第3話 ダスト・プラント


 二人は預けていたペガサスを受け取ると、そのまま跨って地上にあるダスト・プラントを目指して飛んで行った。それは大空から見ると白く輝く真珠のようで、二人が近づいて行くと壁面の一部が開口されていき、そこからプラントの中へと入って行く。


 そして手前にある人口の芝生や木が生い茂った広場へと向かうと、そこに居た生産型のダストにペガサスを預けていく。ダストが各人で保有しているキメラはここで治療や検査をして貰えるようになっている。彼らも生きている以上、定期検査は必要だ。


 ペガサスを預けて広場を出て、二人は反対側の自動ドアから施設内に入って行く。そしてここからが面倒なのだ。まず通路の入口から身体チェックが入る。そして異常があれば警告。忽ち生産型のダストが飛んで来て治療を受ける。…そして今回、当然ながらトウヤはここで引っ掛かった。すぐに生産型が顔を出してきて「は~い、こっちだよ~」と連れて行かれる。


 それを遠目に見守ったマックスではあったが、自らも補給を受けなければならないので、やれやれと溜息を付きつつ更に通路を進んで行く。するとショッピング・モールの様な広場に出て、左手にあるガラス張りで内部が透けて見える一室―補給所へと入って行く。


 気分は「た~のも~」と云った感じだ。すると入口で待ち構えていた生産型に透明な筒状の装置に乗るよう指示されて、そこに立つと筒ごとベルトコンベアの上を移動し始める。


 まず初めにマックスのランク、そして登録されている装備内容。現在の装備状態。そして不足分の確認。それが済むと自動で不足している装備を括り付けられていき(不足しているのが体を覆う服等の装備だった場合、素っ裸にされて強制的に着せられる)、そうして筒がパカッと開けられていくと、「はい、お疲れさ~ん」と生産型から最終チェックされて無事完了となる。…毎回ここに来る度に言いたくなる。せめて壁は視界を遮断できるような物に変えろ、と。今回不足しているのは電光棒だったから良かったが、万一トウヤの様に片腕が不足している場合は服を全部剥かれてしまうのである。そんなのは絶対に冗談じゃない。


 確かに自分達はダストだ。でも外見は基本的に人間と同じなのだ。そして当然ながら羞恥という感情も残っている。だからお願いしたい。せめて壁、もしくは装置だけでも外部から視界を遮断できる物へと変えてくれ、と。何故ここまでダストには人権が無いのか。


 不満しか覚えない補給を無事に終えて、マックスはやれやれと補給所を出て行く。そして反対側にある大食堂へと向かい、壁一面に映し出されている海中の風景に頬を緩ませる。


 この食堂は時間や日にち毎に壁に映し出される風景が変わり、仕事で疲れているダストの心を癒してくれるのだ。…ここに来ると心が和む。ここだけは世情から切り離されているからだ。ここならダストも人に戻れる。心だけは人間に戻れるのである。


 食堂は相変わらずダストでごった返していた。所狭しとダスト達が席に座り、各々好きな食べ物や飲み物を頼んで寛いでいる。…とても残念な事にダストも人間と同じ様に食事を取らなければならない。何故ならば、体が完全に機械化されている訳では無いからである。


 人間としての臓器が体内に残されている以上、その臓器を維持する為に食事を取らなければならないのだ。何とも面倒に思えるが、食事を味わえるのは単純に嬉しく思う。


 マックスは取り敢えずと正面カウンターへと向かい、飲み物コーナーを目指して歩いて行く。そして「へい、らっしゃい!」と客寄せをしているロボットに飲み物を注文してから、壁際の隅に空いている二人用の席を見つけて腰掛けていく。そして少し啜って息を付く。


 因みに注文したのは抹茶ソーダ味の機械用廃油だ。…通称オイルとも言う。ここが人間とは決定的に違う部分と云えよう。もし人間なら廃油など飲める筈が無いからだ。


 これはダスト用の嗜好品として作られた代物で、まさに名前の通り本来であれば捨てなければならない工業用廃油を再利用したものである。その為、これで不足したエネルギーをチャージする事は出来ない。まずは食事を取り、そして左腕にチャージ用のボトルを付けてエネルギーが充電されるのを待たなければならない。まぁ生身の部分と機械の部分がある以上は仕方ない。非常に面倒だが、それをしないと体を維持できないからだ。


 今回マックスはトウヤを待っているだけの為、注文するのはオイルだけだ。他は必要ない。それにしてもと、マックスは食堂内を見回して僅かに安堵する。…どうやら今日は自分達と同じ下位の者が多いようだ。ごく一般的な服を着た者が大半を占めている。


