第8話 遺跡調査


 赤砂に覆われた礫大地の中、標高三千メートル級の山から成る遺跡があった。記録や文献からして遺跡の元と為っている山が噴火したという記載は無く、何かの神殿らしき遺跡は少なくとも二千年以上前から存在しているであろうと予測が出来る。


 しかし太陽光は昔とは大きく異なり、オゾン・ホールが増えた現在では有害物質が大量に地上へと降り注ぎ、嘗てとは比べ物にならない程の弊害を齎す様になっていた。


 地上に生息していた原始生物が全滅した一端として、オゾン・ホールが様々な地点で確認出来る様になった事も上げられる。そんな中で様々な遺伝子を混在された合成獣キメラに現れられては、原始生物が絶滅するのも仕方の無い話であった。…しかし人間だけは自らの技術を生かして環境に対応して、有害物質が大量に降り注ぐ地上で難無く生きる事に成功していた。まぁ何が言いたいかというと、そんな最中で普通に移動できる三人は純粋に凄いという事だった。自分達ダストは人間ではないから問題は無いが、彼らは生身の人間だ。


 そして彼ら外の人間が住むプレハブは、実は最もオゾン層が厚い地域を選んで建てられている。あれは闇雲に建てられた代物ではないのである。…それなのにと二人は思う。


 二人は岩肌を刳り貫いて造られた薄暗い回廊を歩きつつ、体内に組み込まれた湿度計と温度計を眺めながら安堵の息を漏らしていた。因みにここの紫外線は外の三分の一以下だ。何と有り難い事か。やはりダストでも最適な環境の方が良いに決まっている。


 そう思いながら二人で歩いていると、隣でマックスが感無量と言わんばかりに漏らす。


「…は~、やっぱ涼しい方が絶対好いよな。それにしてもこの辺りは暑いな。体温の調整が大変だったぜ。まぁ幸いにもオゾン層は然程薄くは無い様だが、それでもスオウ達は凄いな。この炎天下で眼をゴーグルで守っただけで移動するんだからな。俺は純粋に尊敬するね」


 感嘆の声を漏らすマックスにトウヤも頷いていき、それに賛同する様に言っていく。


「全くだ。俺達ダストは自力で体温調整が可能だから問題は無いが、彼らは普通の人間だ。それなのに普段と変わらない格好でジープで移動するのだからな、流石はハウンド・ドッグとしか言い様が無い。しかも俺達の事まで気遣ってくれるのだからな。有り難い事だ」


 仄かに微笑んで言うトウヤではあったが、ペガサスで移動中に何度も彼らに気遣われて弱り顔をしていたのは言わぬが花であろう。…まぁそれはマックスも同様ではあったが。


 そう喋りつつ陽の差し込まない薄暗い回廊を歩く二人の後ろには、相変わらずペガサスの姿があった。二頭は何も言わず大人しく主の後ろを付いて歩いている。高い天井には幾つか天窓が設けられており、そこから差し込む光が現在は日中である事を暗に伝えている。


 回廊の幅は十数人が並んで歩けるほどに広く、ペガサスが翼を広げて羽ばたけるくらい十分な広さのある場所であった。このような遺跡を先人はどのようにして造ったのか。


 そう思うと感慨深いものがあり、都市で生まれ育った自分達としては非常に興味がある。何と言ってもこういった代物は都市には存在しない。都市は新しい物で埋め尽くされているからだ。だから色々と興味がある。どうやって造られたのか。どうして造ったのか。


 しかも山を全て遺跡にしてしまうとは。岩盤は硬く、さぞ苦労しただろうに。だがしかしと二人は思っていた。この遺跡に何か居るという話だったが、本当に何か居るのだろうか。


 因みに遺跡調査を命じられたのはスオウ達だ。何でもハウンド・ドッグを取り仕切る隊長から無線で命令を受けたらしく、この周辺に位置する各プレハブから依頼があったとの事。


