第7話 所詮人間は人間


 声なき愁嘆が耳に届く事は無く、誰もが己に与えられた狭い世界の中でのみ生き続ける。それはダストであれ、キメラであれ、そしてアゾロイドであれ同じであった。


 現在、トウヤとマックスは再び第一〇九プレハブの上空を飛んでいた。一度はスオウ達と共に第一一〇プレハブへと向かったのだが、その後で再度見て来るよう命ぜられたのだ。


 あれから三日が過ぎた。当日中に第一一〇まで辿り着きはしたのだが、既に陽が暮れていたので報告や確認は明日へと持ち越しという事になり、そして昨日は各方面へと挨拶回りを兼ねた第一〇九の現状報告。だが想像していた通り、スオウ達以外の人間はダストの事を快く思ってはいないようで、何かにつけて煙たい眼差しを向けられてしまった。


 その所為で一体何度シスが怒りを爆発させ掛けて、その度にジュナが猛犬を鎮める様に宥めた事か。プレハブの人間と話しているスオウですら、会話の途中で何度顔を顰めて怒りを露わにした事か。…ダストである二人からすれば、別に良いのにと云った気分だったが。


 そうして二人は炎上した第一〇九プレハブの跡を見て来るよう命ぜられて、早朝に飛び立って現在に至るのだ。因みに命じて来たのはスオウではない。プレハブの人間である。


 早朝プレハブを飛び立つ際、朝稽古をしていたシスに見つかって怒鳴られたのは言うまでもない。彼からすれば命令という時点で腹が立つらしい。外の人間も中々に難しいものだ。


 まぁそういった経緯で、二人は肌寒さの残る朝に第一〇九プレハブの上空を飛んでいる訳なのである。だが想像していた通り、そこには何も無かった。残されているのは黒く変色した鉄壁、そして燃え残った住宅の残骸。見えるのはそれだけだ。人の姿は無い。


 幸いにもキメラの姿も無く、またキメラの餌になりそうな物も残されていなかった。二人は万一の可能性を考えて機械等の残骸も無いか確認したが、どうやら心配は無さそうだ。


 もし機械等の残骸を放置しておけば、機械生物アゾロイドが新たなアゾロイドを造る為に材料として持って行ってしまう。そうなれば新たなアゾロイドが増える。だから一片たりとも放置してはならないのだ。必ず回収しなければならない。それが義務だからだ。


 プレハブの中に降り立って一通り内部を確認した後、二人はペガサスに乗って大空へと戻っていき、そして上空からプレハブを見下ろしながらマックスはトウヤへと言っていく。


「そろそろ戻ろうぜ。運よく綺麗に燃えちまってるみたいだしよ、これなら問題ないだろ」


「逃げ遅れた住民も居ないようだしな。確かにどやされる心配は無いな。行くとするか」


 そう言って二人は第一〇九を後にして、第一一〇へと戻るべく移動し始める。だがその時にマックスがふと何かを思い出す様に、トウヤにペガサスを寄せながら問い掛けてきた。


「そういえばさ、そろそろじゃなかったっけ? 今年の選別ってあったのか?」


 内容をはっきりと口にしないマックスの問いに、トウヤはやや眉間を寄せた後に「ああ」と彼女の問いを理解して、静かに頭を振りながら答えていく。


「いや、まだの筈だ。…そうか。今年は俺達も引っ掛かるんだな。面倒な事だ」


 嫌そうにトウヤが漏らすと、それにマックスは溜息を付きながら言っていく。


「そうなんだよ。だからちょっと気になってさ。俺達シルバーに昇級させられちまったからさぁ。あれって下位のブロンズなら関係ないけど、逆に言えばその上は全員対象者だろ? 俺達もシルバーだからさ、気を付けといた方が良いかなと思って。…だろ?」


「…、確かにな」


 それは十大都市が定期的に行う一斉清掃作戦の事であった。毎年何処かの都市の周辺でアゾロイドを大量に集めて、それをダストが一斉に清掃してしまおうという行事である。


 今年開催都市に指名されているのは、確か西欧のエディーナ・ジール・シティだった筈だ。各都市から選ばれたダストが集結し、集められたアゾロイドを片っ端から壊すのである。


