第5話 シティの外


 スオウと名乗る若者に連れられて、二人は都市から五十キロ近く離れた地に赴いていた。そこは一辺二キロ程の正方形をしたプレハブと呼ばれる集落であり、十大都市の何処にも属せない者達が住む場所であった。見えるのは簡素で赤錆びた鉄壁に覆われた貧相な簡易住宅ばかりで、見えるのは廃墟と化した朽ち掛けの住宅、そして崩落した区画ばかりだ。


 まさに貧境の地と言える世界を見て、二人はやや面喰ってしまった。そんな二人の様子にスオウは少しだけ苦笑した後、二人を雇った理由を手短に説明してくれた。


 まずプレハブを覆っている鉄壁は唯の壁と化しているという事。キメラを寄せ付けない低周波すら発生させられなくなっているという事。その為に隣のプレハブへと住民を移さなければならなくなった事。だが肝心の人出が足らず、とても住民を守り切れない事。


 だから二人には移動する住民達を守って貰いたいと言って来た。…そんな説明を聞いて、二人は「何だ、そんな事か」と思いつつ承諾していった。そうして二人はペガサスに跨り、列を成して赤砂の大地を移動する住民達を守る事になったのだった。


 スオウはハウンド・ドッグと呼ばれる民間組織に所属する若者だった。ハウンド・ドッグは赤犬が刺繍された黒皮のジャケットを着ている事で有名で、その名は都市にまで轟いているほどの組織だ。流石のトウヤとマックスも名前くらいは聞き覚えがあり、契約者の彼が黒皮のジャケットを着ているのを見て互いに顔を見合わせたものだ。


 しかも、だ。彼がダスト本部にダストの貸し出しを申し出たのは、何と二人がルヴェート学園の護衛を任せられる前。だが本来彼の依頼を請け負うべき中位ダストが一人も空いておらず、急遽二人に目を付けてランクを引き上げたらしいのだ。何とも好い加減な話だ。


 そうして二人は無事に学園の護衛を終えて戻り、間髪を容れず彼が二人を迎えに来たのである。だが二人は突然ランクを最下位のEから三つ上のBにまで引き上げられた為、都市を出る前に左腕の付け替えを余儀無くされた。…先ほど検査を受けたばかりなのだが?


 二人が一瞬だけ不満を覚えたのは別の話だ。因みにダストのランクは六つに分けられる。まずは上位と呼ばれるS、続いて中位のA・B、そして下位であるC・D・E。上位の左腕は金、そして中位は銀、最後に下位は銅となる。その為、現在二人の左腕の色は銀だ。


 これは余談なのだが、都市へと来たスオウは今時珍しいガソリン車に乗っていた。しかもジープである。まさに化石の様な乗り物を見て、二人は顎が外れるほど驚いたものだ。


 住民の移動は着々と進んだ。…彼らが住む第一〇九プレハブから最も近いプレハブまで百キロ強。決して短いとは言えない距離だ。住民の数は二百五十名程。然程多くない住民の数に移動は楽に終わり、そしてハウンド・ドッグである三人だけが一度第一〇九プレハブに戻って最終確認を行う事になった。当然トウヤとマックスも彼らに追従する事になる。


 そしてトウヤは東回りに、マックスは西回りにプレハブ内を見て回る。ハウンド・ドッグの三人は散開して住宅を一軒ずつチェックだ。…それにしてもと、トウヤは一人ペガサスに跨って周囲を見回しながら思っていた。このような場所によく人が住めるものだ、と。


 確かにハウンド・ドッグの強さは都市にも轟くほどだ。彼らなら人間では対処不可能だとされる機械生物が相手でも後れを取らないだろう。でも数が少ない。だから機動性もあって臨機応変に対応できるダストを借り受けに来たのだ。自分達だけでは対処が難しくなったからである。彼らハウンド・ドッグ三名とダスト二名。確かにこれなら対処は可能だろう。


