第7話 ハイジャックその2

  「シャーロット、機内じゃ俺の剣は使えない。なんか代わりになるような物はないか?」

 レベッカ・ヴァローネは言う。精密機器に囲まれた機内、高度一万メートルという環境、気圧などの兼ね合いもあり彼女の炎の刀身はこの環境では十分に発揮できないらしい。

 「ナイフ二本、拳銃一丁、マガジンが一つ。私が持っているのはそれだけよ」

 「じゃぁナイフを一本くれ」

 シャーロット・ベラーターは短く頷くと荷物をしまっていたバロールの空間からナイフを取り出し、レベッカに渡す。

 受け取った彼女はナイフの刀身を確認してから機体前方の方を向き警戒行動をする。

 「……なんだ、これ?」

船内をぐるりと見回したレベッカが呟く。

 それを聞いていたクルルは彼女の視線を追うように機内を見るが、特に何かが隠れているわけでもない。

 「グリゴリ、確かクルルの武装を預かってきているのよね。今確認して大丈夫?」

 「では私の荷物を。しかしそれはこの機内では不利かと」

 グリゴリから預かっていたボストンバッグを取り出し、中身を改める。

 中には複数の刃を鎖で繋いだ、鞭のような武装が納められていた。刃の部分は鉄ではなく、触感からして生物の骨が使われているのがわかる。

 「これは…鞭?」

 「バラキエル、という蛇状剣の改良型だそうで。言ってしまえば剣と鞭を合わせたものですよ」

 「……射程距離は鞭の形状で四メートル、剣の形状で二メートルというところかしら。クルルの身長以上あるわね。やはり機内ではうまく使えそうにないわね…けど、護身用として装備しておきなさい」

 そう言って剣の形状を折りたたみ一メートルほどにしたバラキエルをクルルに渡す。

 「は、はい……あっ」

 レベッカの方へ寄ろうとしていた彼女は、受け取ったそれに触れた途端足を止めて蹲る。

 「どうかしたの?」

 シャーロットは突然蹲った彼女の肩を掴み、その表情を見る。彼女の目からは大粒の涙がぼろぼろととめどなく溢れ出ていた。しかし彼女自身なぜ今になって自分が泣いているのかわからないようで困惑している。

