第8話 ハイジャックその3



 「相手の攻撃手段は確実に削いでいる。コックピットを占拠し、機内放送でしゃべっていたひとりはおそらく暗示に特化した能力だから…残りはこのバロールのワーディングを展開している奴くらいかしら」

 リリスの回復能力によって傷を癒し、態勢を立て直した三人は、再起不能となったオーヴァードを一か所にまとめて、エコノミーに残してきた二人を呼んでコックピットへの侵入方法を考えていた。

 コックピットまでの通路は狭く、扉は厳重。そして内部は狭く機器類やパイロットになにかあっては一大事だ。

 シャーロットはビジネスクラスの空いた席に座ると口元に手を合わせて思考を巡らす。

 先ほどの二人を退けてから、新たなオーヴァードが攻撃を仕掛けてくることはなくなり、どうやら相手はこのまま飛行機を拠点まで運ぶつもりなのだろう。

 「可能性として、パイロットが仲間っていうのは、あると思う?」

 「ないとは言い切れないけど、それならわざわざあんなアナウンスするかしら。機長が緊急事態により進路を変更しています……とか言えば楽だと思うけど」

 「確かにな。パイロットが仲間ならクルー全員に暗示をかけるとか下準備も楽になるだろうけど、そういうわけじゃなさそうだ。その線は捨てていいんじゃないか?」

 「となると、コックピットには一般人二名とオーヴァード一名。どうにか相手から出てきてもらえばいいんだけど……」

 「出てくるわけないでしょうね」

 「そうだよなぁ…。暴れたところで出てこないだろうし……。なぁメノイティオス。お前もソラリスならそういう能力が使えるんだろ? お前が人を操るとしたらなにを警戒する?」

 「そうね……。私はそういうのは得意ではないけど、気を付けるとしたら暗示では対応できないイレギュラーかしら」

 「イレギュラー?」

 レベッカは首を傾げるが、リリスは頷いて続ける。

 「どの程度かにもよるけれど、暗示はイレギュラーな事態で解けやすいわ。痛み、動揺、複雑な命令とか。イレギュラーに対して命令を実現するにはどうするか、という思考が多くなった時、我に返る時があるわ」

 「パイロットの目に留まる形でそのイレギュラーを起こし、乗客に被害を出さないようにするなら、警報を誤作動させるとかかな」

 「室内の温度を上げる、扉のロックを解除する、重力で機体を軽くするか重くするか、俺たちが使えそうな能力で出てくるのはこんなもんだが……」

 「だからといってこんな空の上でイレギュラーなんて作ったら私たちが危ないでしょう?」

 パイロットたちの暗示を解くことが事態の解決に直結するわけでもない。

 しかしこちらが持てる手札では相手を無力化するには難しい。そういう沈黙がしばらくあった後、シャーロットが口を開く。

 「そうね……。こうして考えている間も進路はどんどん離れていくし…。いっその事着陸後に攻撃する?」

 するとレベッカは首を振り、否定する。

 「出来なくはねーけど、そりゃ危険だ。どんな場所に卸されるのかもわからねぇ。着陸と同時に待機しているセルのメンバーが流れ込んでくる、とかもっと特殊な能力で動きを封じられるとか。今は相手の能力の対策を考える時間がある。ここで決めるのがベストだ」

 「私もプロメテウスに同意ね。相手が何をするかわからない、自由も効かない中で敵地には行きたくないわ」

 「それに俺は早く家でくつろぎてーからよ」

 「あはは……気に入ってもらえるといいわね。進路がそれたということは空港の管制室からわかると思う。けど軍の戦闘機とかは付近には見えない。おそらくブラックドッグの能力でうまく隠れているのね」