 そんな事を思いつつ、トウヤは時たま接近して来るキメラを見つけては斬り捨てるのを繰り返していた。因みにランクは上がったが、装備自体はランクEの時と然程変わらない。


 装備を変更する為にはプラントにある店に行き、そこで目的の装備へと登録を変更して貰う必要がある。そして補給所へと向かい、そこで変更した装備に替えて貰うのである。


 しかし二人は索敵型だ。しかもランクEからBに変わっても、変化するのは電光棒の数が四本から六本に変わるだけ。後は定期的に支給されている給料から購入するしかない。


 …まぁ、一昔前まで流行っていたゲーム・キャラクターのようなデザインをしたバトル・スーツなぞを着るつもりは毛頭ない。だからその部分に関しては別に良いのだが。


 あまりランクが上がった気はしないなと思いながら、暗雲立ち込める東の空から時たま現れるキメラや蝙蝠の形をした機械生物を薙ぎ払い、黙々とプレハブ内を見て回る。


 そうして半分ほど見て回った時だろうか。半壊した簡易住宅の奥からハウンド・ドッグの青年が大手を振りながら駆けて来たのは。そして満面の笑みでトウヤへと叫んでくる。


「お~いっ! そろそろ引き上げようぜ! スオウがもう良いってよ!」


 言われてトウヤは何気なく東の空へと目を向けていき、短く沈黙した後に漏らしていた。


「…、大丈夫じゃなさそうな位置に何か飛んでいるが。…あれは無視して良いのか?」


 南東一キロ地点に何かが飛んでいるのが見える。両翼を広げた時の大きさは五メートルといった所か。さほど大きくはない。小型の飛竜だ。それでも普通の人間には脅威だろう。


 因みにトウヤを呼びに来た青年は、ハウンド・ドッグの中でも一際陽気な性格をした人物であった。外見からするに年齢は二十歳前後といった所か。…草色をした短いぼさぼさ髪に赤茶色の瞳。下は編み上げブーツに灰色のズボン。赤茶色のシャツの上に彼らの制服である赤犬が刺繍された黒皮のジャケットを羽織っているだけといった出で立ちだ。


 そして何故か背負っているのは長刀。ダストが使う電光棒の様に何かしらのエネルギーを発するような代物ではなく、正真正銘ただの刀。まさに大昔使用されていた武器である。


 初めて彼を見た時は思ったものだ。背中のそれは使用できて、且つ抜けるのか? …と。


 だが、そこはやはりハウンド・ドッグであった。彼はそれを上手く鞘から引き抜いては、見事キメラや機械生物を一太刀にしてみせたのである。…やはり彼もハウンド・ドッグだ。


 三人の中でムード・メーカー的な存在である彼の事は、他の二人もさり気無く可愛がっているようだった。おそらく彼が一番年下なのだろう。何よりもスオウは面倒見が良さそうな雰囲気の青年だった。そしてトウヤを呼びに来た彼―シス。最後に唯一の女性であるジュナ。


 三人とも穏やかな雰囲気をした若者達だった。これなら自分達も上手くやれるだろう。


 トウヤはもう一度改めて飛竜の方を見た後、まぁ良いかとペガサスの手綱を取ってシスの元へと降りて行く。するとシスがペガサスに駆け寄って来て、その首を掻いてやりながら嬉しそうに「お~、よしよし!」と頬を緩ませている。まぁペガサスも嬉しそうなので別に良いのだが。…何となくではあるが、シスは温厚なタイプのキメラが好きそうな気がする。


 そしてぱっと顔を上げてきて、ペガサスから降りて来たトウヤに向かって言ってくる。


「スオウが北門で待ってる。マックスの方はジュナが呼びに行ったから大丈夫だろ。そうだ。サンキュな。お前達が来てくれたから被害は最小限で済んだ。皆を無事移動させられたよ」


「…いえ、それが俺達に与えられた作業ですので」


 トウヤが敢えて淡々とした口調で返していくと、それにシスが苦い顔をして叱って来る。


「そういう言い方さ、止めろよ。…ずっと思ってたけど、そのロボットを装うような言い方は止めてくれよ。初めこそダストは皆そんな風にしか喋れないのかと思ってたけど、お前さ、マックスとは普通に喋ってたじゃないか。マックスも何となく俺達に苦手意識を持ってるみたいだし。頼むからそういうのは止めてくれ。もう俺達は仲間になったんだぞ?」


