第2話

 ひと月前、帰宅途中の公園で、碓井舜は何者かにレイプされた。

 それまで舜は、社会の暗部に吹き荒れる悪意や暴力とは無縁の、至極平凡な高校生だった。陽のあたる教室で気の合う友達とつるみながら、勉強と陸上部の活動をほどよくこなし、文芸部に通う別のクラスの女生徒にひそかな想いを寄せつつも、告白には至らぬまま、部室の窓越しにのぞく彼女の横顔にこっそり視線を投げかけたり、投げかけられたりして心を弾ませる、多くの無邪気な少年の一人にすぎなかった。それが、その夜を境に一変した。

 後ろから押さえ込まれ、布のようなものが口を塞いだ。思わず咳き込んだから、何か粉薬のたぐいを吸わされたのだろう。朦朧としながら暗い茂みを歩かされ、どこかの壁に押しつけられた。

 その後は、まるで淫靡な悪夢に囚われていたとしか言いようがない。動けない舜を打ち捨てて暗がりに消えた後姿。そのおぼろげな記憶だけを頼りに今、舜は高槻つかさの前に立っている。

「なんだ、宅急便じゃないのか。なんの話だ。いきなり失礼な奴だな」

 男は舜の言葉にとりたてて反応を示さなかった。ただ不快そうに言って捨て、ちらと舜の背後を見てから舌打ちした。

「宅急便というのは嘘か」

 その瞬間「この野郎」と舜が飛びかかった。

「やっぱりてめえなんだな」

「離せ」

 男は舜の手をもぎ払うと、襟を直しながら睨みつけた。

「お前なんか知らん。出ていけ」

「出ていくかよ」

 舜は踏ん張った。

「てめえが白状するまで帰らねえからな」

 額に青筋が浮いている。しかし相手は冷徹だった。

「警察を呼ぶぞ」

「呼べよ。てめえのやったこと全部ぶちまけてやる」

 男は押し黙り、「騒ぎはごめんだ」と呟くや舜の腕を掴んだ。びくっと体をこわばらせた舜を、靴下のまま三和土たたきに下りた男は強引に外へ押し出し、素早く玄関のドアを引きながらすごんだ。

「二度と来るな」

 閉ざされた扉をがん、と殴りつけ、舜は叫んだ。

「覚えてろよ高槻っ、また来るからな」

 大声を上げても、隣近所の扉が開く気配はない。あいかわらずしんと静まりかえった廊下で、舜は拳を打ちつけたままうなだれ、唇を噛んだ。

「くそっ。覚えてろ」

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