 「あー。そのことなんだが、おそらくこの機体と融合している奴がいる。そいつが通信とか操縦を制限してるんだと思う」

 「どういうこと?あなた、何か知っているの?」

 「いや、見えるんだよ。なんか、壁の不自然な温度とか……ちょっと説明できねーんだけどさ」

 「あっ。それでさっき船内を見てたんですね」

 口ごもるレベッカに対し、クルルが先ほど機内を見渡していた彼女の様子を思い出して納得をした。彼女の能力にはそういうったこともできるのだろう。

 「船内と融合しているということは、ロックの解除とかは難しくなるわね」

 「なんなら常に居場所や行動を報告されているだろうよ」

 「摩擦をなくすワーディング。乗客の無力化、パイロットを人質、外部からの介入不可、攻める必要がないくらい相手が有利ね」

 「空の上だが、地の利はあっちにあるな。……だが、破れないわけではない」

 何かをひらめいたように指を鳴らし、レベッカはみなを見る。それはいたずらを思いついた子供のようにこの状況を楽しみだしたような笑みを浮かべていた。

 「なにか案があるの?」

 「俺にいい考えがある。ちょっと任せてくれよ!」

 「……嫌な予感がする」

 反してリリスはその表情に不安を抱きキャスケットを深く被り直した。



 「カマンベール、ゴルゴンゾーラ。機内にオーヴァードが数人いるようだが、状況は?」

 『こちらはゴルゴンゾーラ。残念だが、エメンタール、モッツアレラ、パルミジャーノ、ラクレットがやられている』

 「機内にオーヴァードがいることを警戒してセルメンバーを総動員していたが見ごとにやられるとはな。乗客に被害は出ているのか?」

 『いや、今のところ全員無事だ。エメンタールたちも命までは取られていないみたいだ』

 「なるほど、いかれたジャームまがいではなさそうだな。敵の詳細は?」

 『五人組で実際に動いているのは三人だ。コードネームでプロメテウス、メノイティオス、アトラス。そう呼び合っているが、聞いたことはないな。見た目はガキだ』

 「私もそのコードネームに聞き覚えはないな。ならばUGNのチルドレンかイリーガルあたりか」

 『どうする?』

 「放っておけ。どうせこれ以上は何もできないだろう。だが強硬手段を取ろうとしたときはワーディングを解除してやれ」

 『了解』

 通信を終え、意識を機内に戻す。機長たちは未だこちらの暗示に従い、自分たちの拠点に向かうよう移動している。

 周囲の風景から見ると、あと数十分で国境を越えられる。

 「ん……?」

 ふと視界の先になにか黒いものが映りこんだようにみえた。

 『どうかしたか?』

 「いや…前方に何か……」

 ロックフォールはもう一度視線を空の奥へと向ける。そこに間違いなく、黒い巨大な雲の影が見えた。積乱雲だ。

 「あれは…、あれは!?」

 『おい、なにがあったっていうんだよ?』

 外の様子がわからないカマンベールは、突然取り乱した彼に問いかける。

 「おい、そいつらの中にサラマンダーはいるか!?」

 『い、いるぜ。モッツアレラとラクレットを倒した奴だ』

 「そいつを始末しろ!早く!」

 『お、おいリーダー。どうしたんだよ』

 「そいつは進路上にでっかい積乱雲を作りやがった。急いで始末しろ!」

 

 