 毎年清掃作戦が行われているからこそ、地上にはアゾロイドが溢れずに済んでいるのだ。だがその所為でアゾロイドを破壊するのはダストの義務という印象が根強くなっており、ダストは時折その対応に苦慮させられる事もある。…アゾロイドは強い。だから簡単に壊せと言われても「はい、そうですか」という訳にはいかないのだ。きちんと装備を整える必要がある。どれだけダストが頑丈でも、どれだけ強かろうとも限界はあるのだから。


 そんな事を考えていると、マックスが嫌そうに顔を顰めてきて苦い声を漏らしてくる。


「もしかしてさ、その為に俺達昇級させられたんじゃないの? …坊ちゃん嬢ちゃん達を守る為にさ、端から順にブロンズを昇級させてるんじゃね? 俺達以外にも居るかもよ?」


 言われてトウヤは納得だと嘆息を漏らしていき、不快そうな顔をして頷いて言った。


「…有り得る話だな。否定できない所が悲しいな。そうだとすれば選ばれる可能性は大だ」


「そう思う。あ~…、嫌だ嫌だ。俺達ってもしかして人身御供? 冗談じゃねぇっての」


 マックスはそう漏らしながら、自分の発言に自らが顔を引き攣らせた瞬間だった。しかしトウヤもまた同じ見解であり、可能性は決して低くないかも知れないと苦い顔を浮かべていた。むしろ高いと見るべきだ。それ以外に自分達が昇級させられた理由が見つからない。


 そういえばと、二人は去年の事を思い出して呆れ顔を浮かべていた。あれは確か食堂での事だ。二人で定期検査を受けて食事をしている最中に、突然食堂の一角が騒がしくなって、その中心にいた時代錯誤な鎧か甲冑かと問い質したくなるような格好をした連中が、一人のダストを囲って「定期清掃に選ばれたのか」と、そんな話をしていたのだ。


 選ばれたらしきダストは半泣き状態で、しかもお別れだとか何だとか御涙頂戴と言わんばかりに話をした後、悲劇のヒーローを気取りながら旅立って行ったのである。


 あの時は食堂に居た下位のダストは皆、腹を抱えて大笑いしたものだ。確かに生存率だけで言えば決して高いとは言えない作戦だ。だがそれでも、実力さえ備わっていればちゃんと戻って来られるのだ。現に戻って来たというシルバーを何人も知っている。そして残念な事に外のプラントは主に下位のダストが使用する。…その為、その時の爆笑も一入であった。


 まともに現場にも出ず楽をしているからそんな目に遭うのだ。普通に仕事をしていれば何の問題も無かったのだ。ただそれだけの話ではないかと。当時は心底そう思ったものだ。それに相手は間違いなく裕福層の御曹司だった。あれほど豪勢なバトル・スーツを着ているのだ。それに背中の武器も最新式の物だった。正直あれでは同情など微塵も出ない。当然だ。


 それに選ばれるという事自体がとても名誉な事の為、こればかりは誰にも助けられないのである。たとえ御曹司であろうと御令嬢であろうと、こればかりは避けられないのだ。


 だが、自分が選ばれるとなると話は違ってくる。正直嫌だ。なるべくなら行きたくない。


 二人はそんな事を思いつつ、大空を舞って第一一〇プレハブを目指して飛び続ける。だが戻った二人には新たな試練が用意されていた。…何とそこでは歓迎会が催されていたのだ。


 第一〇九プレハブの住民を無事避難し終えた事、そして人口減少に喘いでいた第一一〇プレハブの住民とで意見が合致し、そのまま第一〇九の歓迎会を開く事になったらしい。


 だが何故か、ダストである二人には出席義務が課せられていたのである。…ダストである二人は確かに煙たがられていたが、あくまでもそれは一握りの人間のみ。他の者は是非にとスオウ達に言ってきたらしいのだ。そしてスオウ達は快く承諾した。まぁそうであろう。


 彼らなら喜んで承諾するだろう。二人がプレハブの人間に受け入れられるのなら、喜んで彼らは首を縦に振る筈だ。そんな気がする。…まだ数日ではあるが、彼らの性格は何となく掴めてきた。彼らは性根から善良な人間なのだ。そして汚い世界で生き抜いていけるだけの強さも兼ね備えている。彼らは真の意味で強い人間だ。心身ともに鍛え上げているのだ。