 スオウ達は隊長から「夜な夜な黒い影が――」と説明を受けたらしいが、スオウ達が言うにはオバケの類では無く、もっと現実的に恐ろしいものだろうと呆れ顔で言っていた。


 現在彼らは二人とは山の反対から遺跡内へと入り、トウヤ達とは反対方向から遺跡調査を行っている。何せ山一つを刳り貫いて造られた遺跡だ。分担して当たらないと終わらない。


 ハウンド・ドッグは様々な依頼を請け負う民間組織だ。ダストは都市が所有する物品の為、何かしら依頼するには都市にあるダスト本部を通す必要がある。だから都市の外の依頼に関しては無視する傾向があり、それに対応するべく組織されたのがハウンド・ドッグだ。


 ダストが守るのは都市、そして関連する施設のみ。だからそれ以外をハウンド・ドッグが受け持つ。そうして人々の不明不満は辛うじて保たれているのだ。何とも危うい話である。


 そんなもあるから、おそらくダスト本部は自分達二人を貸し出したのだろう。やはり関係は良好に限る。無駄に争う必要など無いからだ。その為に体面を保とうとしたのだろう。


 何とも狡辛い…あ、いやいや。別にそんな事は思っていない。それにスオウ達へ貸し出されなければ、こんな遺跡を見て回れる事は一生無かっただろう。それだけは断言出来る。


 完璧な都会っ子の二人としては、この遺跡調査が楽しくて仕方なかった。その為に普段は仏頂面で居る事が多いトウヤの表情も今日ばかりは緩んでおり、楽しげにマックスと談笑しては遺跡内を見て回るのを繰り返している。そんな二人の姿をハウンド・ドッグの面々が見ていたら、間違いなくこう言っていたであろう。…やはり子供だ、と。


 二人は壁一面に描かれた古代文字や壁画を眺めて観たり、時折山肌の方へと出ては身を乗り出してみたりと、実に遣りたい放題していた。だって楽しいのだから仕方ない。


 その度に足を止めては時間を食い、後ろからペガサスに鼻で突かれては歩き出すというのを繰り返していた。どうやら流石のペガサスも二人の行動に呆れ果てているようだ。


 気分は観光客さながらだ。こんな時こそ手元にオイルがあればと、それだけが悔やまれてならない。でも現在は都市の外に貸し出されている為、そんな勝手な真似は出来ないだろう。


 だがそれでもとマックスは鼻歌を歌いながら歩きつつ、トウヤにこんな事を言ってきた。


「俺さ、ずっとスオウ達と一緒でいいや。初めは人間に命令されるなんて嫌だって思ってたけどさ、スオウ達って基本的に命令なんてしないし。俺達ダストなんて四六時中寒空の下で寝るものなのによ、俺達の為にわざわざ寝床まで用意してくれたんだぜ? しかも歓迎会以来俺達の食事も用意してくれる様になったし。良い事尽くめじゃん。今日なんてペガサスで移動してたら、スオウが「暑いだろう?」とか言って上着を差し出してくれたんだぜ? 信じらんねぇよな。自分達の方が暑いだろうに、ダストの俺を気遣ってくれたんだからさ。都市じゃそんな事は一度も無かった。…だから俺、スオウ達とずっと一緒でいいなって」


「……」


 それにトウヤは短く沈黙した後、短く溜息を付いていた。確かに彼女の言わんとする意味は分からなくもない。だがそれは叶わぬ事だ。何よりも彼らは――。


 トウヤはそう苦々しく俯いていき、彼女の想いを打ち砕く様に言っていく。


「彼らはハウンド・ドッグ。そしてプレハブの人間だ。…都市の人間じゃないから俺達の事を大切に扱ってくれる。彼らにはダストという存在が理解出来ていないからだ。現に外でも何人も居ただろう。俺達を白い目で見る連中は決して少なくなかった筈だ。あの反応こそが普通の反応だ。彼らだって何れは理解出来る様になる。俺達ダストという存在の意味がな。だからマックス、彼らに情は絶対に移すな。彼らは人間。そして俺達はダストなのだから。その隔たりは彼らの想像以上に大きい。…そうなった時、泣きを見るのは俺達なんだぞ」


