第4話

「あっちゃんのランドセルって、どうして赤いの?」

 転校してきて、数ヶ月。

 俺は転校してきた日から疑問に思っていたことを、あっちゃんに聞いてみた。あっちゃんは「朝から変なことを聞くな」と怒られた。だが、あっちゃんは律儀に答えてくれた。

「母さんが勝手に買ってきた」

 予想外な話だった。

 まるで服を勝手に買ってきた、みたいな話だった。

 六年間も使うランドセルなのに良いのだろうか、とも思った。あっちゃんはぜんぜん気にしている様子はなくって、クラスメイト達もあっちゃんランドセルにはなんにも言わなかった。

「別に校則に、男子は赤いランドセルを背負ってはいけないとか書いてはなかっただろう」

 普通の小学生だったらそれだけで虐めの対象なのだろうが、そこはあっちゃんである。クラスを見事に牛耳っている彼に、虐めなんて起こるはずがない。事情を知らない他のクラスの奴があっちゃんをからかったら、あっちゃんとアザミが隣のクラスを舞台に謎の暴動を引き起こしていたし。

「・・・実は、これ。死んだねぇさんのなんだ。小学校はいる前に死んだから、俺が代わりに使っている」

「そうだったんだ・・・ごめん」

「別に。会ったこともないぐらいに小さいときに死んだ、ねぇさんだし。はっきりいって、そんなねぇさんのランドセルを買ってきちゃう母さんのほうがおかしいと思うんだ」

 あっちゃんは、はっきりと自分の母親のことを異常だと言った。

 あっちゃんの母親は、いたって普通のおばさんだった。そんなおばさんが隠していた不の空気が、いっきに溢れてきたみたいだった。

 けれども、あっちゃんは不の空気なんてへっちゃらだった。

 おばさんの異常さも寄せ付けないぐらいに、ぴかぴかしているみたいに見えた。

「あっちゃんに、できないことはないよね。頭もいいし。生まれ変わったら、俺はあっちゃんになりたいな」

「やめときなよ」

 あっちゃんは、嫌に真剣な顔で言った。

 そんな、あっちゃんの手首には相変わらずAのイニシャルがあった。

「やめときなよ」

 あっちゃんは、もう一度その言葉を繰り返した。

***

 翌日、浅宮の成長痛はすっかり消えていた。

 というか、一夜にして治ったところをみると本当に成長痛だったらしい。

 浅宮は屈伸したり飛び上がってみたりと、獣になった自分の足を色々と試していた。ふむふむと頷いたり、力の限り飛び上がったりしている浅宮は傍目に見れば遊んでいるようにも見えた。

 しかし、実のところそうではないことは俺も津川も分かっていた。浅宮がどこまでできるのか浅宮自身が把握することは、俺たちにとっても浅宮にとっても大切なことだった。

 浅宮は、まだ弾丸だった。

 なにが出来る弾丸かを理解することは、とても大切な事だった。

「君たち、よく眠れたかい?」

 桜が、校庭で跳ねまわる浅宮を見ていた俺たちに声をかける。

「はい。おかげさまで」

「それはよかった。ところで、彼は何をやっているんだ?」

「決まっている。自分がどこまでのことができるのか試してるのさ」

 地面にぴたりと着地した浅宮が、そう答えた。

「自分ができることをちゃんと知らなきゃ、ハルも杏里も自分の身も守れない。あと、ハル。あとで荷物を確認しておいてくれよ」

 浅宮の素っ気ない言葉に、桜はショックを受けているみたいだった。

「君たちは、ここからもう出ていく気なのか」

「・・・ここは水が合わない。桜さんには感謝しているけど、準備が整い次第でていきます」

「そうか」

 桜は残念そうに、浅宮を見た。

「やっぱり、ここはすぐに崩壊すると思うか?」

 桜に言葉に、浅宮は答えた。

「一夜で変わるほどに、簡単な答えを出した覚えはないよ」

 浅宮の言葉は、簡潔であった。それでもって、浅宮の人となりと賢明さをこれほどまでに現している言葉もなかった。

「そうだな・・・そうだ。これは、俺が悪かった」

「俺ねぇ」

 桜の言葉に、くすりと浅宮が笑う。

「ぼくは余所行きの言葉だったのかよ。どうりで、似合わないと思った」

「あのな。大人の上げ足をとるんじゃない!」

 桜は、熊の手で浅宮の髪をくしゃりと掻き混ぜた。

 微妙な距離だった。

 友人同士の近さはなく、かといって全くの他人同士というほどに距離が近いわけでもなかった。強いて言えば、伯父と甥のような奇妙に遠い血縁関係に近い距離感だった。

 ――たすけてくれよ。

 たぶん、そのときに浅宮だけが聞いていた。

 何気ない会話のなかに隠された、桜の悲鳴のような声を。

 浅宮だけが、聞いていた。

「なぁ、ハル・・・杏里」

 桜が居なくなった後に、浅宮は俺たちに訪ねた。

「しばらくの間だけでいいから、俺を信じて待っていてくれないか?」

 その言葉は、浅宮にしては珍しく気弱だった。

「あんたは、なにを言っているのよ。神様だって信じられないのだから、あんたを信じるしかないでしょう」

 津川が、呆れたように言った。

 俺も同じ心境であった。

「ごめん」

 浅宮は、そう言った。

 それを区切りにするように、俺と津川は浅宮と一緒にいる時間が少なくなっていた。桜が、浅宮を側におきたがったからだ。浅宮は戦力になる、というのは桜の弁であった。

 浅宮は、それに反論しなかった。

 たぶん、俺と津川の安全も考えたのだろう。いつかは崩壊すると考えられる場所でも、今ならばここは安全な場所であった。その場所でリーダーの桜の加護があるのならば、俺たちの安全はより強固なものになる。

