第2話 所詮はゴミ、彼らは人間


 …人は度重なる災厄を経験しても新たな都を築く。それこそが人の持てる強みである。


 疾うに草木は失われて荒廃した赤砂の大地の中に、蒼穹を貫いて成層圏にまで達さん程の人工物が在る。それは幾層もの階から成り、地上から僅かに離れて浮遊する人間が造りし楽園。高度な反重力技術で都市全体を浮かせて大地の災厄から守り、そして天から降り注ぐ災厄から守るべく黄金の環が幾つも浮遊して都市を守る。まるでそれは移動要塞であった。


 学生達を乗せた大型旅客機はその都市へと向かい、都市の最下層から伸びて来た半透明な仮想滑走路へと降り立って行く。旅客機は見る間に最下層の空港へと吸い込まれていき、それをペガサスに跨ったダストの二人は上空から見守っていた。これで任務は完遂した。


 この浮遊する楽園は十大都市の一つ、イルフォート・シティだ。現在地上に存在する都市は十ヶ所のみ。他は到底都市とは呼べない規模の代物ばかりで、大抵の都市がこうして地上から切り離されて反重力技術で浮遊している。しかし、そんな高度な技術に守られた大地に住める者は限られているのが現実だ。まずは生まれも育ちも都市である事。そして各都市が推奨している基準以上の学力を持つ事。続いて性格や思想までもが審査対象にされている。それらを満たして初めて人間として残れるのである。一つでも基準外の者は全員ダストだ。


 その為、現在は人口の半数以上がダストとなっていた。都市の内外にもダスト専用の施設が数多く点在し、大抵が都市の外である地上に集中している。地上から切り離された都市の下に彼らの施設はあり、在るのはダストの修理・及び改造を行うダスト・プラント。そして都市の経済等を多岐に亘って支えている単純作業用のロボット。その製造を行うロボット・プラント。だがそれらを管理しているのは全てダストで、現場に配置されているのは地上で製造されたロボットとダストだけだった。人間は一人だって配置されていない。


 プラント等に配置されるダストは生産型と呼ばれ、主な仕事は現場等で破損したダストの修理を行うのが役目であった。彼ら生産型は機械生物やキメラ等を討伐する索敵型とは異なり、体には修理・生産を目的とした機能しか備わっていない。生産型には不必要だからである。その為にダストの中では最もロボットに近い機能を備え、そして都市の管理や維持を担当する指令型や索敵型とも異なり、彼らだけが唯一危険の無いダストと云えた。因みに指令型はダストの中でもエリートに属し、彼らは現場には出ず特殊な現場や都市内などに配置されている。だから一般ダストと呼ばれる索敵型が彼らと会う事は基本的に無い。何せ彼らはダストの中でもエリート。そして自分達は凡庸な索敵型だからだ。


 その索敵型であるトウヤとマックスの二人は、大型旅客機が空港へと吸い込まれていくのを確認した後、改めて周辺を確認してから安堵の息を付いていた。ここまで来れば都市の防衛システムの範囲に入る。ここなら機械生物もキメラも襲って来られない。もう安心だ。


 マックスは草臥れた様な表情を浮かべていき、ペガサスの首を掻きながらトウヤに言う。


「ようやく終わったぜ。…やれやれ、俺達下位のダストには辛いねぇ。何となく手酷い苛めに遭った様な気がするのは俺だけか? こんだけデカい旅客機を護衛すんのに装備増強も許可されないってのはどういうこった。…おい、トウヤ。何か知らねぇか?」


 そうマックスが訊ねていくと、それにトウヤは小さく頭を振って言っていく。


「俺達が苛められる原因か? そんなもの知る訳が無いだろう。それこそ苛められる原因なんて腐るほどある。所詮俺達は索敵型だからな。吐いて捨てるほど居るんだ。何となくで手酷い目にも遭うだろう。所詮その程度の存在だ。因みに俺も流石に今回は苛めだと思うぞ」


 そうトウヤから言われて、マックスもまた「そうだよなぁ」と思い切り顔を顰めていく。そして改めて溜息を付いていき、更に草臥れたという顔をしてトウヤに言っていった。


「さっさとサイン貰ってプラントに戻るか。食堂で一息付きたいしな。…まぁでも――」


 マックスはちらりとトウヤの右腕を見つめていって、苦い顔をして続けて言っていく。


「お前の腕一本で済んだのはラッキーだったぜ。やっぱり流石のお前でも無傷って訳には行かなかったか。…お前、腕だけは有るのになぁ。まぁだからこそ今回はその程度の損害で済んだ訳なんだが。…でもさぁ、学生の数と旅客機の規模がどう考えても変じゃねぇか? 事前に聞かされてたデータと合ってない気がするぞ? あんなデカいの俺達ランクEじゃ普通守り切れねぇっての。確かに俺は馬鹿だが、今回ばかりは頭おかしいと言わせて貰うぜ」


