痛みの始まり

 くるぶしほどの高さまで、雪の積もった歩道。すでに通ってできた轍をザクザクと踏みしめながら駅へと歩いていく。いつもは自転車で行くのだがさすがに今日は諦めて、早く家を出て歩いていくことにしたのだ。

 歩道沿いの電線からは溶けた雪のしずくが音を立てて落ちる。車が車道上に屋根の上の雪を落としていく。こういう天候の悪い日はコンビニは忙しいのだ。面倒くさいからと休むわけにはいかないから、店内で履く替えのスニーカーを肩にかけたバッグに入れた。滑らないように気を付けながら歩いていく。

 道の真ん中、信号を待っている間に今朝作られたであろう雪ダルマに出会う。泥も交じってしまっているけれど結構立派な出立を見て、作った人の遊び心を見ることができた。駅周辺はさすがにこの雪で閑散としていたが、駅構内は交通機関の乱れからか非常に騒がしく混雑している。

 「玲ちゃんは無事に会社にたどり着けただろうか」改札を見ながら少し歩調を速めて歩く。予想以上に時間がかかってしまったのだ。駅のコンコースを東口から店のある西口へと通り抜けて、目的地へと急いだ。

 店に着くとやはり商品は品薄で、納品の車も遅延が予想された。天候の悪い日はみんな近場で食事を調達するから、昼時はいつも以上に混雑するだろうと考えながら制服を着てジッパーを上げレジへと入った。


 特に変わったことのない、いつもの店内で適当にレジをしながら商品を補充し、両替をする。バイト中はいつも金銭の授受以外は常にうわの空でいる。これでクレームが来たことは特にない。はたから見ればやる気のないアルバイトに見えるだろう。確かに僕はだらしがないが、決してやる気がないわけではない。混雑すれば、店のオーナーもそれをよくわかってくれていてオーナー自らレジヘルプについてくれることまである。長く勤めているから天狗になるわけではないけれど、レジは誰より早いし違算はほとんど出したことはない。発注も見ているからそれなりに信頼してもらっていて、出勤日数の少ない僕にはありがたい話だった。

 この日もバイト中何を考えていたのかというと、さっきの結婚話のきっかけについて考えていた。途切れることの少ない客を相手にしつつ、煙草の補充をする。手は動かして接客をするが、自分の体の中では考え事をして、物事を思い出したりしている。


「夕飯はなににしようか?」

「パンの発注をしなければならない」とか。

「玲ちゃんのコートのクリーニングを取りにいかなければいけないのを忘れていた」とか。

 他愛のないことばかり、次々に浮かんでは消えていく。あらかた出尽くしたところできっかけ話へと考えが廻ったのだ。


 お客に話しかけられたりすれば、考えの中心を頭へと戻すのだ。この辺のスイッチが実に上手いと自画自賛している。もとから一歩待ってから発言をするタイプだから変にどもったりもしない。

 大学の講義中も、試験中もそうやって過ごしていた。僕の人生の送りかたと言えばいいだろうか。魂が抜けているように過ごしていても、たいていはゆっくりと動作に移せばどうにかなるものだ。つまりだから、僕は常に<心ここにあらず>なのだ。

 一日中、気分がすっきりとしない。

 

常に自分の中身が抜けてしまっている。

僕はいつもすっからかんだとでも言えば、適当だろうか。


いつでも、一人きりでいなくとも、どこか寂しい。

空虚な気持ちといったらこの上ない。


でもこれくらい空っぽのほうが、現代社会では生きやすいのかもしれない。


嫌なことも、そうでいないことでさえ、溜まりすぎてしまうと人は簡単にバランスを崩す脆く、傷つきやすい作りになっている。


僕の場合はいつも空っぽで、底には穴が空いている。何も溜まることはない。寂しい僕の中身、僕の本性。

 

 僕はタブレットで店の明日からの商品の発注を決めながら、いつからか見ている夢について思い出していた。


 睡眠に影響が出て、日常生活に害が出るほどの悪夢を見るようになったのは、この症状が出始めたのは小学生の高学年だった。はっきりといつからだかは覚えていない。それは突然、症状として現れた。