 浅宮は、昼間はずっと桜と一緒にいた。

 学校の外に行くときも桜に付き添い、片時も離れなかった。正確には、桜が浅宮を放さなかった。学校の外に行くにも内部にいるにしても、桜は浅宮を連れて歩きたがった。どうしてだかは、俺はなんとなく察していた。

 桜は、浅宮にアドバイザーとしての役割を持って欲しかったのだと思う。チームでは桜は、あまりにも神聖視されすぎていた。子供向けの映画のヒーローみたいに、敵には絶対に勝てる存在だと思われていた。

 だが、浅宮はそんなふうに桜を見ない。

 ごく普通の人間である、とさげすんでいる。

 だから浅宮は、桜に意見を求められたときはできるだけ桜自信の負担の少ないことを選択していた。チームの規模をこれ以上は増やさずに、それどころか細分化することを提案していた。

 小学校の近くには、市立中学校がある。

 俺がいけなかった、アザミと浅宮が卒業した中学校だ。

 浅宮と少数の人間がそこを調査した結果、現在は獣もいないし無人であると判断された。無論、最初から無人および無獣だったわけでもない。人はいないが、獣はいたのである。たぶん、その獣が人を食い殺したのであろう。

 浅宮は、その獣を追い出すことに成功したのだ。

 簡単な方法であった。

 浅宮は、焚火をした。

 火があるところに人がいる、と獣は学習していた。だから、獣は火におびき寄せられて学校を出た。中学校占領していたのは、犬のような獣だったという。大型ではないが小回りが効きそうな外見で、学校のような狭い場所で勝負していたのでは浅宮に勝ち目はなかったであろう。だから、浅宮はその犬たちを外へとおびき出した。

 焚火におびき寄せられてやってきた犬たちは、さぞかし驚いたことであろう。焚火をしていたのは人間ではなくて、体の一部を獣にした浅宮だった。

 犬たちは、浅宮を見つけた途端に自分たちがおびき寄せられたと判断した。そして、それによって浅宮は自分たちに敵意がある存在であると理解した。

 かしこいな、犬。

 話を聞いたときに、俺はそんな感想をもった。

 この話は浅宮から聞いたものではなく、浅宮と一緒に中学校までいった人間から聞いたものだ。だから、だいぶその人の主観が入っている。実際、犬が本当にそこまでのことを考えていたかどうかはわからない。

 けれども、俺に話をした人間がそう思った。

 それはたぶん――犬が、もと人間であるという知識からだろう。

 そうでなければ、犬がそんな複雑なことを考えると思うものか。

 賢い犬を呼び出した浅宮は圧倒的に実力差でもって、犬たちを翻弄した。小回りは犬たちの方がきくが、ジャンプ力は浅宮の方が上だ。犬の牙がとどかないような場所までいくなんて、朝飯前なのである。

 浅宮は、決して犬を倒そうとはしなかった。そんなことをすれば浅宮の方が獣になってしまう。だから浅宮は犬に対して、時間だけを稼いだ。

「あいつ、怖いな」

 浅宮と中学校までの道中を共にした人間は、そう語った。

「あいつのどこに、あれだけの度胸とかがあるのかが分からないよ。尊敬もするけど・・・それ以上に俺の手にはあまると思った。側に痛がる桜さんやお前たちの気がしれない」

 同行した大人にそう言わせてしまうほどの浅宮の策は、驚くほどに単純だった。浅宮は犬たちが不在の間に、中学校の門を閉めた。

 浅宮たちが卒業した中学校は、けっこう新しい。古い学校は地域との交流を目的とするために、学校の垣根を文字通り低く作っている場合がある。だが、浅宮が卒業した中学校はそうではなかった。不審者から子供たちを守るために垣根を高くしている。そこで入口の鉄門を閉めて、バリケードを作ってしまえば獣はもう入って来れない。

 浅宮は、それを実行した。

 浅宮が犬を引きつけているうちに大人たちはせっせとバリケードを作って、獣の侵入を防いだ。浅宮は、犬の獣相手に威嚇を繰り返した。

 もう、この場所は自分のものであるとアピールするかのように。

 お前たちよりも圧倒的に強い自分のものだ、と犬に言い聞かせるように。

 実際、浅宮は犬よりも強かった。

 そして、犬もそれを知った。

 獣たちを学校から追い出した浅宮は、いけしゃあしゃあと中学校に獣はいないと報告したのである。

 浅宮は中学校に、チームの半数を移動させることを提案していた。

 戦力は分断されるが、大人数が一カ所に集まっているという問題点は解消される。なにせ獣は、人を襲う。だから、人の気配には敏感なはずだ。なのに、人が一カ所に集まっていれば襲ってくれと言っているようなものである。