 そりゃ彼らは良かろうがと、二人は歓迎会が開かれている会場の片隅で顔を顰めていた。物凄く居心地が悪い。すぐに出て行きたい気分である。出来れば外の見張りとか――。


 させて頂ければ嬉しいな~、…とか。かなり本気で二人は思っていた。これこそ針の筵。四方八方から飛んで来る視線がまぁ痛い事。もう数十本は突き刺さっているであろう。


 プレハブの中央市場に大型テントが張り巡らされ、その中に細やかな手料理と飲み物が用意されて、双方の住民達は言葉を交わし合いながら歓迎会を楽しんでいた。


 だが住民の大半が何かしらの武器を装備しており、それは年端もいかない少年少女から中高年、高齢者と誰もが等しく腰や背中に武器を下げている。何とも異様な光景であった。


 その中でハウンド・ドッグだけが制服である黒皮のジャケットを着ており、他の者達は皆それぞれ異なる服を身に纏っている。やはりハウンド・ドッグだけは別格らしい。


 会場内で際立つハウンド・ドッグの三人には終始誰かが傍に居て、手を揉みながら彼らの機嫌を伺っているのが見える。…何とも言い難い光景である。こういった類の人間は都市の外でも居るという事か。でもここまで全員が武装しているのは驚きの光景だ。


 やはり都市とは違うのだと、改めて感じさせられる光景である。住民の誰もが鍛え上げられた肉体をしており、都市の様に肥満で悩む人間は居なさそうだ。運動不足も然りである。


 それに歓迎会は日中に行われている為、温厚なキメラしか活動していない日中では二人が同時に抜ける事は出来ない。獰猛なキメラは大抵が夜行性であり、日中に活動しているのは草食、もしくは温厚なキメラのみ。その為に人間の住処等が襲われる確率は比較的低く、見張りも最小限で済むのである。…何と迷惑な、あ、いやいや。別に迷惑では――。


 二人はそう脳内で不平を垂れつつ、どうにか表情には出さないよう努めていた。それでも全身から不満が滲み出ていたようで、そこへ取り巻きを巻いて来たらしいシスが現れる。


「お前らさ、そんなとこに突っ立って何してんだよ。…まぁ気持ちは分からんでもないけど、愛想笑いの一つくらいしろって。そうしたら場の空気も和むだろ。さぁ二人とも、笑え!」


「「……」」


 突然現れて何を言い出すのだ、こいつは。そう二人は呆れながらシスに視線を向けていく。シスもそんな二人の寒々しい視線に気付いた様で、わざとらしく咳払いしながら続けた。


「…ま、まぁそれは良いとしてだ。真面目な話、少しは料理とかに手を出せよな。お前ら、いつから食ってない? てっきり俺達は食わなくても大丈夫なのかと思ってたけど、ついさっき違うって聞かされたぞ。昔都市に居た事がある奴から「ダストも普通に食べる」って言われたんだからな。…どうして黙ってたんだ。そういう大切な事はちゃんと教えてくれないと駄目じゃないか。だから食え。愛想笑いで場を和ませなくてもいいから食え、良いな」


「いや、俺達ダストに食事など――」


 勿体無いとトウヤは言い掛けるが、言い終わる前にシスから睨まれてしまった。だが彼は途中で誰かに呼び掛けられて、やや面倒臭そうな顔をした後に「いいな、ちゃんと食えよ」と言い残して去って行く。…残された二人としては、一体どうしたものかと困惑顔だ。


 それを象徴するかの様にマックスが「おい、どうするよ」と訊ねてきて、それにトウヤは頭を振りながら「無理に決まっているだろう」と返すしかない。すると彼女も「だよなぁ」と複雑そうな顔をしてきて、二人は互いに顔を見合わせて溜息を付くしかなかった。


 現に先ほどから殺気染みた視線まで向けられている始末だ。視線の先に居るのは若い男の集団。一瞬そう思ったが、彼らの落ち着いた物腰を見て違うかも知れないと思い直す。


 …ここは都市の外だ。だから大抵の人間が不老の処置を施されていない。つまり殆どの者が年齢に沿って外見が変化して行くのである。でも彼らの様子からするに――。


「おい」


 そう思っていると、集団の一人が二人に話し掛けて来た。明らかに不穏な空気を感じた為、咄嗟にトウヤがマックスを背に庇い「何か?」と問い返していく。すると男達が二人の周りを囲ってきて、下卑た笑みを浮かべて挑発する様に言ってきた。