 上位ランクの者になれば、大抵が最新式のバトル・スーツを着ている。そして腰や背中に大仰な装備を身に付け、我が物顔で食堂内を占領しているのである。でも今日は違う。


 そういった類の連中は所有しているキメラも微妙にずれており、中にはフェニックスをキメラとして連れている者も居る。…それで地上戦になった時どうするつもりなのか。是非お聞きしたい所だ。フェニックスは地上を走れないぞ。鳥なのだから当然ではあるが。


 時たまそんな馬鹿が混じりもするが、基本的には全員ダストだ。だからここでは性別等を気にする奴は居ない。無意味だからである。むしろ関係するのはランクの方だ。…ランクは左腕を見ればどの辺りに位置しているかが分かる。まず上から金、そして銀、最後に銅だ。


 トウヤはマックスの左腕は銅。下位である事を示す銅だ。しかし豪勢なバトル・スーツを着ている者達を見ると全員が銀。彼らは親の権力で上位ランクに上げて貰っている。銀なら前線に出る機会は少なくなる。少しでも我が子を守りたいが故であろう。…それにしても、


 所詮はダストのくせに、権力を笠に着た面倒な連中である。ああいった類の連中には近づかないに限る。マックスはそう思い、ストローを銜えてオイルを啜っていた時である。


「マックス」


 呼び掛けられて顔を上げると、そこにはトウヤが立っていた。右腕は何事も無かったかのように取り付けられており、そして補給にも行って来たのか、右腕と一緒に千切られていた服も電光棒もきちんと数が揃えられていた。そんなトウヤの右手にはオイルが入れられたカップがあり、マックスの正面に座りながらストローを銜えて一口啜っていく。


 それを見てマックスは味に興味を覚え「今日は何味?」と訊ねていく。するとトウヤから単調な声で「アップルジンジャー」と返されてくる。…ふむ、今日は普通の味だった。


 トウヤは微妙な味を好む傾向にある。因みに前回はチョコカレー味だと言われた。どんな味だよと思ったが、マックスにそれに挑戦する勇気は無かった。故に迷宮入りとなっている。


 そんな微妙な顔をするマックスを他所に、トウヤはオイルを手に気難しい顔で喋り出す。


「右腕を修復して貰っている間、生産型からおかしな話を聞かされた。…近々俺達のランクが上げられる事になっているらしい。理由はルヴェート学園の護衛を無事終えたからだと言っていたが。…この話、どう考えても何かあるぞ」


「まぁあるだろうな。俺達のランクが上げられるとなると。胡散臭すぎて笑っちまう」


 そうマックスが呆れ顔で返していくと、トウヤは小さく頷きながら話を続けていく。


「この話が出たのは、俺達がルヴェート学園の護衛を命ぜられる前らしいんだ。それなのに旅行の護衛を無事終えたのが理由だぞ? どう考えても流れがおかしい。取り掛かってもいない仕事が評価されてランクを上げられるか? …それに俺達は一生ランクEの筈だ。特別な理由も無いのにランクを上げられる理由が判らない。何かあると見えるべきだ」


「…う~ん」


 それにマックスは弱り顔をしていき、だがしかしと顔を上げてトウヤへと言っていく。


「普通に聞きゃそうだけどさ。…言いたかないけど、お前さ、あのルヴェート学園に通ってたんだろ? …って事は、良いとこのボンボンだったんじゃねぇのか? あそこには相当な額の入学金を払わなきゃ入れないって聞いたぞ? お前は自分の事を全然話さないから知らなかったけど、今回の仕事ずっと嫌がってたじゃないか。そんで止めに空港で学園の奴に話し掛けられる始末だぜ? お前は俺の相棒だし、腕も立つから特に気にしないけどさ。それを考えると、どうしてお前がランクEなのか、むしろ俺は不思議だけどな。違うか?」


「…それは」


 余りにも手厳しいマックスの指摘に、トウヤは苦い顔をして俯いてしまう。そんなトウヤの反応を見てマックスは溜息を付いていき、そんなトウヤの頭を撫でながら言っていった。


「ま、良いって事よ。…悪い、気にすんな。お前にはお前の事情があるよな。何てったってダストなんだ。それぞれ事情があるに決まってる。俺だってそうだ。それを聞き出すつもりはねぇよ。でもさ、お前の事情を考えると絶対に有り得ない話じゃないだろ? …お前の事を助けたいって身内も居るかも知れねぇしな。たとえば親とか――」


