第2章 都市急襲

第11話 ゴミの中にも格差


 ジープがイルフォート・シティへと辿り着いた頃には、既に夕刻を過ぎて夜の帳が下りてしまっていた。だがダスト・プラントは変わらず真珠の様に輝いており、ジープが近づいていくと警告音が発せられてきて、その場で静止するようスピーカーから声が聴こえてくる。


 そして警備用ロボットでも飛んで来るかと思っていたが、ジープに乗っているダストの二人を感知すると壁の一部が緩々と開かれていく。同時に奥から生産型のダストが飛んで来て、ジープの後部座席に横たわっているトウヤをストレッチャーへと移していき、ろくな会話もせずトウヤを連れて慌ただしく通路の奥へと消えて行く。三人はそれを呆気に取られて見つめるしかない。代わりにマックスが助手席から降りて行き、三人へと説明していく。


「…あいつ、一時的にだけど意識が無かっただろう? 俺達ダストにとって、それは致命傷に等しいんだ。体は多少壊れても修理できる。でも意識を司ってる頭部だけは、脳味噌だけはどうにもならないんだ。そして俺達の脳は機械によって生かされてる。体を制御しているシステムは体の各所に分散されていて、その内の一つが壊れても制御出来る様になってる。それなのに意識が無くなったって事は、そのシステムが全てダウンしたって事なんだ。俺達は脳味噌以外の大半が機械だ。逆に言えば意識を保てなくなったら終わりなんだよ」


「「「……」」」


 寂しげな声色で説明されて、三人はただ苦い顔をするしかなかった。しかしそこでシスが弱り顔を浮かべてきて、申し訳なさそうに「…悪い。理解出来なかった」と漏らしてくる。


 言われてマックスはそれもそうかと苦笑していき、二頭のペガサスとジープをダスト用広場に居る生産型へと預けてから、三人をプラント内へと案内するべく歩き出す。


 だが、ここで問題が起きた。…入口の通路でマックスが引っ掛かってしまったのである。そして彼らを案内する暇も無く生産型に連れて行かれてしまい、通路に残された人間三人がどうしたものかと途方に暮れていたら、そこへ一メートルほどのピンク色をしたクマのぬいぐるみが現れてきて、まるでおっさんの様な低い声で「ご案内します」と言ってきた。


 …大丈夫か、このぬいぐるみに付いて行っても。そんな不安が三人の中に過る。だが他に選択肢がある訳でも無く、止むを得ず三人はそのままぬいぐるみに付いて行く事にした。


 するとぬいぐるみは食堂へと案内してくれて、奥のカウンターで好きな物を注文出来ると教えてくれた。因みにここ、ダストと契約している人間は全て無料との事。因みに本日の食堂は白土の建物が立ち並ぶ港町の様子を呈していた。中々に心洗われる風景である。


 ぬいぐるみは三人をテーブルへと案内して簡単な説明を終えると、そのまま立ち去ろうとした。だからスオウは咄嗟に立ち上がって行き、縋る様な声でぬいぐるみへと訊いたのだ。


「…あの、トウヤは大丈夫なんでしょうか。それにマックスも――」


 その問いにぬいぐるみは短く沈黙していき、微塵も変化の無い顔で言うのだった。


「ここはダスト・プラント。修理できない物など在りません。どちらもすぐに皆様の元へとお戻し致しますよ。皆様の食事が終える事には戻って来るでしょう。どうぞ御安心下さい」


 おっさん声ではあるが、口調はごく一般的なものだった。そうしてぬいぐるみは食堂の外へと消えていき、残された三人はどうしたものかと顔を見合わせるしかなかった。


 トウヤが連れて行かれた理由は言わずもがなだが、マックスが連れて行かれたのは単純に定期調整を怠っていた事が原因だった。体の大半が機械であるダストには、定期的な検査が必要とされる。尤もマックスの場合は緊急性が高いという程ではなかったが、早急な調整が必要とされる箇所が数ヶ所発見された為に連れて行かれたのである。…実は、その程度の故障はダストにはよくある事であった。頻繁にあると言っても良い。定期的にプラントへと通わないとそうなるのである。ただそれだけの話だった。何も大仰な話では無い。


