第3話

 ほぼひと月ぶりの部活は散々だった。はじめから気乗り薄なうえ、体が動き方を忘れている。コーチには怒鳴られ、友人に囃され、やっとグランド整備まで終えて更衣室にたどり着いた時はへとへとだった。

「舜、おい舜」

 のろのろと着替えている舜にこっそり近寄って来た友人が囁きかけた。

「このあと山名んに集まろうぜ」

「え、なんだよ」

「これだよ、これ」

 くい、と悪友はコップをあおる真似をする。舜は思わず眉をひそめた。

「えっ、だってどうやって」

「山名の兄ちゃんが先週友達と騒いだのが残ってるんだってさ」

 健全な男子高校生ともなれば、アルコール未経験ということはほとんどない。しかし舜は疲れ切っていた。断りたかったが、あまりに熱心な誘いに結局折れた。表立っては口にしないが、舜がずっと無断で部活を休んでいたことを、友人たちは訝しく思っている。余計な詮索をされないためにも、ここは付きあっておいた方がいいとの打算も働いた。

 それが良くなかった。部活による急激な疲労と、ここ一か月のストレスが相まって、アルコールの回りが異常に早く、舜はあっという間に酒に呑まれてしまった。

 水沢沙穂がさ、と声がする。大柄な男子高生が幾人も窮屈そうに身を寄せ合う部屋の片隅で、舜はぐるぐる回る天井からかろうじて視線を移した。声の主は顔だけは舜に向けつつ、自らも熱に浮かされたように話に夢中で、朋友の酩酊ぶりには気付いていない。

「戸塚の奴、振られたんだって」

 お前さ、水沢と付き合ってんの、と訊ねてくる。友人の顔をぼんやりと眺めながら、舜は頭の中で勝手気ままな想念がダンスを踊るに任せていた。

 水沢沙穂は文芸部員で、文芸部の部室は陸上部のグランドに向かう渡り廊下から覗ける場所にある。校内の廊下ですれ違う沙穂はいつも友人と声高に喋っているが、部室の窓越しに見える読書姿は真剣で、ほほえましい。人によっては近寄りがたいとも取れるが、舜はどちらかというと、部室の沙穂の方が好きだ。沙穂がどう思っているか聞いたことはないし、クラスが違うのでそもそもまともに話したこともない。時々、舜が通りかかるのを待っていたかのように目が合って、にっこりする。話せばおきゃんな少女だろうと思う。でもとりあえずはこの微妙な「仲」が、気に入ってもいる。

 どうなんだよ、どうすんだよ、とせっつく友人を、馬鹿みたいに口を開けて見ていた舜が、おもむろに立った。とはいえ足元はとうにおぼつかなくなっているので、立とうともがいたと言った方が正しい。

「俺、帰る」

 悪友たちは口々に、大丈夫か、送っていくかなどと騒ぎ出したので、舜はやたらと腕を振り回しながら彼らの申し出を断り、よろよろと玄関に向かった。

「いいよ。一人で帰れるって」

 誰かが玄関先までついてきて、世話を焼いてくれた気がするが、そうだとしてもさっぱり覚えていなかった。気付いた時には、賑やかな商店街を駅に向かって歩いていた。

 ひどく気分が悪い。恋愛談議をするどころではない。相当にまずい状態だ。どうしよう。このまま帰宅するわけにはいかない。

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