 今はまだチームの獣になった人が、外から来た獣を追い払えている。けれども、いずれは外から来る獣のほうが多くなる。人は少なくなる一方だし、そのうちチームは獣の注目の的になる。

 浅宮は、それが分かっていた。

 だから、対策を練った。

 浅宮の案の通りにチームを二分割することによって戦力は半減するが、チームが放つ存在感も半減する。さらに言えば、片方が襲われている間に片方は逃げる算段をたてることもできる。

 浅宮の意見は冷静で、冷徹であった。

 その一方で、うっすらとした優しさも含んでいた。

 浅宮が考えていたのは、桜のことだ。

 浅宮はチームを二分割することで、桜の負担を減らそうとしたのである。チームが半分になれば、桜の負担は半分になる。浅宮は桜の能力は、これ以上のチームの人口増加に耐えられないと判断したのだ。あるいは耐えられないと思ったのは、能力ではなくて精神のことだったのかもしれない。

 ともかく、浅宮はこれ以上のリーダーシップを桜には求められないと思ったのだろう。だから、桜の負担をなんとか軽減させようとしていた。

 浅宮のその視線と冷静な言葉が、桜は欲しいのであろう。

 たしかに、桜は客観的に見ればあまりリーダーシップがあるほうには見えない。いや、普通よりはある人なのだが、チームのような大所帯を率いるような器ではないように見えないのだ。桜は俺たちよりもだいぶ年上だが、それでもまだ三十代だ。チームのなかには、桜よりも年上がいくらでもいた。けれども、そう言う人々は桜のように獣になったりはしていなかった。

 つまり、桜がリーダーなのは消極法であったのだ。

 だから浅宮は、なんとか桜の負担を減らそうとしていたのだ。

 だが、浅宮の意見が皆に受け入れられるわけではない。浅宮の意見はチームの中核にしか話されてはいなかったが、それでも反感がでたという。

 チームの面々とすれはいざというときに半分を見捨てるという浅宮の作戦は受け入れがたかったのかもしれない。だが、それと同時に彼らにはまだ桜がなんとかしてくれるかもしれないという希望的観測があったこともたしかだった。

 浅宮は、その反感に乗っかってチームを離脱しようとした。浅宮は、そこでチームを見放したのだ。いや、浅宮にしてみたら、これで助けられた恩は返したぐらいの気持ちになっていたのかもしれない。

 浅宮は、自分の力を適正に評価している。

 浅宮は一介の高校生に過ぎず、しかも周りに溶け込むこと苦手としている。そんな自分はチームを救う努力はできても、チームを確実に救うことはできない。そういうふうに、的確に判断している。

 だからこそ、これまでのチームへの貢献で浅宮は恩を返したと思ったのだ

 浅宮は俺たちに「夜にひっそりと迎えに来るから待ってろ」と言っていた。俺たちはその言葉に、ほっとして、ぎょっとした。浅宮がチームを見捨てると言う事実が、チームと言う大所帯が崩壊する予言に思えたからであった。俺たちが知る限りチームには、まだ不穏な空気が流れていなかったからそれは尚更のことであった。

 結局、浅宮の作戦は失敗した。

 桜が浅宮を擁護してしまい、浅宮はチームに残留することになったのだ。桜はたぶん、まだ浅宮には味方でいて欲しかったのだろう。

 浅宮は、とても残念そうだった。

 浅宮は桜に思いっきり侮蔑の言葉と視線を向けたが、桜が本当に欲しがっているアドバイスは与えることはなかった。

 与えられなかったのだ。

 浅宮は、周りに溶け込む努力なんてしたことがない。

 集団を操る努力もしたことがない。

 それは、俺が知る限りはアザミの仕事だった。アザミがここにいてくれたならば、きっとチームは末長い繁栄を誇ったであろう。だが、残念ながらここにいたのは浅宮だけだった。集団に溶け込めない、異形の天才だけだった。

 桜の側では、浅宮の才能は生かされなかった。

 つまり単純に、浅宮単体の力量ではこれが限界だったのである。チームと言う団体を救うには、浅宮だけでは足りなかったのだ。

 アザミは、あんなにも浅宮を生かすことができたのに。

「ハル・・・」

 夜、浅宮は俺たちの元に帰って来た。そして、小学校の外がどんなふうに変わっているかも語らずに、俺たちの隣に座って眠りにつく。

 俺と津川は、浅宮の安住の地であった。

 浅宮はここで羽を休める時には、ここから逃げるときの話をした。浅宮は、少し疲れているみたいだった。

「もし、アザミがここにいたら・・・」

 俺は、そんなことを思う。

 きっと、アザミは浅宮を最大限に生かしてくれるだろう。

 でも、ここにはアザミはいない。

「本当にアザミがいたらな・・・」

 俺の独り言は、いつだって闇夜に響く。

 誰にも聞かれない、まま。

 そういう日々が、少しの間だけ続いた。

 その少しの間で、浅宮は随分と敵を作ったと思う。浅宮の性格や態度だけではなく、新入りにも関わらず桜の近くにいたことが原因であったと思う。

 桜も浅宮も、それは薄々だが勘付いていた。

 けれども、二人ともどうすることもできなかった。この二人は、決定的に似すぎていた。他人の視線に対処する方法を、まるで知らなかった。そして、彼らを助けられるほどの人間もいなかった。