 そうして三人は六人掛けのテーブルに腰掛けて、三人で顔を突き合わせて苦々しい顔で黙り込んでいた。食事でもしていろとぬいぐるみには言われたが、この状況で手が付く筈も無い。…トウヤだけではなく、まさかマックスまで連れて行かれるとは思ってもみなかった。そんな沈痛な面持ちで顔を突き合わせる人間三人の様子に、周囲のダスト達は奇異の目を向け続けていた。しかも彼ら三人が羽織っているジャケット。すると彼らの正体は――。


 見た目こそ子供だが中身は大人なダスト達からすれば、まさにそれは「危険分子」以外の何物でも無かった。何故プラントにハウンド・ドッグが居るのか。彼らと関わっては事だと、誰もが嫌そうに顔を顰めて彼らのテーブルを遠巻きにするばかりであった。


 ダスト達から遠巻きにされて、ジュナがそこで気が付いたのは彼らが持っている飲み物であった。続いてカウンターへと目を向ければ、様々な味のオイルが置いているのだと見て取れる。…ダストは人間とは違ってオイルを嗜好品にするのか。そう知った瞬間だった。


 トウヤとマックスがオイルを飲んでいる姿を一度も見た事が無い。そしてそれ以上にと、三人は周囲に雑じる数人のダストを見て苦々しく顔を顰めていた。それをシスが指摘する。


「あいつら、どうして装備をもっとちゃんとしないんだ? …あんな薄い布の服を着てよ」


 それにはジュナも頷いていき、険しい表情をして唸り声を上げていく。


「私もそう思うわ。そうすれば今回の様な事は防げたかも知れないのに。あれじゃ都市の中で暮らしてる連中と然程違わないわ。幾らダストでも軽装過ぎるのよ。…あの子達は自分の体に頓着が無さ過ぎる。いつ自分が死んでもいいと思ってるのよ。だからあんな簡単に――」


 まるで親の様な口調でジュナは言い、それにスオウは何も言わず顔を顰めただけだった。確かに食堂に居るダストの中には、間違いなく重厚な装備に身を包んでいる者が居る。だが数人だけだ。どう見ても多いとは言えない。大半がトウヤ達と似た様な格好をしているのである。彼らもまたトウヤ達とさして違わない任務に就いているだろうに。それなのに、


 そう不思議に思っていると、そこへトウヤとマックスが二人揃って現れる。トウヤの方は全ての傷が修復されており、しかも包帯の一つも巻かずに何事も無かったような顔をしてそこに立っていた。マックスも然りだ。そんな二人の姿を見て思った。やはり彼らはダストなのだと。人間の様に傷は治療するのではない。彼らにとっては修理するものなのだ。


 何とも微妙な雰囲気を漂わせる三人の様に、二人は不思議に思って首を傾げていく。だがまぁ良いかと思う事にして、マックスが「悪い。待ったか?」と彼らへと声を掛けて自らもテーブルへと腰を落ち着けていく。すると時を待たずしてスオウが二人に訊ねてきた。


「一つ訊きたい。…どうして君達は装備をちゃんとしてないの? ここには重厚な装備を着けたダストが居るみたいなのに、君達は都市の人達と変わりない服を着てるだけだろ? それじゃまた同じ様な事が起きる。腰の電光棒だって最低限の支給品か何かだろ? 自分で買い求めた装備とはとても思えない。お金が無いのなら僕達が肩代わりするから。少しは装備を整えるんだ。またあんな事が起きるのは嫌だよ。だから二人とも。お願いだから」


「「……」」


 しかしそれには、二人は苦い顔をして沈黙するしかなかった。そして二人は自らの左腕を懐へと隠してしまい、トウヤは困った様に笑いながらスオウの疑問へと答えていく。


「簡単に言うがな、あれはそう安い代物ではないぞ。…判り易く言うとプレハブの防護壁を新調出来るほどに高いんだ。お前達がどれだけ金を持っているかは知らないが、幾らなんでもそんな大金は持ち合わせていないだろう? 俺達だってそんな大金は持っていない」