 言われてマックスは黙り込み、だがしかしと寂しげに俯きながら言うのだった。


「…そんな事は俺だって分かってる。でもさ、ちょっとくらいなら仲良くしたって――」


 良いじゃないか。そうマックスは漏らして完全に俯いてしまった。そんなマックスの様子にトウヤも寂しげな表情を浮かべていき、自らもまた自身が発した言葉を刻み付ける様に表情を陰らせていく。自分達はダスト。そして彼らは人間。この隔たりは余りにも大きい。


 トウヤとマックスはずっと都市周回任務に当たっていた。下位のダストは基本的に都市を守るのが任務となる為、近づいてくるキメラやアゾロイドを退けるのが役目だからだ。


 確かに都市にも防衛機構は存在するが、基本的には使用しないのが原則だ。だから代わりにダストが都市周辺を周回して危険を退けるのだ。だから下位のダストは基本的に住居を持たない。ずっと外で寝泊まりするため必要ないのである。…だから二人にとってまともな場所で寝るのは数年振りの事であった。だから嬉しかった。泣くほどに嬉しかったのだ。


 しかしそれでもと、トウヤは自らに言い聞かせる。所詮彼らは人間。しかも人間の中でも優秀な部類に位置するハウンド・ドッグなのだから、都市の人間ですら一目置くほどの存在なのだから。自分達とは違う。彼らはそれを理解していない。理解出来ていないのだ。


 何れは他の者と同じ反応をするようになる。だからその時の為に心を許してはならない。そうトウヤは自らに言い聞かせる。そうしなければ自らの心を守れなかったからだ。


 彼らと慣れ親しんではならない。だからとトウヤが必死に言い聞かせている時であった。


「?」


 いま、視界に何か映った。正確に言えば視界の中に展開していたレーダーに何かの反応があったのだ。レーダーに重なる様に遺跡の地図が表示されており、そこにはスオウ達の現在位置も表示されている。そんな彼らとは別の位置に反応がある。しかも一つでは無い。


 トウヤ達の現在位置は地上五階。そしてスオウ達は地下二階だ。…反応が確認されたのは地上一階。そこで大量に何かが蠢いている。数は多すぎて特定出来ない。そこは半球状の形をした闘技場のある所で、山の中心が円筒の様に刳り貫かれて空と直接繋がっている所だ。


 そこで何かが蠢いている。…先ほどまでこんな反応は無かった筈なのに。


 するとトウヤはそこで別の反応に気付き、まさかと顔を上げてマックスに叫んでいた。


「っ、マックス!」


 だが彼女も気付いた様で、それに険しい表情をしながら返してきた。


「こっちも確認した! …ちっ、何処の馬鹿だよ! こんな遺跡に一人で入ってくる奴は。その馬鹿に反応して連中が動き出したんだろうよ。冗談にしても笑えねぇぞっ」


 二人は同時にペガサスへと飛び乗っており、しかしトウヤは反射的に彼女が持つ手綱を引っ張っていき、今にも飛び出しそうな彼女を制止しながら言うのだった。


「俺一人で行く。お前はこの事をスオウ達へと知らせろ。…確かここはスオウから集合地点として指定されていた筈。今すぐ知らせないとスオウ達にも危険が及ぶ。そうなれば元も子の無いっ! 侵入者を助ける為にスオウ達を危険に晒すなどダストとして論外だ! 現在俺達は彼らのダストだ。彼らが最優先である以上、彼らに危険を知らせねばならないっ」


「…っ、冗談だろ。お前一人でだと? だってお前、この先に居るのはっ!」


 ふざけるなとマックスは怒鳴り返すが、トウヤは視線を逸らさず見つめてくるばかりだ。同時に彼らは後悔していた。…やはり自分達は別行動を取るべきだったのだ、と。


 都市の外は通信網が発達していない。正確に言えば高級品と化しており、とてもではないがプレハブに住む者達には手が出ない代物だったのだ。辛うじてあるのは旧式の無線のみ。それもハウンド・ドッグが所有するジープに搭載されている物くらいで、他は各プレハブに一つか二つ備わっている程度であった。個人で所有する通信端末等は最早論外で、外の人間にとって重要なのは身を守る武器であり技術であり、今日を生きる食料だけだったのだ。