 浅宮は、ある夜に俺に言った。

「もう、ここは限界だ。明日には、逃げるぞ」

 その言葉を聞いた瞬間に、俺は少し安心した。

 あっちゃんだ、と思った。

 悪童は、こうでなくてはならない。

 皆の期待を――桜の期待を裏切って、闇夜に走り去る。悪童は、やはりこうでなくては。

「ここが名残惜しいのか・・・ハル?」

 浅宮は、俺の顔を覗き込んでいた。

「いいや、安心したよ。明日から、アザミを探そう。津川も、納得してくれるよ」

 俺の言葉に、あっちゃんは久々に笑ってくれた。

 たぶん、それは安心したからなのだろう。

 それぐらいに、浅宮はチームの頑なさに消耗していた。今思えば、ここで気がつくべきだったのかもしれない。浅宮が消耗していたと言うことは、桜はもう誰も助けることができないぐらいに追いつめられていたのだということを。


 翌日、俺たちはチームから離脱することができなくなっていた。


 なぜならば、浅宮が殺人の容疑者になってしまったからである。

 その騒動は、早朝から始まった。

 津川に起こされて起きた俺は、隣に浅宮がいないことに気がついた。だが、俺より浅宮の方が目覚めが良い事は知っていたので、俺はぼんやりと欠伸をするばかりだった。

 津川が「早くきてよ、馬鹿!」と怒鳴った。わけも分からないままに、俺は津川に連れられて校舎の外に行った。体育館の裏に連れていかれた俺は、そこで衝撃的なものを見てしまった。

 それは、人の死体であった。

 すでに十数名が体育館裏に集まっており、死体を取り囲んでいた。俺たちを保護した時の面々と変わらなかったので、きっと彼らがチームの中枢を担っているのだろう。

 殺されていたのは、小柄な女性だった。

 二十代前半ぐらいで、スーツを着ている。首筋が真っ赤に汚れていて、酷く苦しんで死んだように見られた。体のどこも獣にはなっておらず、普通の人間だ。

「浅宮・・・」

 浅宮は、死体を取り囲む人々のなかにいた。屈みながら死体を見て、その様子を記憶に叩きつけているかのような真剣な顔をしていた。誰よりも興味深そうに死体を眺めており、そんな浅宮を周りは恐れているようだった。その気持ちは、俺も少しばかりわかる。死体をあんなにも冷静に眺めて入れられる浅宮の肝っ玉は、俺にはないものだった。ちなみに、俺の脚は震えている。

「死因は、首を切られたことによる出血死だな。獲物は刃物類だろう。爪とか歯より、鋭いものだ。そして、レイプの可能性はなさそうだ。着衣も乱れていないしな」

 死体の検分を終えた浅宮が、立ち上る。

 その傍らには、桜がいた。

 桜は真剣な面持ちで、浅宮の言葉に頷いた。

「問題は、誰にでも殺人が可能ということだな」

「獣であっても、人であっても、大抵の人間にはナイフが使える。それに殺された女性は小柄だから、男であろうと女であろうと誰だって容疑者だ。例外なのは、老人・・・老婦人ぐらいか。歳をとって多少筋力が弱っても、刃物を使うなら老人でも殺人は可能だ。足跡なども草が生い茂っているから、残ってはいないし」

 浅宮は、桜に補足の説明をする。

 それを聞いた人々は、息を飲んだ。自分の周囲の人間が、誰かを殺したかもしれないという事実に恐怖したのであった。桜は、その周囲の空気を敏感に感じ取った。

「・・・遺体をこのままにはしておけないな。誰か、スコップを探してきてくれ。墓を作ろう」

 桜は、集めってきた人々にそう指示を出した。そして野次馬がいなくなると、俺と浅宮に向き直った。

「犯人は、捕まらないだろう」

 桜は、そんなことを言った。

「そうだろうな」

 と、浅宮は言った。

「もしも、俺だったら殺して逃げている。あるいは、なにかもう騒ぎを起こしている。でも、今はなにも起こっていない。部外者がこの女を殺して、逃げたんだろう。その部外者が、女にどういう恨みがあったのかは知らないけれども・・・」

「ああ、一応はチームにいる人間が獣になっていないかは調べる。調べるけれども、犯人を確定はできないだろう。浅宮、すまないが君に犯人になってもらいたい」

 浅宮は、静かに息を吐く。

「了解した。俺たちも、長居はしないつもりだったからちょうどいい」

「ちょっと待て!」

 俺は、二人の間に入った。

「なんで、浅宮を犯人にするんだよ!」

「ハル、俺はここでは新参者だ。俺が殺したことにして追放すれば、チームのなかの不和は防げると桜さんは考えているんだ。どうせ、俺はすぐにここを去るつもりだったから、ちょうどいい」