 ビジネスクラスの通路に立ち、何かを手繰るように前方にむかって腕を伸ばすのはレベッカ。

 クルルが外に目をやると、先ほどまでは地上の景色が見えていた快晴が、徐々に厚い雲に塞がれ、前方には巨大な積乱雲を形成している。

 彼女は知っている。積乱雲とは雨と雷を伴う巨大な雲で、一般的に飛行機はこれを回避して航空することを。

 しかし、今。操られている操縦士たちにそれができるのだろうか。

 「れ……!プロメテウスさん!?」

 「さぁさぁ。俺を殺さすかパイロットにどうにかさせねーと全員死ぬぜ…?」



 窓の外を確認したシャーロットはレネゲイドを発し能力を行使しているレベッカの方を向く。

 「何をしたの……?」

 「ちょっと先にでっかい積乱雲を作ったんだよ。飛行機が時速何キロで進んでるとかわからねーからかなり大雑把な位置だけどな」

 外の様子を見てわかり切ってはいた。サラマンダーシンドロームには天候を操る能力者がいるということも資料で知ってはいた。だがその解答に眉間の皺が寄る。

 「正気!? 下手したらタダじゃすまないのよ!」

 「だからだ。この雲は俺が死ぬか俺が解除しない限りあり続ける。視認できるくらいの距離に作ってやった。その間にパイロットに回避行動をとらせるか、俺を仕留めに来なきゃ機体は最悪バラバラ。せっかく苦労して捕まえた人間も自分たちも全滅。そんな可能性があるなら奴らは絶対残りの戦力をぶつけてくる!」

 「だけど…!」

 「この状況、これしかない。盤面を動かすにはこれくらいやる必要があるだろ?」

 「勝手なことを!」

 シャーロットがレベッカに掴みかかろうとしたところ、その間を切り裂くようにケータリングカートが飛んでくる。シャーロットは伸ばしていた手をカートに触れ、作用する運動エネルギーを停止させ無力化する。

 「ほら仕掛けてきた、やるぞアトラス」

 「あー…、もう!」

 「っちぃ、奇襲は失敗か。だがっ!」

 機内に悔しがる男の声が反響する。おそらくこれが機体と融合しているオーヴァードとその攻撃であろう。

 機内の壁の一部が歪曲し触手のようにうごめき、カートを投げ投げつけてきた。

 ワーディングの影響か、投げつけられたカートは乗客へ当たっても、負傷することなく滑っていく。

 「プロメテウス、狙い通り攻撃はきたけど根本の解決はできてないわ、機体と融合しているアレをどうやって倒すかよ」

 「はっ、安心しろよ。それならとっくに準備できてるぜ」

 「準備?」 

 「俺ができるのは雲のデザインだけじゃねえってことだよ!」

 機体と融合しティターンズを襲撃しているオーヴァード、コードネームゴルゴンゾーラは、その言葉を聞き機体の外に意識を集中させる。

 外に自分を脅かす危険があると、直感的に感じたのだ。

 機体はいつの間にか雲海の上を走っていた。課題の積乱雲までは距離がまだあるが、よく見れば周囲に雷を纏った雲がいくつか見える。

 それを認めた瞬間、身体に電撃は走る。

 周囲の雲から走るいくつもの電撃が身体を焼く。

 『ぎゃぁぁぁああ!』

 「どういう融合しているかわからねーけどよ、そんだけ機体と一体、みたいにアピールしてるんだ。機体に走る電撃も当然感じるよなぁ?」

 『どうして!?なぜだ!』

 ゴルゴンゾーラは痛みに耐えられずそのまま融合を解除する。彼はブラッグドッグとエグザイルのクロスブリード。電撃を操作できる能力をもってしても人間をほぼ確実に殺す電撃の前には、ただでは済まなかった。