 都市の中と外では、それほどに優先順位が異なるのである。その為に各人で連絡を取る事は難しく、時間と集合場所を指定するのが関の山であった。それなのにと二人は後悔する。


 彼らの言葉に甘えて二人一緒に行動するのではなかった。彼らの「ずっと人間と一緒では息が詰まるだろう」という言葉に甘えてしまった。互いに連絡を取り合える自分達が別々に行動するべきだったのだ。まさかこのような事態が発生するとは思ってもみなかった。


 考えが甘かった。そう二人は後悔して、だが互いに意見を譲る気は無く拮抗するばかりだ。だがこのままではとトウヤは唇を噛み締めて、改めて口を開いて笑いながら言っていく。


「…マックス、俺達はダストだ。そして今回、このような事態を引き起こしたのは俺達だ。俺達が彼らの好意に甘えた事が原因なんだ。ダストという立場を忘れて彼らの好意に甘えたから事態を引き起こした。…俺達はダストとして、両方を救わなければならない。俺達は人間を守る為に存在する。両方を助けられる方法があるのなら、迷わずその方法を選ぶべきだと俺は思う。だからマックス、お前は彼らの元へと向かってくれ。…頼む、マックス」


 だがそれにマックスは顔を大きく歪めていき、冗談じゃないと頭を振りながら叫ぶ。


「こんな時に殊勝な言葉を吐いてんじゃねぇっ! だからお前一人で向かうのか。この先に何があるか分かってて向かうのか。そんなのは唯の自殺行為じゃねぇかよっ! なのにお前は行くのか。この遺跡がどれだけ広いと思ってんだよ。俺一人でスオウ達の所に行ってお前の元へ向かうまで、どれだけ時間が掛かると思ってんだよっ! それなのにお前はっ」


「分かっている。でも方法が無い。今すぐに対処する必要があるんだ。だからマックス」


「…っ」


 トウヤの考えは揺るがず、そしてマックスの意見は対立するばかりであった。しかし二人は刻一刻と迫る状況に痺れを切らし、止むを得ずマックスの方が顔を歪めて言った。


「俺の相棒はお前だけだ。お前は強い。だから信じる。…信じてるからな」


「信頼に応えられるよう努力するさ。…スオウ達の事を頼む」


 そうトウヤは言っていくと、マックスの手綱を解放していった。すると彼女は悲痛に顔を歪めながら手綱を引っ張っていき、ペガサスの頭の方向を変えて羽ばたいていった。


 ほぼ同時にトウヤもペガサスの翼を羽ばたかせており、外へと続く通路から大空に身を躍らせており、一気に山頂へと翔け上がっていって、遥か地上に見える円筒に刳り貫かれた先にある闘技場を睨み付けていく。そして急降下。…やがて見えてきた想像通りの光景に、トウヤはやはりと顔を大きく顰めた瞬間だった。案の定の光景である。


 夥しい数のアゾロイドが闘技場内で犇き、その中央に人影が蹲っているのが見える。状況からして、あの人影の体温に反応してアゾロイドが起動してしまったのだろう。


 そんな光景に歯切りしつつ、トウヤは手綱から手を離して左右に一本ずつ電光棒を構えていき、長く青白い光を発しながら両腕を広げていく。そして険しい顔で言うのだった。


「…機械生物、アゾロイドか。ゴールドとシルバーの実力など大した事ないな。この辺りは連中が三ヶ月前に清掃したばかりだろうに。これだから上の連中は金コネだと言うんだっ」


 十大都市が合同で行う清掃作戦とは別に、各都市でも定期的に清掃作戦は行われている。だがそれは合同作戦とは違って小規模なもので、主に中位から上位のダストが作戦に当たる様になっていた。その清掃作戦は確か三ヶ月前に行われた筈。それなのにここまで大量に膨れ上がっているとは。流石にこれでは職務怠慢としか言い様が無いではないか。