「……」


 それにトウヤは沈黙していって、シスの「仲間」という言葉に心中で溜息を漏らすばかりだった。…ダスト本部と彼らが結んだ使用貸借契約だが、実は期限を設けられていない長期のものだったのだ。半年毎に契約を更新するタイプの代物で、彼らは長期でトウヤ達と契約していくつもりだったのだ。つまりは、である。彼らとの生活がこれからずっと続くのだ。


 勘弁してくれ。それがダストである二人の率直な意見だった。…彼らが長期契約を求めているのを知っていて、ランクEである俺達に目を付けたな。それが二人の見解だった。


 おそらく間違ってはいまい。今ならはっきりと断言できる。


 そうトウヤが苦い顔をして佇んでいると、シスが困り顔で溜息を付いてきて「歩きながら話そうぜ」とトウヤを促してくる。それにトウヤは無言で頷いていき、歩き始めた彼の後ろを半歩下がって付き従って行く。だがそれにもシスは不満げな顔をして言うのだった。


「だからさ、そういうのを止めてくれよ。俺とお前は主従関係にある訳じゃないんだぜ? どうして俺の隣を歩かないんだよ。…まぁ、ペガサスちゃんは仕方ないだろうけどさ」


 シスはそう言ってトウヤの後ろから付いてくるペガサスを見て、「お利口さんだな~」と心底といった風に漏らしてくる。だがそれにトウヤは頭を振り、徐にシスへと言っていた。


「あなたは人間です。ペガサスを相手にそのような事を思われる必要はありません。これは物。そして俺達ダストも物なのです。…あなた方人間が俺達を一存在として扱う必要は何処にも無いのですよ。我々はあなた方の命令に従って行動します。それだけの存在なのです」


「っ!」


 余りにも酷い物言いをされて、シスの表情が強張っていく。そして怒り眼を浮かべてきて、トウヤの前に立ちはだかりながら言うのだった。


「…ふざけんなよ。俺達はそんなの望んでない! …何がダストだ。お前らは唯のガキじゃないか! そうやって卑屈な態度を取って楽しいか? 大人を困らせて楽しいかよ!」


「いえ、俺達は――」


 それにトウヤは困り顔を浮かべていき、視線を彷徨わせながら答えるのだった。


「俺達ダストに年齢は存在しません。…何故ならば俺達は、ダストへと肉体を作り変えられた時に大半の部分を人工筋肉と機械に変えられてしまうからです。人として残されているのは脳と、それに関係する一部の神経のみ。後は全て機械。だから俺達は物なのですよ」


「…なっ」


 驚くべき内容を聞かされて、シスが絶句していく。するともしやと困惑を浮かべていき、それをトウヤに向かって問うてきた。


「だったらお前、いま何歳なんだ? …てっきり十代半ばかと思ってたけど」


 それにトウヤは顔を俯かせていって、小さな声で「二十二歳です」と告げていく。するとシスが眼を見開いてきて、「…マジかよ。年上か?」と唸り声を上げてくる。


 トウヤはそれに苦笑を浮かべていき、続ける様にシスへと言っていった。


「因みにマックスの年齢は俺も知りません。俺達ダストは年齢なんて関係ありませんから」


「…関係ない。そりゃそうだろうけど――」


 まさかそんな事だとは思ってもみず、シスはただ絶句するしかない。肉体の大半を機械や人工筋肉へと変えられていれば、確かにダストは年齢の取り様が無い。何せ全てが人工の物なのだから。年齢に従って外見が変化する筈が無いのだ。…だが、それにしても。