 常識を考えろ。そう只管と文句を言うマックスに、トウヤは頷きながら言葉を返していく。


「正直、今回の旅行を企画した人物の手腕を疑う所だな。俺達が貰った情報には希望者のみの小旅行と記されていた。しかし明らかに一学年分の学生が参加している。…おそらく強制参加だったんだろう。それ以上に解せないのは、何故俺達ランクEにこんな大規模な護衛が回って来たのかという点だ。…こういった類の仕事はランクB以上が担当する筈だが」


 何か変だとトウヤが暗に訝ると、それにマックスは嘆息しながら言い返していく。


「単純に金の問題じゃね? 俺達最下位のダストなら金額も安いしよ。相手は世界有数と名高いルヴェート学園だ。多少の事は無理に押し通せるだろ。…でもなぁ、安いって理由で最下位の俺達を雇うかなとも思うんだよな。金を渋ればその分だけ危険は増す訳だしなぁ」


「…、確かにな」


 マックスから理解不能だと言外に漏らされて、トウヤも苦い顔をして頷くしかない。だがマックスは「まぁいいや」と呆れ顔を浮かべていき、トウヤに向かって言うのだった。


「…所詮は人間様のする事か。頭脳明晰な方々のやる事は俺達馬鹿には理解出来ないねぇ。頭の宜しい人間様は俺達ダストを何だと思ってらっしゃるんだか。理解したくもないね」


 それにトウヤは苦い顔をするしかなく、己の右腕を見て僅かに表情を曇らせていく。だが静かに顔を上げてマックスを見つめていき、互いに頷いて手綱を捌いて自分達もまた空港の片隅へと降り立って行く。そして滑走路の整備をしていた人型ロボットにペガサス二頭を預けて、自身は裏口から空港内へと入って行った。そして狭い通路を只管と歩き、玄関口を目指して黙々と歩き続ける。…それにしても空港の玄関口。余り近寄りたくない場所だ。


 二人は顔を顰めつつ、配管が剥き出しのロボット兼ダスト専用通路を只管と歩き続ける。そして人間の業務用通路へと出て行き、更にその先にある空港の玄関口を目指して歩く。


 重々しい鉄の扉を開いた先は別世界だった。壁の片面は透明度の高いガラスが嵌められており、そこから陽光が燦々と注がれ続けている。人々は自らの手荷物は全てロボットへと預け、自らは自動通路の上に立って移動していた。…そんな光景を横目に、二人は居心地の悪さを覚えながら片隅に立って、ルヴェート学園の関係者が出て来るのを待ち続ける。


 それから数分後だった。明らかに学生らしき者達が列を成して現れ、その先頭に居た秘書らしき女性が二人の元へと歩み寄って来たのは。そして女性はトウヤの状態を見て双眸を細めていき、見下す様な仕草をした後に溜息を吐きながら言ってきた。


「この程度で腕一本破損ですか。話になりませんね。もっと優秀なダストを雇うべきでした。今回何事も無く旅行を終えられたのは、偏に運が良かっただけとは。…全く酷い話です」


「…んだと?」


 女性の酷い言い草を聞き、マックスは怒気を浮かべていく。だがそれをトウヤが左腕だけで制していき、付け根から失われた右腕を見つめた後に女性へと謝罪していった。


「ご指摘は御尤もだと思います。…ですが、その前にお訊ねしたい。何故俺達最下位の者を雇ったのですか。そして何故、俺達に正しい情報を渡して頂けなかったのですか。…今回、俺達は二百人程が参加する小旅行だと聞かされていました。ですが実際は千人以上の学生が旅行に参加し、宿泊したホテルの規模も旅客機も、何もかもが俺達の想像を遥かに上回るものでした。何故正しい情報を教えて下さらなかったのです。そしてあなたは知っていた筈です。俺達のランクが最下位のEだという事を。…軽装備の俺達ではこれが限界です」


「……」


 女性はそれに冷えた表情を浮かべていき、それを鼻で笑いながら言っていく。


「だから何なのです。あなた達を指定して来たのは他でも無いダスト本部です。こちらではないのですよ。どれだけあなた達が損害を被ろうと、それは単純にあなた達の実力不足ではありませんか。…どうですか? これでも何か不満があると、あなたはそういうのですか?」