 浅宮は、冷静だった。

 俺は、なにも言えず息苦しい思いをするばかりだった。

「浅宮。君を拘束する。だが、隙を見て逃がすから」

「分かった。ただ、ハルと杏里の安全は保証してくれ」

 浅宮の言葉に、俺はぎくりとする。

 また、守られていた。

「ちょっと待ってくれ!」

 俺は、なんとか声を振り絞った。

「俺が殺したことにしてくれ」

 俺の申し出に、桜も浅宮も驚いていた。津川だけは、少しだけ別種の感情をあらわにしていた。

「却下」

 浅宮は、俺の決意を拒絶する。

「もし、なにかがあったときにハルだと身を守れないだろう。チームの人間が暴走して、ハルのことを袋叩きにでもしたらどうするんだ。俺は自分の身は自分で守れるし、俺と離れている間はおまえたちは桜さんに守ってもらえていれば・・・」

「でも、浅宮が殺人鬼だと思われるよりは絶対にいい」

 それは、俺にとっての真剣な気持ちだった。

「今ここで浅宮を偽物の殺人犯にしたら、ここにいる人間は浅宮が簡単に人を殺せる人間だと思うだろ。それは、嫌だ。だって、浅宮はぜんぜん人を殺してないじゃないか!」

 浅宮は、自分の父親ですら殺していない。

 浅宮の父が、勝手に浅宮を殺そうとして、死んでしまっただけだ。

 けれども、浅宮はそれを自分の罪として認識している。

 本当は違うのに、自分は罪人だと思い込んでいる。それは浅宮の内面の問題で、俺が口を出すことではないのだろう。けれども、浅宮を知らない人間が浅宮を罪深いと思うのは許せなかった。

「・・・気持ちだけ受け取っておくよ、ハル」

 浅宮は、無表情だった。

 俺の感情は理屈として理解しているが、感情としては理解できない。だから、建前だけの言葉だった。

 浅宮は、津川に向き合う。

 その顔には、津川への信頼があった。おまえだけは馬鹿な事をしないだろう、という身勝手な信頼があった。

「杏里、ハルが馬鹿な真似をしないように見張っていてくれ」

「馬鹿は、あんたよ・・・」

 杏里は、勇気を持って一歩を踏みこんだ。

 そして、力いっぱい浅宮の頬を叩いた。

 ぱん、と小気味いい音が響いた。

 叩かれた浅宮は、目を白黒していた。桜も目を白黒させていて、一体なにがおこったのか理解できないみたいだった。

「なんでもかんでも一人でやって、それで自己満足しているんじゃないわよ、あんたはそれでいいかもしれないけれども、こっちは満足できないのよ。春樹、あんたもこの馬鹿を殴りなさい。あんたも、自己犠牲はまっぴらだと言ったじゃないの」