 そうトウヤは怒りに震えながら、電光棒の光を最大にまで伸ばしてペガサスが地上へと辿り着くと同時に一気に大地を引き裂いていた。ペガサスが地上擦れ擦れを行く。その動きに合わせてトウヤは地上に犇くアゾロイドを引き裂いていき、人影が居る中央を目指す。


 それはアゾロイドの中で最も低級な蜘蛛の形をした機械であった。知能は皆無に等しく、生物で言う所の本能に従って行動しているに過ぎない存在だ。…一匹が大体一メートル程。それらが黒い絨毯の様に折り重なり、胴体部分で赤い信号のような物を光らせながら突然現れたトウヤに向かって襲い掛かってくる。だがトウヤはそれらを全て薙ぎ払っていって、鬼の様な形相をして只管と目的地を目指す。そうして見えてきた人影。…そして、


「ひいぃぃっ! 助けてくれ~っ!」


「っ!」


 やはり人間だったか。そうトウヤは唇を噛み締めていき、悲鳴が聞こえた方向を目指してアゾロイドを薙ぎ払いながら只管と進む。とにかく人間を助けさえすれば――。


 やがて地面で縮こまっている男の姿を見つけて、トウヤは地上擦れ擦れを飛びながら腕を伸ばし、男へと「乗って下さいっ!」と叫んで体を引っ張り上げていく。そのまま一気に再上昇していき、だが男が人間であるという事を考慮して旋回しながら緩やかに上昇していく。そうして地上が見えなくなると、思わずトウヤは安堵の息を漏らしていた。


 …どうにか難を逃れたようだ。ここまで来れば安全だろう。もう危険は無い筈だ。


 あのタイプのアゾロイドに飛行能力は備わっていない。そして銃火器の類も搭載していなかった筈だから問題は無いだろう。そうトウヤは思っていたのだが――。


 後ろに乗せた初老の男が突然怒気を浮かべてきて、無駄に大きなリュックを風に揺らしながらトウヤの左腕を睨み、太陽の光を反射して銀色に輝く腕を見て言ってきたのだ。


「えらく上手い具合に助けが来たと思ったらダストかよ。…おい、お前。どうせここに来たのはあいつらの調査か何かだろうが。だったらさっさと片付けて来いよ。その為に来たんだろうがっ! お前らが掃除し損なったから俺はこんな目に遭ったんだぞ。責任を取れよ!」


「…え? いえ、ですが俺一人では――」


 不可能だと言い掛けて、だが男の余りの怒り様に口を噤んでいた。そして気付いていた。スオウ達が遺跡調査を命じられた原因はあれかも知れない、と。


 夜な夜な徘徊する黒い影。説明と一致している。…成程、やはりスオウが言っていたようにオバケの類ではなかったか。本当に現実的に恐ろしい物だった。まさかアゾロイドの群れの事だったとは。しかも都市が清掃し終えた筈の場所にこれほど居ては、近隣のプレハブが苦情を申し立てて来ても不思議は無い。完全に都市の失態である。しかも自分は――。


 まんまと嵌められた気分だった。この状況でダストが現れれば、人間なら誰しも同じ言葉を口にするだろう。こんな事ならきちんと装備を整えてくるべきだった。いいや、だが許可無く装備の増強は不可能だ。それに今の自分はスオウ達と契約している。とてもではないが許可が下りるとは思えない。それに理由が無い。しかし従来の電光棒だけであの数は。


 対処は不可能。そんな思考がトウヤの脳裏に過る。だがどのみち打てる手立ても無かった。成るべくしてなったのだ。でもダストである自分が人間である男に逆らう訳には――。


 何か手は無いか。そう必死にトウヤが考えていると、そこへ男が更に怒鳴り込んで来る。


「さっさと行けって俺は言ってんだよ! …お前、何か? 人間である俺の言う事に逆らおうってか。へぇ~、今時のダストは違うねぇ。常識の欠片も無い。だからダストになんてなるんだよ。人間としての一般常識と知識が備わってなかったからだ。お前はね、人間様にとっちゃ穀潰しと同じなんだぞ? そこんとこを分かってんのか。使い道の無いダストを俺様が使ってやろうって、そう言ってやってんだぞ? 分かったらさっさと行け、ゴミが!」