「……」


 それにトウヤは無表情を浮かべていき、そして徐に顔を上げて言うのだった。


「ですがそれは、あなたが旅行を小規模に偽って本部へと提出していたからでしょう? そうでなければ俺達が派遣される事は無かった。その所為であなた方が何かしらの損害を被ったとしても、それは俺達ダストの落ち度では無い筈。…違いますか?」


「っ!」


 トウヤから静かに指摘されて、女性は悔しげに唇を噛み締めていく。そして言うのだった。


「…ちっ、ダスト如きが。無駄に口が回るものね」


 そして女性はマックスが持っていた電子手帳を奪い取っていって、そこへ乱暴にサインしてマックスへと戻して歩み去ってしまった。そんな女性を見てマックスは呆れ顔をする。


 …またやってしまった。トウヤはいつもこうなのだ。余計な一言が多い。だから怒られる。


 後で本部の方に苦情が行くな。そうは思いつつも、マックスは内心では「ざまぁみろ」と嘲笑っていた。だってスカッとするではないか。所詮相手は人間。相手はこちらを見下しているのだから、それにどう対応しようと自分達の勝手だ。何も謙った態度を取る事は無い。


 まぁ毎回相手の神経を逆撫でするのはどうかと思うが、自分達ダストはこれ以上地位が落ちる事は無いのだから、そんなトウヤの態度を見ていると爽快な気分になるのが本音だ。


 尤も、その後に必ずと言っていいほど本部に呼び出されて叱られる訳なのだが。それには目を瞑ろう。自分達はバディだ。叱られる時も当然二人一緒。…まぁ不満が無いと言えば、


 嘘になるかも知れないが。そんな事を少しだけ思いつつも、人間の事なんぞどうでも良いかとマックスは思い直していき、打って変わって心配そうにトウヤへと訊ねていった。


「おい、トウヤ。…喰われた右腕、大丈夫か? オイル漏れとか――」


 だがトウヤはそれに頭を振っていき、仄かに微笑みながら彼女へといっていく。


「それは問題ない。緊急対応が間に合ったからな。…でも、右腕が無いと流石に不便だな。マックス、悪いが俺は食事の前に修理の方に行ってくる。どうせ数分で治るだろうからな」


「了解だ。俺は先に食堂の方に行ってるぜ。…ま、その前に二人ともメディカル・チェック行きだろうけどな。さっきの秘書様に無理させられた所為で互いにボロボロだぜ?」


 主に装備が。そうマックスは笑いながら自らの腰を見やっていき、既に一本となっている電光棒を示して苦笑していく。それに関してはトウヤも変わらない為、同様に笑うしかない。


 破損した際の修理や食事などは、全て都市の外にあるダスト・プラントで行える。…尤も上位ランクになれば都市内の施設を利用できるのだが、二人の様な下位の者は都市の外だ。


 因みにトウヤの右腕だが、旅客機を護衛中に何故か超大型ドラゴンと遭遇して、その際に右腕を喰われてしまったのだ。右腕一本で済んだのは不幸中の幸いだった。心底そう思う。


 現在は昔とは違って遺伝子を混在させた様々な生物が存在する為、昔は空想上の生物と言われていたものが現在では普通に存在している。その為に生態系が壊れて、嘗て存在していた種は全滅してしまった訳なのだが。それでも超大型ドラゴンには滅多に遭遇しない。


 学園の連中は呪われているのではないだろうな。…そんな冗談とも思えない思考が二人の間を流れて行く。でも今は破損した体の修復と電光棒の補給が先だ。


 ダストが一般的に装備している電光棒だが、高圧電力を筒の先端から発して棒状にする事も、そして放射線状に発して身を守ったり相手を退けたりする事も可能だ。尤も手に収まるほどの大きさしかない電光棒に多量のエネルギーを蓄電しておける筈も無く、その為に途中でエネルギーが切れては新しい電光棒に持ち替える必要が出て来るのだ。そしてこの電光棒、ランクによって支給本数が決められている。そしてランクEである二人に許可されている本数は四本まで。腰の左右に二本ずつ。それだけなのだ。何とも心許無い数である。


 だからと、二人は徐に身を翻していく。そんなトウヤの右肩から覗くのは引き千切られたチューブ、そしてそれを覆う人工筋肉と細かな部品の数々であった。ダストは肉体の大半が機械化されている。その為に多少の傷を負っても生命に危険が及ぶ事は無い。…だからこそ超高速で移動する旅客機と並行して移動できるのであり、薄い大気の中でも活動できるのである。彼らダストが生物とはとても呼べない代物だからだ。大半が機械だからである。