 いきなり水を向けられた俺は、うろたえるしかなかった。だが、津川が苛立っていることは分かった。だから、俺は津川を止めようとする。

「津川、落ちつけって・・・」

 俺を睨みつける津川は、唾を飛ばしながら俺に説教をする。

「あんたは、どっちの味方なのよ!あんたが私の敵でも、私はこの馬鹿浅宮を攻撃しつづけるからね!!」

 浅宮が怖気づいたように、津川から距離をとった。それに気がついた津川は、今度は浅宮に向かって吠えた。

「逃げんじゃないわよ、浅宮!今ここには、あんたが頼っていい人間がいっぱいいるんでしょう。そういう人間を頼れない人間を、私はあっちゃんだとは認めないんだからね!」

「杏里・・・落ちついて」

 津川は、浅宮に掴みかかった。女子の力では、浅宮の動きを制限することはできない。しかし、浅宮は津川の怒気に動けなくなっていた。

「私は、落ちついているわよ。浅宮が、気を張りすぎなの。なんであんたは、大人を全部馬鹿だと思うのよ。正直に話せば、分かってくれる人だっているかもしれないでしょう」

「杏里、問題はそこじゃない。犯人が特定されないことで、チームの不和に繋がることを桜さんは恐れているんだ。俺が、犯人になれば一応はまるくきれいに収まる」

 津川は、唇を噛んだ。

 津川だって、馬鹿ではない。それは分かっているのだ。分かっているが、納得ができないのだ。浅宮は人を殺せるような人間ではない。

 それどころか、たった一人で戦えてしまう強くて寂しい奴なのだ。

 俺たちが知っていることを、俺たちの手で歪めてしまうことはとても悲しい。ましてや、心から信頼している浅宮のことならなおさら。

「……桜さん、悪いけど浅宮が犯人にされるんだったら私たちはすぐに出て行くわ。浅宮が犯人だって、発表される前に。浅宮も春樹も、それでいいでしょう!」

 津川の気会いに押されるような形で、俺と浅宮はうなずいていた。

 津川は、せめて浅宮を直接犯人扱いさせない道を選んだ。その瞳はとても強く、今ここで獣が現れても彼女は一歩も引かないだろうと思われた。

 桜さんは、それを見て笑う。

「すまないね・・・。ぼくは大人なのに、君たちに無理をさせようとしたみたいだ」

「こんな状況なんだもの。そのことについては、あんまり怒っていないわ」

 津川は、ふんと鼻を鳴らす。

 あんまり怒っていない、というのは嘘だろう。

「でもね、これだけは譲れない。・・・ここの平穏を保つためにも」

 桜の手が、俺に伸びる。

 大きな獣の手が俺を地面に抑え込み、笑ったままの桜の顔を俺は見上げていた。俺は、ぞっとした。あんなにも頼りがいがあると思っていた人の手が、今はこんなにも恐ろしく思う。桜の手は、獣の手だ。人を殺してしまえる、異形の手だ。

 浅宮は獣になれば、心も壊れると言っていた。

 これが、浅宮が言っていた壊れた桜なのだろうか。

「ハル!」

 浅宮の叫び声が、聞こえる。

 少し離れて、客観的に浅宮を見てみると、浅宮の姿は本当に獣みたいだった。信用というフィルターを外して見れば、すごく恐ろしい姿だった。自分で浅宮を恐ろしいと思ったことに吐き気を覚えたが、それでも浅宮の姿は桜と同じように恐ろしかった。

「ハルに、なにをするんだ!」

 浅宮は、吠えていた。

 獣のように吠えていた。

「君が、ぼくに協力してくれるならば危害はくわえないよ」

 桜の一言に、浅宮は黙った。

「別に……私たちが逃げた後で浅宮が犯人だったって発表すればいいでしょう」

 津川の言葉に、桜は首を振る。

「犯人がその場にいないと、たぶんもうここの人たちは納得できない」

 桜は、そう言った。

 その言葉に、信頼はなかった。桜はチームという集団をまとめていたが、その実チームの全てが桜の敵だった。少なくともチーム内に、桜が心を許せるような人間はいない。だからこそ、桜には浅宮が必要だった。

 『本当に浅宮が人を殺したのか』という疑問が出てきたとき、殺人犯である浅宮自身に言葉を肯定してもらう必要があったのだ。そうでなければ、チームとして機能できなくなるほどの疑心暗鬼で埋もれてしまう。

 浅宮が津川の方をちらちらと見るのは、彼女のことを心配しているからなのだろう。津川は女だから、男の俺よりも痛めつけられる方法は増える。

 浅宮は、怖いのだ。

 俺たちが傷つくのも、痛めつけられるのも。

「・・・分かった。桜、おまえに従ってやる」

 浅宮は、俺を人質に取った桜に従った。

 けれども桜を睨みつける浅宮の瞳は、手負いの獣よりも狂気に満ち溢れていた。桜も、それに気がついていただろう。それでも、桜は嬉しそうあった。

 きっと桜は、浅宮を手に入れたと思い込んだのだろう。

 ちがう、と俺は言いたい。

 あっちゃんは、この程度で手にいれられる安いものなんかじゃない。

「じゃあ、手足を縛る。いいね?」

 桜は、浅宮に確認をとった。

「どうせなら、これ使えよ」

 浅宮はポケットのなかから麻紐を取り出して、桜に向かって放り投げた。それは、浅宮が津川の家で調達していた麻紐だった。浅宮だってそれをポケットに詰めたとき、まさか自分を縛る道具になるとは思わなかったであろう。

 桜は俺から離れて、浅宮の了解も待たずに彼の手首を拘束する。

 獣ではない人間の手を縛られたとき、浅宮はわずかに眉をひそめて苦難を顔に表した。柔らかい皮膚が麻紐ですれて、痛むのであろう。桜もそれに気がついたらいく、せっかく縛った浅宮の手首の拘束を解いてしまった。

 そしてポケットからハンカチを取り出すと、その上から浅宮の手首を縛った。そうすれば、浅宮の手首を麻紐でするようなことはなくなる。

「次は足だが、悪いが体育館倉庫に行ってから縛らせてもらう」

「・・・わかった」

 浅宮は、潔く後ろを向く。

 桜が、そのあとを密やかについていく。

 津川が、膝から崩れ落ちていった。浅宮と桜の背がどんどん遠くなるが、俺は津川から離れられなかった。せめて、津川の身だけは守らなければならいと思ったからだ。それが、浅宮に俺が唯一できることのような気がしていた。

「私はっ、なにをやってるのよ!どうして、こんなときも力になれないのよ!!」

 地面を殴りつける津川を、俺は尊敬の眼差しで見てしまう。

 だって・・・俺はこんなふうに悔しがることができない。今や浅宮と俺との間には、絶望的な実力差がある。俺にも津川にも、獣の武器はなかった。人を殺して手に入れてしまう、戦うための武器がなかったのだ。そんな現実のなかで、浅宮を助けることができなかったと悔しがるほどの勇気は俺にはなかった。