 「えっ? あれ…?」

 突然FHに所属することになり、旅に戦闘。彼女の心が限界を迎えたのだろうか。

 「……なにか気に障ったかしら。ごめんなさい」

 「えっ、いいえ。シャーロットさんは、なにも、わ、私。どうしちゃったんだろう…っ!?」

 必死で涙を拭いシャーロットに謝るが、やはり彼女が戦闘に参加することは難しいだろう。

 「貴女はグレゴリと一緒に周囲の警戒をしていなさい。グレゴリ、拘束した二人とこの子を見ていなさい」

 「畏まりました」

 「リリス、シャーロット。機体を奪還するために前進するわよ。これよりはコードネームで呼び合います」

 「了解、アトラス」

 二人の応答の直後、機体の先頭からバンッという炸裂音が複数響く。

 「連絡が途絶えたことに気付いて仕掛けてきたな?」

 音の正体は弾丸だった。六発の弾丸が前方からこちらに向かって発砲されたのだ。

 それらは座席や機体の壁に当たりながら、それらを傷つけることなく跳弾し、予測不能な動きで襲い掛かる。

 リリスは従者を外套の様に羽織り被弾を防ぎ、シャーロットは空間を歪めレベッカと自分に飛んできた弾丸を受け止める。

 「助かるぜ」

 頷いて背後を見る。弾丸は全て防ぎ切り、後方の二人には届いていないようだ。それを確認したのち、受け止めた弾丸を見る。

 跳弾した割には弾丸には傷や打痕は見当たらず、重さも通常の弾丸と変わりない。

 「……摩擦を調整し、跳弾を計算しているのかしら…前方の敵はバロールとノイマン。ワーディングを仕掛けたやつじゃない」

 「だが目障りだ。最初はあいつから倒すぞ」

 レベッカはナイフを構え銃弾が飛んできた方向へ走り出す。リリスとシャーロットは後に続きエコノミーからビジネスクラスへ移動する。

 ビジネスクラスではアサルトライフルを構えた男が一人立っていた。

 レベッカは座席の上に上り、それらを飛び移りながら男との距離を詰める。。

 男は初めに見つけたレベッカに向けマガジンを使い切るまで発砲する。外れた弾丸は物体に当たると反射し、跳弾を繰り返しレベッカの元へ収束する。

 レベッカが囮として注意を集めてくれたおかげで被弾を免れたリリスは、先ほど羽織った従者をレベッカに向け投げる。

 従者はたちまち人の姿に戻るとその液体で構成された身体と機敏な動きで襲い来る弾丸を全て受け止めた。

 「ちっ、モッツァレラ!従者を取り押さえろ!」

 銃を構えた男が叫ぶと乗客に紛れるように座席に潜んでいた男が獣の姿に変貌しながらリリスに襲い掛かる。

 レベッカを守っていた従者は、能力を行使するリリスの危機を察知したのか彼女の元へ駆けつけて獣の男との間に立つ。

 すかさずリロードを終えた男はレベッカに向け全弾を発砲する。

 咄嗟に座席に伏せ躱すが、弾丸は相変わらず跳ねて軌道を変え襲い掛かる。

 「プロメテウス、そいつは私が対処するからメノイティオスの援護を!」

 「正気かお前、支援しかできないって言ってただろ!?」

 「大丈夫よ。信じて」

 「……わかった、任せる」

 レベッカは伏せていた座席から抜け出すとシャーロットと入れ替わり、リリスと交戦する獣人の背後をナイフで切りつけながら加勢する。

 「支援型、か。お前はバロールと聞いているぞ」

 ライフルを構えた男はシャーロットに向かい再び弾丸をばらまくが、それらは彼女に触れる前に制止し床に転がる。バロールの能力により、弾丸の運動エネルギーをゼロにしたのだ。