「……」


 余りにも酷い言い草にトウヤは言葉も無かった。しかし人間から見ればダストは穀潰し。経済を牽引しているのは人間なのだから、ダストはその名の通り唯のゴミ。彼らにとってはそれ以上でも以下でもないのだろう。でも、そんな事は分かっている。だから自分達ダストは基本的に都市の中には足を踏み入れないのだ。人間と不要な騒動を招くだけだからだ。


 分かっていた筈なのに。そうトウヤは絶望していき、小さく男へと「申し訳ありません」と謝罪していた。すると男は途端に機嫌を良くしていき、更に横暴な言葉を浴びせてくる。


「おぉ、分かったらさっさと行け。…でもな、俺は行かねぇぞ。何て言ったって俺は人間様だからな。人間様の俺が巻き込まれるだなんて変だろう? なぁ、そうだよなぁ?」


「…、はい。その通りだと思います」


 どれだけ詰られてもダストであるトウヤには何一つ言い返せず、男に見られないように顔を歪めるのが精一杯だった。そしてトウヤは諦める様に沈んだ顔を浮かべて男に言った。


「あなた様の命に従います。俺はこれからアゾロイドの清掃へと向かいますので、あなた様はこのペガサスに乗って避難して下さい。先ほど俺の仲間が、俺達が同行させて頂いているハウンド・ドッグの方々を呼びに向かいました。…ですから、すぐ傍まで来ている筈です。あなた様はそちらへと向かって下さい。きっと彼らがあなた様を保護してくれるでしょう」


 最早それ以外に選択肢は無かった。そしてトウヤは自らが跨っているペガサスの首へと手を伸ばしていき、優しく撫でながら「スオウ達の元へと向かってくれ」と告げていく。


 するとペガサスは一度だけトウヤを見つめてきて、その瞳はトウヤを心配しているように見えて、トウヤは「大丈夫だから」と無言で頭を振ってペガサスへと微笑んでいった。

「…っ」

 直後、トウヤは勢いよくペガサスの背中から飛び降りていた。既に地上から五百メートルはあるだろうか。だが、これくらいの高さなら問題は無い。体が故障する事は無い筈だ。


 トウヤは電光棒を両手に構えて地上へと一気に降下して行き、そしてダンッと音を立てて着地して、その際に巻き上がった砂塵を目眩まし代わりにして凄まじい速さで電光棒を振るい始める。何と言っても周囲は全て敵。これほど電光棒の振るい甲斐は無いだろう。


 咆哮を上げながら黒い絨毯を切り裂くトウヤの視界の端に、優雅に天を舞うペガサスの姿が見えたような気がした。そんなペガサスの姿を横目にトウヤは心中で叫ぶ。


 どうか頼む。この事をスオウ達へと知らせてくれ。一刻も早く逃げてくれ。今の俺達ではここを片付けるのは不可能だ。だから逃げろ。マックスを連れて逃げてくれっ!


 彼らハウンド・ドッグなら、きっと判断を誤る事は無い。彼らならきっと分かってくれる。それにマックスも居るのだ。メッセージなど送らずとも自分の真意は伝わる筈。


 そうトウヤは祈り、唇を噛み締めながら只管と電光棒を振るい続ける。自らの頬が大きく引き裂かれても、胴体をアゾロイドの足に貫かれても、決してトウヤは怯まなかった。


 まだ自分は諦めた訳では無い。…きっと可能性は残っている。生き残れる可能性がきっと。


 だって彼女が、マックスが信じていると言ってくれたのだから。彼女はあれでいて涙脆い所がある。不安を前にした時、途端に彼女は女性へと戻る。彼女は不安に弱いのだ。


 だからと、トウヤは心の中でそっと微笑む。きっと帰る。…帰りたいのだ、と。


 僅かでも生き残れる可能性に賭けて、トウヤは自らを信じて機械の群れへと戦いを挑み続ける。その黒い絨毯を青白い閃光で切り裂き、その閃光を希望へと変えて進み続ける。


 自分はダスト。この思考が止まるまで戦い続けよう。それこそが、自分達ダストの――。

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