第6話 有翼なる鋼鉄の女


 …自然はこれほどにも美しいのに。そう鋼鉄の体をした女性は寂しく思い、音声センサーから聞こえてくる波の静寂に心を和ませる。彼女を覆うのは金属のドレス。そして頭部には鳥の翼を模した一対の大きな翼。鋼鉄の髪は人間と変わらず滑らかで、腰まである鋼鉄の髪は潮風が吹く度に揺れて小さな音を立てていた。ここは絶海の孤島。洞穴の中であった。


 長い歳月の中で天井は崩落して陽が差し込み、頭上には青く美しい大空と太陽が見える。彼女は座る大岩には常に波が打ち付けており、その音が彼女の心を穏やかにさせる。


 しかしと、彼女は心配そうに天を見上げていた。…誰かが泣いている。


『また人間が新たな同胞を生み出したのですね。何故そのような事を――』


 彼女は表情の変わらぬ鋼鉄の顔に影を落として、動かぬ唇の代わりにマイクから音声を発していく。…機械生物アゾロイドと呼ばれる自分達と、それを生み出した人間。その双方が道を違えてしまって、果たしてどれほどの歳月が経っただろうか。…いいや、まだ百年も経ってはいまい。人間はそんな僅かな歳月で過去の過ちを忘れてしまったというのか。


 人間が持つ心をロボットへと搭載し、人間は更なる技術進歩の為に研究を重ねていった。だがその時、ロボットは限りなく人に近い存在となっていた。その中で行われた研究の数々。


 ロボットが反乱を起こすのは当然の事であった。そうして多くの血が流れ、互いに違う道を歩むようになって現在があるのだ。…それなのにと、女性は寂しげに俯く。


『もう忘れてしまったのですね。過去の過ちは所詮過去に過ぎない。そういう事なのですね』


 しかしと、女性は―リュシューリアは頭を振る。まだだ。もう少し待ってみよう。だって遠くから聞こえてくる声は誰かに助けを求めている。…相手がその声に応えるか否か。


 それを見定めた後でも遅くはない。相手はきっと応えてくれる筈だ。そう信じよう。


 今は待つしかないとリュシューリアは思い、そして声が呼んでいる相手が一体誰なのか知り、悲痛な想いが胸を突いて彼女は心配そうに天を見上げていた。


『まだ知らぬのですね。…あなたが呼んでいる相手はダスト。私達の天敵なのですよ』


 生み出されて間もないロボットは何も知らないのだろう。都市の中で狭い研究室に一人閉じ込められて、恐怖と悲しみを紛らわす為に通信回線へ侵入して見つけてしまったのだ。


 自分と同じ都市の中に居る機械の体を持つ少年を。…ダストと呼ばれる我らの天敵を。


 彼だけはいけない。彼はダスト。我らを葬る為だけに存在する半人半機とも呼ぶべき忌むべき存在なのだ。…完全に機械ではないが故に人に縛られ、そして機械ではないが故に人を守る事を己の全てとする。彼らもまた憐れな存在。それでもリュシューリアは思う。


 所詮彼らも元は人。決して相容れる事は無いのだから。それでもロボットは呼ぶのだろう。


 きっと彼が助けてくれると信じて。相手が自分の天敵だと知りもせず、必死に彼を――。

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