「ダストの癖に女連れか? 良い身分だねぇ。しかも彼女、結構可愛いじゃん。その彼女、俺達に寄越せよ。どうせお前は年老いた爺さんなんだろ? ダストは見た目が変化しないからなぁ。…お前さ、喋り方が爺臭いしよ。絶対にそうだ。だからさぁ、彼女ちょうだい? それにダストの癖に歓迎会に出てんじゃねぇよ。お前らに呉れてやる食い物がある訳ないだろうがよ。ダストなんだからゴミでも食ってろ。このゴミが」


「……」


 どうやら最低な部類の人間だったらしい。…食事の事は別に良いとしても、まさか女性であるマックスに目を付けるとは。初めて出会った外の人間がスオウ達だったから油断した。やはり何処にもこういった輩は存在するらしい。どうしようもない連中である。


 だが相手は腐っても人間。ダストである自分達が抵抗できる筈も無い。相手が危害を加えて来たのなら話は別だが、単純に連れて行かれただけ等では抵抗出来ないのだ。


 それでもとトウヤは後ろへと目を向けていき、怒りに震えている彼女に左腕を伸ばして自らの方へと抱き寄せていく。そして彼女を懐に抱き締めて男達へと言っていった。


「食事の件に関しては尤もだと思います。…ですが彼女を渡す事は出来ません。彼女は俺の相棒です。あなた方に渡す事など出来る筈も無い。それに俺達ダストにも最低限の自己防衛は認められています。彼女に危害を加えるつもりであれば俺にも考えがあります。何よりもここは都市の外。そしてあなた方の服装から察するに、あなた方は都市から出て来たのではないのですか? こういった物言いはどうかとは思いますが、都市の法律が通用するのは都市の中でのみ。しかも都市を出たあなた方は枠外とお考え下さい。…あなた方の通報では指令型も動けないでしょうから。それを理解して尚、ここで騒動を起こしますか?」


 すると男達は一斉に冷えた表情を浮かべていき、リーダーらしき男が漏らしてきた。


「ほぅ? …てめぇ、好い性格してんな。人間様にそんな口を利くとはなぁ」


 男は静かな口調でそう言っていき、男達は各々の武器へ手を伸ばし始める。だがトウヤは動こうとはせず、マックスを抱き締めたまま微動だにしない。マックスはそんなトウヤから抱き締められて困惑するばかりで、そして相手が人間というのもあって対応出来ずにいる。


 だがその時、一発の銃声が鳴り響く。そしてハスキーな声が静かに喋り始めるのだった。


「…下らない酒の余興は終わったかしら? 私達が黙っているからって好い気に為って。誰のお陰であなた方は生きていられるの? あなた方をプレハブに受け入れたのは誰? 都市の人間であるあなた達を特別に受け入れてやったというのに恩を忘れて、私達の大切な仲間に対して一体何様のつもりかしら。その恩義すら忘れたというのならその命、私達に返してちょうだい。この外ではね、人一人養うのは並大抵の事じゃないの。だから邪魔よ。今すぐ命を返しなさい。何なら私が首を掻っ切って上げましょうか。その方が宜しい?」


「…ヒッ。ジュ…ジュナ!」


 凍て付いた声は何とジュナだった。そして頭上へと掲げていた拳銃を男達に向けていき、わざと引き金を絞る様な仕草をする。すると男達は腰を抜かせていって、泡を食ったように一斉にテントの外へと逃げていってしまった。するとジュナは小さく微笑んでいき、右手に持っていた拳銃を右太腿へと戻していって、顔を強張らせている二人の元へ歩いて行った。


「大丈夫? …ごめんなさいね。あの連中は私達一〇九のプレハブに居た連中なの。なのに助けてくれたあなた達にあんな事をするだなんて。…ホント、生きる価値も無い連中だわ」