 その凄まじい額を聞いて、三人の顔が大きく引き攣っていく。そんな中でシスが顔を引き攣らせたまま「…そりゃ無理だな」と漏らしてくる。そしてジュナもまた「それだけの金が有れば逃げる必要なんて無かったものね」と苦い顔で言葉を付け足すしかなかった。


 そう彼らが驚愕しているのを見て、マックスもまた苦笑しながら彼らへと説明していく。


「あれは金持ちの為にオリジナルで作られる一品物だよ。…俺達貧乏人には到底手が出る代物じゃない。それによく見ろ。あの連中が現場で役に立つように見えるか? あいつらは現場とは無関係な場所で飯食ってるのが関の山だよ。現場に出るのは俺達貧乏人の仕事だ」


「…、成程ね。そういう事か」


 二人の言わんとする意味を理解して、スオウは苦々しくそう返していた。しかしその際、一瞬だけマックスの視線がトウヤへと注がれる。…確かに自分はそうだが、彼は――。


 そしてその思考を読んだかのように、テーブルの傍を通り掛かったダストが言ってくる。


「…へっ、よく言うぜ。誰が貧乏人だって? 隠したって見えてるんだよ。そんな格好して下位を装っても駄目だぜ。なぁ、シルバーさん達よ? パパやママにでもお願いして仕事を貰ったの~? ハウンド・ドッグに雇われるなんて普通有り得ないものねぇ?」


「っ!」


 謂れの無い言葉を浴びせられて、反射的にマックスは腰を浮かせていく。だが彼女が立ち上がる寸前でトウヤが「マックスッ!」と短く制していき、止むを得ずマックスは再び腰を下ろしていった。そして悔しげに俯いて拳を握り締めていき、絞り出す様に漏らしていく。


「金持ちだから何だってんだ。俺達はそんな汚い根回しなんてしてねぇっ!」


「…マックス」


 悔しげに漏らす彼女の様に、トウヤは弱り顔で微笑んでいた。先ほどとは一転して意見を変えた彼女の言葉に含まれた意味を知り、トウヤは小さく頭を振りながら言っていく。


「俺の事は気にするな。…俺はどんな風に言われても仕方の無い立場だ。でもお前は違う。俺の所為で不快な想いをさせて済まないな。俺と組んでさえいなければ、きっと――」


「…っ、いま何て言った?」


 ガタンッと、マックスが音を立てて立ち上がる。それを見てトウヤは怪訝な顔をするが、二人の会話を黙って聞いていた人間三人は当然の反応であろうと、そう呆れ顔をしていた。


 まさに気分は「余計な一言」である。…このタイミングで言わなくてもいいものを。


 そう呆れ顔をする三人を置いて、マックスは激昂するように腕を振り上げながら怒鳴る。


「じゃあ何か? お前が居なかったら万事解決か。そんな訳ねぇだろうがっ! どうして俺達の左腕が付け替えられたのか、お前はもう忘れたのか? スオウ達の依頼が入ってたからじゃねえかっ! …でも、俺達は一度だって本部にお願いしてない。それにそんな依頼が入ってるなんて知りもしなかった! それに思い出せよ! ルヴェート学園の旅客機を護衛してた時、どんだけ大型のキメラを相手にしたと思ってんだ! もしお前が金持ちの坊ちゃんで、そんで現場に出てない役立たずならあそこで疾うに喰われちまってるよっ! でもそうじゃねぇだろうっ! …本部はそれを分かっていたからこそ、あの仕事を俺達に呉れたんじゃねぇのか? だからシルバーに引き上げられて今がある。違うのかよっ!」


「…、それは――」


 マックスの激昂にトウヤは何も言い返せず、苦々しい顔をして押し黙っていた。一方三人はそんな遣り取りを聞いて、トウヤが決して低い出ではない事を知った。だがそれに触れる様な真似はせず、逆にマックスを応援する様にジュナ、シス、スオウと漏らしていく。