 人は浅い眠りと深い眠りを繰り返して睡眠をとっているが、深い眠りに落ちていたときに痛みを感じたのが一番最初だったのは覚えている。

 普段通りに父の横に自分の布団を敷きいつもとさして変わらない時間に布団にもぐりこんだ。イベントも控えて居なければ、深く落ち込んでもいない至って普通の精神状態であったように思う。 眠りについてどれくらいたったのかは分からなかったが突然、目の前に火花が散るような強さで殴られた痛みに襲われて、目を覚ました。激痛に頭を抱えて苦しみ、出血の有無を確認していた。

 夢の現実の区別がつかなくなり、痛みを加えたであろう原因から逃げようと部屋の隅へと這って行った。そしてでかい声を出して叫んだのだ。

「痛いっ・・・。頭がっ痛いっ!!」

手に届きそうで届かない父の足首をつかんでゆさぶり、体の異常を必死伝えようとする。


「とうさん!起きて・・・。頭が・・・。頭が割れそうに痛い」


 全く返答のない父を覗き込むけれど呼吸の音は確認できない。一瞬だけ父を加害者と疑ったが、現実には一度たりとも殴られたことなんてなかった。怒鳴ることだってしない穏やかな人なのだ。

僕は痛みに気が動転していたのか、恐ろしさを感じて体を小さくした。

いるはずのない敵に恐怖を感じた。


次に同じような衝撃をくらったなら致命傷になることが予想できてしまうほどの激痛だった。


 そこでようやく僕の行動によって、目を覚ました父が、怪訝そうに眉をひそめて僕の姿を探している。暗闇の中で僕の姿必死で捉えようてする。


僕は、断続的に続く後頭部の痛みに耐えられずに直接的な攻撃は受けていない後頭部を抑えてうずくまって涙を流していた。

 父は部屋の明りのひもを引き、明るさに目が慣れたところに僕の姿が視界に入りひどく混乱した様子だった。身体を起こしながら、何があったかを問いただす。


「どうしたんだ。大きい声を出して。怖い夢でも見たのか」

夢ならよっぽどいいけれど、おさまらない痛みに泣きじゃくりおびえる姿に父もおかしいと思ったのだろう。

「どうした千里。落ち着け。泣いていたら何も分からない」僕にもう一度聞いてきた。

 自分の身に起こっていることへの追いつかない理解と、薄らぎ始めた痛みの間で必死に伝えようとしゃくりあげた。

「殴られたんだ。頭を思い切りバッドみたいに固いもので」

「痛くて目が覚めたんだ。そしたら誰もいなくて、でもたしかに急に痛くなったんだ」


「今もまだ痛むか?」僕の頭を抱える腕をほどくようにして、痛みの個所を確認している。

「おさまってきた。だけどまだ、痛い」

癇癪を起した幼い子供のように肩で浅く荒い呼吸を繰り返しながら答えた。

父は怪訝そうな顔をしながらも、僕をなだめ念のために明日の朝病院に行くと約束してくれた。

立ち上がれない僕を布団の上に支えながら寝かせてくれた。

痛みを逃すことで異常な発汗をしていたけれど、着替える力さえも入らずにそのままもう一度布団に入った。

 部屋の時計を確認すると僕が床に就いてから3時間ほどしかたっていなかった。

キッチンへといき僕のために氷嚢を用意し、タオルを頭に当てがってくれた。大きくしゃくりあげカラカラに乾いた喉を、持ってきてもらったコップ1杯の水で何とか落ち着かせる。


「このまま明りはつけておいてもいい?」先ほどの恐怖が頭から離れない僕は父に尋ねた。うなずく父に感謝しながらもう一度眠りにつこうと興奮した体を薄い布団へと預けた。


 22歳になった今でも昨日のことのようなあの殴られたような感覚は忘れることができないでいる。実際に後頭部を殴られたことは一度もない。転んで打ち付けた、というようなことも一切なかった。