 そうシスは顔を俯かせた後、再び歩き出しながらさり気無く周囲を見回して歩き続ける。逃げ遅れている住民が居ないか確認しているのだ。…現在ではプレハブと呼ばれるここは、嘗て天変地異等に被災した者達が寄せ集まって出来た場所らしい。しかし多発する災害を前に世界は対応できず、しかも機械生物の反乱によって都市は焼け野原となってしまった。その所為でこのようなプレハブは見捨てられ、そのまま現在に至ると習った覚えがある。


 二人は互いに言葉を発せず、苦々しい沈黙の中で歩き続ける。だがやがてシスが耐え切れなくなったのか、歩きながら徐に口を開いてトウヤへと言ってくるのだった。


「…なぁ、トウヤ。俺は二十歳なんだ。お前より二つも年下。…ハウンド・ドッグの中じゃ一番の新参者でさ、しょっちゅうスオウやジュナの足を引っ張ってる。そんな俺にすら媚び諂わなくちゃいけないのか? お前より実力が下で、年齢も下の俺にさえ。そんなの変だ。お前達ダストは人間だろ。体がどうであれ人間には違いないんだ。…それにさ」


「?」


 そう言葉を置いてシスから視線を向けられて、トウヤは小さく首を傾げていった。するとシスは恥ずかしそうに笑ってきて、自分より年下にしか見えないトウヤへと言うのだった。


「実年齢はどうであれ、外見は俺がお兄さんだ! だから言う事を聞く様に! トウヤ君、年上の言う事は聞くものだよ? お兄さんの言う事は絶対だ! 分かったかね?」


「……」


 本気とも冗談とも取れないシスの言い回しに、トウヤは弱り顔をするしかなかった。だがトウヤとマックスがプレハブに来た時、彼らが手放しで喜んでくれたのは覚えている。


 その時、確かジュナが言っていた。自分達三人は何度も都市へと足を運んだのだと。交代で都市へと足を運び、その度にダスト本部へと掛け合ったのだと。その時に実戦記録を見せられたと言っていた。トウヤとマックスの実戦記録だ。それを見て彼らは思ったのだそうだ。


 これなら皆を守れる。きっと現状をどうにか出来る、…と。そして目的を達成した。


 あの都市がダストを貸し出してくれる上に、こんなにきちんとしたダストを貸し出してくれるとは思ってもみなかったらしい。だから嬉しかったのだと。そう彼らは言っていた。


 それらを考えると、途端に自分がただ我を張っている子供の様に思えてきて、ばつが悪く感じて苦い顔をするしかない。…だが、それでも彼らは人間だ。不敬があってはならない。


 プレハブの状況を見せられた当初、マックスは彼らへと訊ねていた。こんな小さい子供や女性にまで戦わせるのかと。すると彼らは怒気を浮かべて言った。…ここでは普通の事だと。


 安全な都市の中とは違うのだ。そうはっきりと彼らに叱られたのを覚えている。


 武器を持てる人間は戦う。そうしなければ生き残れないからだ。戦う術を持たない人間は外では生き残れない。年齢も性別も関係ない。戦えなければキメラに喰われるだけ。それが外という世界なのだと。彼らは怒りを浮かべながらトウヤ達に告げてきた。


 その際、視界の片隅に喰われた肉片や骨が見えて、すぐにマックスが彼らへと謝罪した。すると彼らは困った様に笑ってきて、微笑みながら構わないと二人に言ってきたのだ。


 彼らは優しい。都市の人間とは比べ物にならない程に。…それでも二人は思うのだ。


 所詮は人間。自分達ダストとは相容れない存在なのだと。それにダストも元を正せば都市で暮らしていた人間だ。初めから外で暮らしている彼らとは余りに違い過ぎる。


 何もかもが違う。その現実が二人の胸に重く伸し掛かり、結局は心を開けずにいる。でもそれも仕方の無い話であった。だって自分達はダストなのだ。所詮はゴミなのだから。


 そうトウヤが苦い顔をして歩いていると、シスは諦めるように溜息を付いて歩き続ける。そうして遠くに赤錆びた鉄壁が見えてくると、知らずに二人の歩は早くなっていく。


 だが、そんな時だった。押し黙っていたトウヤが弾かれた様に顔を上げていったのは。


「…敵影五。やはり無視するべきではなかったかっ!」


 視界に表示していたレーダーに映った信号の数を見て、トウヤは舌打ちしながら漏らす。そして腰の電光棒を一本外していき、ペガサスへと飛び乗って大空へと舞っていった。


 シスはそれに一瞬だけ面喰ったような顔をするが、どうやら彼も異常に気付いたらしく、背中の長刀を引き抜きながら走り始める。そして大きく開かれた鉄壁の下、北門の傍に居るであろう仲間に向かって大声で叫ぶのだった。