「トウヤ、やっちゃったわね。…まさに言ってはならない一言だわ」


「そういう事情ならなぁ。言われて怒るのも当然だよな。トウヤ君、空気読めねぇな~」


「…まさか装備の話でここまで発展するなんて。余計な事を口走ったのは僕だよね?」


 最後に後悔する様に漏らしたのはスオウだ。…まさか彼らの装備が、これほどにも彼らの地位を示す重要な目印になっていたとは思ってもみなかったのだ。やはり大多数のダストが都市の人間とさして変わりない姿だった事をもう少し考慮するべきだった。


 だが、一度口にした事は二度と戻らない。マックスの怒りは依然と収まらず、未だ怒りに震えながらトウヤを見下ろしている。そして涙混じりの眼をして続けて怒鳴り出す。


「金持ちの坊ちゃんなら大人しく引っ込んでろよっ! …でもお前は違うから人間を守る為に体を張ったんだろうがよっ! 俺達をゴミにしか思ってないあんな糞みたいな人間を助ける為にお前は死に掛けたんだろうがよっ! 違うのかっ! 違うなら否定して見せろ。誰の所為で俺達はプラントまで戻って来た? …答えろよ、答えろ! 誰の所為だっ!」


「……」


 俺だ。そう言い掛けて、トウヤは何故か言葉に出来なかった。マックスの空色の瞳に涙が浮かんでいるのが見えたからだ。言ってはならない一言だった。そう今更に痛感する。


 そして緩やかに立ち上がっていき、彼女と目線を合わせて謝罪の言葉を紡ぐのだった。


「…マックス、すまん。俺が――」


「ランクBトウヤ・シズナール。同じくランクBシャルル・フィナ・マックスですね」


 だが、途中で聞き慣れない女性の声に割り込まれてしまい、全員が反射的に腰を浮かせて自らの武器へと手を伸ばしていた。しかしそこに居た女性の姿を見て、トウヤとマックスは大慌てで構えを解いて背筋を正していく。スオウ達は二人の反応を見て危険は無いと判断して、緩やかに構えを解いてそれぞれ椅子から立ち上がっていく。そして改めて女性を見た。


 女性は藍碧色のロング・コートを着て、目元をゴーグル型のディスプレイで覆っていた。目元はゴーグルで覆っている為に色は判らず、髪は白く三つ編みにして頭の上で結い上げていた。そして左右の腰には電光棒が二本ずつ。ただしそれはトウヤ達が使用している代物とは性能がまるで違う。トウヤ達が使用している電光棒は飾り気の無い鋼鉄なのに対して、女性が所持している電光棒は血の様に赤い色をしている。あの電光棒と服装からするに、


 まさかとダストである二人は困惑するしかない。こんな都市の外にあるプラントに居るなんて有り得ない事だ。彼らが足を運ぶ筈が無い。…それなのに何故、


「…どうして指令型がプラントなんかに」


 余りの事に食堂に居たダストの一人が思わず漏らす。気が付けば食堂内は完全に静まり返っており、だが事情を全く掴めないスオウ達は周囲の様子に怪訝な顔をするばかりだ。


 指令型の女性は緩りとトウヤ、そしてマックスへと視線を向けてきて、何も無い無の空間へと両手を置いて何やら操作し始め、やがて両腕を下ろしていって二人へと言っていった。


「いま、御二方の装備を変更致しました。…ランクBトウヤ・シズナール、同じくランクBシャルル・フィナ・マックス両名。任務へと戻る前に補給所に立ち寄って登録された装備に変更していくように。これらは本部が決定した御二方への支給品となりますので、あなた方に拒否権はありません。…代わりに本部から特務が下りる事になりますので、その場合現在執行されている任務は一時凍結、最優先で特務に当たって下さい。居住地も十九階層に用意されました。特務を受けるに当たって不自由が発生してはなりません。宜しいですね?」


 そんな理解不能な説明をされては、二人としては疑問符を大量に頭上へと浮かべて目を瞬かせるしかない。よく判らないが、何故か装備の登録を勝手に変えられたらしい。しかも高級住宅地として有名な十九階層に居住地まで用意されて、だ。一体どういう事なのか。


 だが指令型がそれを説明してくれる筈も無く、用事が済むとさっさと食堂を出て行ってしまった。…残された二人としては只管と首を傾げるしかなく、しかも指令型から態々足を運ばれてしまい、不安しか覚えない状況に二人は呆然と立ち尽くすしかなかった。