 だけど殴られたように感じてしまう、体ごと前に押し出されるような痛みを僕は覚えている。


 あの晩を境に僕の悪夢は始まった。次の朝痛みは無くなっていたが脳外科へと連れて行ってもらった。念のためにとCTスキャンで画像診断も行われた。だが脳には全く異常がなく痛みも残っていないからと、頓服の頭痛薬を処方されて経過観察となった。

信じられないような痛みを経験した僕と、ただならぬ息子の痛む様子を目の当たりにしたであろう父のどちらとも腑に落ちないでいた。


 この日の晩も念のためにと明りを付けたまま就寝し父は僕に合わせて早めに仕事を切り上げてきてくれていた。日中は普段と何も変わらず普通に過ごしていたから、あの痛みもうっかりしたら忘れていたかもしれない。逆にうっかりしていればよかったんだ。


 だけどこの日の晩も痛みで目が覚めた。この日は後頭部の痛みではなかった。明りのついたままの寝室で、胸元の突き上げられるような鋭い痛みに意識を戻した。呼吸をするのをためらうほどの強い痛みに、声が出せずに手を胸に当て布団をかぶったままもがき苦しんでいた。

 僕の異変に気付いた父が布団をはぎとり大声で僕に呼びかける。

「千里!千里!大丈夫か?!」

うめき苦しむ僕の姿を見た父は廊下に向けて走っていった。怒鳴るような父の声をうわの空で聞いていた。

「大丈夫か!?息が苦しいのか?」

「すぐ病院にいこう。すぐに救急車が来るぞ」

 昨日とは違う痛みに戸惑う。「今朝病院でもらった頭痛薬は今飲んだら効くだろうか?」子供ながらに痛みを抑えたくて必死に頭の中だけを働かせようとしていた。

 次期に救急車のサイレン音が、木造平屋のこの賃貸アパートに近づいてくる。高いサイレンの音に同じアパートの玄関の引き戸が開けられる音が響く。

 父に抱きかかえられ、救急隊員の用意した布製の担架に乗せられた僕は、安心したように意識を手放してしまった。


 

 次に目が覚めた時は、病院のカーテンで仕切られた固いプラスチック製のようなベッドの上。左前腕に点滴がつながれ、頭に近く配置された四角い箱が規則正しく線を波打たせ、鼓動を刻んでいた。

 今に思うにあれは病院の救急治療室だったんだろう。ここで目が覚めた時は胸の痛みはなかったかのように消え去ってしまっていた。

「ここがどこだかわかりますか?」

「名前を教えて?」年配の医師が僕を覗き込むようにして尋ねる。

「森野 千里です。ここは病院ですか?」マスクを顎にかけ、大きくうなずく。

「今は胸の痛みはどう?まだ痛い?ちなみにどんな感じに痛かったのか教えてもらえるかな?」

「たとえばチクチク痛かったのが、それともギューッと締め付けられるようだったとか」

 小学生の僕にもわかりやすいいようにジェスチャーを交えて尋ねてくれた。僕は質問に答えた。


「包丁で刺されたみたいな痛さだった。背中のほうから槍で突かれているみたいだった」

刺されたことはないから想像でしれないけれど、なるべくあの時味わった痛みを正確に伝えようと思いつく限り言葉にした。

 あらかじめ説明しておくが僕は風邪さえめったにひかないほど一般的な健康優良児だ。心臓や胸部に先天性の疾患なんてもちろんなかった。

 

 どうしてあれほど痛み苦しんでいたたのか理解できない医師の様子に説明がもはや信じてもらえるのかさえ怪しい。今は嘘のように痛みが消えたのだから。

 

 結局一晩は入院して様子を見ることになった。勝手の分からない病室に父と二人、沈黙が流れる。面会時間ぎりぎりまで付き添ってくれた父の去っていく姿を目で見送りながら、自分のせいで迷惑をかけていることを申し訳なく思った。

