第12話 予感
幾つものカンテラが暗闇を仄かに照らし、何かの巨大金属板らしきものを照らしている。照らしているのは飛行機らしき頭部の下、油塗れの男が作業している手元であった。
男は油で黒ずんだ白いシャツを着て首にタオルを下げ、時々手元をカンテラで照らしながら鼻歌交じりに作業に没頭し続ける。そんなカンテラは男の荷物も微かに照らしており、二振りの刀に拳銃、そして赤犬が刺繍された黒皮のジャケットがあった。…この油塗れの男はハウンド・ドッグだった。たとえ顎鬚を生やして草臥れた五十代のおっさんであろうとも。
そのおっさんはオレンジ色の短髪から時たま流れ落ちる汗をタオルで拭いつつ、血の様に赤い瞳を時々揺らして溜息を付き、そして作業を続けるのを繰り返していた。
因みにこのおっさん、名をゲイボルグと云った。これでもハウンド・ドッグを取り仕切る責任者である。ハウンド・ドッグは特段大きな組織でもない為、同じ隊員からは単純に隊長と呼ばれている。…部下が優秀だと隊長は何もしなくて済む。今まではそうだったのだが、
「…はぁ」
そうして出る溜息。実は各所のプレハブ内に拠点を置く隊員から、幾つもの不穏な報告が上がって来ているのだ。まぁ内容を要約すると、アゾロイドが冬眠していた筈の場所に奴らが居ないというものだ。どれだけ探しても見つからないと言うのである。そんな嫌な報告を各隊員から聞かされて、ゲイボルグは念の為にとイルフォート・シティへと無線で知らせた。すると案の定と言うべきか、「貴重なご意見、有り難う御座います」と素っ気無く言われて無線を切られたのである。…イルフォート・シティが総括する地域だからと思って連絡したのに。そうゲイボルグは溜息を付く。あれは絶対に動く気は無い。完全に無視するつもりだ。
「…だからシティってのは嫌いなんだよ。別にお前らの心配をしたんじゃねぇっての」
プレハブに何かあったら事だと思って連絡をしたのに。やはり連中が動いてくれる事は無かった。分かり切った事ではあるがと、ゲイボルグは本日数度目の溜息を付く。
そして一通り作業を終えて荷物を置いている場所へと戻り、帆布で作られた肩掛け鞄の中から水筒を取り出して口から水を流し込んで行く。そうして又もや漏れる溜息。
「唯一俺らでも対応出来そうなのはスオウのとこか? 冬眠から覚めただけみたいだし」
発見出来ない連中を遮二無二探すよりは、現在居場所が特定出来ている場所を対処していった方がいいだろう。…何せハウンド・ドッグの隊員は二百名以下。人数が少な過ぎる。
こういった時、人数が居ないと対象物を探すのに骨が折れる。だから対処出来る場所から潰していくべきだ。そうは思うがと、ゲイボルグは溜息を付きつつ漏らすのだった。
「物凄~く、嫌な予感がするんだが。…何か悪い事が起きそうな予感がするんだよなぁ」
予感などといった不確かなものでは都市は動かない。分かってはいるが溜息が漏れるのは最早どうしようもない。幸いにもスオウの所にはダストが居る。スオウ達が管轄する地域は余りにも広大な為、「ダストを雇いたい」という彼らの要望を受けて許可したのである。
ダストと行動を共にすれば何か分かるかも知れない。そんな好い加減な思考が過る。何せ手掛かりが無いのだ。ハウンド・ドッグは腕っ節だけはあるが、逆に言えばそれだけだ。
都市のように資金に恵まれている訳でも無く、設備も機器も何一つ整っていない。本当に腕っ節だけなのである。でも外で暮らすにはそれで十分だった。腕さえあればいいのだから。
しかし今回はと、ゲイボルグは苦い顔をして只管と溜息を漏らす。嫌な予感しかしない。
「…まぁ俺が心配しても仕方ないか。俺だってシティなんぞ知った事かって気分だがなぁ」
今は対処出来る場所から当たろう。そうゲイボルグは思い、地面に置いたカンテラを一つだけ持って他を消して、暗闇に溶ける作業場を一人後にしていく。…どうにかするしかない。
それしかないのだから。まぁだが都市の方は知らん。何ゆえに自分達が心配してやらねばならんのだ。あれだけデカい規模を誇る都市の心配をして何になる。無意味だ。
そうは思うが、どうしても不安が拭えない。結局ゲイボルグという男はそういう男だった。無駄に面倒見が良いからこそ、ハウンド・ドッグの隊長なんて代物を続けられるのだから。
ゲイボルグが腰に下げた二振りの刀が不気味に光る。拳銃が我を使えと火薬を臭わせる。戦の時は近いと。そうゲイボルグは覚悟を決めて地上を目指して階段を上って行く。
この朝暘が血に染まる日が来ぬよう、そう祈りつつ血を欲しているのは何故だろう。所詮自分は戦うだけが能の男。血が流れる場所こそが生きる場所。戦う為だけに居るのだから。
それを嫌だと感じると同時に、それを喜んで受け入れている自分が居る。だがそれこそが外という世界。…でも、だからこそ皆を守れるのだから。その為だけに自分達は――。
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