第9話 我らはゴミ。それなのにーー


 …あぁ、何故世界はこれほどにも――。自分達が何をしたというのだ。ダストだから? だからこのような事になったと、だからこのような状況に身を置かれているのだと。人間は誰しも口を揃えて同じ事を言う。ならばあなた方人間はどうなのか。あなた方の眼に世界はどのように映っているのか。世界の一片でも映っているのか。その眼にはどれほどの真実が見えているのか。きっと何一つ映ってなどいやしない。だからこそ、このような――。


 ダストだから。全ての事象はその言葉一つに集約されており、同時に現実からの逃げ口上代わりとして使われているのが真実であった。だが人間はそれに気付こうともせず、ダストだからと臭いものに蓋をするかのように口を揃えて言う。でもならばと、ダスト達は思う。


 人間を守るつもりなど疾うに無い。ならば何故自分達は戦っているのか。ここまで我が身を犠牲にして、多くのものを犠牲にしてまで。何故ここまでして戦っているのか、と。


 死にたくないから。そのような思考はダストとして生きている内に薄れ、次第に無くなるものだ。何れは死ぬ。いいや、壊れるのだ。今更壊れる事など怖くない。でも思うのだ。


 共に在る仲間が…同じ立場の者達が居るからこそ戦えるのだ。その想いを無駄にしない為に戦うのだ。少なくともマックスはそう信じている。マックスが戦って来られたのは偏にトウヤが居たからだ。共に行動する相棒が居たからだ。そのお陰で今日がある。


 それなのにと、マックスは揺らいだ視界を乱暴に手の甲で拭っていき、更に手綱を撓らせながら只管と遺跡内を翔け続けた。先ほどまで感じていた清涼さは消えて、あるのは目の前に晒された差し迫った状況ばかり。最早気温を感じている暇など無く、とにかくスオウ達に知らせなければと、ただそればかりだった。…少しでも早くトウヤの元へ向かわなければ。


 自分がダストだという事を失念していた。スオウ達の言葉に甘えさえしなければ。


 そんな今更な後悔が胸を突く。後悔と不安に負けて再び涙が込み上げて来て、マックスはその度に手の甲で拭って只管とレーダーが示す地点を目指して翔け続けた。…そして、


「…っ!」


 ぱっとマックスの表情が一瞬だけ明るくなる。彼らは既にペガサスの羽音を聞き付けており、険しい顔をしてマックスの方を見上げて佇んでいた。そこへマックスが高度を下げてペガサスを降ろしていくと、素早く彼らが走り寄って来てマックスを見上げてくる。


 だがシスが逸早くそれに気付き、「マックス、トウヤはどうしたっ!」と危機迫った声で訊ねてくる。それにマックスは応えられず、零れそうになる涙を堪えて唇を噛み締めるしかなかった。その様子を見て、三人は更に険しい表情を浮かべていく。


 そして代表する様にスオウが静かに頷いていき、そんなマックスへと言うのだった。


「何かあったんだね。…それもトウヤの身に。マックス、トウヤは何処だい?」


「……」


 だがマックスは、その問いに答えられなかった。彼らに話せば助けてくれるかも知れない。そんな甘い考えが過る。だがそれはダストとして有るまじき行為だ。何よりもトウヤ自身が望んでいなかった。彼はスオウ達を逃がす事を望んでいた。だからとマックスは言葉を呑み込んでいき、自らの甘い思考を必死に振り払いながら彼らへと言うしかなかった。


「今すぐここから退避してくれ。地上一階にある闘技場内に大量のアゾロイドを探知した。同時に闘技場内に侵入者…人間の反応を確認。トウヤはその人間の救出に向かった。現時点の俺達の装備では対処不可能と判断。早急な退避を推奨する。…だから頼む。逃げてくれ」


「「「……」」」


 彼らはそれに怪訝な顔をして互いに顔を見合わせていき、マックスらしからぬ言い回しに差し迫った状況なのだと察していった。だが彼らは苦い顔をしたまま動かず、マックスはそれに焦りを覚えて、確実に過ぎていく時間に待ち切れず思わず声を荒げていた。