 まぁそんな事は良いとして、さっさとプラントまで行って修理と補給を受けよう。そして美味いオイルでも片手に寛ぐのだ。…そういえば、そろそろ新しい味が出ると言っていたが。


 二人がそんな事を思いつつ、自分達が歩くべき専用通路へと向かうべく足を向けた時である。玄関の外で送迎バスへと乗り込んでいた筈の学生が一人列から抜け出て来て、そんな二人の元へと大慌てで駆け寄って来たのは。そして彼は息を切らせながら話し掛けてくる。


「…ま、待ってよ。トウヤ!」


「?」


 呼び掛けられて二人は立ち止まり、トウヤはもしやと眉根を寄せながら振り返っていた。そして思った通りの人物が立っているのを見て、弱り顔をしながら彼の名を呼んでいく。


「…クライス、か。何故俺の元になど――」


 来たのかとトウヤは漏らすが、クライスはその意味に気付いていないようだった。嬉々とした表情を浮かべて頷くばかりで、満面の笑みを湛えながらトウヤへと言ってくる。


「やっぱりトウヤだったんだ! そうじゃないかとは思っていたんだ。…何だよ、トウヤ。一言くらい声を掛けてくれれば良かったのに! 今までどうしてたんだ。僕はずっと――」


「おーっと、そこまでだ!」


 だが途中で、二人の間を引き裂く様にマックスが割り込んで来る。そしてトウヤを背中に隠して相手を睨み付けていき、右腕の無いトウヤを守るべく憤怒の形相をして言った。


「人間様が何の用だ? 人間様の為に最高級の送迎バスが来てんだろ。…さっさと乗れよ。それとも何か? まだ俺達を扱き使おうってか。流石は人間様だな。考える事が違うぜ」


「…なっ」


 憎悪を込めて言われて、クライスは驚愕するしかない。少女であるマックスから酷い言葉を浴びせられて何も言えなくなり、そしてマックスはトウヤを背に庇ったまま睨み付けるばかりだ。しかしそれも飽きてきたのか、マックスは軽蔑する様にクライスを一瞥した後、右腕を失ったトウヤを支える様に左腕に絡み付き、無視する様にトウヤへと言っていった。


「さ、行こうぜ。…お前の隣に人間様は似合わねぇよ。お前の隣は俺が立つ為に在るんだ。こんな人間様の為じゃない。俺達はダストだ。人間様に迷惑を掛けちゃ悪いからな。さっさと行こうぜ、トウヤ。…人間様を守る為に破損した部位を修理して貰わねぇとな」


「…そう、だな」


 それにトウヤは困惑気味に頷くしかなく、そして人間であるクライスへと謝罪する様に頭を下げていく。マックスが一瞬不満げな顔をしたのが見えたが、構わずそれを告げていた。


「相棒の非礼、お許し下さい。…あなた方の御目汚しをした事、心より謝罪致します。すぐ立ち去りますので、どうかあなたはバスの方へと向かって下さい。申し訳ありませんでした」


「…っ、ト…トウヤ」


 到底想像し得ない言葉を向けられて、クライスは驚いて立ち尽くすしかなかった。自らを卑下するトウヤの言葉は余りにも痛々しく、そして驚愕するより他に無い酷い言葉だった。


 二人はその間に背を向けて歩き始めてしまい、一人残されたクライスは呆然と立ち尽くすしかなかった。そんなクライスにトウヤが僅かながら意識を向けていくと、それに目敏く気付いたマックスが小さく顔を歪めていき、頭を振りながら言ってきた。


「…トウヤ、俺達はダストだ。あいつら人間とは生きる世界が余りに違い過ぎる。もし俺達の権利が都市法で定められてなければ、今頃はどうなってるか判らないような立場なんだ。あいつらは外の世界を知らない。それは俺達ダストが守ってやってるからだ。…それなのに俺達の立場は低く、蝋燭の火が吹き消されるのと同じくらい弱いものだ。俺達ダストは人間じゃない。その名の通りゴミ。…俺達はゴミなんだよ。だからトウヤ、人間には関わるな」


「…、分かっている。そんな事は…俺だって分かっているさ」


 それにトウヤは寂しげに俯くしかなく、マックスもまた顔を歪めて視線を逸らすばかりであった。こんな風に生きていく事を余儀無くされたのは、果たしていつの頃からだったか。そう二人は想いを巡らせる。だが確実に言えるのは、もう五年以上は前だという事だ。