「つがわ・・・」

 俺は立ち上って、津川に手を貸そうとした。

 だが、津川はそれを振り払った

「いらない。私は・・・強いんだから。これから、もっと強くならないといけないんだから!!だってもう・・・世界は」

 津川の言葉は、自分を奮い立たせるためのものだった。けれども、俺には俺自身への糾弾を兼ねているようにも思われた。

「津川。あんまり無理するなって、おまえは女の子なんだから・・・」

 本当は、俺自身がなぐさめられたかった。

 だが、誰も俺を慰めてはくれなかった。

 だから、津川を慰めた。

「そんなふうに私を慰めないで!」

 津川は自分の力で立ち上って、スカートについた埃を払った。そして、校舎の方へと歩いていった。俺は、その後ろ姿を追い掛ける。

「春樹、見つけるわよ」

 津川は、呟く。

「なにを見つけるんだ?」

「決まっているじゃない。犯人よ」

 津上の言葉に、俺は驚いた。

「浅宮は、犯人は逃げた可能性があるって・・・」

 俺は、浅宮の推理を信じていた。少なくとも、理があった。俺だって人を殺せば逃げる。それに人を殺せば、獣になるのだ。たとえ理性が残っていても・・・いた、理性が残っているからこそ目印をつけられたままではチームに落ちついてはいられないであろう。

「あのね、わざわざ女をこんな人気のない場所まで呼び出したのよ。顔見知りで、内部の人間に決まっている。浅宮たちも、それに気がついているはずよ。でも、ここがパニックになることを恐れて、周囲に悟らせないようにしている。浅宮を犯人にして、なおかつここにいて欲しいのも、いざというとき自供して欲しいからよ。証拠を探しようがないんだから、この事件では自供が一番の証拠になるわ」

 津川の言葉にも、一理あった。

 だが、浅宮まで桜と一緒になってチームを守ろうとするのは腑に落ちない。そう、浅宮は最初から桜の案に同意していた。

「あんた、浅宮の事を考えているでしょう」

 津川が、俺を睨む。

「浅宮は、状況に乗っかってチームから出ようとしただけよ。あいつは、この状況を利用しようとしたのよ。だから、自分が犯人になるって話を承諾したの」

 つまり、浅宮は犯人にされてチームから追放されるシナリオを描いていたのである。なるほど、それならばチームからスムーズに離脱することは難しくない。

「俺たちのことを考えてか・・・」

「そうよ。あいつは、遠からず似たような事が起こると予想していた。そして、起きてしまった。だから、いち早く逃げようとしたのよ。チーム内も、外と同じぐらいに危険になったってことだから」

 だが、津川はそれを否定した。

 俺も否定してしまった。

 俺たちは、浅宮の思いを踏みにじってまで浅宮を守りたかったのだ。たとえ自己満足でしかなくとも、俺たちも戦いたかった。浅宮を人殺しにはしたくなかった。

 その思いが、浅宮を追いこんでいることには薄々気がついていた。けれども、俺たちは行動を起こしてしまった。

「校内に戻ったら、まずは女を呼びだせそうな女を探すわ」

「たしかに、男に誘われて夜には出て行かないよな。なら、殺したのは女か」

 俺と津川は頷きあって、真犯人を探すべく行動を開始した。その方法は、津川が片っ端から女に昨日の行動を聞き周るという原始的なものであった。

 それでも、俺たちにはこれしか手がなかった。

 だが、調べてみると女たちにも男にも共通のアリバイがあった。それは、俺たちには予想外のものだった。

 自分たちの今後を相談するための集会。

 新参者の俺たちは知らなかったが、昨日の夜にそれはおこなわれていたらしい。十三歳以上の男も女―つまりは中学生から全員が集会に出ていて、皆にアリバイがあった。最初と最後に点呼を取り、途中で出て行った人間もいなかったから確実だろう。

 つまり、内部には女を殺せるような人間はいなかったのだ。

 俺たちが犯人を探している間に、桜は女の死を発表した。そして、女を殺した犯人を浅宮にした。そして、安全対策の一環として年齢ごとにチームの人間を分けた。

 小学生の子供たちが特に念入りに守られることになり、子供たちは常にひとまとまりされて獣となった人間が側にいた。実質的に子供たちは学校の奥に隔離されてしまったが、俺たちはその事に関して特になにも思わなかった。あまりに周囲が危険に満ち溢れていたから、そうやって無力な子供たちを隠すことが一番の安全策に思えたほどだった。もやは、チームの内部も安全ではない。誰も口に出さなかったが、その雰囲気は俺でも感じるほどだった。

 浅宮と行動を共にした俺たちは糾弾されるかと思ったが、そうはならなかった。むしろ、各方面から同情された。

 もう、浅宮は人間ではなかった。

 人殺しの獣だった。

 そういう獣と一緒に動かなければならなかった俺たちは不幸であると、皆が決めつけたのだ。

 俺と津川は、その憐れみの言葉と瞳に耐えた。浅宮を擁護するには、俺たちには証拠がなさすぎた。浅宮は、明後日にはチームから追放されることになった。

 警察が来るまで待った方が良い、という意見も年長者からはあった。しかし、今の状況で警察が来るとは考えにくかった。電気を使う機器類は、全部が駄目になっている。車も動かなくなっており、こんな状況下で警察や自衛隊などが動けるとは思えなかった。

