第4話 温もり通わぬ大地


 嘗ては失われていた満天の星々に照らされて、人工の光さえも届かぬ暗闇の大地で人々は思う。…ああ、あそこに見えるのは光の楽園か。もしくは堕落した人間の果てなのかと。


 地平線の彼方に在る地上の宝石を見つめて人々は憧憬の念を抱く。同時に浮かんでくるのは憎悪、例え様の無い殺意であった。それでも人々は武器を手に地を駆ける。自らの明日を得る為に、大切な人々の明日を得る為に我が身を投げ出して獣の様な咆哮を上げ続ける。


 彼らは暗闇の中を駆けながら、黒皮のジャケットを着た二人の人物を中心に動いていた。ジャケットの背中には吠え猛る赤犬の顔が刺繍されており、自分達の住処を守る為に人々を先導して地上を行き続ける。…もう少し、もう少しの辛抱だ。だから耐えろ。


 そう彼らは人々に叫び、挫け掛けている皆の心を奮い立たせる。後少しで都市へと行った仲間が応援を引き連れて戻って来る。だからそれまでの辛抱だ。


 必死にそう訴え続ける二人ではあったが、人々は次第に活力を失っていく。それでも二人は人々を叱咤して戦い続ける。せめて夜が明けるまでは。夜はキメラが活性化する時間だ。


 自分達の住処には戦えない子供達が、そして身重な女性が、年配者達が居るのだ。彼らを守れるのは自分達しか居ない。たとえ我が身が喰われようと戦い続ける。彼らを守る為に。


 彼らは自ら掘った穴の中に隠れ、自分達が戻って来るのを待ってくれている。だから帰らなければ。後少しで夜が明ける。だからそれまで生き残って帰らなければ。


 ここは都市の外。人知の及ばぬ荒れ果てた大地であった。住処の外にはキメラが我が物顔で闊歩し、それらから身を守る為に人々は武器を取る。ここでは女も子供も関係ない。武器を持てる者は皆戦う。それこそ年配者であろうと関係ないのだ。戦える者は戦う。それだけの世界であった。都市の様に守ってくれるダストなど存在しない。自分の身は自分で守る。


 そうして夜が明け、至る所に食い散らかされた骸が発見される。肉を喰い千切られ、骨をしゃぶられ。そんな体の大半を喰われた骸を見て、地下の穴から出て来た者達が嘆き悲しむ。


 骸は彼らにとって親であり兄弟であり、恋人であり友人でもあった。ここには都市の様に贅沢な防衛システムなどなく、またダストも存在しなかった。弾薬すらろくになく、人々はナイフや剣を手に戦うしかない。物資は全て自力で手に入れるしかない。食料も足りない。


 頼みの綱は赤犬が刺繍された黒皮のジャケットを着た者達。彼らは外の人間だけで結成された民間の警備組織に所属する者達で、その実力は人外の名に相応しいほどの力を誇る。


 しかし質を重視するが故に人数は少なく、どれほど強くても絶対数が少ない以上、防衛という観点から見ると心許無いというのが実情であった。それ故に誰もが武器を取り、彼らを中心として戦う以外になかったのである。…いいや、彼らが存在する前からそうだった。


 ここでは女子供関係なく誰もが戦う。実力だけが全てであり、性別も年齢も考慮されない厳しい世界であった。守って貰えるのは武器を持てない幼子、そして身重の女性。高齢者。


 誰もが武器を取り戦う中、彼らはふと顔を上げて地平線の彼方を見る。あそこに住む人々は何を思い、そしてどのように生きているのか。…あれは人の欲に狂わされた宝石なのだ。


 肥大化した人の欲は止まる事を知らず、ただ肥大し続けるばかり。彼らは世界を知らない。自分を守る為、大切な人を守る為、皆を守る為に誰もが戦わなければならない非情なる世界がある事を。…いいや、これこそが世の理なのだ。戦って明日を掴み取る。それだけだ。


 希望など何処にも無く、それでも夜が明ければ生きていて良かったと思う。そして自分を迎えてくれる誰かが居る事を幸せに思う。そして夜に為れば武器を手に戦いへと赴く。


 だが彼らは自分達の住処を囲う古びた鉄壁を見て絶望を浮かべていく。もう限界が近い。


 警備組織の青年が一人都市へと向かった筈だが、彼はまだ戻って来ないのか。彼は応援を連れて戻って来ると言っていたのに。…もう時間が無い。これ以上は持たないのだ。


 最悪の場合、死を覚悟で荒れ果てた大地を皆で行かなければならない。だが隣の集落まで一体何人が辿り着くか。そうなれば、おそらくはもう――。


「来たぞっ、フレア・ドラゴンだ!」


 そんな時、誰かの悲鳴染みた声が聴こえてくる。彼らは一斉に地を蹴って武器を振るいながら思っていた。…このような代物、一体誰が創ったのか。過去の人間達は何を思い、何を目的としてキメラ等という代物を創り上げたというのか。最早狂気でしかないではないか。


 人間は嘗て、観賞目的でキメラを世に生み出した。…日々進歩し続ける技術を使わずにはいられなかったのである。嘗ては空想上の動物だったケンタウルス、ペガサス、グリフィンにドラゴン。天使に人魚、妖精やセイレーン。中にはゴーレムや不死鳥等も在った。


 初めは遊園地などの見世物だったという。やがて人類の衰退と共に管理が行き届かなくなり、次第に野へと放たれる様になっていった。そうして原種である動植物達を食い荒らし始め、気付けば原種は人間だけとなり、地上はキメラと機械生物の温床となっていたのだ。


 そして生み出した者達は自らの技術を使い、あのような巨大な都市を築いて出て来なくなった。残されたのは野に放たれたキメラ、そして機械生物だけであった。そして都市へと住む権利を与えられなかった者達が大地に残され、こうして日々を生きている。…でも、


 きっと生きて朝陽を見るのだ。だって自分達はこうして生きているのだから。


 地上に居る限り、朝暘だけは万物を等しく照らしてくれる。そして自分達を迎えてくれる人々が居る限り、最後まで諦めずに戦おう。だからお願いです、地上を見守りし太陽よ。


 私達から守るべき人々を奪わないで下さい。…どうか、それだけは――。

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