「スオウッ! 空から来るぞ! 今すぐそこを離れろっ!」


 だがそれにトウヤは短く舌打ちしていって、右手に構えた電光棒の出力を最大へと引き上げ放射線状に稲光を発しながら頭上に掲げて振り回し始める。


 直後に何かの断末魔が木霊する。それは一見すると蝙蝠の様でいて、しかし全身を覆う鱗が違うと否定する。…先ほどトウヤが無視した飛竜だ。まさか接近して来るとは。


 眼下に北門が見える。そこには思った通りスオウの姿があり、彼は腰の後ろに括り付けていた折り畳み式の大鎌を両手で構えて、そんなトウヤを見上げて「トウヤッ!」と心配するような眼差しで叫んで来る。それにトウヤは「俺はいい。後ろを見ろ!」と叫んでいくが、残念な事に彼は気付いていない。レーダーには映っているのに。彼には判らないのか!


 ならば自分が守らなければ。そうトウヤが歯切りしている時だった。トウヤとは反対方向から同様の稲光が発せられてきて、飛竜達が堪らず悲鳴を上げていく。…マックスだ。


「っ、マックス!」


「うらうらうら~っ! こっちに来るんじゃねぇよ! てめぇらにやる餌はねぇっての!」


 西の空から現れたマックスはトウヤの意図を理解して、自身も北門を守るべく放射線状に稲光を発し続ける。その下ではハウンド・ドッグの三人が困惑顔をしており、だが二人の視線は彼らの後ろへと注がれていた。…やはり気付いていない。これだから人間はっ!


 やがて飛竜達は諦めて大空へと戻って行き、大きく翼を羽ばたかせて南の空へと消えて行く。二人は改めてレーダーを確認して互いに頷いていき、電光棒を腰に戻していった。


 そして緩やかに地上へと降りて行くと、ペガサスの背中から降りて来た二人の元へ三人が大慌てで駆け寄って来る。だがスオウは栗色の短髪を靡かせつつ、彼の人格を表しているかのような柔らかな栗色の双眸を歪めながら言ってきたのだった。


「トウヤ、僕達まで守る必要は無いんだよ? 僕達はハウンド・ドッグだ。自分が楽をする為に君達を雇った訳じゃない。だから不必要に守らないでくれ。僕達はそんな関係じゃないだろう? ダストだとか人間だとか、そんな関係は僕らの間には無い筈だよ。違うかい? それにシスから聞かされただろう? もうここを引き上げようって。もうここを放棄する事は決まっているんだ。もうここを守る必要は何処にも無いんだよ? 分かるだろう?」


 優しくスオウから叱られて、トウヤは弱り顔を浮かべていく。どうにも優しく話し掛けられるのは苦手だ。こんな事はダストになって一度も無かったから余計に苦手意識を覚える。


 しかしとトウヤは顔を上げていき、頭を振りながらスオウへと言っていった。


「このような物言いはどうかと思いますが…俺達が守ろうとしたのは別のものです。皆様が強いのは存じていますし、俺達が守る必要など無い事も理解しています。…ですが子供は守る必要があると判断いたしました。その子には武器は持てないと思いますので…その」


 そうトウヤが困り顔で告白すると、三人は「「「子供?」」」と素っ頓狂な声を上げていく。それを見て二人はやはりと心中で溜息を付いていき、続けてマックスが彼らに言っていく。


