第3話 プロメテウスの炎
クルル・ハグラーの欲望を確かめ、彼女の調整を行うため解き放たれたジャームと戦うことにした三人。
レベッカ・ヴァローネ、リリス・フランケンシュタイン、シャーロット・ベラーター。まだお互いがお互いを知らない、チームとしてすら成り立っていない状況での戦闘である。
そんな事情は知らぬジャームはゆっくりと、自分たちのいるエリアへと侵入した。
全身が動物の毛で覆われた人の形をした異形が二体。
装備が確認できないことからキュマイラシンドロームが主体のジャームだろう。
レベッカはジャームから庇うようにクルルの前に出る。彼女から放たれるレネゲイドは、熱気を帯びているようで周囲の景色が揺らめく。
「あ、あの…!」
その背中と突如感じた熱気に戸惑いながらクルルは三人を見上げる。
「お前は見ていろ。レネゲイドを扱う戦いを」
「み、見る…?」
「貴女は私のそばへ。リリス、従者を出して彼女のカバーに回して」
シャーロットはクルルを引き寄せ、リリスはその言葉に「了解」と短く答え、口笛を吹く。
室内を飛び回っていた鳥の形の従者はその音に反応し、シャーロットの肩にとまる。
「よく見ておけ。あれが、俺らが行き着く先の一つさ」
「行き着く先…」
レベッカはジャームを指さし、クルルに言う。
ジャームとは、オーヴァードという異能力を使えるようになった者達の、成れの果てである。彼らは能力を行使する時レネゲイドというウィルスに蝕まれていく。
見境なく能力を使いすぎれば、ジャームという化け物になるのだ。
クルルは、まだレネゲイドやオーヴァードのことを全く知らないため、目の前の異形とレベッカの言葉にただ恐怖を抱き身を強張らせている。
「そうならないように、戦い方を覚えましょう」
クルルのごわついてしまった頭を撫でたシャーロットはやはりまだ、日常を護る側から抜け切れていないのかもしれない。この少女を護りたいと思っていた。
別にそれが悪いことだとは、微塵にも思わないが。
グリゴリは先程の待合室でシャーロットの淹れたお茶を無断で飲みながら、こちらの様子を眺めている。
「いやいや皆さん。ジャームの前で余裕ですねぇ」
パネルについているマイクを通して届くその声に、三人は顔を見合わせる。
「どれほどのものかはわからねえが、格下だってのは勘でわかる。なら、戦闘の練習になってもらうだけだ」
「貴方も付き添いといってもティターンズのメンバーなら、戦ってほしいのだけど」
「わたくし、戦闘はからっきしでして。なんなら記録係とかいかがですか?スポーツみたいに」
「考えておきましょう」
肩をすくめ改めて視線を戻す。リリスはポケットから布で作られた小さな袋を取り出し、軽く振る。すると彼女の周囲から甘い香りが立ち込める。
「まずは小手調べ程度に集中力強化の香りだけど、どう?」
ソラリスシンドロームは自ら化学合成物質を生成できる。その能力を香りとして閉じ込めたのだろうその袋から滲む香気をレベッカは鼻をひくつかせて嗅ぐ。
「これって中毒性ある?」
「ないけど中毒になるくらい絶大よ」
「それなら試してみるか」
ジャームを睨むレベッカは、腰に携えた刀身のない柄を構えた。
「刃に灯れ、炎よ」
一言唱える。瞬間、レベッカが放っていた熱気は炎となり、鍔から先に集中し刃の代わりとなる。
「我は、汝を裏切るもの」
プロメテウス、その名を与えられながら、戦うことしかできない自分に対する皮肉か。
炎は緋色の刀身へと姿を代える。まるでSF映画の光の剣(ライトセーバー)のようだ。
周囲の景色を歪める熱を放ちながらレベッカはジャームに向け剣を払う。
彼女とジャームとの距離は五メートル以上あるように見える。また、彼女が炎で作りだした剣は彼女の背丈に合わせた刀身であり、それでは間合いが足りていない。
そんなことを思っていたのだが予想に反し、次の瞬間にはジャームの内一体の腹部が音を立てながら切り裂かれていた。
熱だ。刃の熱を先ほど剣を払った衝撃で飛ばし、傷をつけたのだ。
炎による近接、熱による遠距離、この二つを操り距離を問わず攻撃を繰り出す。レベッカ・ヴァローネという女の戦い方は、白兵専門のように見えて、レネゲイドを高度にコントロールしているらしい。
腹部を焼かれたジャームは火を恐れる獣のように慌てて彼女から距離を取ろうと背中を向ける。
ジャームのその行動を見逃さず、先ほどと同じように剣を数度払い、熱の刃を飛ばし、相手の四肢を焼き切った。
「ひとぉぉつ!」
四肢が切り落とされたジャームは倒れ、残りは死を察したのか逃げ出そうとする。
レベッカはそのジャームに目掛け、炎の刃が灯る柄を投げる。柄は回転しジャームの背中を斜めに触れ、胴体を二つに切断した。
ジャームは自分の身に何が起きたかわからぬような間抜けな声を上げ死んでいく。
わずか数十秒でレベッカはジャーム2体を葬った。
「今のは俺のパワーが強かったから、香りの支援はよくわからなかったな」
「調子に乗るなよ」
けろりとこちらに向き直ったレベッカをリリスは口調悪く罵った。
「冗談だって………ま、2体くらいならこういう形で戦えばいいんじゃね?」
逃げるように先ほど投げ放った柄を回収しにジャームの亡骸まで走っていく。
シャーロットにしがみついていたクルルはこわばった表情のまま床に崩れ落ちる。
無理もないだろう。異形とはいえ人の形に近いものが異常な現象で殺される様を目撃したのだ。
「…徐々に戦えるように慣れていけばいいわ。今のこの子は、あまりにも戦わせられない」
「そう。お優しいリーダーで安心したわ」
「そうね…。そうあり続けたいものね」
「贋作を持ち帰ったセルや研究者、もしくは贋作自体と最悪戦うことになるだろう。かなり時間はかかりそうだが、戦えるようになってもらわねえとな」
回収した柄を仕舞い直しながら、レベッカが会話に加わる。
彼女はジャームの死体や異能を操ったレベッカたちを交互に観ながらなにを言えば安全か考えを巡らせているようだった。
「ま、覚悟は決めたんだ。それに戦う機会が多くなれば自然と戦うことになるさ。そうじゃなきゃ、生き残れない」
「……」
「ひとまず、彼女を連れて戻りましょう。それでいいわね、グレゴリ」
「もちろん。彼女の衣装などはすでに数着用意してますので、そちらをご利用くださいな。シャワールームは出て左ですよ」
「なら着替えましょう、クルル。こちらへ。他は待っていて。もしこのセルの誰かがこの状況に文句を言ってきたらうまく対応してね」
シャーロットはリリス、レベッカ、グリゴリにそう言い残してクルルを連れシャワールームのほうへ出た。
「ガラスは壊すしジャームは殺すんだから文句の対応はあなたがやりなさいよ?」
レベッカを小突く。
「んなもんチームでやったことだし戦闘指示はあいつだし、お前は支援したからお前もやれよ」
リリスを小突き返す。
「私の支援、効き目がわからなかったんでしょ?」
「いや、抜群だったわ」
「…じゃぁ文句を言わせないってことで」
「それがいい」
しばし小突いたり小突かれたりの応酬を経て、二人は先ほどまで座っていた席へ戻っていく。
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