「今日はきっと何にも起きないはず」病院にいる安心感が僕を包んでいた。


 食べ慣れていない病院食を食べ、父の買ってくれた漫画を読んで消灯時間までを過ごした。痛みが消えてしまった僕はいたって普通の小学生だから、入院していることが非日常に思えていたのはわずかな時間で、すぐに退屈に感じてしまっていた。消灯する際には担当の看護師が見回りにきた。

 普段就寝している時間よりも早い時間に病室の照明は消されてしまった。布団にもぐり、ほとんど外泊経験のない僕は不安でいっぱいになっていた。

 いつも隣で父が寝ていたから一人で寝ることさえもほとんど初めてだった。「また、頭や胸が痛くなってしあうのではないか」と不安で押しつぶされそうになる。いくら病院にいるとはいっても気を失ってしまうほどの痛さだったのだ。原因が分からないのもまた怖かった。

「自分はすごく重い病気なんではないのだろうか?」

もしかしたら命が危ういのかもしれない。神様がいるなら助けてください、と何も無い天井に向かって祈っていた。


 怖くてそのまま眠る気になんてなれなかった。

きっと大丈夫だと自分に言い聞かせることしかできずに、痛みの起こる原因も分からないから対応策を考え、実行に移すことにした。恐怖を押しのけるべく、僕が考え付いた対応策は1つ。


 それは、「眠らないこと」


 眠っているときに苦しくなるのならば、いっそ眠らなければいい。


 昨日、一昨日と共に深く眠りにつくと痛み出したことは幼いながらも分かっていた。本来なら何も覚えていないであろう、意識を深い底のほうに落としているはずの時間帯に痛くなるのだ。

 幸い4人部屋に僕だけの恵まれた病室内は家の寝室よりも明るく、ナースステーションもすぐ隣に面していた。変な緊張感に包まれてはいたが、僕は見回りに来る看護師を、寝たふりをしてやり過ごしながら漫画を読んで夜を明かそうとした。でも朝はまだまだやってきてはくれない。


 いつの間にか買ってもらった漫画は読み終わり、勝ちようのない眠気に襲われ始めた。普段ならもうとっくに就寝している真夜中の病室で僕は眠気と必死に戦っていた。それでも時々は意識を引っ張られては慌てて目を見開くこととの繰り返しだった。そうしているうちにだんだんカーテン越しの空が明るくなり始めた。なんだか盛大なことを成し遂げたような気持ちに僕はなっていた。意識はますます深いところまで沈んでは浮いてを繰り返している。


 そのときどんな夢を見ていただろうか。その時見たのは、あったことのない男の人。それにどこにでもある家庭の浴室にいる夢。僕の前に立つ男の人は、どことなく僕の低学年の頃の担任の先生に似たような恰好をしている。背は父と同じような感じ。おぼろげな印象だった。僕はその男性と何をするでもなく、ただ見つめあっているだけだった。


男性の表情は分からない。分からないのではない。見えないのだ。男性の顔は完全に下を向いていて確認しようがない。なぜ下を見つめ続けているのか、気になって僕も下を見つめてみる。二人して靴は履いておらず、素足だった。


 足元にも、見えうる範囲には何もなかった。僕のつま先と彼のつま先との間は30センチほどしかなかった。何も捉えることのできないまま、彼と僕は床を見つめ続ける。視線を外せないでいたら、足の裏全体にしみこんでくるような、何かを感じた

 濡れた浴室に、靴下のまま足を踏み入れてしまったような不快感に左足を床から上げていると、右足もまた冷たく濡れしみてきた。僕は言いようのない不快感を感じた。何が床にこぼれているのかをもう一度床に目を凝らして追っていく。

 