 融合を解除し機内へと姿を現した男のオーヴァードは、全身に火傷を負っており全身から流血していた。

 現れた男を確認しレベッカはすかさず蹴りをを叩きこみ、行動不能にさせた。

 「飛行機ってのは雷を放電できる外板があるんだってな。機械は走る電撃に痛みを感じなくても、お前は感じる。それだけだろ?」

 なんだその理屈は、と思わず呆れてため息をつく。結果論として彼女の予想が当たりうまくいったが、そんな雑な賭けに乗っていたのかと思うと頭痛がしてきた。

 「成功したんだから怒んなよ、失敗したらお前に頼ってたけどさ」

 「成功してよかったわ。Wi-Fiも復活してるみたいよ」

 所持していたスマートフォンを確認すると、外部との通信が可能になっている。おそらくはこの飛行機に位置情報も受信できるようになっただろう。

 テロリストに占拠された飛行機をこの国が放置することはないだろう。空軍などが近づいてくるまでに残りのFHを無力化しなければならない。

 「んじゃ問題のコックピットか」

 「それなら今やっているわ。機体と融合していたオーヴァードがいないなら、あたしにだって作戦はあるわ」

 そういったリリスは、ナイフで自信を傷つけ傷口から溢れ出る血液を座席の空調へ流し込んでいた。

 「……。二人とも次から作戦を思いついたら行動より共有を先にしなさい。サプライズはなしよ」

 チーム結成をした翌日のことだからか、さっきまではチームで戦えていたように思えたがところどころ単独で動き出してしまうようだ。

 今回はそれがいい方向に向かっているが、やはり黙っていられるのは困る。

短いため息をつき、視線を乗客たちに向ける。ワーディングはまだ解除されていない。

 「プロメテウスはメノイティオスとコックピットに行って、状況が動いたら呼びなさい」

 「了解」

 「アトラスさん…!わたしは…っ!」

 「私たちの近くで隠れていなさい」

 「は、はい……」

 皆が戦い傷つく中、まだ自分にできることが見いだせないクルルは、恐怖心とともに無力感を感じていた。



 コックピットを占拠している男は、扉前に設置されたカメラから出口で待機している金髪のオーヴァードを見て舌打ちをする。

 「くそ、ゴルゴンゾーラまで倒されるとは…。人数も状況もこちらが圧倒的に有利だったはずなのに!」

 頭をかき乱し悪態をつく男は、ひとしきり喚いたのち、深呼吸を一つして眼前に見える積乱雲を睨む。

 「どれほど足掻こうが操縦も人命もまだこちらが掌握している。このまま積乱雲を回避し、セルへ戻ろう」

 男はパイロット二人の肩を掴み、暗示をかけ直そうとする。

 しかし引き寄せたパイロットの顔には、赤黒い蠢く何かが張り付いていた。

 それは血の塊。命令によって動き出すブラムストーカーの能力。従者だった。

 「いつのまにっ!?」

 驚き身体を退けるが、従者は人間大の姿へと変形しロックフォールに襲い掛かる。回避は間に合わず、男はそのまま殴り飛ばされ後方の入り口に吹き飛ばされる。

 「ぐっ……」

 このままでは退路がない状態で従者の攻撃を一方的にくらうことになると判断したロックフォールは、急いで扉のロックを解除し外に出る。

 「よう」

 先ほどカメラから見ていた金髪のオーヴァードがそこにいた。退路などなかったのだ。

 「お前の部下から殴られたし斬られたからお礼だよ」

 レベッカはロックフォールの顔面目掛けて一撃を浴びせる。後ろから迫っていた従者はそれに合わせるようにタックルを喰らわせる。

 挟み撃ちに合い身体から骨の砕ける音がした。

 「出てきてくれたからあっさり解決できたな。メノイティオス、操縦士たちは大丈夫そうか?」

 死んではいないものの再起不能になったロックフォールを引きずり出し、その間にリリスはコックピットの中に入る。

 「今確認するわ……」

 リリスは操縦士たちの顔を交互に確認する。

 「どちらも催眠状態ね。だちらかが仲間という線は消えたから、これから起こすわ」

 ひとまず副操縦士の肩に手をかけ、一瞬だけ激しく揺さぶりながら指を弾く。するとまるで先ほどまで息を止めていたかのような苦しい呼吸をし副操縦士の壮年の男性が覚醒する。

 「っは! な…なにがあった…? 君たちは?」

 「プロメテウス。もう積乱雲はいいでしょう、解除したらアトラスを呼んできて。彼らに説明をしないと」

 「了解」

 短く答えてレベッカはロックフォールの身体を引きずり通路に戻っていく。その際大きく指を弾くと外に集まっていた雲は穏やかに消えていった。

 困惑する副操縦士を置いて同じ方法で機長の男を覚醒させる。同じように苦しい呼吸をしたあと、副操縦士の男と顔を見合わせていたが、自らの役割を思い出したかのように計器や外の様子を確認する。

 「航路が大きくずれているぞ、いつの間に!」

 「国境を越えるところだった……操縦を切り替えます!」




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再生 植月和機 @uetuki

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