「…あ、ああ。取り敢えず感謝する。助かった、ありがとう」


 それにトウヤがどうにか答えていくと、マックスが腕の中で「ジュナって怖いのな」と、ぼそりと呟くのが聞こえてくる。そこでトウヤは自分達の体勢に気付いて腕を離していき、マックスへと「悪い、大丈夫だったか?」と問うていく。するとマックスは暫し沈黙した後に硬直していって、一気に赤面して体を離していった。それを見たジュナが苦笑しながら、トウヤへと「残念だったわね」と言ってきて、それにトウヤは首を傾げて言うのだった。


「残念? …ああ、暴れられなかった事か? だが俺達はダストだから、人間には――」


 そうトウヤが言い掛けると、透かさず隣からマックスが頭を小突きながら叱ってくる。


「アホ、違うわ。お前の思考は暴れる事だけか? …はぁぁ、ちょっとときめいたのに」


 俺の純情な乙女心を返せと言わんばかりの台詞に、やはりトウヤは理解出来ず首を傾げるばかりだった。そんなトウヤの反応にマックスとジュナは揃って溜息を付く。


 そして思っていた。…これは女性を勘違いさせて泣かせるタイプだな、と。


 するとテント内はすぐに元の賑わいを取り戻していき、そこへスオウとシスが弱り顔をしながら現れてくる。それにしても何故そんな顔をしているのか。何かあったのか?


 そうトウヤとマックスが不思議に思っていると、ぼそりとシスが「…出遅れた」と漏らしているのが聞こえてくる。それを聞いて成程と納得した。おそらく出番が無かったのだろう。


 スオウの表情にも同じ思考が在り在りと浮かんでおり、男性二人の表情には何とも言い難い感情が浮かんでいた。だがそれよりもと、右手と左手に持っていた物をそれぞれ二人へ差し出していくと、苦々しい表情へと変えて固い声で言ってくるのだった。


「シスから聞いたよ。…君達ダストも食べないと生きていけないのだとね。さっきの連中が言っていた事は気にしないで。君達もちゃんと食べないと駄目だ。僕達と行動し始めてから、もう五日は経っているよね? その間、ずっと食べてなかったの? どうしてそんな無理をしたんだ。どうして僕達に教えてくれなかったの。食事くらい摂ってよ。僕達は君達の事を奴隷にする為に雇ったんじゃないよ。だから食べて。お願いだから」


「…これは」


 目の前に差し出された物を見て、トウヤは目を丸くしていた。それは様々な料理が盛られた皿だった。おそらくスオウが取って来てくれたのだろう。マックスの前にも同じ様に皿が差し出されており、彼女もまたどうしたものかと困惑顔を浮かべている。


 気付けばシスとジュナからも憐れみの眼が向けられており、よく見れば周りの大人達も同様の表情を浮かべて視線を向けられていた。…これはかなり居心地の悪い状況である。


 例えて言うならば、大人の温もりを知らない子供を見る図と云った所だろうか。まぁ何と居心地の悪い事か。これなら先ほどの様に嘲笑でも向けられている方が遥かにマシだった。


 そしてやはりと言うべきか、先に耐え切れなくなったのはマックスだった。彼女は咄嗟に拳を握り締めて一歩前へと踏み出し、思わずと云った風に叫んでしまったのである。


「ち…ちゃんと食ってるよ! 俺達だってそりゃ生きてるから食べもするし休みもするさ。だから気にすんな! 一ヶ月くらいなら食わなくても死なないって! 寝るのも工夫すれば仕事の最中でも俺達は寝れるんだぜ? だ…だから、だからその――」