 僕の足裏から僕の体の中に入ってこようとするその存在。僕の皮膚から浸潤して、僕の血管を通り、臓器に回り、骨の髄まで侵入しようとする。

 その侵入を拒みたくて一歩、二歩と後ずさりするうちにその正体に気づいて思わず胃の中のものを吐き出してしまいそうになった。


 僕と彼の足元にはおびただしい量の血液がまき散らされていた。


 なぜ血液だと思ったのか。僕には確認のしようがなかったのに。直感でそう感じたのだ。

まさに血の海だった。ひたひた、ひたひた、とめどないように僕に迫って広がってくるその血液はその男性から流れ出ていた。


 シャッっと間仕切りのカーテンの開く音で視界が明るくなる。女性の明るい声が僕に向かって降ってくる。

「おはようございます。よく眠れましたか?」

朝の見回りに来た看護師の声に助けられ、僕は現実の世界に帰ってくることができた。大量の汗をかき、強く歯を噛みしめていたようでこめかみがズキズキ痛むほどだった。

 僕の尋常ではない汗の量を見て、後で体を拭きに来ると言ってくれた。

 体温を計測して、脈拍をはかる。さっきまでの不快感がいまだに残っていて気持ちが悪い。

 あの男性が、あのシーンが気になって、考えないようにしたくても頭の中から消えてくれなかった。

 返事をしない僕の表情を、寝ぼけているのだろうと勘違いしたのだろう、

「朝食にはまだ早いからもう少し眠っていていいわよ」そう言い残して去っていった。


 次に目が覚めたのは父が来た時だった。置かれていった朝食を食べるようにと僕を起こしてくれた。仕事に行く前に一度様子を見に来てくれたのだろう。

「昨日は苦しくならなかったみたいだな。さっき看護婦から聞いたよ」

 父は安堵の表情で、僕の病状が深刻ではなくなったことを喜んでいた。

「学校には入院のことは伝えてあるから安心しろ。このまま何もなければ明後日には退院できるだろうってさっき言われたからな」

父は持ってきてくれた僕の着替えを壁際の小さい荷物入れにしまいながら、

「今日は仕事が終わったら、何かケーキでも買ってきてここで食べよう」

と言って微笑んでくれた。この日は僕の11歳の誕生日だった。


「プレゼントは何がいい?退院したら一緒に買いに行こうな。だから今はゆっくり寝ていろ。何かあったら父さんの携帯でも会社でもいいから連絡するんだぞ」

 病室に一人残される僕をなだめるように言い残して父は仕事へと向かった。僕は小さいころから父と二人きり。父一人、子一人で暮らしていたから大変ではあった。このころからだけではないが、父には大変な迷惑をかけてしまったと今でも思っている。


 漫画も読み切りやることもない僕は、父の買ってもらったテレビカードでテレビを見ながら午前中を過ごした。時々、様子をうかがいに来る看護師と隣のベッドにさっき入院したばかりの患者の世話をする家族以外の人に会うこともなかった。

 普段は見ることのできない時間帯の番組に最初は気をひかれていたが、この時間帯のニュースが僕を捉えて離さないなんてことは無くて、ただ点けているだけだった。今朝がた見たあの気分の悪い夢のことがふいに浮かんできてはまた沈んでいった。あの時見たように鮮明には見えてこないのだ。忘れたわけではなかった。

 むしろ、忘れたくても忘れられずに。でもそれはだんだんとぼやけるようにして、僕の考えの中から消えていった。あまりにも退屈になって病室を出て景色を見に行ったりナースルームをのぞいてみたりしていた。そのうち院内の中央にある自動販売機横の多目的ルームのような部屋にあった本棚の本を病室に持ち込んで読んでいた。


 昨日の夜の睡眠時間が短かったせいでうつら、うつらしながらも児童向けの本を読み、退屈を紛らわした。自分の誕生日にどうして入院なんかしているのだろうと悲しくなったりはあまりしなかった。「学校に戻った時に話すネタになるから別にいいや」とその時はあっけらかんとしていた。


 きっかりと時計の針の通りに運ばれてくる昼食を咀嚼しながら今晩のやり過ごし方を考える。眠らないことで痛くはならないけれど、ずっとそうし続けるわけにはいかない。でも、今朝のような気分の悪い怖い夢を見たいとも思わなかった。


 



 

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