「だから逃げてくれって、俺はそう言ってんだよ! …ここは危険だ。今の俺達には装備も人員も不足してる。あいつらを相手にするのは不可能なんだよっ! だから逃げろ。早く!」


「「「……」」」


 しかし、やはり彼らは動かない。代わりにスオウが凛とした面持ちで言うのだった。


「すぐに向かおう。マックス、闘技場まで案内してくれるか」


「っ!」


 余りにも突然な言葉に、マックスは驚きの余り眼を見開いていた。しかしシスとジュナは当然の様な顔をして頷いており、それぞれ嬉しそうに微笑んでマックスを見つめてくる。


 そんな彼らの温かな眼差しに耐え切れず、思わずマックスは涙しながら漏らすのだった。


「どうしてだよ。…どうして助けてくれるんだよ。俺達はダストだぜ? 助ける価値なんてない存在だ。トウヤが壊れてもお前達は何も困らないんだぞ? 新しいダストが派遣されるだけだ。ただそれだけの話なのにさ。それなのにどうして…どうして――」


 途中から声に為らず、マックスは涙を零して泣き始めてしまった。そんなマックスに彼らは弱り顔で微笑んでいき、そしてシスが乱暴にマックスの頭を撫でながら告げていく。


「当然だろ? むしろどうして俺達だけで逃げるなんて発想になるんだ。皆で行けば逃走経路くらい確保出来るだろ。俺達はハウンド・ドッグだ。荒事を熟す為に居るんだぜ?」


 お前らと一緒だと暗に言われて、マックスはきょとんとした顔でシスを見下ろしていた。するとそこへジュナが穏やかに微笑んで来て、そんなマックスへと言ってくる。


「あなた達ダストは人間を助ける為に存在する。…確かにそうかも知れない。でもね、私達ハウンド・ドッグだって大して変わらないわ。その私達がどうして逃げなければならないの。あなた達にダストとしての立場があるように、私達にはハウンド・ドッグであるという誇りがある。…その誇りに掛けて、むざむざ仲間を死なせたりはしないわ。必ず助けてみせる」


「…何だよ、それ。どうしてお前らは…そこまで俺達に――」


 それ以上は言葉にならなかった。彼らの優しさが嬉しかった。これほど嬉しいと感じた日は無いだろう。遂に嗚咽を漏らし始めたマックスの様子に、彼らは困った様に微笑んでいく。そしてジュナがそんな彼女を抱き締めていき、マックスはその腕に甘えて泣き続けた。


 だが直後、シスの「待てっ!」という鋭い声によってそれは遮られる。誰もがすぐに意識を切り替えていき、それぞれの武器へと手を伸ばして体勢を整えていく。しかしそれが羽音だと気付き、一瞬だけ皆の間に嬉々とした気配が流れる。だがスオウが何か変だと真っ先に察していき、「いいや、違うっ!」と皆に改めて警戒を促していった。


 やがて降りて来た一頭のペガサスへとスオウ達が駆け寄って行くと、やはり思った通りそこに乗っていたのはトウヤではなかった。代わりに乗っていたのは探検家らしき格好をした男で、黒皮のジャケットを着たスオウ達を見ると、男は忽ち安堵して言ってくる。


「おお、良かった。…あのダスト、嘘を言っていた訳では無かったようだな。ゴミの言う事だから心配していたが、いやはや、このキメラが利口で良かった。助かったよ」


「「「……」」」


 余りにも酷い言い様に、三人の表情に怒気が浮かぶ。だがマックスは唇を噛み締めて俯くしかなく、ダストに対して暴言を吐く男の言葉を黙って聞いているしかなかった。


 しかし彼らはそうはいかず、だがスオウはどうにか怒りを抑えて男へと訊ねていった。


「あなたが何処のどなたで、どのような用事でこのような場所に居たのかは不問にします。現在は有事です。…そのペガサスに乗っていた少年はどうしました。そのペガサスには僕達の仲間が乗っていた筈です。その彼はどうしたのですか。それは彼のペガサスの筈です」