 そう二人が立ち尽くす中、状況を理解出来ていないであろうシスがぽつりと漏らす。


「マックスって女の子にしては名前が変だな~って思ってたけど、実は苗字だったんだな。トウヤもマックスって呼んでるから知らなかったぜ。…俺、次からシャルルって呼ぼうかな」


「……」


 しかしマックスから返って来たのは短い沈黙。やがて彼女は緩やかに振り返っていって、爽やかな笑みを浮かべながらシスへと言っていくのだった。


「あら、そのようになさりたいのなら別に宜しいのよ? わたくしは別に宜しくってよ? わたくしの名前はシャルル。…そう、シャルルよ。お好きなように呼びなさい?」


 余りにも不気味な口調で言われて、思わずシスは腰を引かせていた。するとそこへジュナが呆れ顔で溜息を付いて来て、静かにシスの肩を叩きながら言っていった。


「…地雷を踏んだわね。陽が差さない所を歩く時は精々気を付けるのね。骨は拾ってあげる」


「要らんわっ! その前に助けて? ねぇ、助けて?」


 シスは咄嗟にそう返し、実しやかな顔で言うジュナに助けを乞うていく。だが彼女は笑みを湛えるだけで何も言わず、楽しげに腕を組んでシスの言葉を聞き流すばかりだ。


 しかしスオウは少し違うようで、不思議そうな顔をしながらマックスへと言っていく。


「シャルルって可愛い名前なのに。君に似合っているよ? …僕は良いと思うけどなぁ」


「…え」


 何の気なしに発せられたスオウの言葉に、マックスの表情がぴたりと素へと戻る。そして恥ずかしそうに顔を赤らめさせていき、手をもじもじと動かしながら告げるのだった。


「…な、ならスオウだけ良いよ。シャルルって呼んでも。俺もスオウなら嬉しいし」


 そんな意外とも思えるマックスの反応を見て、シスは不満げな顔をして返していく。


「おい、どうしてスオウは良くて俺は駄目なんだ。その違いは何だよ。贔屓だ~」


 声の調子を落としながら不満を漏らすシスに、マックスは嬉しそうに微笑んだまま視線すら向けようとしない。シスは完全に無視された形となり、それにジュナが呆れ顔で告げる。


「あんたも空気の読めない男よね。…トウヤのこと言えた義理じゃないわよ。女心ってものを分かってないんだから。あんたもトウヤもそんなだから彼女を怒らせるのよ」


「俺はトウヤと同列かよ。…うへ~、気を付けよ」


 言われてシスは嫌そうに顔を顰めていって、何故か引き合いに出されたトウヤとしては心做し沈んだ表情を浮かべるしかなく、「俺も呼べないのに」と漏らして二人に告げる。


「…俺は少しずつ交流を深めてから呼ぶんだ。だから放っておいてくれ」


 するとそれにシスが呆れ顔をしてきて、溜息を付きながらトウヤへと返してくる。


「それ、何年越しの話だ? …お前さ、ダストは年齢なんてないって言ってなかったか?」


「……」


 全く以ってその通り。余りにも的を射た突っ込みにトウヤは閉口するしかなく、苦い顔で外方を向くしかなかった。だがそこで本部からメールらしきものが送られてきて、視界の中で展開して手早く内容を確認していく。そして微妙な面持ちをしてマックスに言っていた。


「喜べ、マックス。また新しい左腕が来るぞ。無料で新調してくれるそうだ」


 そんなトウヤの変な言い回しに、マックスは「はぁ?」と顔を顰めて言葉を返していく。


「左腕だけじゃなくて体は全部無料だろうが。…ああ、もしかしてお前。頭が精密検査行きにでもなったの? そうだとしたら良かったじゃねぇか。すぐ診て貰え。さっさと行け」