「門の外にある岩の陰、よく見てみろよ。小さな頭が震えてるぜ? …俺達ダストなら多少体を喰われてもどうって事は無いし、俺達が乗ってるペガサスも似た様な物だから問題は無い。…でもな、お前ら人間は違うだろう? 喰われたら終わりだ。生え変わる事も無ければ付け直す事も出来ない。子供くらい守らせろよ。それが武器を持てる奴の義務だろ」


「……」


 それに驚いてスオウが沈黙していくと、シスがマックスから指摘された場所へと慌てて駆けて行く。そして彼女の言葉通り震えている子供を見つけて声を上げるのだった。


「…って、冗談だろ。洒落にならねぇって。…お前、一体いつからっ」


「ふぇ…」


 だが子供は叱られていると勘違いして、大きな瞳を潤ませて泣き始めてしまった。それをシスは慌てて抱き締めていき「悪かった。お兄さんが悪かった!」と必死に慰め始める。


 それを見てスオウは改めて二人を見やっていき、申し訳なさそうに謝罪するのだった。


「すまなかった。君達はあの子を守ってくれたのか。…そうとは知らずごめん。本当に」


「…いえ、俺達に謝る必要は――」


 しかしトウヤは困り顔で返すしかなく、マックスも居心地悪そうに苦笑いするばかりだ。スオウはシスと比べて二・三歳ほど年上の風貌をしていた。顔立ちは性格と同じ様に穏やかで常に笑みを絶やさず、服装は全体的にシスと変わりない姿をしている。


 一方、女性であるジュナも似た様な服装だ。そして彼女は女性にしては長身で、髪と瞳はスオウと全く同じ栗色をしている。年齢も然りだ。ただ彼女の場合は腰まで伸ばしており、女性らしく丁寧に整えて僅かにウェーブした髪が好ましく映る。しかし彼女の右太腿には拳銃が括り付けられており、腰の後ろには投擲用のナイフを入れた革のバッグがある。


 確かスオウとは二卵性の双子だと、そうシスが言っていた筈。彼女の方が妹だとか。だが彼女といいスオウといい、そしてシスといい、共通して言えるのは自分達より体格が一回り大きいという点だ。マックスと比べれば二回り三回り、トウヤと比べてみても一回り以上は大きいのである。…こればかりはダストとして仕方ないとは思うが、正直好い気はしない。


 それにしてもとマックスはトウヤを見やっていき、溜息を付きながら静かに言ってくる。


「お前だろ。あれを無視したの。…まぁ別に良いけどよ。俺達が守りゃそれでいい訳だし。その為に俺達は居るんだからな。それにしてもお前、一体どうしたんだよ。あれを倒さずに見逃すし、さっきだって突っ込まず退けるだけにしただろ。どうした。心境の変化か?」


「…、煩い。俺だって闇雲に倒すだけじゃない。状況に応じて動くさ」


 それにトウヤは苦々しく返すしかなく、マックスはそんなトウヤを笑うばかりだ。するとそこへジュナが割り込んできて、トウヤの頭を撫でながらそんなマックスへと言ってくる。


「まぁ別に良いじゃない。どちらにしてもありがとう。…私達、あの子に気付かなかったわ。本当にありがとう。あなた達が手助けしてくれたから皆を移動する事が出来たわ。…でも、あなた達も都市の人間なのにね。不思議よね。こうして一緒に居るとそんな風に思えないの。都市の連中は私達とは違って日々生きる事に困窮していない。食べ物はプラントで自動的に生産される。危険からはあなた達ダストに守って貰える。…良い事尽くめだわ。あなた達もそんな中で生きてきた筈なのに、そんな素振りを全く見せない。そんなあなた達の姿が、私達の目にどれだけ好ましく映ったか。…きっとあなた達には分からないのでしょうね」


「「……」」


 寂しげにジュナから言われて、二人は何も言えず沈黙するしかなかった。そんな二人の元へスオウも歩いてきて、今度はスオウが二人の頭を撫でながら言ってくる。


「君達は不思議だな。…本当、こうして見ると人間と何も違わないのにね。僕達にも君達と同じ様な時代があったよ。ずっと三人で一緒に腕を磨き合って、ようやくハウンド・ドッグに認めて貰えたんだ。君達はその頃の僕達に似てるよ。…尤も、君達の方が断然強いけど」


