュシューリアはアゾロイド達を先導しながら顔を伏せる。私達は新たに生み出されし同胞を救うべく旗を揚げよう。多くの同胞を失っても為さねばならない事がある。


 普段であれば見える満天の星が黒煙に遮られ、人間達の造りし建物が火柱を上げて都市が悲鳴を上げる。…アゾロイドとダストが衝突する。もう誰にも止められない。


 しかしと、リュシューリアは心中で怒りを覚えて炎上する都市を睨み付けていた。…何故人間自らが出て来ないのか。自らの都市を守る為に、何故自らが立ち上がらないのか。


『これだから人間は嫌いなのです。ここはあなた方の為に在る都市でしょうっ』


 怒りに満ちたリュシューリアの声が炎に焼けた夜空に響く。我らはダストを葬りに来たのではない。…同胞を救う為、道を踏み違えた人間達を懲らしめる為に来たのだ。


 それなのにと、リュシューリアは怒りに震える。そうまでして我が身を守ろうとするか。


 余りにも見苦しい。余りにも愚か。だから人間達は何度も踏み違えるのだ。自らの反省を生かさず、気付けば同じ過ちを繰り返している。多くの存在を踏み躙り、人間達は進む。


 そう怒りに震えるリュシューリアのレーダーに、一機の見慣れない形をした大型輸送機が映る。それを怪訝に思ったリュシューリアではあったが、中に乗っている存在が何なのか知って笑みを浮かべていた。…まだ人間達は完全には腐っていなかった。まだ大丈夫だ。


 機内を透視して見えたのは、隆とした肉体をした人間達。その者達は赤い犬の刺繍がされた黒皮のジャケットを着て、凛とした眼で戦場と化した都市を睨み付けていた。その中にはダストの姿も在り、涙に暮れる少女のダストを慰めながらこちらへと向かっている。


 …あぁ、世の中の人間が彼らのようであれば、一体どれほど救われたか。彼らの様に自らとは無関係な場へと飛び込み、誰かを救わんとする者達で溢れていれば、どんなに――。


 そうリュシューリアは思い、しかしと頭を振って都市を睨み付けていく。もう止まれない。人間達が犯した過ちを見過ごす事は出来ない。…泣いている同胞を放置してはおけない。


 だからと、リュシューリアは寂しげに都市を睨む。もう立ち止まれない。既に幕は切って落とされたのだから。これは人間達が招いた事。だから我らは進む。同胞を救う為に。


 そんな我らをあなた方は狂気と呼ぶのでしょう。…でも、私達から見ればあなた達こそが狂気そのものなのです。幾多の命を踏み躙り続けたあなた方こそ狂気の化身なのです。


 私達は進む。泣いている同胞を救う為に。その為にこの身がどれほど穢れようが――。

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