 トウヤの外見年齢は十七歳、そしてマックスは十四歳と年若いままだ。それこそがダスト最大の特徴であり、肉体が改造された日から彼らは歳を取る事が出来なくなるのだ。


 そして二人は下位の索敵型である為、都市の中で生活する事は許されていない。その為に移動手段としてペガサスが与えられているのであって、二人の通常任務は都市に接近して来る機械生物やキメラの討伐が主だ。…つまり、今回の様な仕事は任務外なのだ。そのうえ二人は下位のダスト。あのような大型旅客機を守り抜くには装備が余りに足りていない。


 そういった状況に対処する為にランク付けされているのに。そう二人は苦い顔で思う。


 遠方へと赴く任務は装備が充実した上位ランクの仕事だ。そして大規模な作戦等になると指令型を中心としてチームを組まれ、指令型をリーダーとして掃討に当たるのだ。


 そんな下位の二人が護衛任務に充てられた理由。都市の最上層にあるダスト本部からは上位ランクのダストが全員出払っている為だと説明を受けた。…だがおそらくはと、二人は苦い想いを隠せず心中で思う。相手がルヴェート学園だった為、わざと二人を指名したのだ。


 実は最も戦い慣れているダストが集中するのは最下位のE。そして一つ、また一つ上位へ上がっていくと、途端に現場とは無関係のダストが多くなる。彼らの殆どが裕福層の出身であり、親の権力を笠に着てランクを上げさせるのである。最も多忙なのは最下位のEだから、極力現場に出なくていいように権力を行使するのである。そして彼らには充実した装備が与えられている。彼らが廃棄処分等にならないよう、特別な計らいがされているである。


 そして先ほどの秘書は書類を偽って提出していた。…それを良い事に、ダスト本部も派遣するダストのランクを下げたのだろう。状況からして、考え得るのはそんな所か。


 もしくはせめて指令型にでも頼め。二人の立場ではそう文句を言いたい所である。相手は著名人を多く輩出しているルヴェート学園だった。万一の事態にでもなれば冗談では済まないだろうに。…全く以ってふざけた話である。最下位の二人としては文句しか出ない。


 何となく嫌がらせを受けた様な心境を抱えつつ、二人は苦い顔で空港の中を歩き続ける。どうせ自分達が気にしても詮無い事だ。考えるだけ無駄なのだから。


 そしてこの世は、ダストには余りにも生き辛い世界であった。もし人間の機嫌を損ねでもすれば、忽ち指令型が飛んで来る。そして身柄を拘束され、最悪の場合は廃棄処分にされてしまうのである。そして大抵の理由が不敬罪。いつの時代だと呆れたくなる話だ。


 だからダスト達は思うのだ。…こんな世界など、壊れて無くなってしまえばいいのにと。


 そんな想いを抱きつつ、二人は専用通路の手前にある業務用通路を目指して歩いて行く。そして「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた扉を見つけて、そこへ入ろうとした時だった。


 偶々傍を通り掛かったサラリーマン風の男達が擦れ違い、その視線をトウヤの右腕へと向けて蔑んだ眼をして、チューブや部品が剥き出しとなった腕を鼻で笑って来たのだ。


「…おい、人間様の世界にゴミが居るぜ。おいゴミ、自分ってゴミを早く廃棄処分しろよ」


 続けて同行していた二人も嘲笑って来て、厭らしい笑みを浮かべながら楽しげに言う。


「確かに。俺達人間様に何の用だってんだ。空港が汚れちまうだろ。どっか行けっての」


「あ、何なら通報する? すぐ回収に来てくれるぜ。ゴミの回収~、ゴミの回収~」


 すると近くを歩いていた者達も一斉に目を向けてきて、二人を嫌悪する様に顔を顰めて足早に通り過ぎていく。だが、二人の表情が変化する事は無かった。まるで感情を組み込まれていないロボットの如く振る舞い、そのまま扉を開いて薄暗い通路の中へと消えて行く。


 これこそがダストが置かれた現実。人間以下とされるダストの日常であった。


 だからダスト達は思うのだ。人間と称される一部の者にのみ優しいこの世界に、どれほどの価値があるというのか、と。人間は決して平等では無い。…人の下に人を造り、人の上に人を造るのだ。過去の偉人達も平等を求めて戦ったようだが、結局完全なる平等は無かった。


 そして虐げられる側となった者は世界の有り様を憎み、世界そのものを憎むようになる。それでも思うのだ。きっと何処かに平穏な世界がある。きっといつか変わる筈だ、と。


 でも、結局は行動できず人が生み出した歯車に呑まれて消えて行くしかない。行動する事によって現在の立場が更に陥れられるのが怖い。他の者達を巻き込むのが怖い。


 それにどうせ何も変わりはしない。そんな事は分かっているのだ。それでもダストは願う。きっと何かが変わる日が来ると。…ほんの少し、ほんの少しだけでも変わる日が来ると。

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