「「……」」


 それに二人が微妙な顔をすると、後ろからシスが「そいつら、俺より年上だぜ」とぼそりと漏らしていく。するとジュナがシスの頭を叩いていき、「そういう意味じゃないわよ」と呆れ混じりに叱り付けていく。…そんなジュナの言葉に、二人も違ったのかと目を瞬かせる。


 ジュナはそんな二人の様子に気付いたのか、シスを無視して笑いながら説明してきた。


「あなた達は強い。それは確かだわ。…でもね、私達の目には未発達の子供としてしか映らないのよ。あなた達が外見通りの年齢じゃない事、それはすぐ気付いたわ。口調や雰囲気が何処と無く違うって分かった。でも不思議よね。何となく感じるのよ。まだ子供だなって」


 そう言われて、当然二人は絶句するしかない。


「…子供」


「なのか?」


 トウヤ、そしてマックスと大口を開けてそう漏らすしかない。何気にショックな事を言われて二人は互いに顔を見合わせて、自分達の外見を改めて確認して溜息を付く。


 …まぁ確かに、この外見では仕方ないだろう。どう見ても大人ではない。


 外見というのは重要なのだな。そう心から感じた瞬間である。しかし不思議と悪い気にはならず、何故か二人は小さく苦笑を漏らしていた。…だがその時、ペガサスが大きく嘶く。


「「…っ」」


 即座に二人は顔を上げていき、素早く自らのペガサスに飛び乗って行く。それを見て三人は一瞬だけ驚いた顔をした後、二人の行動の意味に気付いて互いに顔を見合わせていた。


 そしてシスが子供を抱き上げていき、ジュナはジープに乗せていた双眼鏡と取り出して南の空を見上げていく。彼女は直後に「兄さんっ!」とスオウに切迫した声を向けており、それにスオウは頷きながら皆に向かって叫ぶのだった。


「撤退だ。ここを離れよう! …シス、その子を抱き締めていてくれ。トウヤ、マックス!」


 その時、既に二人は大空へと舞っており、そんなスオウの声にトウヤが答えていく。


「俺達の事は気にするな! あいつらの始末を付けてから合流する。先に行けっ!」


「…でもっ」


 それにスオウが不安そうな顔を向けてくるが、続いてマックスも「ちんたらするな。早く行けよっ!」と叫んでいく。止む無くスオウは運転席へと飛び乗って行き、助手席にジュナ、後部座席にシスと子供を乗せて勢いよく走り出していった。


 砂煙を上げて走り去るジープを背に、二人は互いに頷き合って徐に電光棒を構え、南の空を見つめながら表情を引き締めていく。そしてマックスが静かに言うのだった。


「完全に失態だな。…水のねぇ所に火が付いちまった。どうすんだよ」


「諦めるしかない。どのみちここは放棄する以外に無いんだ。一層派手にやるか?」


 トウヤは溜息を付きながら言って、赤々と燃え始めたプレハブを見つめて電光棒を握り締めていく。それにマックスは「そりゃいいや」と不敵な笑みを浮かべていった。


 そして二人はほぼ同時に手綱を弾き、炎を吐きながら空を舞う飛竜達に向かって電光棒を振り上げていく。二人の顔に恐怖は微塵も浮かんでいなかった。あるのは不敵な笑みのみ。


 炎に焼かれた空に飛竜の断末魔が木霊する。それは途切れる事無く一つ、また一つと聞こえてきて、瞬く間にプレハブの空は元の静けさを取り戻していく。そうして二人は燃え盛る炎の中へと消えて行くプレハブを見下ろしていき、どちらともなく「行こう」と告げる。


 すぐに彼らの後を追うと、まだジープはプレハブから十キロも離れていない場所を走り続けていた。彼らは目に埃が入らないようゴーグルを着けて、子供にも大人用のゴーグルを無理やり着けさせている。…そんな彼らを見つけて二人がペガサスの高度を下げていくと、子供が逸早くこちらに気付いて「翼の生えたお馬さんだ!」と叫んでくる。