「……」


 そんな彼女の墓穴とも思える言葉に、トウヤはもう駄目だと項垂れた瞬間だった。するとやはりジュナがそれに気付いてしまい、シスへと顔を向けてそれを訊ねていく。


「ねぇシス、この子達が休んでる姿って見た事ある?」


「いいや、無いね。スオウは?」


 シスは続けてスオウへと問うていき、それにスオウは「僕も無い」と答えていく。そして三人は更に顔を顰めていき、スオウは無理やり二人に皿を持たせて言うのだった。


「これは命令だ。だから食べて。それに今晩くらいは寝るんだ。…いいね?」


「「……」」


 命令とまで言われれば二人は沈黙するしかなく、しかし上手い具合に鳴ってしまった腹に赤面していくしかなかった。その為、二人は止む無く料理へと手を伸ばしていく。


 そんな二人の様子に彼らは胸を撫で下ろしていき、だが先ほどまで近くで聞こえていた彼らへの陰口を咎めるべく、人込みの中に雑じっている者達を睨んで言っていった。


「去れ。僕達ハウンド・ドッグの客人への非礼、決して許しはしないぞ。お前達は一体誰のお陰で命を拾った? 彼らに守られてここまで逃げてきた分際で烏滸がましい。その腰に下げてる武器は飾りだろう? 僕達と然程違わない武器を下げている癖に信じられないな。そういった言葉は自分の身くらい自分で守れるようになってから言う事だ。何ならここで腕比べでもするか? 僕達ハウンド・ドッグと君達。それか彼らダストの方が良いかな?」


 冷酷とも言えるスオウの言葉に、周囲の何人かが震え上がる。そして一人、また一人と外へと出て行き、残された住民達は逃げていった者達を非難する様に口々に漏らしていく。


「何だい、あいつらは。…さっきの連中といい、あいつらといい。気分が悪いね」


「相手はまだ子供じゃないか。こんな顔して食べてる子達の事をよく非難できるもんだ」


「さもしいねぇ。あいつらの眼にこの子達はどう映ってたのか。情けないよ」


 周りの住民達は不快感を露わにそう漏らし、静かに料理を食べている二人を見る。二人はそんな人々の同情の眼差しを感じて、自然と表情を綻ばせていた。気が付けば食べる速度は早まっており、そんな二人の姿を大人達は穏やかな顔をして見つめ続ける。


 それは、二人が初めて見せた子供らしい一面だった。同時に彼らはやはりと思っていた。やはりこの二人は大人ではない。外見通りの子供なのだ、と。彼らは決して大人ではない。


 そして思い知らされてしまった。彼らダストは自分の身すら守れない弱い立場に在る者なのだという事を。料理にも手を出せず隅に佇むばかりで、至る所からあからさまな陰口を叩かれていたのに反論の一つも出来ない。そんな弱い立場に在る者達だったのだ。


 何という事だろう。そう彼らは愕然とするしかない。だが嬉しそうに食べている二人の前では表情に出す訳にも行かず、二人を心配させないよう彼らもまた穏やかに笑い続けた。


 そして心の中で静かな決意を固めていた。これからも二人に手を借りる以上は、常日頃は自分達が守ってやらなければならないのだと。二人は人間の中では余りにも非力だ。だから守ってやらなければならない。何が起きるか判らない。彼らは人間には逆らえないのだから。


 二人はそうしている間に皿の上の料理を食べ上げてしまって、完食した手前もあってか、恥ずかしそうに顔を赤らめさせてきて、そして穏やかに笑いながら三人へと言うのだった。


 …ありがとう、凄く美味しかった。こんなに沢山ありがとう。もう十分だから、と。


 こんな事で感謝されてしまい、そして最後の言葉に三人は僅かに悲しげな顔を浮かべる。さして多くもない料理を食べさせて貰えただけで、彼らはこうも喜んで感謝してくる。


 如何に彼らの立場が低いか。それを思い知らされた瞬間だった。だが三人はそれを噯にも出さず微笑んでいき、二人を交えて談笑を始めていった。いつしか彼らを中心として人の輪が出来上がっており、人々は話に花を咲かせていって夜まで互いに語り合った。


 それはダストである二人にとって久方振りの経験であり、嘗て人間だった頃を思い起こさせる懐かしい一時だった。…温もりの通わない世界で生きる様になって何年に為るか。


 体の大部分を血の通わない機械と人工筋肉へと変えられて、到底人間とは呼べない代物へと変えられてしまったというのに。こうして温もりを与えられると嬉しいと感じる。人の温もりを温かく感じる事が出来る。それだけで二人には十分だった。


 ダストであるという現実は変わらないけど、今だけは現実を忘れて楽しもう。そう二人は思い、知らず二人は笑みを浮かべて笑い合っていた。…こんな日々がずっと続けばいい。


 でも、自分達はダスト。決して長くは続かない時間。そんな事は分かっている。それでも二人は願う。もう少しだけこの時間が続けばいい。もう少し、もう少しだけでも。…と。

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