 浅宮だって、きっとチームの連中と一緒に動いた時に警察などの頼れる組織を探しただろう。だが、浅宮はそれについては一言もいわなかった。きっと、浅宮は見つけられなかったのだ。だから、浅宮は言わなかった。

 たとえ警察や自衛隊が人命救助のプロでも、道具類がなければ動きようがないであろう。しかも、獣たちもいる。

 銃器があれば獣とも戦えるのかもしれないが、そもそも銃器がちゃんと作動するのかも怪しい。テレビや車が動かなくなったのだ。銃が動かなくなっていてもまったく不思議ではなかった。頼れる警察がすでに組織として瓦解していたら、チームの人間はどう思うか。浅宮は、そのことをすでに結論付けていたのだ。だから、警察のことは一切話さなかった。そういうわけなのであろう。

 チームの内部には、浅宮を殺害することを望む声もあった。

 驚いたことに、その過激な意見は年少者たちの意見であった。年齢が下がれば下がるほどに過激な意見が出たが、浅宮を殺すことで誰かが獣になることも恐れられていた。そのため、浅宮はやはりチームから追放されることとなった。

 当初の予定では浅宮は追放されれば、俺たちをこっそりと迎えに来る予定であった。だが、今の浅宮がなにを考えているのかは残念ながら俺たちには分からない。もしかしたら、愚かな俺や津川に愛想をつかしているかもしれない。いや、浅宮に限ってそれはないか。

 浅宮には、チームの人間が側にいるらしい。

 俺たちでも近づくことが許されないほどに、浅宮は厳重に守られていた。俺たちとしては浅宮に危害を加えようとする輩が近づけなくて一安心だが、会えないことで不安は強くなっていた。

 怪我などをしてなければいいが。

 俺と津川は絶えず浅宮以外の人間が人を殺した証拠を集めようとしたが、残念ながら内部の人間の強固なアリバイは崩せなかった。外部の人間が女を殺したという可能性も調べてみたが、やはり女が夜の体育館裏にいたという説明がつかない。トイレはまったくの逆方向だし、夜になれば電気もないので男の俺でも外には行きたくはない。

 それなのに、女は外に出た。

 大切な会議をしていたのに、外に出て殺された。

 矛盾だらけだ。

「草壁、おまえ死んだ女のことを聞いてまわっているらしいな」

 佐川が、そんなことを俺に聞いてきた。

 浅宮の無実を証明しようとする俺と津川に、佐上は笑いかけた。俺たちを馬鹿にしている嫌な笑みだったが、残念ながらその挑発を真に受けるほど俺たちも暇ではない。

「そうだよ。佐上も、なにか知ってるか?」

「なにも、あの日は集会に行っていったしな」

 佐上の言葉は、他に人間と変わらなかった。

「それにしてもここを嫌っていそうなのに、よく集会なんてものに行ったな」

「いかないと、他の連中が煩いんだよ。それに俺も獣になった連中が嫌いなだけで、ここは死ぬほど嫌いだってわけでもない」

 佐上は、俺に耳打ちする。

「なぁ、本当にここの連中には気をつけろよ。ここの連中のなかには桜に助けられて、あいつのためだったら命をかけてもいいって奴らがいるからよ」

「それって、どういうことだよ」

「だから、人を殺せば桜を手伝う力が手に入るんだよ。浅宮が女を殺したっていう話よりも、チームの誰かが力を手に入れるために女を殺したっていうほうが、ずっと現実味があるね」

 だが、チームの人間には全員にアリバイがあるのだ。

「改めて考えてみると、おかしいよな。チームの人間が全員参加しているような会議があったのに、殺された女だけが欠席して問題にならなかったのか?」

 俺の疑問に、佐上が目をぱちくりさせた。

「そうか、草薙は知らなかったんだよな。殺された女は、小学生の世話役だったんだよ。子供たちだけで残すわけにもいかなかったから、会議中は誰かが残る決まりだったんだ。だから、会議にこないのは当然だった」

 よく考えれば、それは当たり前の処置であった。

 夜に子供たちだけを残すわけがない。

 だが、そうなってくるとますます女が外に出た理由が分からない。

 一瞬だけ浅宮とチームを離脱することになったら、佐上も誘おうかと迷った。だが、俺は首を振る。俺と津川だけでも浅宮に負担をかけているのに、これ以上は人を増やせない。

 俺や津川が、浅宮の手伝いを出来るようになるとしたら話しは別なのだが。

「・・・・あっ!」

 俺の脳裏で、全ての事が繋がった。

 そして、そうなると全てのことに納得がいった。

「なぁ、佐上」

「どうしたんだ?」

 俺は不安になって、思わず隣にいる佐上に訪ねた。

「大事な人を助けるためならば、おまえだったら人殺しもできるか?」

 俺の質問に、佐上は「できるか」と答えた。その健全な答えに、俺の胸は虚しく傷んだ。俺には、誰かのために殺人を犯せる心理がわかりかけていたのだから。

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