 スオウが静かに訊ねていくと、男が途端に呆れ顔をしてきてスオウの問いに答えてくる。


「仲間? それに少年? …あんたそれ、もしかしてあのダストの事か? ダストなのに少年? ダストにガキも大人も無いだろ。それにダストってのは子供の姿をしてるもんだ。あいつらはガキの姿をして人間を惑わすゴミなんだぞ。それを仲間って…あんた、頭がどうかしてるんじゃないか? さてはあいつらの見た目に惑わされたか。仕方の無い人だ。俺はただゴミにゴミ処理を命じただけだよ。何せあいつらの不始末だからな。まぁ俺も悪魔じゃないからな。あんたらの後ろに隠れてるメスのゴミには命じないでやるさ。優しいだろ?」


「…っ、てめぇっ」


 思わずシスが拳を振り翳して声を上げる。だがそれをジュナが視線だけで制していって、険しい表情をしたスオウが一歩前に踏み出していき、それを男へと言うのだった。


「何か勘違いされているようですね。あなたの下らない基準など僕らには何の関係も無いのですよ。つまりそれは僕らにとってあなたと彼、そのどちらの優先順位が高いかの違いもまた示しているのです。そして僕らはハウンド・ドッグだ。実力主義者の集まりなのです。分かりますか? 少年一人に何もかも押し付けて逃げるしか能が無い輩に興味は無いと、僕はそう言っているのですよ。確かに彼にはあなたを保護する義務があった。…それは彼がダストだからです。でも僕らは違う。あなたを保護する謂れなど無い。さぁ、降りて下さい。それは彼のペガサスだ。つまりそれは僕らのペガサスでもあるのですよ。降りて下さい」


「…っ」


 静かに威圧されて、男は何も言えなくなってしまった。気付けばジュナからも凍て付いた視線が発せられており、シスに至っては背中の長刀に手を掛けている始末だ。


 マックスはその光景を、一人困惑顔をしてペガサスに跨ったまま見つめていた。罵られているのは確かに自分とトウヤなのに、何故か彼らはそれに怒り、こうして態度に示してくれている。それは何故なのか。彼らにはダストに味方する理由など無い筈だ。それなのに、


 そう疑問に思っている間にスオウが早々に痺れを切らしてしまい、無言で男へと近づいていって腰のベルトを掴んで、力任せに無理やりペガサスから引き摺り下ろしてしまった。その時に男は強かに腰を打ち付けてしまい、痛みに顔を顰めながら怒鳴り付けてくる。


「こっちが下手に出てりゃ好い気に為りやがってっ!」


 それにスオウは冷淡な視線を向けていき、眉一つ動かさず男へと言っていく。


「いつ、誰が下手に出たですって? よくもまぁ嘘が言えるものですね。…ここで切り刻まれたくなければ早々に行く事だ。僕らは彼の様には行かないぞ。ハウンド・ドッグが唯の犬じゃない事くらい知っているだろう? どうやらあなたは都市の人間の様だ。都市の臭いがプンプンする。それなら教えてやろう。僕達ハウンド・ドッグは都市の人間だけは決して守らない。…何故ならば、あなた方には既に守ってくれる者達が居るからだ。そのダストを足蹴にして我が身可愛さに逃げ、挙句の果てに僕らに助けを乞う始末。…救いの無い人だ。僕らはね、都市の連中が大嫌いなんですよ。自分の身すら自分で守らずのうのうと生きて、彼らダストにだけ全てを押し付けてる都市の連中が大嫌いだっ! すぐに去れ! 僕らの気が変わらないうちに行け! ここであなたを斬り捨ててもいいんだぞっ!」


「…ヒッ、ヒィィィ~ッ!」


 堪らず男は悲鳴を上げており、泡を食って転がる様にして逃げていく。マックスはそれを驚きの眼で見つめており、視線をそのままスオウ達へと向けていく。そして漏らしていた。