 余りにも酷い言い草だが、この際だからそこは目を瞑る。トウヤはそうではなくてと頭を振って行き、銀色に輝く自らの左腕を掲げながら改めて彼女に説明していった。


「俺達の左腕、付け替えだそうだ。…なぁマックス、俺達は何かしたか? ここまで来ると嫌がらせだろう。銀色の腕に馴染んでもいないのに、立て続けにこう来るとは。陰謀か?」


 それにマックスは長々と溜息を付いていき、呆れ顔でトウヤへと返していく。


「誰の陰謀だよ。しかも俺達、誰かの陰謀に巻き込まれるほど偉くないし。凄くもないし。そこら辺に転がってるダストと同じだし。陰謀に巻き込まれる理由が何処に在んだよ」


 それはそれで情けないがとマックスは言っていき、トウヤも確かにと弱り顔をしていく。胸を張って言う事ではないが、自分達は間違いなく路肩に転がっている石ころにも等しい。早い話が吐いて捨てるほど居るダストの一人だ。何か壮大な事に巻き込まれる理由が無い。


 しかしマックスもメールの内容を確認していき、「確かに陰謀だわ」と苦々しく漏らしていく。だが彼女はメールに添付されていた資料を確認した後、顔を顰めて言うのだった。


「ヒョエ~、何だよこれ。すんげぇ豪華なデザインだな。…なぁトウヤ、俺達これ着なきゃいけないの? 辞退は出来ないの? 俺達にファッション・ショーにでも出ろってか?」


「否定はしないな。可能性としては有り得そうだ。…全く、俺達に何を求めてるんだか」


 トウヤも言いつつ、その表情は明らかに疲れ気味だ。どうやらかなりなデザインらしい。そんな彼らの遣り取りを三人は首を傾げながら聞いているしかなく、心做し項垂れている二人の様子をただ見ているしかなかった。そうして二人は「ちょっと行ってくる」と彼らに言っていき、二人揃って補給所の中へと消えていった。…因みにその際、マックスがまるで鬼の様な形相で「いいな、絶対に来るなよ!」と彼らに言い含めていったのは別の話だ。


 やがて戻って来た二人の姿を見て、三人は成程と納得することになる。そしてそんな姿で外のプレハブに居続けられるほど肝が据わっている筈も無く、周囲から向けられる冷淡な視線を一身に受けながらプレハブを後にするしかなかった。…何せ左腕の色は金。


 それはダストの最上位であるランクSを示しており、十数人しか居ないと言われているダストの頂点であった。まぁだが、別に権力がどうこうという話ではない。…と、思う。


 何せ一握りしかいない為、日常空間でお目に掛かれるのはシルバーまで。ゴールドは一度として見た事が無い。だから指令型が言っていた特務というのも初めて聞いた言葉だ。


 無駄に煌びやかなバトル・スーツへと装備を変えられて、電光棒は先ほど指令型が下げていた同タイプの赤い電光棒へと変えられていた。…この点に関しては大変有り難かったが。


 何ゆえにゲーム・キャラクターのようなバトル・スーツを着る必要があるのか。自分達が一体何をしたのか。何もしていないと思うのだが。実は知らない所で何かしたのだろうか。


 …分からない。そして覚えていない。そう二人は項垂れつつ心の底から思っていた。


 あぁ、ずっとブロンズで良かったのにと。せめてシルバー止まりでお願いします。何ゆえにこのような仕打ちを受けなければならないのですか。普通に仕事をしていただけなのに。


 理由が判らず彼らは項垂れるばかりで、そして純白で軍服の様な形をしたバトル・スーツがいやにペガサスと釣り合う事。ペガサスに合わせてデザインしたのかと思うほどだ。


 正直言おう。嬉しくない。まぁバトル・スーツは純粋に有り難いが、このデザインだけはどうにかならなかったのか。現場で使うという事を考慮してデザインしたのだろうか?


 そう項垂れるばかりの二人が跨るペガサスを連れて、夜が明けた早朝の赤砂の大地の中をジープが静かに行く。純白のペガサスに跨る純白の軍人。何とまぁ映える姿だ事と苦笑いする三人とは裏腹に、二人はただ溜息を付くしかない。そして朝焼けの中で二人は思う。


 これ以上何かが起きても、もう驚かないだろうなと。やはりブロンズが一番だ、と。

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