 「止められたか。バロールが他人をサポートできる能力は限られる。主に魔眼を当てなければならないものだ」

 男が言うことは正しい。

 バロールには魔眼というエネルギー体を相手に当て、それ目掛けた攻撃の威力を増幅させる【死神の瞳】と俗に言われる能力がある。

 増幅させる威力が莫大だが、相手に命中させないといけないという弱点がある。

 距離を詰めれば当てることもたやすいが、しかしバロールは重力を操作することで相手の動きを妨害する能力が主流である。

 不用意に近づけばその重力の影響に自分が含まれてしまうのだ。

 「【死神の瞳】程度ならば問題はない」

 男は銃を捨ててかわりに警棒を取り出して距離を詰めてくる。

 シャーロットは拳銃を抜き出し発砲するも慣れていないせいか当てられない。

 「魔眼を当てるまでに一発、魔眼を目掛けて攻撃するのに一発。つまりダメージを受けるには二発余裕があるということだ!それまでにお前を倒せば問題ないということよ!」

 シャーロットの間合いに踏み込んだ男は警棒を彼女の脇腹目掛け振り下ろす。

 べきっと嫌な音を立てて少女の体は吹き飛び、壁に激突する。

 血を吐きながら体制を元に戻そうと起き上がるところをさらに男が追撃する。

 「おいおい、やっぱ無理があったじゃねーかよ」

 レベッカは背後の光景を見てシャーロットの元へ駆け寄ろうとするが、その行く手を獣人のモッツァレラが妨害する。

 「さっさとこいつにとどめを刺しなさい、すぐに応援に行くのよ」

 「やりづれーなまったく!」

 機内を縦横無尽に跳躍しながら攻撃を仕掛ける獣人の爪を防ぐことに精一杯で、攻撃に転じられない。

 シャーロットは男の攻撃を喰らいながらも魔眼を相手の胸に当てることに成功したようで、男の胸部には黒いソフトボールほどの球体が張り付けられていた。

 だが、肝心の二発目を当てることができない。

 「ぐっ……!」

 拳銃の弾丸も尽きたようで、再装填するところを男がさらに追い詰める。

 シャーロットと男のもはや一方的なリンチのように見える連撃の果てに、男が、血を吹き出し倒れた。

 「パルミジャーノ!? いったい何が起こったんだ!」

 先ほどまで負ける要素などみじんもなかったと感じていた男、パルミジャーノも、今の自分の状況に理解が追い付かない。

 しかし、自分の胸に張り付いていた魔眼が叩き潰されているのだけは分かった。

 身体に走る衝撃は骨を砕き、再生まで身動きが取れず床に倒れ伏した。

 「いつの、間に…!銃弾ごときの威力を増したところでオーヴァードがここまでの傷を負うことなんて……っ!?」

 「……私の受けた衝撃を魔眼に蓄積させ、あなたに返してあげたのよ」

 シャーロットが起き上がり、口元の血をハンカチで拭う。彼女の腹部には、パルミジャーノと同じ割れた魔眼の残骸があった。

 「お前…自分に【死神の瞳】を付与して増幅したダメージを、俺に移し替えたのか…?」

 「そしてその衝撃であなたに着けた魔眼も起動したのよ」

 「狂ってやがる…」

 「死にづらい身体なんだから、これぐらい平気よ」

 ぺたりと倒れているパルミジャーノの顎に魔眼を落とし、そのまま踏みつける。

 強い衝撃に脳を揺さぶられたパルミジャーノはそのまま意識を失う。

 そこまで終えるとシャーロットも力尽きたようにその場に座り込む。

 「…終わったわ。そっちはお願い…」

 「お前すげぇな。気に入った」

 「プロメテウス、獣人の跳躍が解除されない。アトラスが戦った相手はバロールじゃない」

 「こいつかそれ以外だな。いい加減目障りだから少し本気を出すか」

 「炎は使わないでよ?」

 「あいつの動きは俺が止めるからトドメは任せた」

 「わかったわ」

 モッツァレラは、パルミジャーノが再起不能になったことを確認すると、負傷しているシャーロットめがけて飛び掛かる。

 それを予想していたように進行方向にレベッカが入り込む。

 レベッカはモッツァレラの攻撃を受け流さず、生身で受け止める。

 鋭い爪によって皮膚が裂かれ鮮血が機内に飛び散る。

 しかし、痛みに怯むことなくレベッカは振り下ろされた獣の腕をつかみ取る。

 「最初からこうすりゃよかったんだ…。こうすりゃお前は逃げられねぇ。こうすりゃお前をぶん殴れる」

 「ぐっ!離せ!」

 モッツァレラは掴まれた腕を引き抜こうとするが、動かない。身体能力を極限まで向上できるキュマイラと同じ程の力で拮抗している。

 さらにレベッカはその腕に熱を送り込み、モッツァレッラの皮膚がずぶずぶと嫌な音を立て煙を上げる。

 「ぎ、ああああっ!何してるんだお前は!今すぐその手をどけやがれっ!!」

 反対の腕で彼女の腕を切り落とそうとするが、その瞬間、視界の端に液体の人型が距離を詰めてくるのを捉えた。

 「…やれ、パトロクロス」

 主人の命令を聞いた血の従者は、無防備になったモッツァレッラに連続で拳を叩きこむ。

 拳部分だけ凝固し相応の威力を持った連撃と、腕の強烈な痛みからモッツァレッラは意識を失う。

 どさりと倒れたモッツァレッラを確認しレベッカは掴んでいた腕を放す。

 「ナイス」

 にやりとレベッカはリリスに笑いかけるが、リリスはそれには反応せずキャスケットを被り直しレベッカの肩を叩く。

 「早くアトラスを治すわよ、あんたはその次」

 「助かる」

 シャーロットの手当てをリリスが行っている間、レベッカはパルミジャーノが落としたライフルを拾い上げ一発放つ。

 弾丸は壁に刺さることなく威力は失わず滑るように機内を走る。

 「どうやらまだバロールは残ってるみたいだな」

 「一体何人がかりで着たのよ」

 「ひとまずはコックピットを奪い返してみるか。案外そこのやつがバロール、ソラリス、ブラックドッグのトライブリードかもしれねえ」

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