「…どうして」


 するとジュナが微笑んできて、当然だと言わんばかりに答えてくる。


「兄さんが言った通りよ。…私達ハウンド・ドッグはプレハブの人間。都市の連中とは何もかも違うわ。ハウンド・ドッグはね、誰も彼も助ける訳じゃないの。時には他のプレハブを襲って皆殺しにする時もある。食う為には非情にならなければならない時もあるわ。…でも都市の連中は違う。私達はそれが憎いのよ。一番汚い所はあなた達に押し付けて、自分達は世界の現状を何一つ知らず生きている。それが私達は憎い。汚い事に手を染めず生きている都市の連中が憎い! そして現在、トウヤはその都市の犠牲になっているのよ。あんな男を守る為にトウヤが犠牲になっているのよ? どうしてあんな男を守る為にトウヤがっ」


「…ジュナ」


 凄まじいジュナの怒りに、マックスは何も言えなくなってしまった。ジュナはマックスの視線を受けて我に返り、感情的になった自分を叱責する様に「…ごめんなさい」とだけ謝罪して顔を逸らしてしまった。スオウはそんな妹の頭を撫でていき、そして皆に言っていく。


「お喋りはここまでだ。…トウヤが心配だ。すぐに向かおう。マックス、案内してくれ」


 それにマックスは一粒の涙を零していき、小さく頭を下げてスオウへと言うのだった。


「こんな言い方をすると怒ると思うけど…俺達はゴミだ。こんなゴミの為にありがとうな。お前達の優しさがどれだけ俺達の心を癒し、救ってくれたか。お前達の様な奴らが世界中に溢れていたら、きっと俺達みたいな存在は必要ないのに。…俺もトウヤもダストになんて」


「…って。マックス、自分達の事をそんな風に――」


 言うものではない。そうシスが漏らすが、マックスはそれに寂しげに微笑んだだけだった。そしてマックスはペガサスの翼をはためかせていき、三人はそれに付き従う様に走り出す。


 マックスはそんな三人を先導しながら、プラントで聞いた彼らハウンド・ドッグに纏わる一つの話を思い出していた。彼らハウンド・ドッグはプレハブ同士で縄張り争いが生じた時、両方が潰れる事を防ぐ為にどちらかの住民を皆殺しにすると聞いた事がある。この外では食料は殆ど手に入らない。その為、大半の食料は食べられるキメラを狩る事によって賄われている。だから住民が多くなり過ぎると縄張り争いが起きる。だから片方を潰すのだ。


 都市では考えられない世界だった。両方が潰れる事を防ぐ為に片方を潰す。余りにも住む世界が懸け離れ過ぎていて、都市で育ったマックスにはとても想像出来ない世界だった。


 それでも今は、彼らがトウヤを助けようとしてくれる事が嬉しい。彼らが自分達ダストの事で怒り、こうして行動してくれる事が嬉しい。それだけでマックスは十分だった。


 やがて彼らは地下二階から地下一階、そして地上一階へと辿り着く。…外から差し込んでいる温かな陽光が今は不気味に思える。どうかお願いだ。間に合ってくれ。


 誰もがそう願い、必死に闘技場を目指して薄暗い石の通路を進み続ける。ペガサスの羽音だけが異様に響く。三人が走る音が壁に反射して甲高く響き、聞く者を不安にさせていく。


 そうして見えてきた一条の光。それは闘技場へと続く出入口であった。そこはアーチ状に開かれた門で、そこから彼らは一気に闘技場内へと飛び出して行く。…飛び出そうとした。


 直前でマックスがそれに気付いて、皆に向かって「止まれっ!」と叫んで制止していく。すると三人は即座に反応して砂煙を上げて立ち止まり、武器に手を伸ばして構えていく。


「「「……」」」


 警戒する様に門の先を睨む三人。だがその中で突然トウヤのペガサスが飛び出していき、光を目指して外へと飛び出していく。マックスは咄嗟に「待てよっ!」と叫んでそれを追おうとしたが、すぐに戻ってきたペガサスの姿を見て訝しげに顔を歪めていた。


「…?」


 逆光でペガサスの姿がよく見えない。…でも間違いない。間違いないっ!


