濁流より

@mydear-pianist

第1話

   溺れて落ちよ

   おぼれて堕ちよ

   清らなる濁流より

   生まれ湧きたるその泉より


 少年は固唾をのむ。

 唇の震えを気取られぬよう、精一杯喉を押し開く。

高槻たかつきさん、宅急便のお届けです」

 カメラの有無をざっと確かめはしたが、最後は賭けだった。運が悪ければ一発でばれる嘘だ。

 一瞬の間を置いて、ガラスの扉が滑らかに開く。少年は拳を固く握り、決然とマンションのエントランスに足を踏み入れる。日頃優しげな面差しが、今は不安と緊張にこわばっていた。

 エレベータを降りた四階の廊下はこぎれいで、よそよそしい。誰にも出会わないまま目指す部屋にたどり着き、いよいよという段になって、舜はもう一度唾を呑んだ。あと一歩。体の内側から震えが湧いてくる。とてつもなく怖い。だがこのままでは済まされない。済まされないと思い知らせなければ。

「はい」

 インターフォン越しの声がブザーに応じ、茶色い樹脂扉が小さく開いた。すかさず靴先から体を押し込み、半ば玄関に乗り出していた相手をぐいと押しやって、舜は入口に立ちふさがった。相手を目の前にした興奮で、全身の毛穴という毛穴が騒ぎ立つ。カモシカのような敏捷さを内に秘めた少年は、仁王立ちで相手を睨みつけた。

 三十代前半といったところか。会社員であることは知れている。くっきりした眉目ながら、どこか乾いた印象を与える顔。すらりと切れた二重ふたえの目が、突然の侵入者を無表情に見つめている。

 ぎりっと噛んだ唇の隙間から、少年はようやく最初の一言を絞り出した。

「よう、このレイプ野郎」

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