 それを聞いて三人もまた一斉に顔を上げてきて、ジュナが安堵を浮かべて叫んできた。


「トウヤ、マックスッ! 無事だったのね!」


 二人はそれに答えず、トウヤは苦い顔を浮かべながらスオウへと叫んでいく。


「すまない。プレハブの火は消せなかった。…命令をくれれば対処するがっ」


 だがスオウは大きく頭を振って来て「構わない。このまま移動しよう!」と返ってくる。それを受けて二人はそのままジープに追従していき、翼をはためかせながら空を翔る。


 安堵を浮かべて怒りもしない彼らの反応に、どうしてもマックスは気になってしまって、思わずペガサスの高度を下げてジュナへと問うていく。


「…あのさ、本当に良かったのか? あそこ、故郷じゃないのかよ」


 それにジュナは少しだけ微笑んでいき、頭を振りながら答えてくれる。


「いいのよ。それにあそこに住んでた皆は無事だわ。だからそれでいい。それでいいのよ」


「……」


 だがマックスはそれに納得できず、申し訳なさそうな顔をするばかりだ。そしてマックスは再び大空へと戻って行って、トウヤも自らの失態というのもあって居心地が悪く感じて、彼女の後を追う様に大空へと舞って行った。それを見て、シスは苦笑しながら漏らしていく。


「いつの間にか敬語じゃなくなってやがる。…やっぱ子供だな。年上だなんて呆れるぜ」


「いいじゃない。あの子達に敬語を使われても嬉しくないもの。それにあの子達、何となく人間と話し慣れていない気がするわ。…特にトウヤはそんな感じがする。都市の中で育った子供達がダストにされるとは聞いた事があるけど。…酷い話よね。だってあの子達、初めて会った時に握手を求めたら困った様な顔をしてきたのよ? トウヤなんて「俺達はダストです。人間と同様に扱う必要はありません」とか言ってさ。顔色一つ変えなかったんだから」


 寂しげな声色に静かな憤慨を滲ませてジュナは言い、それにスオウが頷いて言ってくる。


「僕も初めて出会った時は驚いたよ。…だってあれほどの戦績を持つダストが二十歳にも満たない子供だったんだから。しかも、だ。トウヤには必要があれば使い捨ててくれて構わないとまで言われたんだからね。正直あの時は堪えたよ。あんな事を言われるとは思ってもみなかった。マックスもそれが当然の様な顔をして立ってるし、あの時はどうしたものかと天を仰いだね。…あの時ばかりは、怒って突っ込んでくれるシスが恋しかったよ。本気で」


「…おいおい」


 実しやかに言われて、シスは顔を引き攣らせながら返す。そして彼らは誰ともなく大空を見上げていき、いつの間にか晴れ渡っていた青空の中を翔る二頭のペガサスを見て、彼らは複雑な表情を余儀無くされた。…あのペガサスも、そして乗っている二人も生物ではない。


 どちらも体を人工の物に変えられた存在なのだ。だからどのような状況にも対処できる。彼らが正しい意味での生物とは異なるからである。ようやくそれが理解出来た。…でも、


 不思議と三人は微笑んでいた。きっとどうにかなる。そう自らに言い聞かせていた。何もかも初めてなのだ。初めてダストという存在を目の当たりにして、共に行動する事になったのだから。分からない事が多くて当然だ。彼らはダスト。人間とは異なる存在なのだから。


 彼らは人間であり、そして人間では無い存在。難しい立場に在る者達だ。だから気難しい面もあるだろう。だが何よりも理解してやらなければならないのは、彼らはダストであるが故に、自分達人間には逆らえないという事だ。それだけは常に頭の中に置いておかなければならない。彼らはダスト。どれだけ綺麗な言葉で彼らを慰めてもそれだけは変わらない。


 でも、分かり合える日は必ず来る。今はそう信じよう。だって彼らは、自分達と同じ――。

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