「…っ!」


 マックスは思わず手綱を弾いて飛び出していた。すると相手もこちらに気が付いたのか、そんなマックスのペガサスに向けて真っ直ぐに近づいて来る。…そして、


「トウヤッ!」


「すまん。全部は始末し切れなかった。一刻も早くここから離れよう」


 トウヤは嬉々として近づいて来たマックスにそう言い、その後ろで佇んでいるスオウ達の姿に気付いて、トウヤは自らの傷付いた体を隠しもせず改めて彼らへと言っていった。


「すぐに退避してくれ。まだ五百近くのアゾロイドが残っている。ここは危険だ」


「……」


 それにスオウは短く沈黙していき、そして悲痛な顔をして言うのだった。


「トウヤ、何故君がそこまでして――。あんな男の命令なんかをっ」


 何故か苦しげな声でスオウから言われて、トウヤは不思議そうな顔をして返していく。


「俺はダストだ。…どのような相手であれ、人間であれば守るのが務め。それだけの話だ。だが、俺が留まる事によってお前達が危険に足を踏み入れるのであれば撤退する。現在俺が優先して守るべきなのはお前達だ。…俺を助けてくれるつもりで来てくれたのだろう? ありがとう。お前達に雇われて良かった。俺の様なダストを助ける為にこんな所まで――」


 仄かに笑いながら言われて、スオウを含めた他の二人は悲痛に顔を歪めていた。そんな中でシスが思わず「馬鹿野郎がっ」と漏らしていき、そんな彼らの様にトウヤは苦笑していく。


 ダストである二人には、何故彼らがこれほどに動揺しているのか理解出来ていなかった。トウヤは満身創痍だった。明らかに致命傷を負っていたのだ。それも数ヶ所に亘って負っており、ハウンド・ドッグとして生きてきた三人には手遅れとしか思えなかったのだ。


 しかし今はこの場を離れなければ。そう彼らは思考を切り替えていって、念の為に武器を抜いた状態で闘技場に背中を向けて一気に走り始める。とにかく今は逃げなければ。


 そんな三人に付き従いながら、ペガサスに跨ったトウヤは自らの意識が霞み始めているのに気が付いていた。…どうやら左の米噛みに負った損傷が原因らしい。


 しかし今はと、トウヤはシステム異常を知らせるエラー音が内部から鳴り響くのを無視して手綱を操り続ける。せめて彼らが安全な場所へと辿り着くまでは意識を保たなくては。


 …その隣では、マックスが何度もトウヤに向かって呼び掛けていた。それに一向に返事をしないトウヤの様子に、三人もまたやはりと唇を噛み締めていく。だが今は逃げなくては。


 呼び掛けても返事をしないトウヤの様子を見て、マックスは思う。…ああ、何故これほどにも世界には希望が存在しないのか。折角スオウ達の様な人間に出会えたというのに。


 何故彼は返事をしないのか。つまりそれは致命的な部分に損傷を負った事に他ならない。彼は無事ではなかったのだ。致命的な部分に損傷を負っていた。…どうしてこんな、


 世界はこれほどにも可能性に閉ざされている。ようやく掴み掛けたと思った人の温もり。それがまるで掌から砂が流れ落ちるかのように遠ざかって行く。所詮はダストなのだ。


 …ダストなのだと、そうマックスは涙を滲ませながら一人絶望の淵に沈んでいく。それをトウヤが慰める事は無く、やがて傾き始めた彼の体にマックスは遂に泣き崩れてしまう。


 後ろから聞こえ始めた彼女の嗚咽に、彼らは状況を察して顔を大きく歪めていた。…何故彼が犠牲になる必要があったのか。あのような男を守る為に、何故彼が――。


 やがてシスが獣の様な咆哮を上げ始める。その咆哮は嘆きを乗せ、やがては薄暗い闇の中へと消えて行く。余りにも虚しい、余りにも不条理すぎる世界の摂理。これほどにも世界は冷たく可能性は閉ざされている。どうして世界はこれほどにも非情で温もりが無いのか。


 その答えを持つ者は無く、彼らは只管と光ある外の世界を目指して走り続ける。無反応となったトウヤを連れて、彼らは危険から逃れる為に外を目指してただ走るしかない。


 でも、この先に通じている道に希望など無い。…何処にも在りはしないのだから――。

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