第10話
「俺の顔、見てただろ」
けだるい脱力感にくるまりながら、少年が言った。
「あの時」
放心した舜を地面に横たえ、高槻はしばらく眺めていた。ことに舜の顔を注意深く。必要以上に長く。
「見られてないと思ってたんだろうけど」
通り過がりの柔らかな明かりが、ほんの一瞬、くっきりとした
「薬が残らないか確かめてた」
「なんでさ」
舜は男に背中を向けている。
「命まで
マンハッタンの裏通り。隙間風のような英語で話しかけてきた
やるよ。あんた、いつかそいつが必要になる。そういう顔してるよ。
いいから持ってきな。
欠けた
「あんた、さっき、いった?」
少年の問いかけに、男はまるで無関心に答えた。
「いや」
舜はさらに背中を丸めた。
「あの時も、さ」
ああ、と男が
「なんでだよ」
高槻は煙草を指に
常務はいたくお喜びだよ。
いい人材を推薦してくれたってね。
おかげで私も鼻が高い。
「内示が出たんだ。新しい米国支店の支店長」
美鈴さんとも順調だそうだね。向こうへ行く前に、けじめだけはつけておきたまえよ。
常務はそういうことにはうるさいぞ。
なんといっても一人娘だからな。
「うんざりだった」
追いつめられてゆく。がんじがらめに。ぶち壊してしまいたい。何もかも。
「滅茶苦茶にしたかった」
いつでも、憎くてたまらなかった。健康的に日焼けした肌や、無邪気な話し声や、清純な笑顔が。見るたびに
裸の体にシーツを引き寄せ、舜はあごまで埋めた。寒くないのに肌が震えた。
「誰でもよかったのかよ」
指に挟まった燃えさしから細い煙が昇ってゆく。じ、とかすかな音を立て、灰がひとひら落ちた。
「いや」
ほの暗い寝室はゆりかごのように全ての気配を包み、静かにたゆたっていた。
舜が寝返りを打ってこちらを向いた。シーツをかぶり直しながら話しかける。
「煙草なんて吸うんだ」
しばらく
「今日までやめてた」
おとなしく眺めていた舜が訊ねた。
「おいしい?」
ちらと横目で見た高槻が、黙って吸いさしを持ちかえ、舜の口に
「ごほっ」
たまらずに吐き出し、
「
舜は苦しそうに体を折りながらまた横になった。
「
男はむこうを向き、美味くも不味くもなさそうに煙を吐いた。
「不味いと思うなら、吸うな」
ぐったりと寝そべって、舜が大きく息をついた。そのまま四肢を伸ばし、シーツの感触を楽しむ。不機嫌そうに呟くのが聞こえた。
「もう一枚
少年は素直に
「うん。今度からちゃんと着る」
高槻が煙草を
「今度はもっとうまくやれる気がする」
目を潤ませ、唇を
「なんだっていい。あんたがしてくれるなら」
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