「いや、それは絶対に有り得ない」


 トウヤはそれに関しては即座に否定していき、寂しげな顔をしてそれを告げていった。


「両親は俺がダストに転落した時点で見放している。もしや祖父母かもとは思うが、二人は既に現役を引退して老後生活を送っている。だから有り得ないんだ。それだけは断言できる」


「…そっか」


 それを聞いてマックスは黙り込んでしまい、だが心中ではやはり次元が違う話だと驚いていた。この時代に老後生活。それは一部の裕福層にだけ許された特権であり、不老の技術が確立した現代では相当額の税金を納めないと与えられない特別な権利だ。


 するとトウヤは、相当に裕福な家の出だという事だ。…だが、そうすると。


 そうマックスは考え込んでいき、しかし答えが出ず、困り顔をしながらトウヤに言う。


「だったらどうして俺達のランクが上げられるんだ? …やっぱ嫌がらせか?」


 可能性としては高そうだと漏らすマックスに、トウヤは否定できず言うのだった。


「…かも知れないな。そうだとしたら相当な嫌がらせだ」


 結局はそこに落ち着いてしまい、二人で深々と溜息を付いてオイルを啜るしかなかった。二人は…特にトウヤの方が実力だけはある為、何かと本部から目の敵にされているのだ。


 まぁおそらく、体よく仕事を押し付けられているだけだとは思うが。因みに二人が一緒に仕事をし始めたのは五年前。マックスとはダストに転落した時からずっと一緒に居る仲だ。


 彼女も自分の事を全く話さない為、出身は疎か年齢さえも判らない。ただ同じランクEのダスト。それだけだった。でも二人にはそれで十分だった。だってダストなのだ。それ以上の理由など必要ない。人間だった頃がどうであろうと、現在は同じダストなのだから。


 しかしとマックスは表情を曇らせていき、物悲しげな顔をしてトウヤへと言うのだった。


「なぁ、トウヤ。…俺達、ずっと一緒に居られるよな?」


 その微妙な言い回しの意味に気付き、トウヤは弾かれた様に顔を上げて怒声していく。


「マックス、怒るぞ。今の俺は最下位のダストだ。俺の出身なんて関係ない。俺はダスト。それも最下位のダストなんだぞ。お前と何の違いがある。…何も違いはしないっ」


「…、悪い。そうだよな」


 そんな事はマックスにも分かっている筈なのに、どうしても訊かずにはいられなかった。彼がルヴェート学園に居たと知って、突然彼が遠い存在に思えたのだ。彼と自分は住む世界が違う。…いつかきっと、自分の傍を離れていく日が来るに違いない。そんな風に思えた。


 唯の杞憂だと頭を振っていくと、未だ怒りの収まらないトウヤの顔が見えた。マックスはそれに少しだけ安堵して、そして少しだけ嬉しいと感じて顔を綻ばせた瞬間だった。


 そうして二人は空腹を思い出し、ついでに食事を取って行く事にした。そしてカウンターまで行って料理を注文して、それぞれ腹を満たしてからプラントを後にしていく。


 因みに食事内容は「オムライス」「焼きそばパン」「エネルギー・チャージ」だった。左腕にエネルギー・チャージをセットして、充電しながら食事を堪能するのである。


 …その際の飲み物は嗜好品代わりのオイルでは無く、ちゃんとしたエネルギー補給用の純正オイルだ。食事の感想は美味しかった。因みに言っておこう。美味しかったのは料理ではなく左腕から補給したエネルギーとオイルの方である。中々の味であった。とても満足だ。


 そして二人は広場へと向かい、綺麗に洗われて艶を取り戻したペガサスに跨って外へと出て行ったのだが、下位のダスト本来の任務である都市の周回へと戻る前に左腕に通信が入り、何故か都市最上階にあるダスト本部に呼び出されてしまった。そうして知る事になる。


 この為にランクを引き上げる事にしたのだな、と。…成程、これでは下位のダストに対応させる訳にはいかまい。だからランクを引き上げる事にしたのだ。この仕事をさせる為に。


 結果から言うと、二人は周回任務には戻れなかった。当人達の知らない所で結ばれていた使用貸借契約に従って、契約者だと名乗る若者と共に都市を後にする事になったのだ。


 それにしてもと、二人は思う。…だから何故、わざわざ自分達に仕事を回す必要があったのだと。元々居る中位のダスト―シルバーの連中にさせればいいではないか。


 幾ら心中で文句を言っても誰かに伝わる筈も無く、彼らは文句一つ言えず新たに与えられた任務へと赴くしかなかった。そして思った。下位のダストは所詮こんなものだ、と。

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